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第3話「陽ノ下朱里は守りたい」③

 岡村翔平(おかむらしょうへい)


 ミド姉が講義に出かけて、五分後くらいのことだった。喫茶店でゆっくりしていた俺に、金髪の女の子が不機嫌そうな顔で話しかけてきた。背が小さくて一見すると中学生くらいに見えなくもない。全体的にヒラヒラとした服に身を包み、小さく二箇所で留めたロングのブロンドヘアをなびかせる。この喫茶店、話しかけられるスポットかなんかなの?


 俺達は、川沿いにある小さな公園まで足を運んだ。喫茶店からの距離は二〇〇メートルくらい。遊具も何もない、草地と休憩所があるだけの広場だ。

 昨日の雨による影響もあり、地面の草花は湿っているものの休憩所は水たまりもなく乾いている。しかし、会話は立って行われる。そもそも、隣同士に座れる雰囲気でもない。


 公園に着いてちょうど広場の真ん中辺りについたところで、彼女は歩を止め、二メートルくらい後ろを歩いていた俺に向き直ると、腰に手を当て、右手で俺の方を指差し、単刀直入に質問を投げかけた。


「あなた、(みどり)さんとはどのような関係?」

「ど、どのような関係と言われましても……。そうですね~。うーん」

「何よ、はっきりしないわね。一言で言えばいいのよ」

「えっと、一言で言うと、『姉と弟』? でしょうか」


 うーん。そうとしか答えようがないよな~。先輩と後輩? とは言っても、別に元々面識があったわけでもないし、知り合ったきっかけがそれだもんな~。


「けどそれは、本当の『姉弟』という意味ではないのよね?」

「えぇ、そうですね」

「はっきりと言うわ。翠さんに変なちょっかいかけるのはやめていただきたいの」

「……」


 何も言えなくなる俺。この子は、ミド姉の後輩かな?


「翠さんは、素晴らしいお方よ。あなたのように何も考えていない子供とは違う。明確な夢を持っているの。漫画家になるっていう夢がね!」

「そうですね。本当に尊敬する方です」

「あら、知っていたの? それなら話が早いわね。あなたがやっていることは彼女の夢の足かせ以外の何でもないわ。今すぐ彼女を解放しなさい!」

「解放って、僕は、彼女と同意の上でこの関係なんですよ? むしろ、こっちが協力して……」


 言いかけの俺の言葉を遮り、彼女はすぐに返答する。


「同意の上ですって? あなたは彼女の人の良さにつけこんでいるだけよ! 彼女は、頼られることに喜びを感じるタイプ。あなたはそれを知って、彼女の優しさに甘えているだけよ!」

 確かに……ミド姉、すごく頼られたがるよなー。それに甘えて欲しがっているっていうか。まぁ、姉として頼りになるところを見せたいのだろうけど。


 だけど、彼女の言葉には少し理解できないところがある。俺が彼女の弱みにつけこんでいるだけやら、優しさを利用しているといった言い方に話が見えてこない部分がある。


「とにかく、このまま翠さんと付き合っていくのはあなたのためにもならないし、ましてや、彼女のためにならない! だから、今すぐに彼女と別れてちょうだい!」


 俺がミド姉の邪魔をしている? 確かに、今までやってきたことは、普通の姉弟のそれにしては行き過ぎているところもあった。しかも、俺が原因でミド姉はブラコンになってしまったわけだし……。確かにいい影響与えていないかもな。


 この子は、どこで知ったか知らないけれど、ミド姉の後輩として、漫画を描くのに悪影響を及ぼしかねない俺をミド姉と離したいわけだ。


 それに、言葉使いを聞いていると分かる。一見、背も小さいし子供に見えなくもない姿だが、考えていることは大人だ。この時間に制服も着ずにいるってことは、大学生だろう。彼女はミド姉を本当に尊敬していて、憧れている。そして何より、心配なんだな。


 いきなり現れたどこの誰とも知らない俺が……ミド姉を何も分かっていないと思っている俺が、出来もしない『弟モデル』を演じていることに不満を持っている。


 だけど、

「お断りします」

「なっ!?」

 俺は彼女の要求に応えない。


 いい影響ばかり与えているわけでもない。だけど、それ以上に彼女は前を進んでいる。俺という『弟』を作り、『姉』になろうとしている。本物じゃなくても姉と弟の気持ちを理解しようとしている。彼女の努力を最初から否定していい権利なんて、目の前の金髪女性にも俺にもない。


