廃業騎士と孤児達
俺の名はギル。王国に仕える騎士の一人で、35歳独身だ。ある日、国からの指示で郊外で悪さしている盗賊退治に出て、そこで不覚にも盗賊の放った矢で片足を負傷してしまった。
怪我は何ともなかったが、以前の様に足を踏ん張れなくなってしまった。
仕事はどうにか達成したものの、これでは以後は戦闘に参加できなくなり、泣く泣く彼は騎士を辞めることにした。
同僚たちや上司からは、「残って文官として勤めないか?」と誘われたが、俺はそんなことが出来るほど頭が良くないし、剣の腕だけが頼りの男だ。
仲間達からは心配されながら、俺は騎士の宿舎の自室から少ない荷物と、これまで使う機会が無かった十年以上の給料を持って住み慣れた部屋を後にした……
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騎士を辞めてから俺は直ぐに国の近くにある村に行き、誰も住まなくなった古民家を格安で買い、そこを修繕しながら村の雑用を手伝い、日銭を稼ぐ日々を一月程が経った。
最初は今にも崩れそうになってた家も、どうにか人が住んでも問題ないくらいには修復した。
家具なんかも周囲の村人達から不要になった物を二束三文で譲ってもらい、それなりの生活が出来ている。
ただ、飯に関しては野営時にしかしたことが無かったから完全な素人料理だ。
村に飯屋が無いからどうしようもない。
そんなこんなで、今日も村のおばちゃんから巻き割の仕事と、畑の収穫の手伝いを終えた俺は、意気揚々と自宅に向って帰っていると
(ん? 何か落ちてる?)
道の端に、ボロボロの布に包まれた物が落ちていた。
俺は何となくそれが気になり近づいて行く。そして、その布に包まっている物を確認するために布を捲ってみると……
「……はぁ~。まさか、ガキとは思わなかったぞ」
布に下には、まだどう見ても幼い女の子供が気を失った状態で倒れていた。
髪の色は積雪の様に白く、肌は白を通り越して青い。この時、俺はあることに思い至った。
(こいつ、孤児か)
そう、ここ最近は親を亡くしたか、口減らしの為に奴隷に売り飛ばされた子供がこんな感じなのを思い出した。
国にもあった貧民街にも居たな。でも、なんでこんな道で倒れてるんだ?
周囲の連中は、そんなガキに関わらないように俺を避けている。
このまま此処に放置しても、周囲の連中は何も言わないだろうが、俺はこいつを肩に担いで家に帰ることにした。
理由? 知るか、気まぐれだ、気まぐれ!
家について、担いできたガキをベッドの上に寝かせる。
このベッドは村の木工職人に頼んで作って貰った。普通に売ってなかったからな、必要経費だ。
ベッドに寝かせたガキをよく見てみると、体は特に外傷みたいなもんは無かったが、恐ろしいくらいに痩せこけている。
こいつ、いったい何日食ってないんだ?
まだ意識を取り戻してないし、起きた時にでも倒れていた理由を聞くことにし、その日は作り置きしていた食い物を適当に食い、椅子に寄り掛かった寝ることにした。
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ガキを拾った翌日、俺は誰かの気配で目を覚まし、その気配の元に視線を向ける。
そこには、ベッドの上で顔だけをこちらに向け、ジッと青い目でこちらを見ているガキと目があった。
「……起きたか。気分はどうだ、吐き気や眩暈なんかはあるか?」
俺がそう尋ねると、ガキは問題ないと無言で首を振る。問題ないならいいか。
それから俺は椅子から立ち上がり、飯の支度をするために動き出す。
流石に、やせ細ったガキの前で、一人で飯を食う訳にもいかないな。
俺は竈に近づき、傍に置いてあった薪をくべ、火をつける。
鍋を掴み、入り口近くに置いてある水瓶から水を汲み、火をかけた竈の上に乗せる。
(さて、何作るかな。ガキの容体からして、固形物はなしだ。ここは麦粥がいいか?)
