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第38話「岡村翔平は浮きたくない」③

 俺たちは列に並んだ。暇な時間を緋陽里(ひより)さんとの会話で埋める。話題は俺の友人である大樹(だいき)のことになった。


「この前初めて、町田大樹(まちだだいき)さんにお会いしましたよ」

「そういえば、緋陽里さんは大樹に会ったことがないんでしたっけ?」

「えぇ。名前は聞いたことありましたけどね。あれが、朱里(しゅり)の気になっているお方ですか」

「あ、気づいたんですね」

「えぇ。朱里の表情やら雰囲気がいつもと違いましたからね」


 流石、実の姉とでも言うべきか。いや、分かりやすいから、誰でも分かるか……。


「思い通りの反応を見られて、すごく満足でしたわ~」


 ……一体、何したんだ? この人。


「ハァ、スマホを持っていなかったのが惜しいですわ。持っていればアルバムに永久保存しましたのに」

「緋陽里さんもミド姉のこと、あまり言えませんね……」

「あら、嫌ですわ。わたくしは別にシスコンというわけではありませんわ」

「可愛いモノ好きなんですもんね」

「ちょっと妹を世界で一番可愛いと思っているだけですわ」

「全然ちょっとじゃないですね。最大スケールですね」

「見てくださいよ。後日、町田さんのことを話したときの朱里の慌てる顔です。可愛いでしょう?」

「結局撮ってるじゃないですか!」


 同じく、姉の過剰な愛情に困ったことがある身として、同情する。朱里と緋陽里さんの普段の絡みが気になるところだ。


「今度また、是非喫茶店にでもいらしてほしいですわ。朱里と一緒に」

「そう伝えてみます。けど今、大樹は留学しているのでしばらくは無理かもですね」

「あら、そうなんですの? この時期に留学だなんて、珍しいですね」

「期末テストと就活が本格的に始まる前に、一回海外へ行って本場の英語を聞いてみたかったみたいですよ」


 大樹は、十一月の半ば、ちょうど七城(しちじょう)祭が終わった一週間後くらいからイギリスへ留学に行っている。語学部の所属というわけではないが、一度留学というものをしてみたかったらしい。

 今までは興味がなかったらしいのだが、就活を意識すると、就職してから海外に行く機会はそうそうないとのことで、ここぞとばかりにこの中途半端な時期に申し込み、見事、切符を手に入れた。


 確か期間は、年も超えて一月の中旬までの二ヶ月くらいだったかな? ちょうど、大学の冬休みが終わるくらいまでは外国にいるみたいだ。


「朱里にはうまく行って欲しいですわね。良い方そうですしね」

「はい、大樹は本当に良い奴ですよ。ああ見えて、すごくしっかりしていて、頼りになるんです。僕も何度も助けてもらいましたし」

岡村(おかむら)くんがそう言うなら、心配なさそうですわね。姉として、朱里と町田さんのことは心の底から応援しますわ。いじりやすそうですしね」

「そうですね。僕も応援……、って今、何て?」


 こちらを見てニコッとする緋陽里さん。何だか、はぐらかされた気がするが、『いじりやすそう』って言ったの、ちゃんと聞こえていましたからね? 朱里と付き合ったら大樹は、緋陽里さんのおもちゃ確定だな。不憫なもので……。


 緋陽里さんとの会話で、上手いこと暇を潰せていた俺たち。ようやく列の半分位まで来た。この分なら、あと十分も待たずに買えそうだな。


(しょう)くん! 何をしてるんですか!!」


 と思っていると、列の右方向から、どこかで聞いたことある呼び名と声が俺たちに向けられた。その方向を見てみると、アイドル顔負けのルックスと上手にコーディネートされた服装をした女性が、こちらを見て険しい顔をしていた。


「あ、(あお)!?」


 俺の元カノ、水無碧(みずなしあお)であった。


 交際時に色々あった碧であったが、約一ヶ月前に和解した。一ヶ月前、俺はきっぱりと改めて碧のことをフッたわけなのだが、当の碧は去り際に、俺のカノジョであるミド姉に向かって、こう言ったのだった。


『みどりさんがあんまり油断しているようなら、すぐにワタシが翔くんを奪い返しますからねーーー!』


 何て不屈の精神を持つ女。直前にあんなことがあってなお、諦めていない。なんか自慢しているように聞こえるかもしれないけれど、もう関係が終わった元カノだ。正直、扱いに困る。


 碧は、ツカツカとローブーツのヒールの音を鳴らして、こちらに歩いてくる。


「碧、なんでこんなところにいるの?」

「なんでって、ここはワタシの家の近くだからですよ!」

「そうなの!?」


 確かに、七城女子大学に通っているんだもんね。七城はここの隣駅だし、この辺に下宿先があっても何も不思議でない。


「そんなことはどうでもいいんですよ! その女の人は誰ですか!? 浮気ですか!? 愛人ですか!?」

「はぁぁぁぁ!? いきなり何言ってんのーーー!?」

「浮気するなら、ワタシに浮気してくださいよ!」

「本当に何言ってんのーーーー!?」


「浮気するならワタシにしてください」なんて言葉、初めて聞いたわ! ドロドロの昼ドラかよ! 今は平和な土曜の昼下がりだっつーの!


