第36話「恋人たちは伝えたい」③
しばらくして泣き疲れたワタシは、サークルの手伝いに戻る気力もなくなっていた。運動場に続く階段に座り込み、考える。
「(これで、本当にワタシと翔くんの関係は終わりか……)」
本当の意味で、終焉を迎えてしまったんだ。今までとは違う。ワタシは彼にフラれてしまったんだから。今までは全部ワタシからフッてきたのに、最後はワタシがフラれておしまいだなんて、滑稽な話だ。
中学三年からの約五年間。様々なことがあった翔くんとの恋愛も終わってしまった。これからどうしよう。
ずっと好きでい続けたんだよ? 急に切り替えなんて、できないよ……。
今だって、何かの間違いで翔くんがワタシをまた好きになってくれないか、なんてことを期待している。そんなこと、あるわけないのに。
「(ゆっくりでも、気持ちを切り替えていかなきゃ……)」
ワタシは立ち上がり、歩き出す。急ぐ必要はない。ゆっくりと、自分のサークルへと向かう。
今の時間は午後四時。ぼちぼち、七城祭に来ていたお客さんが帰り始める時間だ。目玉企画はあらかた終わって、大きなイベントとしてあとはダンス部のステージがあるくらい。毎年美術部で行っている演劇も終わったみたいだし、帰る人も多い。
大学のメインルートを歩いてサークルの出店している本棟へ向かう。帰り始める人は多いものの、まだまだ人は多いみたい。多くの来場者と学生が構内を歩く。
「あ」
と、正面から歩いてくる三人組のうちの一人とお互いに目が合い、ワタシとその人は立ち止まる。
「……」
「……」
何と言っていいのやら……。つくづく運がいいのか、悪いのか分からない。さっきあんなことがあったばかりだし。
「えっと……。碧ちゃん」
髪の後ろに白と黒の柄が入った大きなリボンを付けた女性が、ワタシの名前を呼ぶ。気まずさがあるのだろうか? 遠慮がちな呼び方だ。
しかし、ワタシはその暗い雰囲気に抗うように明るく応じた。
「みどりさん、またお会いしましたね~」
できるだけ笑顔で。隣に立つ翔くんは、それでもちょっとばかり気まずそうな表情をしているが、それでも平静にワタシの名前を呼んだ。
「まさか、また碧と偶然会うなんてね。こんなに人が沢山いるのに」
「ここはワタシの大学ですよ? そりゃあ会うことだってありますって~」
ワタシも雰囲気を暗くしないように努めて明るく振舞った。割り切れてはいないが、納得はできている。そのおかげか、こうして明るく振舞うこと自体に辛さはなかった。
「翔平くんとミドちゃんの友達?」
「う、うん。今日、偶然知り合ってね。この子、ミスコンの優勝者なのよ?」
「え!? そうなの! 確かにすごく可愛いもんね!」
みどりさんの隣にいた、ふんわりとしたショートカットの女性が芸能人を見るかのような視線を送る。この人も、翔くんの知り合いなのかな?
「それにしてもみどりさん、翔くんと知り合いならワタシにも教えておいてくださいよ~。突然のことでびっくりしたじゃないですか~」
「う、うん。ごめんね。けどほら、なんか言い出しづらくて……」
「も~、冗談ですよ~。本気にしないでください。分かっていますから!」
気まずそうに答えるみどりさんに、気を遣わなくていいという意味合いも込めて、冗談っぽく笑いかけた。
「もしかしてですけど、みどりさんが一緒に来ていたカレシっていうのは、翔くんのことなんですか?」
「う、うん……。実はそうなんだ」
「やっぱりーー! みどりさんがワタシを呼び出して翔くんに会わせてくれたので、ひょっとしたらそうなんじゃないかな~って思っていたんですよね~。みどりさんのカレシが翔くんか~」
「碧、声がでかいよ!」
ワタシの割と大きく響く声に翔くんはうろたえる。
ショートヘアの女性は、何が何だかよく分からないような顔をしているが、みどりさんと翔くんは赤面させ、翔くんはワタシに注意する。気まずさを取り除くことはできたかな。
けど、そうか……。やっぱり、そうだった……。薄々気づいてはいた。タイミングも何もかも、合いすぎていたから。
翔くんの今のカノジョは、みどりさんなんだ。
長い時間話したわけではないけれど、みどりさんは素敵な人なんだろうなって思う。ダイキ先輩の話だと、この人が翔くんを立ち直らせたっていうことだしね。