「彼女は……、ミド姉は、僕をきっかけに選んでくれました。だから、僕はその期待に応えたい。僕と彼女の関係を崩す権利は、あなたにはないんです」

「何を戯言を!」

「彼女は僕にきっかけを意識させてくれた人です。僕にできることは、できる限り彼女に協力したい! まっすぐ前に進んでいなくても、正解の道か分からなくても、前に進まないと分からないことだってあると思うから、僕は彼女の弟でい続けます!」


 俺は、以前の俺からは出せない発言をしていた。それは、自信たっぷりと。

 全て、彼女の影響だ。間違いなく、俺に対してプラスに働いている影響。だったら、俺も彼女にプラスの影響を与えられるよう、努力するだけだ。


 金髪の子は、納得していない様子で歯に力を入れ、さっきよりも強い口調で怒鳴ってきた。

「ふざけないで! あなたみたいなガキンチョと翠さんが釣り合うわけないでしょうが!」

「確かに釣り合わないですね。でも、それって今、関係ありますか?」


 朱い瞳に怒りが灯っているのが分かる。俺は正面からその目と対峙する。ここは目を逸らすわけにはいかない。


「関係大アリよ! パーフェクトな美貌と優しさ、大人の魅力も合わせ持つ翠さんとあなたみたいな高校生が付き合うなんて、言語道断! 身の程知らずもいいところだわ! 恋に恋しているだけで恋人がいることをステータスに思っているだけの人が、翠さんを幸せにできるとは、到底思えないもの!」

「え? 高校生……?」

 今、この人、俺のこと、高校生って言ったのか? あれ? 何だか話が噛み合ってないような……。

「そうよ! 四つ以上離れた、まだまだ子供であるあなたのような高校生が、翠さんを幸せにできるわけないと言っているのよ」

「……」


 額に汗する俺。もしかして、この人、色々勘違いしてる?


「あの……」


 少し声を小さく、遠慮気味に目の前の女性に向かって尋ねる。


「何よ! まだ反論があるわけ?」

「はい。えっと……」

 俺は、腕を組み仁王立ちする彼女に真実を告げた。


「僕、高校生じゃないんですけど……」

「……え?」


 沈黙する彼女……。さっきまでの剣幕が消えていき、「こいつは一体何を言っているの?」という風な顔つきだ。


「僕は大学生です」

「そ、それでもしょせん、歳が離れていることに変わりはないわ!」

「大学三年です」

「!!!」


「さ、さんねん?」という声が彼女から漏れた。そんなに見えない?高校生に間違われるなんて、半年ぶりくらいなんだけど……。


「あ、あたしより年上……」


 あ、なんか久しぶりにこの童顔でかなりのショックを受けている。部活勧誘のときに後輩の自信を少しなくして、罪悪感を感じていた時よりショックだ。

 ていうか、この人やっぱり年下か……。こういうこと多すぎだろ。せめて年上の人にもう少し低年齢に見られるとかの方がショックは少ない。


「ふ、ふーん。そうだったんだ。あたしより先輩で、翠さんと一つ違いと、そういうことでオッケーかしら?」

 発言に威力がなくなってきている。自分の中で固まっていた『翠さんに悪影響を及ぼす不純高校生』という概念を変換しているのだろう。


「それでも、翠さんをあんなに篭絡させて、漫画描きに悪影響を与えているというのは事実! 今日、たまたま喫茶店であなたたちの会話を聞いていたら、危ない発言が沢山出てきたのも知っているんだからね!」


 危ない発言なんてしたっけ? 記憶にない。ていうか、ずっと喫茶店にいたんかい! 盗み聞きとか感心しない。


「それに、歳こそそこまで離れていないけれど、あなたはしょせん年下。翠さんを養っていく甲斐性なんてないのでは? だから、あたしはあなたたちの交際を認められないわ!」

「交際!?」

 この人今、交際って言った? これも勘違いしている?


「いやいやいやいや、僕とミド姉は交際なんてしてないですよ!」

「ふぇ???」

 ついに間抜けな声を出す金髪の後輩。脳が新たなデータを処理するのに追いついていない。


「僕、交際なんて一言も言ってないですよね!? 最初に関係聞かれたとき、『姉と弟』って言ったじゃあないですか!」

「だからそれは、その……その……そういう、プ……プレイという意味で言ったんでしょう?」

 耳まで顔を真っ赤にして小さくゴニョゴニョ言う彼女。それを見て俺も顔に熱を感じる。


 もしかして、この人、俺とミド姉について、何も知らない?