作るものを決めた俺は、戸棚にしまっていた小麦と、少量の干し肉に野菜を取り出す。
干し肉は猟師のおっちゃんの仕事の報酬で、小麦や野菜は昨日のおばちゃんからのお裾分けだ。
まず沸騰し始めた鍋の中に小麦を一掬い分を入れる。それをお玉でかき混ぜ、少しとろみが出たところで、ナイフで細かく刻んだ干し肉と野菜を同じ様に鍋にぶち込み、またひと煮立ちさせて出来上がりだ。
本当なら、塩が欲しいところだが、塩って高いんだよなぁ。
てか、この村はだいたい物々交換だから、商人との取引もあんま無いんだった。
よし、こんなもんか?
出来た麦粥を二つの木の器によそい、それを持ってベッドの近くに置いていた椅子に腰かける。
「おい、飯だ。自分で食えるか?」
ガキに片方を差し出したが、こいつは首を振った。マジかよ。
はぁ~、仕方ねえ。俺は椅子から立ち上がり、手にしていた器を一旦テーブルの上に置き、再度ベッドに近付く。
俺は寝ているガキの肩周りに手を回し、状態を起こしてやる。
その時になって感じたが、こいつ本当に今にも折れてしまいそうなくらいにやせ細ってやがる。
よくまだ息があったもんだと、逆に感心した。
ガキをその状態にして、俺はテーブルに乗せていた器の一つを取り、その中身を匙で掬ってガキの口元に近づけた。
「ほら、食え。焦らずにゆっくり食うんだぞ」
ガキは頷きながら口を開け、麦がゆを口にふくむ。それから口の中で何回も咀嚼して飲み込んだが
「ケホッ、ケホッ!」
「言ったこっちゃねぇ。少し待ってろ」
俺はそう言ってからベッドの端に器を置き、水瓶の元まで行き、カップに水を入れてからまたガキの方に戻る。
「ほれ、水だ。さっきみたいに慌てずに、少しずつ飲め?」
俺はコップをガキの口に当て、少し傾かせる。すると、ガキからコクコクと水を飲む音が聞こえてくる。
それから少しして、コップの中身が空になったのを確認して口から離してやる。
どうやら落ち着いたらしい。
「んじゃ、飯の続きだな。今度こそゆっくり食えよ?」
端に置いていた麦粥の入った器を手に取り、匙に掬って食わせてやる。今度はさっきみたいに咽ることもなく、ガキは粥食っていく。
それから時間をかけて器の中の麦粥を食い終えたガキをまた横にし、俺は完全に冷めてしまっている自分の粥を腹に流し込み、食った後の器と匙を桶に入れ、水で洗う。
最後に麻の布で軽く水気をふき取り、棚になおす。
そこまで終わらせて、ガキの方に視線を向けると
「……」
そいつは俺に起きた時のように、ジッと俺の顔を見つめていた。
まったく。なんで俺はこんなガキを連れて来ちまったんだ?
そんなことを考えていると、そろそろ出るころ合いになっていた。今日はどこの家の手伝いをするのやら……
「おい、ガキ。俺は今から出かける。飯はまだ鍋の中に入っているから、それを食え。それと、用を足す時は外の厠でしろ? んじゃ、俺はい「あ……」……」
背を向けてから最後まで言い切る前に、ガキが消え入りそうな声を出した。
振り返ってガキを見ると、今にも泣きだしそうな顔と眼をし、目の端から何か光るものが見える。
………はぁ~。仕方ねえ、か。
「分かった、今日は居てやる。だが、明日は行くからな?」
ガキにそう告げると、そいつは嬉しそうな顔をし、直ぐに寝始めた。
(あぁ、今日はこいつの世話で一日終わりそうだな)
そんなことを考えながら、俺は近くにある井戸に水を汲みに行くのであった。
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……ん? 俺、何時のまに寝てたんだ?