「違うから! 浮気じゃないから! 先輩と買い物に来てるだけだから!」

「そうなんですね。それは安心です。けど、ワタシはいつでもウェルカムですからね!」

「なんでそうなる! 浮気なんてしないわ!」

「早速、今度デートってことでいいですか? ワタシ、行ってみたいテーマパークがあって……」

「お前、話通じないの!?」


 いつの間にかデートの予定を立てられそうになってるんだけど!

 ここって日本だよね? 碧は日本人で、俺は日本語で話したはずだよね? 会話が成立しないのは何でだ?


「あら、岡村くん。そんな酷いことを言いますの?」

「え」


 突然、さっきまでキョトンとしていた緋陽里さんが眉を下げてそんなことを言い出した。


「わたくしを愛人にしてくださるとおっしゃっていたではないですか」

「緋陽里さーーーーーん!!!!!」

「ほらーー! やっぱり浮気じゃないですかーー!」


 まさかの裏切りである。なぜ、乗っかろうとするのか!? 自分に火の粉が向けられていることは分かっているだろうに!?

 ここにも話通じない人がいたよ! ここ、地球じゃなかったよ! 地球人、俺だけだったよ!


翔平(しょうへい)くん! 見損なったよ!」

「え……? モモ!?」


 碧の後ろから、今度はふんわりとしたショートカットの女性が姿を現した。かつて、俺に告白してくれた友人、桜井桃果(さくらいとうか)だ。


 モモは、碧と同様険しい顔をしており、普段穏やかな彼女があまり見せない表情だ。


「ミドちゃんを裏切って、緋陽里さんに手を出すなんて! これじゃミドちゃんが可哀想!」

「待て待て待て待て! なんでそうなるんだ! 俺はただ、緋陽里さんと買い物に……」


 と、弁解しかけたところで、碧が口を挟む。


「何ですかあなたは! もしかして翔くんの愛人その2ですか!?」

「あ、愛人!?」

「浮気から離れろ!」


 ホントなんなのこれ? なんでアイスクリーム店の列に並びながらこんなドロドロな言い争いしなきゃいけないの!? 周りの目が痛すぎるんだけど!


「翔くんがこんなに女たらしだったなんて、ガッカリです!」

「ちょっ! こんなところでそんな大きい声で喋るな! お前の声は大きいんだから!」

「けど、ワタシは翔くんの愛人なら喜んでなります!」

「お前、それでいいの!? 聞いているこっちは元カノのおかしな考え方にガッカリだよ!」

「だからこの二人の愛人契約は解除してください! ワタシがいれば、十分でしょう?」

「十分なんかじゃねーよ! 話を聞けって!」

「十分じゃないと言うんですか!? 翔くん、みどりさんとワタシだけじゃそんなに満足できず……」

「アホーーー!!」


 何この元カノ!? 地雷すぎだろう!? 声が通るだけにアイスクリーム店以外にいるモール内のお客さんも注目し始めているし!

 やっぱこの女、嫌い!


「ちょっとちょっと! 愛人なんてダメに決まっているでしょ? 却下です、却下!」

「ワタシは翔くんの元カノだから、愛人候補筆頭なんです~。そもそも、あなたは一体誰ですか~?」

「わたしは翔平くんとミドちゃんの友人だよ! 翔平くんにはフラれちゃったけど、わたしはミドちゃんのことを応援しているの! 翔平くんにはミドちゃんっていう恋人がいるんだから、浮気なんて許しません!」


 モモは、滅茶苦茶言ってくる碧の発言に対抗してくれる。

 しかし、気づいているか……モモ。モモが『かつて俺にフラれた』と言ったことで、俺に対する周りの刺すような視線が更に激化したことに……。


「おやまぁ、これは大変ですわね」


 口に手を当てて平然と「あらら」とのたまう緋陽里さん。あなたにも責任があるんですからね!? 何を人事みたいに!


「とりあえず、ここは離れた方が良さそうですわね」

「そうですよね! ……碧、モモ! とりあえず、ここじゃないどっかでちゃんと話を聞いてくれ! 頼むから!」


 俺が彼女らに懇願すると、とりあえず言い争いをやめてくれ、頷く。やっと、この場から離れられる……。


「それでは行きましょうか。……マイダーリン?」

「そういうとこーーーー!!」


 と、思っていた刹那、緋陽里さんからまた爆弾が投下される。空気読んでるのか読んでないのか、ホント分からない! 小悪魔じゃなくて、もはや悪魔でしょ!?


『元カノ』、『かつて告白された友人』、『恋人の親友』というよく分からない組み合わせの間で、最大級の居心地の悪さである修羅場を経験した俺は、アイスクリーム店の列から離れ、現場から離れたモールの二階に移動し、事情を説明した。その時の俺の疲弊感は尋常なものではなかった……。


 第38話を読んでいただき、ありがとうございました。今回は、クリスマスプレゼントの買い物話でした。


 緋陽里とデートっぽくなりましたけど、誠実さ(クソ真面目さ)を見せた翔平が、個人的に印象高いです。その後、修羅場に巻き込まれましたけどね(笑) いや、もうホントたまったものじゃないですよね! 本人の意思と裏腹すぎる。


 けどまぁ私的には、こんな面白おかしい修羅場話を書くのは久しぶりでしたので、すっごい楽しめましたけどね! カノジョはいないのに、「元カノ」と「告白されたことのある友人」と「カノジョの友人」というすごい謎の状況下での修羅場でしたが、からかい上手の緋陽里さんが中々のカオスを作り上げてくれて満足です。


 一話では終わらなかったので、次回も買い物話は続きます。翔平はイイモノ買えるのかな? 第39話に続きます。


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