第34話「設定姉弟は文化祭に行きたい」②
「七城女子大の文化祭に?」
「うん、良かったら行かない?」
喫茶店ブラウンでのバイト終わり。ロッカールームにて帰りの支度を行いながら、一緒にシフトに入っていたモモに尋ねた。
先日、告白を断ってしまった俺にとって、モモとの対面はぎくしゃくしたモノになると思われたが、モモはその後も以前と同じ、友人のように接してくれた。きっと、俺が気まずい思いをすると考えて、あえてそのように明るく振舞ってくれたんだと思う。
そんなモモの気遣いに感謝し、それに応えるよう、俺も今まで同様、気の合う友人としていようと思う。俺にとってもモモは大切な友人だ。恋愛関連で色々とあったが、俺はこれからもモモと仲良くしたい。
「そのお誘いは嬉しいけど、本当にわたしが一緒に行ってもいいのかな?」
そんな聞き方をしてくるモモ。言わんとしていることは分かる。だが、ロッカーの中にある自分の荷物を取り出しながら、俺は返答した。
「もちろんだよ!」
「けど、ミドちゃんと二人きりのデートじゃない? わたしがいたら、二人の邪魔になるかもしれないよ? もしかしたら、翔平くんを誘惑しちゃうかもよ?」
「……」
何だか、以前のモモよりも積極的になっているのは気のせいだろうか? いや、違うか。今までは俺への想いを隠してきたからこんな大胆に言葉にすることをしなかっただけなのかもしれない。
「……それは困るけど、モモは本当に俺たちが嫌がることはしないでしょ? それに、ちょっとやそっとじゃ揺るがないって」
「翔平くんは酷いこと言うなぁ」
そうやって笑って返すモモ。辛さや悔しさを含ませながら言っている感じはなく、本当に冗談で言っているように見える。モモの中でも、すでに吹っ切れているのかもしれないな。
「まったく、付き合いたてカップル二人の中に以前フッた女を入れて遊びに行こうだなんて、翔平くんもミドちゃんも酷なこと言うよね」
「そ、そんなつもりじゃ! 俺たちはただ、モモと一緒に遊びに行きたいだけで……」
「あはは、ごめんごめん。そんなこと言われたら困っちゃうよね。わたしも、二人とは仲良くやっていきたいし、遊びにも行きたいと思ってるよ」
ロッカールームの扉を開けながら、そう言う。マスターに挨拶をして店の外に出ると、すっかり外は夜だ。冷たい風が吹き抜ける、冬の手前。街灯の明かりなしでは、この時間でも歩くのに苦労してしまう。
「だから、わたしも七城の文化祭に行きたいな! 朱里さんの演劇ってのも気になるし」
喫茶店の外に出て、道路に出たところでモモは答えた。肯定の意思を受け、俺は笑って返答した。
「良かった。それじゃあ土曜日、駅に集合で!」
「うん! 楽しみにしてる!」
モモは横断歩道を渡って、自分の家に帰っていった。
良かった、モモとはこれからも仲良くやっていけそうだ。完全に今まで通りとは行かなくても、簡単に関係が崩れることもなさそうだ。
正直、モモとこんなに良好な関係に戻れるとは、あの日には思っていなかった。けど、それでもモモは歩み寄ってくれている。だったら素直に俺も厚意を受け取ろう。
改めて、モモと友人になれたことを感謝しつつ、俺も帰路についた。
*
そして週末。最寄り駅から三つ先にある駅で降り、歩いて五分のところに位置する女子大、七城女子大学。入口につながる大きな階段を上がり、正門に建てられたゲートを抜けると、活気づいた大学の構内が広がっていた。
「うわぁ、人多いですねー!」
流石は私立大学。うちの大学とは規模が違うな。
「桃ちゃんと一緒にここに来るのは初めてだね」
「うん。わたしは高校の時に来て以来だな~」
「そういえば、モモの実家は結構近いんだっけ?」
「うん。わたしも本当はこの大学に入ろうと思ったんだけど、受験に失敗しちゃってね」