確か、ガキに泣き憑かれて……あぁ、そうだ。ベッドの近くで椅子に座った状態で、こいつの寝息にを聞いてるうちに睡魔に襲われて、そのまま寝ちまったのか。
まったく、俺としたことが……
そんなことを考えながら、視線をベッドに向けると、ガキが上半身を起こしてこちらを真っ直ぐに見ていた。飯を食って寝たお陰か、最初に見た時よりも顔色が良いみたいだ。
「おい、寝てなくていいのか?」
「あ……」
「なんだ。 なにか言いたいことでもあんのか?」
俺の問いかけに、ガキは口を魚みたいにパクパクさせながら
「あ、りが、と、う……」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中の奥から何とも言いえない感情が滲み出てきたようなのを感じた。
なんだこれ? まぁ、別にいいか。
そんな事より、まずはこいつだ。いくら顔色が良くなったからって、直ぐに動いていいわけじゃねえ。
以前に遠征で出た先で、仲間が無茶して戦線に復帰して死んだことがあった。あいつ等みたいに無茶して死なれるのも寝覚めが悪い。このガキはもう少し寝かせておいた方がいいだろう。
「ガキ、今は大人しく寝てろ。ここで死なれても困るからな」
俺が言うと、ガキは嬉しそうな顔をし、素直にまたベッドに横になって寝始めた。
なんだか変な感じだが、別に気にすることでもないか。
することも無いし、飯を食わなくても大丈夫だろうと思い、俺もそのまま寝ることにした。
明日は今日の分も頑張らないといけないな。はぁ~……
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あのガキを拾ってから数ヶ月、村は現在夏真っ盛りだ。
俺は家の隣に住んでる老夫婦の昔使っていた畑を借り、そこを使えるようにする為に耕している真っ最中だ。本当なら、こんなことする必要は無かった。
俺は一人身で、食うのもそんなに頓着しねえし、着の身着のままで手伝いをすればいいくらいだからな。
だが、現在はそんな呑気なことも言ってられなくなっちまった。それが何故かというと
「ギルさーんっ! お水、持ってきたよぉー!」
俺が作業をしながら気分が沈みそうになった時、元気な少女の声を掛けてきた。
そう、今この畑を耕しているのは、こいつ_名はリザと言うらしい_を無責任に拾ってしまい、こいつを養う羽目になったからだ。
今になって思えば、なんで俺はこいつを拾っちまったんだ?
俺がそんなことを考えていることなど知らないこいつは、俺の前に走り寄って来た。
「はい、ギルさん!」
「ん、ご苦労さん」
俺はこいつから渡された獣の皮で造った水筒を受け取り、栓を開けて中の水を口にする。
この炎天下の中で朝から作業していたからか、水筒に入っていた井戸水がやけに美味く感じた。
それから何口か水を飲み、まだ半分以上入っているそれをこいつに渡す。
「お前も飲んどけ。ぶっ倒れる前に、こまめに飲んどけよ」
「うん、ありがとうギルさん!」
そう返事をすると、こいつは水筒に口をつけて水を飲み始めた。
こいつを最初に拾った時は、今にも死にそうだったが、あれから何日か安静にして飯を食わせていくと、みるみる回復していき、今ではこの村のガキ共と大差ないか、少し肉付きのいい子供特有の丸みが出てきた。
飯も今は麦粥じゃなく、俺と同じものを普通に食えるようにまで元気になり、食料の消費量が増えたが……まぁ、これは俺の自業自得か。
因みに、こいつが元気になって話せるようになって聞いたところ、こいつの歳が七歳で、この村の一つ隣の村から来たと言っていた。なんでも、こいつの両親が去年の冬に蔓延した流行り病で死んで、その後は村の人間たちがこいつを助けずにいたとか。
それも仕方ねえだろ。自分の家族を養うのも一苦労なのに、赤の他人を助けてやる義理は無いだろうしな。
そんで、こいつは僅かに残ってた食料を持ってこの村に自力で来た。ここから隣村まで数日、ガキのこいつがいったいどれだけの道のりを歩いて来たのかなんて、俺には想像も出来ねぇ。
それからなんだかんだで、俺が拾って今に至る訳だが……正直言って、俺も他人に言えるほど金なんか持ってねえから、こいつに何もさせずに養うつもりはない。
そのことをこいつに言うと、「うん、分かった。これからよろしくお願いします」なんて言いやがった。ここで拒否してくれた方が俺としては嬉しかったのだが、決まってしまったものは仕方ない。
その後は、こいつの服を近所のおばちゃん達に頼んで譲ってもらい、靴は猟師のおっちゃんの奥さんに幾らか持たせてこさえて貰った。この時点でまた金が減ってしまったが、諦めるしかなかった。
俺がここ最近のことを思い出してる間に、水を満足する分飲んだこいつは、俺に笑顔を向けてくる。
「お水おいしかった~。あ、ギルさん。近所の人たちから、いっぱいお野菜を貰えたよ!」
「そうか、よかったな」
「えへへ……」
そんな報告をするこいつの頭を、土の付いたままの手で軽く撫でる。
こんなことの何が嬉しいのか、こいつは頭を撫でてやると直ぐに機嫌がよくなる。ガキ特有のことなのか?
