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吸血鬼


 それは影から出でるもう一人の魔人。

 実体を得た影は、焔を引く剣閃に介入してこれを阻む。

 起死回生の一手は、不発に終わった。


「――くッ」


 魔力もほぼほぼ底を尽きた。

 中型魔獣を始末したカリンも、魔人を倒せるほどの余力はない。


「もはや油断はしない」


 畳み掛けられる。

 鍔迫り合いの最中にはじき飛ばされ、体勢を大きく崩した。

 その隙を突くように、魔人が身に纏う濡羽が全方位に向けて放たれる。

 それは飛来する幾百の黒剣。

 弾幕となり飛び散るそれを、魔力切れの俺に避ける術はない。


「ぐぅッ」


 腹に、腕に、足に、爪先に、手の平に、突き刺さる。

 強烈な痛みが全身を駆け巡り、立っていられずに膝をつく。

 どろりと、滴り落ちていく。

 次々と、血液が。


「まずはお前だ。次に女を殺す」


 カリンも、どうやら俺と同じ状況にあるみたいだ。

 やはり中型魔獣を一人で倒すのには無理があった。

 消耗が激しく、捌けたはずの攻撃もまともに食らってしまっている。

 だが、カリンはそれでも中型魔獣を倒し、俺の窮地を救おうとしてくれた。

 なら、俺も無理をしなくちゃあな。


「死ね」

「お断りだッ」


 振り下ろされる黒剣に対して銃口を向ける。

 正真正銘、最後の魔力を信号銃に込め、その引き金を引く。

 本来、空へと向かうべき黒の信号弾は、魔人へと放たれた。


「悪足掻きを」


 無論、それが攻撃として成立するはずもない。

 信号弾は呆気もなく斬り裂かれたが、それで構わない。

 狙いは攻撃ではなく、視界を奪うことだ。

 たとえ両断されていても、信号弾はその役目を果たす。噴き出した黒色の煙幕が周囲を瞬時に満たし、魔人と俺たちのすべてを包み隠す。


「――ほんとは頼りたくないんだがな」


 煙幕の中、手の平に突き刺さった濡羽を抜き、滴る血液に口をつける。

 自らの血を啜り、人間性を取り込み、奥底に眠る鬼を呼ぶ。

 僅かだが人間の血を取り込んだ。

 傷は癒え、身体は動く、魔力もすこしだが回復した。

 その魔力を駆使して脚力を蘇らせ、煙幕に紛れてカリンの元へと急ぐ。

 たどり着くと、そのまま抱きかかえて戦線を一度、離脱する。


「逃げる気かッ!」


 珍しく声を荒げる魔人に、言葉は返さない。

 だが、逃げるために背を向けた訳じゃあない。

 勝つために、倒すために、いまは距離をおく。

 アスイマの生徒に撤退はない。


「――よう……私、まだ……生きてるか?」


 信号弾を利用した煙幕により、魔人の追跡はなんとか振り払った。

 カリンを木の陰に下ろし、もたれ掛けさせると、か細いながら言葉が聞けた。

 濡羽の攻撃で負傷を負ってはいるものの、意識はあるし、命に別状はなさそうだ。


「あぁ、なんとかな。身体に幾つか羽根が刺さっちゃいるが……まぁ、痕は残らねーさ」

「そんな心配は……してねーよ。それより……逃げたのか」

「逃げてない。距離をおいただけだ」

「逃げだろ、それは」

「戦略と言え」

「はいはい」


 呆れたように、力なくカリンは言う。


「それで……どうするんだ?」

「決まってるだろ。また魔人に立ち塞がるさ」

「その底を尽きた魔力で、か?」


 たしかに魔力は底を尽きた。

 信号弾も撃てないほどに、だ。

 この状態では決して魔人には敵わない。

 それは俺が一番よくわかっている。

 だから。


「――一つ、頼みがある」


 だから、俺はカリンに己の秘密を明かした。



「――よう。魔人」


 立ち塞がる。

 魔人のまえに、もう一度。


「……なぜ、また現れた。一度、逃げた。お前が」

「逃げてねーよ。距離をおいただけだ」


 先ほどカリンに向けた言葉を、今度は魔人に向ける。

 逃げてはいない、と。


「……一人か」


 周囲を窺う素振りを魔人は見せた。

 カリンを探していたのだろうが、近くにはいない。


「あぁ、相方は戦える状態じゃあないもんでな」

「それで。勝てると」

「勝つさ。さっきまでの俺と思うなよ」


 刀の柄に手をかけ、ゆっくりと抜刀する。


「足をすくわれるぞ」

「言ったはずだ」


 魔人は羽根を模した黒剣を握る。


「油断はしない」


 瞬間、開戦の狼煙が上がり、魔人はその濡羽を刃とした。

 撃ち放たれるのは、幾百の黒剣。

 以前の俺では躱すことすら出来ずにいた剣先の数々。

 視界を埋め尽くさんばかりの夥しい数の凶器。

 その一斉掃射に、こちらはただの白刃をもって迎え撃つ。

 ただそれだけで十分だった。

 刀身の振り始めから振り終えるまでの刹那に、幾百の黒剣を打ち落としていたのだから。


「今のが見えたか?」


 太刀筋が、剣閃が、目で追えていたのか。

 恐らく、答えは否だ。


「――其は我がうちに潜む者ッ」


 だから、あぁも急いて詠唱する。


影法師ドッペルゲンガー


 現れる魔人の影法師。

 実体を得たそれらは、数えるのも億劫になるほど分裂していた。


「殺せッ」


 大挙として押し寄せる影の軍勢。

 黒く色づいた濁流であるかの如く、それは迫りくる。

 すこし前までなら、為す術もない絶望的な光景だっただろう。

 だが、いまの俺には対抗手段がある。

 魔人が魔術を駆使するなら、こちらは魔法で答えよう。


「――月に狂え」


 唱えるは、月に映す我が身。

 その名は。


「三月兎」


 一刀で事足りる。

 三月兎はその名の通り、狂ったように跳ねる魔法。

 その対象範囲は単なる脚力だけに止まらず、剣の軌道すらも跳ねさせる。

 つまり、一の斬撃が十にも百にもなって拡散する。


「――馬鹿な」


 影の軍勢は、ゆえに一刀のもとに霧散する。

 拡散する斬撃に、すべてが斬り伏せられた。


「お前は……お前はいったい何者だ!」


 ただ一人となった魔人が叫ぶ。

 その時、空を覆う枝葉から木漏れ日が差し、この身を照らし出した。


「――吸血鬼。その眷属さ」


 ある日のことだった。

 孤児だった俺は死の間際に、美しい女に救われた。

 だが人としては、もはや生きてはいけない身体だった。

 ゆえに女はその牙を剥き、首筋に咬み傷を残した。

 そして、俺は僅かながらの人間性を残した、吸血鬼の眷属となった。


「吸血鬼……吸血鬼だと」

「そうさ。日の光を受けて灰になり、十字架を恐れ、聖水に焼かれ、ニンニクを嫌い、木の杭や銀の弾丸で撃ち抜かれると死んでしまう。そんな無敵の吸血鬼だ」


 カリンにした頼み事は、吸血行為。

 自分の人間性では吸血鬼としての能力を僅かにしか引き出せない。

 だから、魔人を倒すにはカリンの血が必要だった。

 カリンは、とても驚いた様子で、けれど「驚くのにはもう慣れた」と、了承してくれた。

 だから、俺はカリンに刻みつけた。

 その首筋に咬み傷を。

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