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第33話「岡村翔平は告白したい」③

 堂々と、自信を持って返答した。目の前の女性から目を逸らさず、はっきりとモモの告白を断った。


「……そっか。好きな人がいるのか……」

「うん」

「その好きな人って……、ミドちゃん?」

「うん」


 ずっと前からだったのかもしれない。俺を変えてくれたきっかけとして、憧れを抱いていた。自分の自信のなさで、気づけていなかっただけで、その憧れに含まれる気持ちに彼女を魅力的な女性として見る、恋心が含まれていたのかもしれない。


 今回の件を通して、はっきりと分かった。俺は、ミド姉のことが好きだ。『設定上の姉』ではなくて、『一人の女性』として……。


「……そっか。分かっていたよ、何となく。本当はそうなんじゃないかなって……」


 モモは、そう言った。俺以上に、俺の気持ちに勘づいていたのかもしれない。


「けど翔平(しょうへい)くん、ミドちゃんは翔平くんのことを弟としか思っていないかもしれないよ?」

「分かってる」

「ミドちゃんに告白しても、『弟だから』って理由で、断られるかもしれないよ?」

「そうかもしれない」

「……わたしだったら、翔平くんのこと……、ずっと一人の男性として、愛し続けられるよ……?」


 言葉を交わすごとに、涙声に変わっていくモモ。それでも涙は流さないのだから、立派だ。俺もそれに対して、真摯に応えなければいけない。


「モモの気持ちは、すごく嬉しい。けど、ごめん。それでも俺は、ミド姉のことが好きなんだ」


 例え、断られたとしても構わない。俺は、ミド姉に想いを告げる。この気持ちは、変わることはない。


「そっか。それなら、仕方ないね……!」


 傾いた陽の光がモモを差す。笑顔でいるモモの頬を流れる涙に光が反射して、とても美しく照らしている。まるで、宝石のように見えるその涙が一粒、また一粒と地面に落ちる。断られてなお笑顔でいられる女性の顔を、彼女が何かを言い出すまで俺はずっと見続けた。



「あ~あ、フラれちゃった。こんなことなら、もっと早く告白しておけばよかったな。それこそ、勉強会をした日にでもさ」

「え? もしかしてあの『弟になって』っていうのは……」

「実はそうなんだ。本当は、『一日だけ彼氏になって』ってお願いするつもりだったんだけど、こじれてああなっちゃった……」

「どうこじれたら、そうなるのさ……」


 モモは「あはは」と笑ってごまかす。第二の『弟宣言』は、決して本気だったわけではないのか……。どうしてモモが姉になりたがっているのか不思議だったが、謎が解けた。


「それで、翔平くん。ミドちゃんに告白しに行くんでしょ? 今から、行かないの?」

「うん。行こうと思ってる」

「うん。それなら行ってきなよ。わたしはもう、翔平くんからきちんとした返事をいただいたんだからさ」


 そう言ってモモは、俺をミド姉のところへ行くよう促してくれた。俺もその厚意を素直に受け取ろうと思う。


「ミドちゃんにフラれたら、わたしがまた告白してあげるから、安心してフラれてくるといいよ!」


 いたずらめいた表情でそう言うモモに苦笑いを返し、背を向ける。そしてミド姉のマンションへ歩き出す。振り返ることなく進み、モモが木の影で見えなくなったところで一度振り返り、お礼を言った。



「ありがとうモモ。好きでいてくれて……」


 *


 桜井桃果(さくらいとうか)


「負けちゃった……」


 翔平くんが見えなくなって一人になった広場で、わたしはそうつぶやきます。ミドちゃんとの正々堂々の恋愛勝負は、わたしの完敗です。町田(まちだ)くんの話だと、一度告白したことで翔平くんにわたしのことを意識させたわけですから、わたしの方が優勢だったようなのですけどね。見事、ミドちゃんに逆転されてしまいましたか……。


 けど、仕方ないですね。ミドちゃんが、翔平くんを立ち直らせたんですから、その時点で、わたしの敗北は決まっていたのです。わたしがなにか出来ていたら、結果は変わっていたかもしれませんが、力が及びませんでした。わたしの負けです。