こいつ、最近は近所の家の人の畑の収穫を手伝うようになった。
働くにしても、いきなり畑を耕したり、重い荷物を持つのは無理だと思い、村人たちの畑の草むしりや収穫の手伝い、水汲みや赤ん坊の子守なんかをするようにしている。
前者は対して役に立ってはいないが、後者は若い主婦やおばちゃん達が手間が省けて助かると言って、かなり重宝され、よく報酬にパンや野菜なんかを貰ってくるのだ。
まぁ、だいたいの理由はこいつにしっかり飯を食わせてやりたいっていう、母親じみた考えなんだろうけどな。俺にはまったく解らん。
「おい、そろそろ昼飯にするぞ」
「わーい、ごはーん!」
俺はそう言って、畑に持ってきた一人分の野菜を混ぜたパンを取り出す。
「ギルさん、なんで私の分しか持ってこないの?」
「お前は気にせず、あそこの木陰で飯を食って大人しくしてろ。いいな?」
「はーい」
こいつは素直に返事をすると、畑の近くに生えている木の根元に歩いて行く。
何故あいつだけに飯を食わせるのかというと、ガキは直ぐに腹を空かせるからだ。
しっかり飯を食わせているのに、あいつらは直ぐ腹が減ったと喚きだすから、それを事前に防ぐための対策だ。普通の村の農家であれば、朝と夕が一般的だ。
だが、俺が以前いた騎士団では、朝・昼・夕の三食を食っていた。これは訓練をした後、直ぐに飯を食って肉体を造るために必要だと言われてそうしていた。騎士は国を守り、民を敵から護るのが仕事で、どんな相手にも負けないような肉体と精神、後は剣の技術ぐらいだろう。
本当ならば、これに礼儀作法や、儀礼の際の取り決めなどがあったが、俺はそれらが壊滅的だった為、上官から不参加を了承されていたことが懐かしい。
さて、思い出に耽るのもそろそろやめて、作業の続きといくか。
出来れば今日中に半分は終わらせないとな。
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夕方。畑を耕し、今日の一日が終わった。
正直言って、あんまり進まなかった。
流石に素人の俺が、一朝一夕で畑なんか作れるわけねえな。
昼に持ち主の爺さんから色々と指導_という名のある種の拷問_を受けながら、何とかそれっぽくなってきた。
まぁ、まだ畑の半分も耕せてない状態だな。
んで、俺とガキは家に帰っている途中だ。
その間、こいつは俺の隣をウロチョロしながら、今日あったことやおばちゃん達の旦那にする愚痴なんかの話を身振り手振りしながら話している。
こいつは何が面白いのか、俺に話している時は何時も笑っていて、そんな話を聞き流している俺は、適当に合図地を打ちながら歩いていた。
すると、道の近くの茂みから音が聞こえた。
この辺だと、兎が偶に出てくる。今回もそれだろう。
よし、そいつを捕まえて、今晩の夕飯にしてやる!
そう決めてた俺は、隣にいるガキに静かにするように言うと、直ぐに茂みの方に音を立てないよう、慎重に近づいていく。
そして、息を殺しながら茂みの上ら向こう側を覗き込むと
(……またかよっ!)
