三匹を斬る
ここは天下、天下吉原の坂巻太夫の間でございます。
太夫様、今日は三件の初見の方がおいでです。
「あい、わかった。禿よ名をなんと言ったかの? おうめか? 仕事には慣れたか? 無理をするでないぞ。」
小さな禿は、頭を下げ部屋を後にする。
「今宵も退屈になりそうじゃ・・・ 」
そっと呟く坂巻太夫の元に最初の丈夫が案内されてきた。
「我は、旗本の三男坊の徳田慎之介と申す。坂巻よ我が妾となれ! 」
「この坂巻の全てをご所望か? あちきの全てと引き替えに徳田様は何を差し出します? 」
「旗本家の妾ともなれば、地位も名誉も思いのままよ。」
「徳田様がお家を継ぐわけではないでしょう? 上の兄様たちはどうなさるので? 」
「兄どもより、ワシは優秀じゃ、継がせぬと言うなら斬ってでも継いでやるわ。」
「家族をお斬りなさると? では、そのうちあちきもお斬りなさるでしょう。そのような方の妾など、御免こうむりまする。」
「失礼な、今、斬り捨ててやる!」
「お斬りなさい。天下、吉原、坂巻太夫を斬ったとなれば、二度と表は歩けぬでしょうが。」
坂巻は妖かしかと思えるような笑みを浮かべている。
三男坊はその笑みに後ずさりつつ、襖を開けて出て行った。
「剛胆だけが、おのこではないわ。」
坂巻太夫の元に二番目の丈夫が案内されてきた。
「これはこれはお美しい。私は呉服問屋をさせてもらってます。徳次朗と申します。」
「これはまたお若い方がいらしたものです。呉服は儲かるようですね。」
「服がなければ裸で歩かねばなりません。服が破れればまた新しいのを買いに来ます。いくらでもお金は入って参ります。坂巻太夫、私の妾になりませんか? 苦労はさせませんぜ? 」
「徳次朗どのは、お若く見えますが、おいくつでありんす? 」
「今年で18になりました。」
「そうですか、徳次朗さまの問屋の話は聞いたことがありんす。父上様がご苦労なさって建てられた店と。若かりし頃は大変だったそうでございますね。」
「さっさぁ・・・ 」
「ここは天下、吉原、坂巻太夫の間、普通のものは来れません。おんしゃが坂巻を欲しいと言うのであれば、自分でしっかり稼いでからおいでなさい。お父上にはお酒をつがせて頂いたことがあります。とてもご立派なおのこでありました。それにくらぶれば・・・ 」
徳次朗は肩を落としすごすごと帰って行った。
坂巻太夫の元に三番目の丈夫が案内されてきた。
これはこれはみすぼらしい者がきたものじゃ。
「お初にお目にかかります。平八と申します。」
「坂巻太夫と申します。失礼じゃが・・・ 」
「はい、私は漁師を営んでおります。このような綺麗なところ初めて見させて頂いております。」
「平八殿は、この坂巻とどうなりたいのじゃ? 」
「いえ、もう充分でございます。噂に名高い坂巻太夫の艶姿、この目に焼き付けさせていただきました。」
「平八殿、平八殿は、この坂巻との時を買うたのじゃ、聞くか聞かぬかはあちきの自由じゃが、言うのも自由なのじゃぞ? 」
「あっしの願いは叶いました。ここに来るのに幾年月、念願の夢が叶いました。それだけで嬉しくてしょうがありません。」
「平八殿、今宵は初見、また来て頂いてよろしいのですよ? 」
「ありがとうございます。天下、吉原、坂巻太夫にそう言われたことだけで幸せです。だが、生憎ともう一度ここに訪れるのに、幾年月がかかります。手も足もぼろぼろになるでしょう。残念ですが・・・ 」
「あちきが安くここに来れるようにしてあげましょうか? 」
「恋い焦がれた方の名を安くしてしまっては男の恥でございます。今宵はありがとうございました。」
「そう・・・ 」
坂巻は禿を呼んだ。
「おうめ、最後のお方は帰ったかい? すまないが忘八にあの方のこと聞いておいてくれないかい? 」
禿は小さくうなづき駆けていった。
天下、吉原、坂巻太夫が最後のお方は斬捨てられなかったねぇ・・・
今宵は少し楽しかったかもしれない? そう思い微笑みながら窓に立つ
その月に生える太夫の艶姿に見とれぬものなどいるのだろうか?
これはフィクションです。
太夫:花魁と呼ばれる前の呼び方
禿:10歳くらいの少女、遊女見習い
忘八:遊女屋の主人、仁・義・礼・智・信・忠・孝・悌の八徳を失った者




