プロローグ
「ミド姉、しっかりしてください!」
ここは彼女、花森翠さんの自室。そこで俺と彼女は普通に朝を迎えたはずだった。一人暮らしの女子大生の家に付き合ってもいない男が寝泊りしてしまったことが普通と言われると、それはそれでどうかとも思うけど、とにかく、俺と彼女は普通に朝の挨拶をし、普通に会話をしていたつもりだった。
だが、現在の部屋の様子はどう見ても普通とは言い難い。床には大量の血。大きなリボンを後ろに付けた、茶髪の女性の頭を俺のひざで支えている。彼女の口には生々しい吐血の跡が残され、俺と彼女の衣服や髪の毛も多少の赤い液体で染められていた。
「私は……もう、ダメみたい……」
「馬鹿なこと言わないでくださいよ! こんな死に方、あまりにも馬鹿げています!」
「弟の手に抱かれて死にゆくのであれば……私は満足……だわ」
ミド姉は手をピクピクさせながら、俺の方に手をやる。
「最後にもう一度、『お姉ちゃん』って呼んでもらっていいかしら?」
最後の力を振り絞るように、力ない右手を俺の方に差し出す。俺は、そんな彼女に大声で応じた。
「だから、呼ばないって言ってるでしょ! それが原因で死にかけているんですから!」
「そんなーーー!? 呼んでよーーー!! 私、お姉ちゃんでしょーーーーーー!」
さっきまでの重苦しい空気とは一変、駄々をこね出す自称『姉』。お姉ちゃんって言いつつ、これじゃ完全に子供じゃん!
「翔ちゃんに『お姉ちゃん』って呼ばれたいの! ねぇ、翔ちゃん!」
「うわ、ちょっと! 血まみれの状態でこっちに抱きつかないでくださいよ! 僕に血がつくじゃないですか! あと、色々当たっていますから!」
「恥ずかしがる翔ちゃん、可愛い! 顔赤くしてる……ハァハァ……。あ、やばい、鼻血出る」
「うわぁぁぁぁぁーーーー! これ以上血を出したらマジで死にますよ! とりあえず離れてくださいぃぃぃ!」
……
これが俺、岡村翔平の姉。
ただし、姉と言っても、本当の姉ではない。義姉弟というわけでもない。正真正銘、一週間前まで赤の他人だった、同じ大学に通う年上の先輩だ。
どうしてこんなことになってしまったかと言うと、端的に言えば俺の不用意な発言のせいだ。だが正直、俺が悪いのかと問われれば、首をう~んとかしげてしまう。
きっかけは大学三年になった初日、四月一日。自分の不甲斐なさに悩んでいたあの時、あの一言から始まった。
「君、私の弟になって!」