そこに居たのは兎ではなく、リザと同じくらいのガキが倒れていた。
直ぐに男だと判るくらいに短く切られた焦げ茶色の髪をし、襤褸を着たガキが意識を失った状態で倒れていた。
よく見ると、体の彼方此方に青痣のようなものがある。多分、こいつは口減らしに殺されそうになって逃げて来たんだろうな。
「ギルさん、どうしたの? 兎を捕まえるんじゃ……えっ?」
俺が茂みを覗き込んでから一向に動かないことを不思議に思ったガキが、俺の後ろから茂みの方に視線を向け、そこに倒れているガキを見た瞬間、大きく目を見開く。
まさかこんな場所で自分と同じようなに行き倒れているガキが居るとは思はなかっただろう。俺も思ってなかったぞ!
すると、今度は俺の方に顔を向け、「この子を見捨てるの?」と、今にも泣きだしそうな程に顔を歪め、こっちを見てくる。
「__はぁ~。そんな目で見るな、鬱陶しい」
俺はこいつの視線から逃げるように茂みの中に入り、そこに倒れているガキを掴みあげて肩に担ぐ。このガキもリザ同様に軽い。
ガキを担ぎあげて後ろを向くと、先程とは打って変わって、花が咲いたような満面の笑みをこっちに向けていやがった。
「帰るぞ」
「うん!」
こいつは嬉しそうに返事を返し、家に向って歩き出した。
俺はそんな後姿を見ながら、空いている手で頭をガシガシと掻き、その後についいていく形で歩き出す。
あぁ~、また飯の量が減るのかよ。クソッ。
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茂みで倒れていたガキを拾い、そいつをベッドに寝せてから、夕食の準備を始めた。
その間、看病をするようにリザに言い、今は桶に水を入れ、布を濡らしてから顔の周りを優しく拭いてやっている。
そんなこんなで、俺は前に貰った豆と干し肉、それと今日貰ってきたらしい野菜を刻んだスープを作った。後は最近作り置きしておいた黒パン_非常に硬い固焼きパン_を二つ用意した。
近頃は俺とリザの二人分を用意するようになったからか、この村に来た時よりも料理の腕が上がったような気がする。食えればいいくらいに思っていたが、誰かに食わせるとなるとあまりにお粗末すぎたせいだろう。
近所のおばちゃん達から「しっかりその子に食事を用意するんだよ? いいね!」という、ある種の脅迫まがいなお言葉を言われたのが原因だったと今でも感じるが……
「うっ……」
俺がおばちゃん達の恐怖に戦慄していると、ベッドの方から苦しそうな声が聞こえた。
振り返ると、どうやら気を失っていたガキが起きたようだ。
「ギルさん! この子、目を覚ましたよ!」
「………こ、ここは?」
「ここは私たちの御家だよ」
おい、いつここがお前の家になった?
俺がそんなことをお待っている間に、リザとガキは話を続ける。
「家? 俺は、いったい……っ!」
「動いちゃダメだよ! 体中痣だらけなんだから、安静にしないと」
「お前が、助けてくれたのか?」
「君を助けたのはギルさんだよ!」
「ギル、さん?」
「おい、起きたか」
「っ!!」
俺が話しかけたと同時に、ベッドに寝ていたガキは飛び上がり、部屋の隅まで逃げた。
なんだ? やたらと警戒してこっちを睨んでくりんだが?
そんな風に思いながら若干顔を顰めると、それをどうとらえてのか、ガキは顔と体を恐怖で強張らせて震え出した。本当に何なんだ、こいつ?