この大学も偏差値が高いもんな~。俺たちの通う大学よりも四つ、五つくらい高かった気がする。
辺りを見渡すと、屋台やテントの中に立っているのはみんな女性。女子大だから当然なんだけど、なんだか神聖な場所に足を踏み入れている気がして、男の俺にはどうにも落ち着かないっていうか……。よく考えたら俺って女子大や女子高に入ったことないんだよな~。知り合いはみんな共学だったし、他校の文化祭にも行ったことない。
「最初はどこに行く?」
パンフレットを受付で買い、どこへ行こうかと相談するが、見所がたくさんありすぎてよく分からない。メイド喫茶に特設ステージ。講演会なんて、大物女優が出るようだ。
「やっぱりまずは、緋陽里さんの茶道部か朱里の演劇を見に行きませんか?」
「へぇ。緋陽里さんって茶道部だったんだ」
「そうね。それなら大講堂のタイムテーブルを確認して……」
と話していたときのことだ。
「あれ!? 翠さん!?」
急に知った声に呼ばれ、ミド姉は振り向いた。
「朱里ちゃん?」
そこには二箇所で留めた長い金髪を持つ女性、陽ノ下朱里が立っていた。だが、いつもとは少し違う。格好は見るからにお姫様といったような衣装を着ているし、頭にはティアラまでしている。
「来ていたんですね! それと、翔平に桜井さんも」
「朱里さん、その格好って演劇の?」
「えぇ、そうよ。今、宣伝中なの」
確かに、プラカードを持った美術部員と思われる二人の女子学生が近くにいる。
あれ? けど、朱里がお姫様の格好をして宣伝しているってことは……、
「もしかして朱里、主役なの!?」
「そうよ。何か文句ある?」
「いや、文句なんてないけど、今まで見た朱里の中で一番綺麗だなと思って……」
「なっ!」
これは驚いた! まさか朱里が主役だなんて! けどまぁ、よく考えたら何もおかしなことでもないんだよな。今着ている衣装だって、すごい似合っているし、地毛である金髪の魅力もこれ以上ないくらい自然に引き出せている。ウィッグだと、こうはいかないよな~。
「ふ、ふん! 素直に褒めるなんて、気持ち悪い高校生ね」
「気持ち悪いとは何だよ」
素直に褒めてもこれだよ。結局こいつには何を言ったところで暴言が返ってくるだけなんだ。褒めるだけ損。
「けど朱里ちゃん、本当によく似合ってるね! 本物のお姫様みたいよ!」
「うんうん、本当に可愛いです! 喫茶店の制服姿もいいけど、こっちの方が綺麗だね」
「そうかしら? ありがとうございます」
ミド姉とモモの賛辞を素直に受けて喜ぶ朱里。俺への態度とは全然違うことは、もう気にしない。
「と、ところで……、町田先輩はいらっしゃらないのかしら?」
そわそわしてそう聞く朱里。白の手袋をはめた手を合わせており、落ち着かない様子がよく分かる。
「大樹くんなら、私たちの大学祭の屋台があるから、来ていないわよ」
「あ……。そうですか……」
露骨にズーンと気分を沈ませる。まぁ、主役で晴れ舞台なわけだし、好きな人には見て欲しいよね……。
「けど、もしかしたら午後からは来られるかもしれないって言ってたわよ?」
「本当ですか!!!」
((分かりやす……!))
一転して朱里が明るい表情に戻り、俺とモモの小声が重なる。
ちなみに、モモは朱里から直接、大樹のことが好きだということを聞いたらしい。ミド姉が気づいているのか、知っているのかどうかは分からないが、多分知らないと思う。
「朱里ちゃんの演劇っていつにやるの? 大樹くんも間に合うかもしれないよ?」
「あたしたちの演劇は、午後ですと十四時からですので、是非見に来てください!」
「じゃあ、私たちも午後に行こうか! じゃあね、朱里ちゃん。宣伝頑張って!」
そう言って、俺たちは大学の更に奥へ向かった。にしても、朱里が主役か……。大丈夫かな? 大樹が見に来たら、カチコチになって演技できなくなったりして……。
*