魔法至上主義
下方から跳ねた剣先が、長い腕を両断する。
片腕を失い、鮮血が散る。
身体の一部を失い、怯んだところへ、深く踏み込んでアームを斬り伏せる。
「これで最後っと」
辺り一面には屍山血河が築かれており、敵性魔獣の気配はない。
カリンの魔法による炎上の気配もない。森林火災の心配はなさそうだった。まぁ、燃え移っていたとしても、いま地面を満たしている血の河が鎮火してくれることだろう。
いや、流石に足りないか。
そんなくだらないことを考えつつ、刀身に付着した血を払い、鞘へと納刀する。
「さて、巡回の続きと行こう」
一度、戦闘をしたからと言って、それで終わりではない。
巡回はまだまだ続く。時には戦闘も何度も行うことになる。
だからこそ、一回の負担が大きく、巡回明けの小休暇があるのだけれど。
ライザ先生のうっかりにも困ったものだ。
次の小休暇はいつになるだろう。出来れば近いうちがいいが。
「――なぁ」
いろいろなことを考えつつ、巡回を続けようと一歩を踏み出したところで、声をかけられる。
振り返ってみると、そこには怪訝そうな顔をしたカリンがいた。
抜き身の刀も鞘に戻さず、真っ直ぐにこちらを見ている。
「あんた、もしかして魔法が使えないのか?」
それは問いだったが、カリンの中で確信を抱いているように見えた。
「……どうしてそう思った?」
「はじめは魔力を押さえているのかと思った。けれど、違った。あんたは戦闘の最中でさえも、僅かな魔力しか用いなかった。小型とはいえ相手は魔獣だ。ましてやアスイマの生徒が、なんの理由もなしに非効率な戦い方をするはずがない」
その先に続く言葉は、容易に予想がついた。
「あんたがその身に宿している魔力の総量は、恐ろしく少ないんじゃあないのか?」
そして、それは当たっていた。
「ご明察。その通りだよ。俺が宿している魔力は途轍もなく貧弱だ。たぶん、平均の十分の一くらいしかない。その目には非効率に見えたかも知れないが、俺にとってはこれが一番効率的なんだ」
魔力による身体強化を駆使した戦闘。
燃費がよく、身体がよく動く。
それだけだが、それだけで十分な場合も往々にしてあることだ。
実際、小型の魔獣が相手なら問題なく立ち回れる。
これが中型から大型になると、話は違ってくるのだけれど。
「……これはこの街の外から来た私の主観だけれど。どうしてあんたみたいな……その」
「弱い奴?」
「言葉を……選ばずに言うならな。とにかく、この街の外ならまず魔法学園に通えるはずがない。ましてや魔獣の駆除にかり出されるなんて以ての外だ。なのに、どうして」
魔法学園に通い、魔獣の駆除に参加しているか、か。
「まぁ、いろいろと理由はあるが、一番は序列だな」
「序列? あぁ、たしか生徒の順位付け制度だったか」
「そう、それ。こう見えて俺の序列は結構高いんだ」
主に対人戦の成績で積み上げた順位だけれど。
「どれくらいだ?」
「中の下くらい」
「……まぁ……まぁ、魔法が使えないことを考えれば、まぁ」
まぁまぁ、高い順位にはいる。
「アスイマは実力主義なんだ。魔力がすくなくても、魔法が使えなくても、戦えるだけの技量があれば在籍できる。もちろん業務も区別なく割り振られる。街の外の事情はしらないが、それが俺が生徒でいられている理由だ」
「……なるほど、私がいた街じゃあ考えられない制度だな」
この街ではない、外の街の話か。
すこし、興味が湧いた。
「どんなところなんだ? 外の街ってのは」
「簡単に言えば、魔法至上主義だよ。魔法使いにあらずは人にあらず、なんて思想がはびこる街さ」
「へぇー、そいつはいいな」
「あんたがそれを言うのか? 皮肉にしても笑えないぞ」
「いやいや、本心だよ」
本当に心の底からそう思う。
「魔法至上主義、結構なことじゃあないか。そうやって選民できるくらい、余裕があるってことだろ? こっちじゃ、魔獣被害でそんなこと言っていられないからな」
使えるモノはなんでも使え。選り好みしてる余裕はない。
それが基本のこの街で、そんなふざけたことを抜かす人間は生きていけない。
選民思想は裕福であるが故に起こるものだ。
そんな余裕すらなければ、ことは起こらない。
「まぁ、お陰で学生をやれているんだ。外の街に住みたいとは思わないけどな」
たとえ安全な暮らしが出来るとしても、迫害対象で居続けたいとは思わない。
俺は危険よりも、住みやすさを取る。
「……そうだな……たしかに、その通りだ」
そう言いながら、カリンはようやく抜き身の刀を納刀する。
その反応を見るに、なにか思うところがあるようだが、まぁ、それは、聞かないでおこう。聞いてどうなることでもないことだ。
「まったく、この街には驚かされたばっかりだ」
「でも、飽きないだろ?」
「あぁ、いろんな意味でな」
話に一段落がつき、今度こそ巡回を再開する。
しばらくは何事もなく巡回は進み、道中の暇な時間はカリンに学園のことを教えて潰していた。
実技の授業で使う、訓練場。予約制のトレーニングルーム。序列表示や情報掲載を行う魔晶版。ほかにも巡回のローテーションから、果ては食堂の美味いメニューまで。
とりあえず、知っておかなければならないことは教え終えた。
そうして巡回も佳境に差し掛かる。
「――待て」
巡回路を通る最中、魔獣の気配を感じてカリンを手で制す。
感覚を研ぎ澄まし、察知した気配を探る。
草木が揺れて奏でる音。昆虫が集って歌う音。それらに紛れて断続的に現れる、地面を踏みしめる音。遠くから響くその音は、次第にこちらへと近づき大きくなっていく。
「随分とデカい足音だな。」
「中型ってところか? 私にはそう聞こえるけど」
「だろうな。とりあえず、信号弾を撃とう。同時にな」
「私も撃つのか?」
そう言いつつも、カリンは後ろ手に信号銃を掴んでいた。
「言い忘れてたな。匂いの拡散には時間がかかる。だから、森の中では二発撃つんだよ」
「なるほど、わかった。同時にだな」
まだ見ぬ中型魔獣に備えて、俺たちは銃口を空へと向ける。
このまま撃つと魔獣に気取られてしまうが、戦闘の最中に撃つよりずっといい。戦闘――奇襲攻撃より、報告が優先だ。中型や大型に有効打を持たない俺みたいな者は、特に。
「いくぞ。せーの」
かけ声とともに引き金は引かれ、青の信号弾は放たれる。
ある程度の高さまで上昇したそれは、同時に破裂して色と匂いを周囲にまき散らす。
はずだった。