失恋したばかりの時に想い人の今カノと対面するというのは、中々胸にズキリと来るが、同時に今のワタシでは勝てないと悟る。
「みどりさん、ありがとうございます」
翔くんとの確執を取り除けたのは、みどりさんのおかげだから。それがたとえ、自分の好きな人の恋人であったとしても、感謝しないと。
「私がこう言っていいのかは分からないけど、ちゃんと和解できて良かったわ」
「はい! ちゃんと……、本当のことを伝えることができて良かったです」
その気持ちに嘘偽りなどない。好きな人にフラれる結果になってしまったけれど、誤解を解けずに、気持ちを伝えずに、これからを過ごすなんてことにならなくて良かった。
翔くんの方を向いて、彼に尋ねる。
「もう帰りですか?」
「うん。十分に堪能したしね」
「そうですか」
短く話をする。本当はもう、さっきのひと時で会う時間は終わりだったんだ。これが正真正銘の最後の会話の機会になるんだろう。
「じゃあね、碧」
「はい、翔くん」
翔くんたちは正門に向かって歩き出す。ワタシは振り返らずに考える。
これで終わり。会話をすることも、もうないのかな。思い返すと最悪な再会ではあったけれど、それでもせっかく、また会えたのに。
ワタシに向ける愛がなくても、ワタシに視線が向いていなくても、もっと話したい……。
翔くん……。翔くん!
『言わなきゃ、気持ちは伝わらないでしょ?』
反復して欲を唱えるワタシが思い出したのは、翔くんが言ったこの一言だった。それを思い出した瞬間、ワタシは後ろを振り返り、叫んでいた。
「みどりさん!」
翔くんの現恋人たる、みどりさんに向けてだ。
「みどりさんがあんまり油断しているようなら、すぐにワタシが翔くんを奪い返しますからねーーー!」
「なっ!?」
言わなきゃ想いは伝わらない。だから、伝えた。
まだ、終わっていない。彼らは確かに付き合ってはいる。だけど、
結婚はしていないんだから!!
だったら、何かの拍子に翔くんがワタシを好きになることだってあるかもしれないよね?
それだけ言って、ワタシは本棟に駆け出した。
……別に、翔くんのことを忘れなくてもいいじゃない? ワタシがほかの人を好きになる前に、みどりさんと翔くんが別れるかもしれないんだし! そしたらまた、アタックしてもいいよね?
結婚しないとゴールじゃないんだからね!
持ち前のポジティブさを宿し、ワタシは笑う。これこそワタシ、水無碧だ。いつでも明るくて元気な女の子。自分に正直な……、いや……、正直すぎる女だ。
まだ終わったわけじゃない。ワタシはワタシらしくするだけだ。
今のワタシの中には、伝えそびれたことは何もない。失恋はしてしまったけれど、とってもとっても辛いけど、それでも不思議と久しぶりに晴れやかな気分を感じていた。
*
花森翠
「……今のって」
正門で立ち尽くす私たち三人。同じように帰る来場者が私たちを見ながらも、避けて門を出ていく。
「ミドちゃん。あの子、『奪い返す』って言っていたけど、やっぱりあの子ってもしかして、以前話に聞いた……」
「……」
その答えに窮していると、代わりに翔ちゃんが呆れたように答えた。
「うん……。俺の元カノ……」
桃ちゃんもそれに対して、「やっぱり」と答え、碧ちゃんの去っていった方向をもう一度見た。
やっぱりあの子、積極性がすごい! 翔ちゃんの話では、翔ちゃんが碧ちゃんを直前にフッているはずなのに、それでなおあの前向きな姿勢。心が強いにも程がある!
「けどそうだね、ミドちゃん。わたしだっているんだから、油断は禁物だよね」
「え!? 桃ちゃんも!?」
恋愛勝負が終結した元ライバルからもそう言われる私。待って! 私のライバル、多すぎじゃない!? これは本当に油断なんてできないよ!
「翔平くんも、ミドちゃんに飽きたらいつでもわたしが拾ってあげるからね」
「飽きないもん! 飽きさせないもん! 私たちはいつでもラブラブなんだから!」
「え~、それは無理でしょ~?」
「そんなことないもん! ね、翔ちゃん!?」
イタズラめいた笑みを浮かべて意地悪を言ってくる桃ちゃんに対して泣き顔な私は、翔ちゃんに答えを求める。
言って! そんなことはないって!
