第34話「設定姉弟は文化祭に行きたい」③
次は緋陽里さんの茶道部へ行こうということになったのだが、道中の誘惑が多すぎて、俺たちはすっかり満喫してしまっていた。
偶然ビンゴ大会をやっていたらしく、参加することになったり、女子大生によるメイド喫茶の勧誘を受けたり。ちなみに、俺は行ってみたかったが、デレていると捉えられたのか、ミド姉の笑顔が怖くなったので、断った。別にデレてなんかいないのに……。
ゲームをやったりもした。今話題のVRゲームを研究している研究室の出し物で、疑似体験させてもらったのは面白かったな!
もちろん、屋台で買い食いもした。一番驚いたのは、七城クレープってやつ。これでもかと生クリームを乗せまくった、女性泣かせか女性歓喜か分からない一品だ。俺には甘すぎて、食べるのに時間がかかった。カロリーを気にしていたモモは、複雑そうに食べていたが、何とか完食したようだ。
「しばらくお昼ご飯はいらないかな……」
「気にしてるなら残せばよかったのに」
「だって、思いのほか美味しかったんだもん」
「ね~。美味しかったよね、あのクレープ! 今度うちでも作ってみようかな」
「ミドちゃんは、あっさりと完食したよね……。そのカロリーは一体どこに消えるのかな?」
ミド姉は「おいし~い」と言いながらあれだけ多かった生クリーム入りクレープを簡単に完食していた。カロリーを気にするモモとは反対に、ミド姉は特に気にした様子はない。俺の口からでは、あまり軽々しくカロリーを気にしていないのか、など聞けないので黙っておこう。
「随分と寄り道しちゃったね。そろそろ緋陽里のいるところへ行こうか!」
「そうだね」
そう言って俺たちは歩き出す。パンフレットに書かれた茶道部の企画名、『喫茶・茶』というのがどうにも気になる。『・』の下に改めて書かれた『茶』ってなんだ?
「どこなんだろう?」
「ですね~。地図だともうこの辺のはずですけど」
「ねぇ、ミドちゃん、翔平くん。この人だかりの向こうにあるお店ってもしかして……」
見ると、一つの教室の前にずらりと並んだ一列がある。そこに続く道を辿っていくと、そこには『茶道部、喫茶・茶』と書かれた看板があった。
「あ、緋陽里!」
列には入らずに入口付近で、開放された窓から教室内を見ると、そこにはせっせと動き回る緋陽里さんの姿があった。いつものバイトで着ている制服ではなく、動きやすそうにアレンジされた和服だ。朱里とは微妙に異なる色の金髪をなびかせて、あっちこっちと移動している。
緋陽里さんはミド姉の声に気づくと、早足にこちらへ向かってきた。
「翠、岡村くん、桃果さん! 来てくださったんですね」
「何だか忙しそうね、緋陽里?」
ほかの部員誰ひとりとして、暇そうにしている者はいなかった。茶道部よろしくの落ち着いた所作はそこにはなく、やけに忙しそうだ。テーブル席が全て埋まっており、簡易的に作られたであろうテーブルが教室の壁について、カウンター席のように配置されていた。
「えぇ、非常にいいところへ来てくださったわ。翠! 岡村くんと桃果さんを少々借りてもよろしいですか?」
「「「え?」」」
いきなりそんなことを言い出す緋陽里さん。え? どういうこと?
「実はこの喫茶店、見ての通り大盛況なんですの」
「うん。それは分かるけど、どうしてそれで翔ちゃんと桃ちゃん?」
「はい、実はですね。この喫茶店は、わたくしたちのバイト先である、『ブラウン』なんですよ」
「「「えぇ~!?」」」
俺たちの声が重なる。俺たちのバイト先が、七城の大学祭に!? どういうこと!?
「今年、売上が急増したのを機に、他地域の方々にもブラウンの味を知ってもらおうということで、マスターと協力してうちの茶道部でお店を出すことにしたんです」
そういえば、珍しくマスターが今日を臨時休業にすると言っていたな。なるほど。『喫茶・茶』ってのは、『喫茶店・ブラウン』のことだったのか……。仮にも茶道部のテイストを忘れない、ユニークな名前だ。
「それでですね。思った以上に盛況でして、持ってきたコーヒー豆の量が足りなそうでしたので、一度マスターにはお店へ追加分を取りに帰ってもらったんです。先程まではここまで混んではいなかったのですが、急に混み始めてしまって。マスターに取りに行ってもらうタイミングを完全にミスりましたわ!」
まさか、マスターまで来ていたなんて……。それにお店の豆を使用する辺りに、マスターのコーヒーに対するこだわりを感じる。
「そこで、マスターに代わってブラウンの業務を熟知しているあなたがた二人にお願いしたいんですの! お願いします!」
「わたしたちは別にいいですけど、……」
「緋陽里、私は手伝わなくていいの? 二人がやるなら、私もやるけど?」
「マスターの着ていた男性用の制服と、茶道部で余っている女性用の和服が一着ずつしかありませんので、お二人で結構ですわ。申し訳ありませんけど翠、どこかで三十分ほど時間を潰していてくださいな。このお礼は必ずしますので! では時間がありません、急いでください!」
そう言って緋陽里さんは、俺たちを室内に入れる。まさか、こんなところでバイトすることになるとは思わなかった……。まぁ、緋陽里さんにはいつもお世話になっているから、これくらいわけはないけど、ミド姉を一人にするのは、ミド姉のカレシとして気が引ける。