「あの、一回、話を整理するために僕の話を聞いてもらえませんか?」


 そう切り出した俺に、彼女は黙って頷いた。俺は一から、彼女との出会いから話し始めたのだった。


 *


「何よそれ! 全然違うじゃない!」

「いやいや、それはこっちのセリフだから!」

 俺の話を一部始終聞いた彼女からは、さっきまでの嫌悪な態度は消えていた。

 休憩所の椅子に座りながら、隣同士で話す俺たちは同時にため息を吐いた。


 彼女は、

 ・俺がミド姉に告白して、一度は断られたが、諦めきれず縋った。

 ・その結果、お人好しなミド姉が期間限定で付き合うことを断りきれず、交際が始まった。

 ・更に、その心につけこんで、「姉・弟プレイ」をさせていた。

 ・嫌がるミド姉に無理やり迫り、彼女を篭絡してしまった。


 と思っていたらしい。俺、酷過ぎ。そりゃああんな剣幕にもなるわな。


「まさか、翠さんがそんなことを考えていたなんて、思いもしなかったもの」

「確かに普通の人はそんなこと思わないよね」

 客観的に聞いたら、一目惚れで『弟宣言』ってのは違和感満載だよな。


「あたしったら自分で自分が恥ずかしいわ……。それもこれもお姉さまがあんなこと言うから……。色々と勘違いしてみっともないところを見せて、悪かったわね」

「もういいって。全部分かってくれて良かったよ」

 金髪の女性は素直に謝罪をしてきた。やはり、見かけによらず大人だよな。


「そういえば、あなた、名前は何ていうの?」

「そういえば、名前も知らずに言い争いしてたんだね、俺たち……。俺は、岡村翔平。君は?」

「あたしは陽ノ下朱里(ひのもとしゅり)よ。太陽の『陽』にカタカナの『ノ』と上下の『下』、『朱い里』って書いて、『朱里』よ。姉がいて紛らわしいから、あたしのことは下の名前でいいわ」

「そうか。朱里はミド姉のことを本当に大事に思っているんだね」

「当然よ。彼女のような素晴しい女性はそうそういないわ。おまけに絵は上手だし、あたしの目標よ。いつか、彼女の絵も超えてみせるわ」

「それなら、俺と同じだな。絵は描いていないけど、彼女と同じように前向きな心を持てるように俺も目標にしてる」

「勘違いしていたとはいえ、あなたのこと少し誤解していたようね」

「ん?」


 朱里はちょっと照れながら上を向き、閉じていた目を片目だけ開いて続ける。


「あなたもちゃんと翠さんのこと考えているのね。悪い人でもなさそうだし、その、変な関係だけれど、あたしも翠さんを応援するわ。それに、あなたのことも……少しは応援してあげるわ」