「そうですね~。ずっとラブラブは、無理かもしれないですけど」
ガーーーン! そんな! 私の頭に石が落ちてきたかのような衝撃が走る。
「翔ちゃん、酷いよ!」
そうやって私が言おうとしたところで、
「けど、僕はミド姉を好きでい続けたいと思っていますよ。何があっても、一緒にいたいと思っていますよ」
翔ちゃんはさっきの言葉に続いてこんなことを言った。
途端、私の顔から火が出るほど赤くなる。こんな嬉しいセリフを突然言ってくるなんて、不意打ちすぎるよ!
翔ちゃんはそんな照れている私を見てクスッと笑うと、手を差し出す。
「僕は、ミド姉を簡単に手放したりなんてしません。信じてくれますか?」
私もその問いに、笑って返す。
「うん、もちろん!」
そして、手を握り返す。信じないわけない。だって、翔ちゃんだもの。あなたがそう言うなら、私も信じるわ。
「ちょっとー! そういうのをわたしの前で堂々とやるのはどうなのかな?」
と桃ちゃんが怒る。
けど知ってる。さっきまで、桃ちゃんも私たちの様子を見ながら微笑んでいたことを。
嬉しいな。けど、やっぱ堂々とイチャイチャされるのは、流石に気分が悪いよね。
翔ちゃんに言いたいことがあるんだけど、それは二人きりのときにしよっかな。早く、この気持ちを伝えたい。
「翔ちゃん、大好きだよ♪」ってね。
今回、あとがき長めですよ! 1000文字くらいありますよ!!
第36話を読んでいただき、ありがとうございました。今回は碧との和解話でした。そして、七城大学文化祭編、もとい水無碧編、完結です! 多くの感情が揺れ動いた一連の流れも、ここで一段落です。
自分の過去に後悔する碧。どれだけ望んでも、過去を変えることなどできないのです。しかし、受け入れて進むことはできます。受け入れ方は人それぞれですが、碧の場合は、延長戦を行う選択をしたようです。新たなライバル登場で、翠と翔平は苦労しそうですね(笑)
今回の話で私の考える第4章、私なりの言い方をすれば「ラノベ第4巻」が完結です。文字数にして400,000文字以上! すごいですよね! よくこんなに続けてこられたなと、自分で自分を褒めてあげたくなりますよ!
4巻か~……。アニメにしたら1クール終わるくらいですよね? 感慨深いなぁ。それもこれも応援してくれる読者に励まされてきたおかげ。そして、書いていて楽しくなる魅力的なキャラたちのおかげですね。自分で書いている作品ですが、登場人物にも感謝してしまいます。
今回の第4巻は、全ての話を山場になるように意識して書いてみました。大事な話ばかりで、どれか一話を飛ばすと話が分からなくなってしまうような、そういう話ばかりだったと思います。
第28話の桃果の告白に始まり、第29話の翠とのデート、第30話の碧との遭遇、第31話の翔平の過去、そして第33話で桃果が失恋し、翔平が翠へ告白しました。翔平は過去を乗り切り、設定姉弟は新たなステージへ突入です。
第34話から始まった七城大学文化祭・水無碧編では、碧しか知らない新たな真実が明かされ、結果、碧は過去を大いに悔やむことになりました。特に第35話と第36話では、私なりのメッセージを込め、書き上げたつもりです。皆様なりに解釈していただけたらいいなと思います。
とまぁそういうわけで、第1話から第36話までで最も長いシリーズ物を書いてきたわけです……。流石に疲れました。シリアスばかりだったので書いている側も気を張ってしまうんですよね(笑)けど私は、ラブコメにはやっぱり一定のシリアス要素は不可欠だと思っているので、こうして自分なりに納得の行く終わり方で書き上げられたこと、本当に嬉しく思っています。次回からも適度なコメディと適度なシリアスで、物語をお送りしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします!
……さて。第37話より、「ラノベ5巻」が始まるわけです。作中の時間も季節は冬に移ります。
最近、思うことがあります。目指すべき場所が見えて嬉しいと感じるとともに、それ以上の寂しさを覚える。全ての物事に必ず訪れる「終わり」を実感しています。
翠に残された学生としての時間も残りわずか。物語は、確実に「終わり」に近づいています。
とは言っても、しばらくは続くんですけどね!(笑) まだしばらくはお付き合いください!
こんな超長いあとがきにも付き合ってくれてありがとうございます。では、次回は第36.5話おまけで、その次に第37話です。またあとがきでお会いしましょう! ではでは!