「翔ちゃん、桃ちゃん、私はどこかで時間を潰しているよ。ちょうど寄りたい漫研の展示会があったから、行ってくるわ」
「すみません、ミド姉」
「二人とも頑張ってね♪」
と、俺とモモを笑顔で送り出すミド姉。まぁ、この時間にミド姉も漫研の展示で有意義に過ごしてくれれば、問題ないか。
「すみませんね、翠。愛しのカレを少しの間、お借りしますので」
「ちょっ! 緋陽里ーー!」
「安心してください。奪ったりしませんから。ちょっと遊ばせてもらうだけですわ」
「仕事の手伝いをするんですよね!? 遊ばれるの!? 僕、何されるんですか!?」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないでください。ほら、時間がないですわよ」
そうやっていつもの冗談を言い残して、緋陽里さんと俺たちはブラウン出張店の業務についたのだった。
*
花森翠
翔ちゃん、桃ちゃんと別行動になり、賑やかな構内を歩く私。まさか、三人で来て一人で別行動することになるなんて思わなかった……。まぁけど、私が喫茶店の手伝いをやろうとしたところで、戦力になれそうもないもんね。
特設ステージの横を通り、漫研の展示室に向かう。ステージ上では、軽音部の人たちがライブを行っている。
あ、そういえばミスコンってもう終わっちゃったのね。毎年レベル高いって聞いていたのに一度も見たことないから、今年は観てみようかなと思っていたけど、結局一度も観ることなかったな~。
大学の中心に設置された特設ステージを通り過ぎ、漫研部室のある三号棟を目指す。人が多くて歩きにくいけど、中心から遠ざかっているからなのか、人は次第に減っていく。
私が、三号棟に併設されている四号棟の建物を曲がろうとすると、
「ひゃっ!」
「きゃ!」
一人の女性とぶつかり、お互いに尻もちをつく。イタタ……。
「ご、ごめんなさい! 不注意でした!」
その女性は、私に謝るとすぐに後ろを向いて、「やばっ」というと、
「すみません! ちょっとそのマフラーを貸してもらってもいいでしょうか!?」
「え? え?」
とお願いしてきた。わけが分からなかったが、困っているみたいなので、私がマフラーを貸してあげると、その子は急いでマフラーで口元を大きく覆うように付け、隠れるようにして私と背中合わせになった。
しばらくして、四人の男性がキョロキョロしながらやってくる。
「どこいったんだい、僕の天使!」
「握手! 握手~~!」
「俺、彼女と付き合って結婚するんだ……!」
「ブヒーー! ブヒーーー!! あおたん萌えーーーーー!」
誰かを探しているのであろう四人の男性たちは、口々に違うことを言って去っていった。
「行った……?」
ひょっこり顔を出して背後から確認する女性。もしかして、この子の追っかけか何かなの? そういえば、どこかで見たことがあるような……?
「すみません。お礼を言いたいので、こちらに来てもらえますか? ここでは、まだ人が多くて目立つので」
そう言う彼女に引かれるようにして、入場ゲートから少し離れた並木道にやってくる。入場口に近いため、決して人は少なくないが、構内よりは密度が高くない。
彼女は、マフラーを脱ぐと私に返して、お礼を言う。
「ふ~~。困っていたところ、ありがとうございました!」
その子は、女の私でもドキっとするくらいの素敵な笑顔でそう言った。白のニットに、短めに履かれた赤のスカート。ミディアムショートの髪の毛はサラサラしていて、その髪には文化祭のお祭り感を象徴させるかのように黄色の花がつけられていた。
「いやー、大変でしたよ。マフラー貸してもらえたおかげで、助かっちゃいました!」
「いえ、それはいいけど、何か隠れるようにしていたのは何で?」
「実はワタシ~、ミス七城なんですよ~」
彼女は照れもなく、自信たっぷりにそう言った。芸能人のように堂々としていて、それがまた逆に魅力的だ。
けど、こんなところでミスコンの優勝者に会うなんて! そういえば、この子の顔、どこかで見たことがあると思ったけど、購入したパンフレットに載っていた子だ! ミスコンの紹介ページを開き、顔を確認する。目の前にいる女性の顔がそのまま、パンフレットに載っていた。
「本当だ! あなた、ミスコン優勝者なの!?」
「はい。皆さんの応援のおかげで、ミスに選ばれました~!」
そりゃ可愛いわけだよ! だって、レベルが高いと言われている七城祭のミスコンで優勝するほどだもん!
えっと、名前は……、
「水無碧って言います! どうぞよろしくお願いしま~す!」
第34話を読んでいただきありがとうございます! 今回より、七城大学文化祭編です! 翔平や翠の通う大学の名前は出ないのに、何故か朱里と緋陽里の通う大学の名前は出すことになりました(笑)
せっかくキャラクター達が大学生なので、大学祭を舞台にしてみようかなと思って、そうしてみました! とにかく特徴としては、規模がでかいということですよね! 東京大学なんて、あれだけ広い構内でたくさん企画があって楽しかったですよ! それに、屋台ならではの食べ物も良くないですか? 揚げアイスとか、美味しすぎ!(´∀`)
さて、というわけで新キャラ、水無碧です。ウソです。新キャラじゃないです。過去編以来の登場ですね。実は七城女子大学の学生なのでした。気づかぬところで邂逅した翔平の今カノと元カノ。ハッピーエンドで終えた前回でしたが、今度はどうでしょうか?
第35話に続きます。