 陽が沈みかけて、暗くなってきている広場。わたしは、そんな広場のベンチに向かって、歩きます。バイト終わりで疲れていたのもあったので、ゆっくり休みたかったのです。


「(初恋、終わっちゃったな……)」


 ベンチにもたれかかり、物思いにふけります。最後は色々ありましたが、終わってみれば、何ともあっけなかったですね。初恋が実らないとはよく言いますが、確かにその通りかもしれませんね。実る人もいれば、実らない人もいる。


 けど、わたしはこの半年間で大切なことをたくさん教えていただきました。たくさん、成長できたと思います。大事な友達も何人もできました。


 本当に、翔平くんが初恋の人で、良かったな。歳下だけど……、可愛い顔だけど……、わたしにとってはとても頼もしい。心地よい時間を、たくさん過ごさせてもらいました。


「っく……」


 もういいですよね? 翔平くんはいないのですから、この広場には今、わたし一人なのですから……。


「……ぇく、う、うっ……」


 止まらない涙がベンチや地面、膝に落ちます。顔をぐしゃぐしゃにしながらわたしは、好きな人のことを思い出し、ひたすら泣き続けました。



 さようなら、わたしの初恋。素敵な時間をありがとう……。


 *


 岡村翔平(おかむらしょうへい)


 モモと別れ、ミド姉の住むマンションを横目に見ながら、その先の公園を目指す。十月終わりのこの時期は、すでに陽が短くなっており、午後六時になっていないというのにすでに街灯が辺りを照らしていた。


 ミド姉はまだ来ていない。俺は、公園の入口で待つことにした。


 これから俺は、ミド姉に告白する。考えると、人生で初めての告白だ。(あお)の時も、告白自体は向こうからだった。モモにはかっこいい事言ってしまったけど、正直、めっちゃ緊張している! 今まで『設定上の姉弟』として過ごしてきただけに、どんな風に話を切り出せばいいのか分からない。

 そのまま「好きです」とだけ伝えても、絶対に勘違いするよね、ミド姉! あのブラコンで天然な姉には、しっかりと「付き合ってください」と言わないと……。


「翔ちゃん、お待たせ!」


 午後六時にはまだ早いが、ミド姉が来た。縦ラインの入った赤のセーターに、白のコートを着ている。黒のスカートの下にはストッキングと、すっかり寒くなった秋の夜に備えた衣服に身を包む。いつも通りの笑顔で俺に挨拶をするミド姉を見て、俺はドキっとする。心の準備は出来ているはずなのに、やはり緊張する。


「ミド姉、わざわざ来てくれてありがとうございます」

「ううん。これくらい全然問題ないよ! ……それで、(もも)ちゃんへの告白は……、どうなったの?」


 不安そうな表情でこちらを見るミド姉。立ち直った俺を見て、安心はしたのだろうが、やはりきちんと返事を返せたのか、気になるのかもしれない。


「はい、無事に伝えることができました。ミド姉のおかげです」

「そ、そうなんだ! それで、えっと……。翔ちゃんは、桃ちゃんと……、お付き合いするのかな?」


 不安そうにモモへの返事の結果を尋ねる。それが、姉としての不安なのか、一人の女性としての不安なのかは今の俺には分からない。俺は、そんな様子の彼女に結果を伝えた。


「いえ、断りました。モモには悪いですが……」

「こ、断ったの? 何で!? 何で!? やっぱり桃ちゃんを友人以上には見られなかったってこと?」

「いえ、モモは素敵な女性です。確かに付き合ったら、楽しく過ごせるでしょうね……。けど、僕には、他に好きな人がいるので……」

「……え? 翔ちゃんに好きな人?」


 俺がそう言うと、ミド姉は驚きで目を丸くし、瞳を揺らした。今までそういう話はしたことがないんだ。初めて聞かされる俺の気持ちに驚くのも無理はない。


 ここまで言ったんだ。それならもう、今、言うしかない。



「僕はミド姉のことが好きです! 僕と付き合ってください!」



 暗くなった公園内。十分に聞こえるように声を出し、まっすぐ目を見てミド姉に想いを告げた!


