第35話「水無碧は想いたい」①
花森翠
翔ちゃん、桃ちゃんと一緒に陽ノ下姉妹が通う大学の文化祭に来た私、花森翠。だが、緋陽里の所属するサークルが出店する店が忙しくて、翔ちゃんと桃ちゃんが手伝うことになり、私は一人で文化祭を回っていた。
そんな時、一人の女性と出会う。その女性は、レベルが高いと言われている七城女子大学のミスコンで優勝した人だった。肩ぐらいまであるミディアムショートに女の子らしさが出たニットとスカート、ぱっちりとした目に明るい笑顔を携えた、とても可愛い女の子は親しみやすい口調で自己紹介をする。
「水無碧って言います! どうぞよろしくお願いしま~す!」
……? どこかで聞いたことあるような? 気のせいかな?
一瞬そんな疑問が頭をよぎったが、こんな可愛い女の子、出会ったら忘れないだろうし、きっと気のせいよね。私は思い直し、自分も目の前の女性に挨拶をする。
「私は花森翠よ。よろしくね、水無さん」
「うわぁ~、花森さんってすごい美人ですね~! 大人って感じ!」
「そうかな? ありがとう」
「あ、もしかして先輩ですか? ワタシ、まだ二年なんですけど」
「そうみたいね。私は四年生だけど、そこまでかしこまらなくてもいいよ」
「いえいえ! いきなりタメ語なんてできませんよ~。それよりも、花森さんの方は遠慮なく呼び捨てで『碧』と呼んでくれて結構ですので!」
「そう? じゃあ私も『翠』って呼んでくれていいわ、碧ちゃん」
「本当ですか? では、『みどりさん』で!」
嬉しそうに声を弾ませて会話をする碧ちゃん。元気な子だな~。何だか、こっちまで楽しくなってくるよ。朱里ちゃんや桃ちゃん、緋陽里なんかとは違ったタイプね。礼儀はちゃんとしているけど、無邪気な子供らしさがある。
私たちは入場ゲートの近くにあるベンチに腰をかけて話す。
「さっきの人たち、あれって碧ちゃんのファンか何か?」
「そうですね~。ミスコンで優勝してサークルの屋台に戻ろうとしてたら、握手やらツーショットやら求められちゃいまして~」
「流石ミスコンの優勝者ね。熱烈なファンがいるなんて」
「そうですね~。まぁ、迷惑でしかないんですけどね~」
「……」
弾ける笑顔ではっきりとモノを言う碧ちゃん。……うん。まぁ、気持ちは分かるけど。
「応援されるの自体は嬉しいですし、ミスコンに優勝できたのも皆さんのおかげですけど、あそこまで一方的にグイグイ来られて、いきなり付き合ってと言われたり追い回されたりしても困りますよね~」
「まぁ、ちょっと特殊な人たちに追いかけられていたみたいだけど……」
「ぶっちゃけ、キモかったです」
「……」
何だかブヒブヒ言ってハチマキとサイリウムを装備した、やたら脂ぎったメガネの男性もいたしね……。あまり人を見かけで判断するのは良くないのかもしれないけど、普通の女性はあんな男の人に追い掛け回されたら怖い。
「まぁ、天使のように崇めたくなる気持ちは分からなくはないですけどね~。実際ワタシって天使みたいなものですし~」
「そこは全肯定するんだ! ミスコン優勝者とはいえ、すごい自信!」
「彼らのハートを射抜いてしまうなんて、ワタシっていけない天使ですよね~。天使って言われるより悪魔の方がしっくりきます」
「悪魔? 小悪魔じゃなくて?」
「ワタシレベルのミスコン優勝者になると、小悪魔を超越してむしろ悪魔って呼ばれるんですよ~」
「……けど、それだとただの悪い人っていうイメージが強いんじゃないかしら?」
「多数の男の人の心を奪っているっていう意味では、ある意味犯罪みたいなものなのかもですよね~。峰○二子の気持ちが分かる気がします」
「峰○二子は本当の悪党だけどね……」
「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」
「それってル○ンの方じゃない!?」
某有名な泥棒アニメのワンシーンの突っ込みどころに、つい大きめのツッコミをいれると、碧ちゃんは「なんちゃって♪」と言って舌を出す。自信過剰と言っても過言ではない発言も、この可愛い仕草を見ると過剰に聞こえない。本当に多くの人たちのハートを奪っているのね。
「けど、碧ちゃんの人気、本当にすごいのね。実際すごく可愛いし、男の人が寄ってきてもしょうがないと思うわ」
「え~やだ、みどりさんったら~。そんなことはありますけど~」
謙遜を多少に留めて答える碧ちゃん。けど、本当に可愛いし、自分でもそれを自覚してこう答えているからなのか、逆にイヤミに聞こえない。