「あぁ、ありがとう。俺も君の絵が上達できるよう、応援するよ」

「ふん」


 先程まで仮にも年上に対して乱暴言っていてバツが悪いのか照れくさいだけなのか、朱里はこちらを振り向かずに話す。

 だけど、こいつは本当に素直だ。思ったことを全て口にし、それが間違っていたと分かったら、自分の否を認め、受け入れる器もある。ミド姉と負けず劣らず、出来た人間だ。


「それにしても翔平。あなた、本当に童顔なのね。そんな顔しているから、高校生に間違えられるのよ」

 さっきまで目を合わせなかったのに、こっちを向いてニヤニヤしてくる。


「うるさいわ! 顔のことはしょうがないだろうが!」

「これだったら、あたしがあのような勘違いをしたとしてもしょうがないことね」

「あそこまで酷い勘違いは俺の顔があったとしてもできないわ! なんだよ、あの、『俺が諦めきれず縋る』って! 最低すぎだろ! そんなやついるか!」

「そ、それは……高校生と付き合ってる翠さんを想像できずに暴走したらこうなったのよ!」

「今、自分で暴走って言った! 思い込み激しいこと認めたろ!」

「うるさいわね! そんな細かいこと言ってるから童顔なのよ」

「関係あるかーーー!! 童顔童顔言うけどな、朱里だって高校生に間違えられても仕方ない容姿してるじゃないか!」

「ぐっ、気にしているのに……。女は別に可愛い顔していても可愛いからいいのよ!」

「くっ、確かに俺もその通りだと思ってはいるが……」


 お互いに認め合ったのも束の間。俺たちはしょうもない言い争いを繰り広げる。前言撤回。こいつ、やっぱり心が狭い。


「そもそも、喫茶店での会話に出てきた『お風呂を覗かれるシーン』ってやつ、完全にアウトでしょう。タオルを巻いていたとしても」

「俺だってそう思うよ! だからもうああいうのは無しってミド姉に話したんだ」

「本当でしょうね? まぁ、今回は翠さんの提案だし、こんな話したあとだからとりあえず何も言わないであげるけど、次やったら承知しないわよ」

 目が怖い。俺だって不本意なのに……。こういう時に男の供述は役に立たない。


「と、いけない。そろそろ翠さんと待ち合わせてるんだった。駅に行くけど、あんたも来る?」

「いや、俺はこのあと講義があるから大学に行くよ」

「そっ。それじゃあ大学まで行くわよ」


 俺たちは口喧嘩しながらも互いにどこか晴れ晴れとした気分で大学まで歩いた。ちょうど今の天気と同じように晴れ晴れとした気分で。


 *


 陽ノ下朱里(ひのもとしゅり)


「朱里ちゃん、久しぶりだね!」

「お久しぶりです、翠さん。今日も教えていただきたい部分があるんですけど」

「いいわよ♪ 私にできることなら!」

 翠さんはそう言ってあたしに笑顔を向ける。


 駅前の喫茶店でスケッチブックを広げるあたしと翠さん。以前描いた人物画の気になる部分を見せようとすると、翠さんのスケッチブックに描かれた弟キャラが目に入る。


「翠さん、これ、最近描き始めた弟キャラですか?」

「そうなの! 翔ちゃんにモデルをしてもらってね! 最近ペンがノってノって♪」

「そうですか! よかったですね!」

 ふむ、翔平の話の通り、上手くいっているようね。


「うん、もうホント、翔ちゃんが可愛くて可愛くて……。この前なんて、ご飯一緒に食べてたら、翔ちゃん猫舌だったみたいで舌やけどしちゃったの」

「へ、へぇ」

「それにね、この前私の家に来たときに暑いから私が一枚脱いだら、顔を赤くして反対向いちゃってーー。あのときの照れた翔ちゃんも可愛かったわ~」

「そ、そうなんですね……」

 顔を横に振る翠さん。その表情からは見えるはずもないハートが撒き散らされている気がする。


「それにそれに、これが何と言っても一番だったんだけど、寝顔!!!! 天使! 天使が寝てるのかと錯覚しかけたわよ! そのときにスケッチしたのがこの絵なんだけどね、どお? 可愛くない? ハァーー、翔ちゃん、癒されるーーー」


 や、やばい……。翠さん、完全にブラコンになってる! 


 今なんて、スケッチブックに顔を擦りつけて頬を黒くしちゃってるし……。周りのお客さんもこっちを見てるわよ。


 この弟への心酔ぶり。翠さんの性格をここまで変えてしまうなんて……。


 岡村翔平、彼はやっぱり危険人物だわ!


 第3話を読んでいただきありがとうございます。

 前回は翠が無事(?)ブラコンになりましたね。

 今回は、翠を尊敬する後輩、朱里のお話でした!気の強い金髪キャラです。

 サブタイトルが朱里なのに、朱里よりも先に姉の緋陽里を出すことに抵抗がありましたが、うまく落ち着いたと思うので良かったです。


 お話を考えていると、当初の設定からどんどん離れた行動をしていくので困りました(笑)やっぱり話を考えるのは難しいですね。

 それでも、そんなのだからこそ、書いていて楽しいし、書き上げたあとはとても気持ちいいです!

 まだまだ全然注目されていませんが、書く事の楽しさを忘れずに、読んでもらえるように頑張ります!


 ブックマークしてくれている人、本当にありがとうございます!感想をくれた方、もらった時はとても感動しました!とても嬉しく、とても励みになります!同じ人でもいいので、何通送っていただいても嬉しいです!


 最後に、ブックマークせずとも、この作品を読んでくれている方たちも本当にありがとうございます。PV数見て読んでくれている人がいるだけでも嬉しいです!これからも応援よろしくお願いします!

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