「え? え?」


 ただ混乱したような声を出している。これで俺のことを弟としてしか思っていなかったなら、今、何を言われているか分からないだろうな……。突然の弟からの告白なんて、誰が想像できるんだろうか? アニメやラノベでそういう展開が多いとはいえ、実際に目の当たりにして、冷静でいられる人なんていないだろう。


「私のことが……好き? お姉ちゃんとしてではなくて?」

「はい! 今までは設定上の姉弟として一緒に過ごしてきましたけど、僕はミド姉のことを一人の女性として好きになってしまいました! こんな僕で、ミド姉の恋人が務まるかどうか分かりませんけど、それでも、恋人として意識してほしいと考えています! なので、僕と付き合ってください!」


 俺がミド姉をどう想っているのか。これから、どうしたいのか。はっきりと口にし、頭を下げる。俺なんかが付き合っていけるのかとは、やっぱり思うけれど、これでいいんだ。絶対の自信なんかいらない。不安があっても、俺はミド姉と付き合いたいと思っている。これでいいんだ。


 沈黙が包む。俺はおそるおそる顔を上げ、ミド姉を見た。すると、そこにあったのは、一筋の涙を流す、ミド姉の笑顔だった。



「はい。私も、翔ちゃんのことを一人の男の子として好きです。だから私からも、よろしくね」



 下まぶたに嬉し涙を溜めながら、微笑むミド姉。俺はその笑顔に安心し、自身も喜びの表情を浮かべた。


「……! はい、よろしくお願いします!」



 そして、ミド姉の承諾の言葉に俺も改めて、ミド姉に挨拶をした。


「翔ちゃんと、恋人同士か~……」

「何だか、変な感じですね。今までは僕たち、『設定上の姉弟』だったのに……」


 こんな経験している人、世界中探しても俺たちだけだと思う。義姉弟から交際というパターンは、あるのかもしれないが世間体というものがある。いずれにしても、『設定上の姉弟』なんていう特殊事情からの交際はないだろう。


「まさか姉弟から恋人になる日が来るなんて、思ってもいなかったよ」

「それは僕も同じですよ! ミド姉は最初から、僕のことを弟としてしか扱っていませんでしたからね」

「だって! しょうがないじゃない! 弟の魅力に気づいちゃったんだから!」

「一体どれだけ僕がドギマギしたことか……」


 隙あらばくっついて来て俺を愛でるんだもんな~。こっちは緊張しっぱなしだったというのに。


「私に、恋人か……。しかも、歳下の」

「はい、頼りないかもしれない歳下ですけど、頼りにしてもらえるよう、頑張ります!」

「うん! だけど私にも頼ってね! 何たって、お姉ちゃんなんですから!」


 あははと笑う俺。恋人になったところで、この姉主張はまだまだ続きそうだな。


「けどこれからは、弟としてだけではなく、君を一人の男性として、好きでい続けるわ。信じてくれるよね?」


 ミド姉は疑いもなにもなく、柔らかく微笑んだままそう俺に聞いた。


「はい。もちろんですよ」


 俺も、ミド姉の問いに自信を持って即答する。


 ミド姉となら、自信を持って一緒に歩んでいける。そんな気がする。


 ミド姉の横に歩み寄り、俺はミド姉に左手を差し出す。その左手に、ミド姉は右手を重ね、歩き出す。同じ歩幅で、ゆっくりと。



「翔ちゃん、大好き♪」



 いつもと同じ愛情表現。だが、いつもとは少し違う愛情表現。


 設定上の姉弟として始まった俺たちの関係は、ここからまた、始まる。


 設定ではない、恋人関係として!


 第33話を読んでいただきありがとうございまぁぁす!! 翠と桃果の恋愛勝負、これにて決着でございます。


 長かった~。ここまで来るの、すっごい長かった~。どうやって話をつなげて行こうか、考えるのすごい大変だった~。なにせ、第27話からずーーっと話が繋がっていますからね。区切りはありますけど、一連の流れは切れませんでしたし、作中時間は一週間とちょっとしか経っていないですし……。

 けど、書ききれて良かったです!


 桜井桃果の初恋はひとまず、これで終わりです。切なさと、少しの後悔と、失恋の悲しさを乗り越えて、桃果には成長して欲しいと思います。彼女が、どう考え、どう物語の中で生きていくのかも今後も書いていきたいと思います。フェードアウトはしませんよ! メインキャラですからね!


 さて、翔平は過去を乗り越え、翠を選んだわけです。まさに、「俺と彼女の関係は設定上の姉弟なはず・・・」ですよね?笑

 晴れて両思い、そして交際という新たなステージに到達した二人の関係は、どのように進展していくかを見ていって欲しいと思います。どうぞよろしくお願いします!


 では、今度は第34話のあとがきでお会いしましょう!

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