語尾を伸ばすような話し方とか態度からブリッ子やら小悪魔感やらを感じざるを得ないところはあるけど、認めるところは認めているその姿勢に初対面の私でも会話を弾ませるコミュニケーション能力、明るい態度。きっとこれらがこの子の魅力なんだろうな。ミスコン優勝も納得できる人柄だ。
*
私たちはとりとめもないことを話した。私がどこから来たのかとか、碧ちゃんは大学でどんなことをやっているとか。碧ちゃんは本当に話しやすくて、盛り上げ上手だった。時には冗談を交えながら話して、気づけば私たちはかなり仲良く話していた。碧ちゃんの積極性に負け、初対面から十数分なのにも関わらず、私たちは連絡先を交換するまでに至っていた。こんなことは私にとってはそんなにない。
「それにしてもみどりさんってすごい美人さんですよね~。みどりさんこそ、モテるんじゃないですか?」
「え、私!?」
「もしかして、カレシがいるとか? 今日も一緒に来ていたりとか!?」
話の流れで、私の方に話の矛先が向く。それも、カレシの有無という、この子の大好きそうな恋愛話だ。体を私の方にグイっと伸ばし、目をきらめかせてグイグイ来る。思わず私は体を後ろに倒して答える。
「……うん。まぁ、いるけど」
「やっぱりーー! そうですよね~、こんな美人さんを周りが放っておくわけないですもんね~」
……カレシできたのは本当につい最近なんだけどね。にしても、カレシ……かぁ。身内以外に改めてそう言われると照れる。
けど、ふふっ。何だか嬉しい♪
「どんな方ですか? 写真見せてくださいよ! 写真!」
「えぇ~!? 写真なんて持ってないよ~」
「えぇ~……。撮ってないんですか~? 残念」
この子、本当にものすごく積極的な子ね! 距離感が近いというか何というか。
……けどこれ、某弟にしてみれば私の言えたことじゃないのかもしれない。
「それより、碧ちゃんだってモテるでしょう? あんなファンがいるくらいだもの。カレシだっているんじゃない?」
「ワタシは、カレシとかは……いませんね」
「そうなんだ。今は誰かとお付き合いする予定はないんだ?」
「はい、そうですね。確かによくお付き合いは申し込まれますけど、全部断っていますから」
ちょっと意外に思える。この子のノリ、かなり軽い感じだからカレシだって当然いるものだと思っていた。大樹くんもそうだけど、案外そう感じる人は恋人とか作らないものなのかも。
「一番振り向いて欲しい人に振り向いてはもらえないんですけどね……」
微笑を浮かべながら自傷気味にポツリとそう呟く。さっきまですごく元気だった碧ちゃんの表情が、寂しく見える。特定の誰かと付き合わないと言った後に漏らしたこの言葉。碧ちゃんには、もしかして……、
「碧ちゃん、好きな人がいるのね?」
「……」
碧ちゃんは一度沈黙したが、その後、何かを考えるようにしたあと「はい」と私の質問に肯定した。
「大学の人?」
「いえ、中学の頃から知っている人です」
「中学!? それは随分と前からだね!」
中学生って言ったら、大学四年生の私からしたら少なくとも七年以上は前のことだ。周りの女の子たちでも付き合っている人はいたけど、高校になってあっさり別の人と付き合い始めていた。人によるけど、中学生といえば、そんな恋に恋する年頃だ。なのに、碧ちゃんはその頃から今までずっとその人のことを好きなんだ!
「碧ちゃん、すごいね! 中学の頃からずっとその人のことが好きだなんて、一途なんだね!」
「……そんなことないんです。全然すごくないですよ、ワタシなんか……」
「碧ちゃん?」
私の言葉に、碧ちゃんはより一層悲しそうな顔になる。笑顔でごまかそうとしてはいるが、全く隠しきれていない。
あれ? もしかして私、何か余計なこと言っちゃったのかな? あまり突っ込んだこと聞かない方がいいのかも。
「だってワタシがしっかりしていれば、今でも隣に居られたかもしれないですしね」
「え? 今でも?」
「ワタシはその人と、お付き合いしていたんですよ。けど、全部ダメになってしまいました。先日、偶然その人と会ったんですけど、拒絶されてしまいました」
まさか、その好きな人とすでに中学時代から付き合っていたなんて。けど、それがどうして、ダメになったんだろう? 聞きたいけど聞いてはいけない気がして聞けずにいるワタシを見て、碧ちゃんは逆に尋ねた。
「みどりさん、聞いてくれますか? どうしてワタシがその人に拒絶されてしまったのか」
「……うん」
遠慮ながらもそう返す。碧ちゃんは「ありがとうございます」とお礼を言うと、目線を青い空に向けて、話を始めた。