第38話「岡村翔平は浮きたくない」②
「この腕時計なんて、おしゃれで良くないですか? 男性用もあるのでペアルックとかも可能ですわよ?」
「いいですね。では、これも候補にします」
ショーウィンドウに並ぶ腕時計を指差し、アドバイスをくれる緋陽里さん。緋陽里さんの意見は本当に為になるな~。これまで寄った店の品物は今のところ全部良さげだったし! 腕時計に衣服、アクセサリー。特にアクセサリーなんて、俺には全然違いが分からないもんな。素材の違いを説明してくれたのは本当に助かった……。
「岡村くん。候補にするのはいいですけど、ちょっと候補が多すぎやしませんか?」
「え? けど、それは緋陽里さんの選ぶものが全部センスが良いからであって……」
「それはそうかもしれませんけど、このプレゼントはわたくしではなくて、岡村くんが翠にプレゼントする物なのですから、一応絞ってもらわないと。わたくしはあくまで、アドバイスをしているだけなのですから」
「確かに……。そうでしたね。すみません……」
怒られてしまった。けど、言っていることは最もだ。全部緋陽里さんに任せきりというのも、それこそミド姉に格好がつかない。女性へのプレゼント選びに慣れていないのが仇となった。
けどこういうのって、見れば見るほど難しい。なにせ、二十二歳という大人な歳上女性にプレゼントするのだ。それ相応の物を選ばないといけない。そうなると、高校生のプレゼントに比べると、選択肢が多すぎる!
高校生の時、碧と付き合っていた頃に誕生日プレゼントをあげたことがあったけど、あれは高校生のお小遣いの範囲でそこまで気負っていなかったし、碧が以前欲しいと言っていた物があったから買えただけ。
こんなことなら、ミド姉に何が欲しいか聞いておくんだった……。けど、もう遅い。流石にクリスマスが近くなりすぎているし、聞いたら露骨すぎる。
「とりあえず一旦ここで休憩しましょうか。もう二時間くらい店を回っていますし、候補は一応出たわけですしね」
「そうですね。何か食べましょうか」
そう提案して、俺たちは飲食店の並ぶモールの一階に降りる。休憩を済ませたら、今度こそプレゼントの候補を絞っていこう。
エスカレーターで一階に降りた俺たちの目に入ったのは、アイスクリーム店から延びる行列だった。壁に沿ってできた長蛇の列に、中でも男女のペアが多くいるのが目立つ。
「なんでしょうね? あの列」
「あれではないでしょうか?」
緋陽里さんは、店の看板に書かれたポップを指差す。
『カップル来店で、ダブル一個無料!!』
「なるほど、確かにこれなら並ぶわけですね」
アイスクリームが二山盛られている『ダブル』。それが無料になるというのだから、魅力的なサービスだ。カップル限定のサービスなだけに、並んでいるお客さんもカップルだらけってわけか。
「アイスクリームですか。美味しそうですわね~。岡村くん、どうです? わたくしたちも便乗して、並んでみませんか?」
「え? けど、すごい行列ですよ?」
「これだけの行列を見たら、何だかわたくし、アイスクリームを食べたくなってしまいましたわ」
「緋陽里さんが食べたいと言うのであれば僕は構いませんけど、僕らではダブルが無料にはならないですよ?」
ポップにも書かれている通り、ダブルが無料になるのはカップルだけだ。証明する手段はないかもしれないけど、店員さんもお客さんの雰囲気で何となくその辺は分かるだろう。
「あら? でしたら、わたくしたちも演技をすればいいではありませんか?」
「え、演技って?」
「もちろん、恋人の演技ですわ」
「えぇぇぇぇ!? 僕と緋陽里さんで!?」
急に恋人のフリを要求してくる緋陽里さん。ニコニコしながら当然のように言ってのける。
「いや、流石にそんなことは……」
「大丈夫ですわよ。わたくし、演技力には自信がありますの。こうやって腕に掴まって嬉しそうにしていれば、バレませんわ」
「ちょっと、緋陽里さん!」
俺の腕を恋人のように掴んでくる緋陽里さん。
そんなことしたら、以前みたいに緋陽里さんの持つ柔らかくて大きな大きな胸が! むにゅりと形を変形させるマシュマロみたいなその胸の感触に、俺は顔が赤くなるのを抑えられない。
はわわぁーーー。何この感触! ……じゃなくて!!!
「緋陽里さん、密着しないでくださいよ! その、む……、胸が当たってるんですけど!」
「嫌ですわ、岡村くん。当てているんですわよ?」
「何平然と言ってるんですか!? とにかく、こんなのダメですって!」
「背徳感でムズムズしますか? 大丈夫です。翠には内緒ですから」
いたずら好きな緋陽里さんは、いつものように俺をからかう。相変わらずニコニコした表情で、少しだけ小悪魔チックな笑みが見え隠れしている。
「それにアイスを買うためですし、その方がお得ではないですか。ね?」
「確かにそうですけど、それでもダメです!」
いつもは乗せられて、そのまま緋陽里さんにからかわれたまま終わる俺だが、今回は意志をしっかり持って緋陽里さんに言った。
「そういうことじゃないです。何ていうか僕は、例えこれがアイスクリームを買うためだけの演技だったとしても、こういうことはしたくないです。緋陽里さんが嫌って言うわけではないです。けど、僕がお付き合いしているミド姉には、誠実でいたいです。それが、ミド姉の見ていないところでも……、やましいことが何もなくてもです!」
呆れるくらいにクソ真面目な回答だ。まるで融通の利かない、堅物な発想に感じるかもしれない。それでも俺には、どうしても憚られた。ミド姉以外と、こんなあからさまにカップルの真似事をすることは、俺にはできない。
緋陽里さんは俺の意見を聞くと、腕から体を離した。流石に、呆れられてしまったか?
「ふふっ。岡村くんは面白いですわね」
と思いきや、緋陽里さんは何だか嬉しそうに笑ってそう言う。さっきまでのいたずら心を持つ笑みではなかった。
「とても素敵な殿方ですわね。わたくし、そのような美しい考え方は嫌いじゃないですわ。翠は本当に、幸せ者ですわね」
緋陽里さんのここまで嬉しそうな顔は初めて見たかもしれない。心の底から幸せを感じているような、そんな笑みだ。いつも綺麗な緋陽里さんが、いつも以上に綺麗に見えた。
「でも、カノジョに許可をとらず、こんな風に翠以外の女性と二人で買い物に来ているのは、どうなんですの?」
「うっ……。確かに言われてみれば……」
「なんて、冗談ですわよ。わたくしたちは友人ではないですか。それくらい翠も許してくれますわ」
「許してくれますかね……? ミド姉、結構気にしそうじゃないですか?」
「もしも許してくれなかったら、束縛が強すぎだと言ってやればいいですわ。友人と買い物くらいのことに耐えられないようでは、お互い、知らぬうちにストレスを溜めてしまうでしょうからね」
緋陽里さんの大人な意見に俺は感心する。この人、やっぱり俺の知っている学生の中で一番先輩らしいな~。子供っぽいところがあるミド姉よりも落ち着いていてお淑やかだし、本当に尊敬する。
「それに岡村くん。よく見てくださいな。さっきはああ言いましたが、何もカップルじゃなくてもこの店のアイスはサービスされますわ」
「え? そうなんですか?」
緋陽里さんの指差すポップを改めて細かいところまで見ると、大々的に書かれた大文字の右下に小さく、『男女ペアであればカップルでなくても対象になります』と書かれている。どうやら、クリスマスを盛り上げるための大げさな表現だったらしい。
「分かっていただけましたか? では、並びましょうか。わたくし、早くアイスを食べたくて仕方ないですわ」
「そういうことなら、並びましょうか」
この人、きっと最初から気づいていたんだな……。俺が勘違いしていたから、乗っかってからかっていただけだ。本当にいたずら好きで困る。子供っぽいところがあるミド姉に比べて落ち着いていると思ったが、この人も大概、子供っぽいところがあるな。前言撤回。