俺がガキの行動に唖然としていると、リザがそいつの方に近づいて行く。
それと同時に、ガキの方も警戒し、探るような眼をしてリザを睨みだした。
そんなガキに、リザは右手を差し出しながら
「怖かったね、もう大丈夫だよ? 一緒にごはん食べよう?」
「……」
そう言われて、ガキは差し出された手とリザの顔を困惑したような眼をして交互に見ている。
このままじゃ埒が明かないな。
「おい、飯にするぞ。二人とも、早く椅子に座れ」
「ほら、早く行こう!」
「あ、えっ?」
俺の言葉を聞いて信じられないといった顔をし、リザがガキの腕を掴んで椅子の方に引かれたことに狼狽えだす。
リザはガキを椅子に座らせると、空いている方の椅子に自身が座る。因みに、家には椅子が二脚しかない。必然的に、俺の座る椅子が無くなった。
俺はそんなことを考えながら、さっきできたスープとパンを二人の前に出してやる。
するとガキが目の前に出されたスープを見て、生唾を飲む音が聞こえた。それに気づき、俺と料理を交互に視線をさまよわせている。食っていいのか判らないようだ。
「いいから食え。リザ、後でこいつの面倒をみてやれよ?」
「うん、分かったよギルさん。さ、食べよ」
そう言い終えると、リザは匙を取ってスープを食べ始める。こいつ、最近は本当に美味そうに飯を食うようになったなぁ。ついこの間までモソモソと食ってたのが嘘みたいに食べっぷりが良くなってやがる。
そんなことを思いながら、俺も自分の分によそったスープを壁を背もたれにして食べ始める。
うん、今回のはかなり上手く出来てるな。野菜の旨味を吸った豆が良い味してるな。
そんな俺達を見て、ガキの方も恐る恐る匙を取り、スープを掬って口に運ぶ。
「っ!」
すると、相当腹が減っていたのか、皿を持って掻っ込むように食い始める。
その食いっぷりを見ると、何とも清々しい。一緒に置いておいたパンを掴んで齧りつき、また直ぐにスープを流し込むんでいた。
それを見ていたリザは、何処か可笑しそうに笑みを浮かべながら、食事を楽しんでいる。
そんな二人の方を見ていると、ガキがどうやらスープを食い切ったようだ。だがその顔には、まだ食いたそうにリザの皿の方をチラチラと視線を向けていた。
おいおい、どんだけ腹が空いてたんだよ。
「……まだ食うか?」
「っ……」
俺は返事をしないガキに呆れて溜息吐きながら、そいつの前に置いてある皿を取る。
……そんな落ち込んな顔で俺を見るな! たく、ガキがなに遠慮してんだか。
ガキから取った皿にスープを注ぎ、それをガキの前に置いてやる。すると、「いいの?」と言いたげな目で俺を見てくる。
「今度は落ち着いて食え。誰も取りゃしねえよ」
俺がそう言うと、ガキは無言で頷き、今度は味わうようにゆっくりと食べ始めた。
はぁ~、なんで俺がこんなことしなきゃならねえんだ?
さて、俺も食事の続きをするか。そう思ったと同時に
「おかわり!」
「……へいへい」
あぁ、今日は殆ど飯を食えそうにねえな、コンチキショウッ!
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食事を済ませた俺は、食った後の食器を洗いを終え、先に食い終えていたガキ二人が並んで座っているベッドの近くに椅子を持っていき正面に座る。
「んじゃ、まずは名前を聞こうか。お前の名前は?」
「……」
「大丈夫。ギルさんはいい人だから、心配ないよ」
俺が問いかけると、こいつは答えなかったが、その後にリザに声を声を掛けられると
「……コット」
何とも腑に落ちないが、仕方なしに話を進めることにするか。
「んで? お前はなんであんな所で倒れてたんだ?」
「それは……」
そう言ってから、こいつはあの茂みに倒れるまでのことを拙いながらも語り出した。
その話を簡単にまとめると
・こいつの歳がリザと同じ七歳であり、ここからかなり離れた村のガキであること。
・親父が飲んだくれのクズで、母親とガキは毎日のように暴力を受けていた。
・こいつの村が最近になって不作気味になり、子供を奴隷商に売ることが決まった。
・だが、こいつの親父は売らずに殺すと言ったらしい。
・それを知って、村からナイフ一本を盗んで逃げた。
・最初は兎やリスなんかの小動物を狩っていたようだが、途中でナイフが折れ、その後も何とか木の実と川の水で飢えをしのいでいた。
・周囲にあった食料になるものが無くなり、自分の居た村と違う村を目指す。
・最後に空腹で意識を失っていた。
リザもそうだが、よくこのガキも生きてたもんだな。
これが俗にいう「神のご加護」ってやつなのかもな。
だが、これには最大の問題点がある。それは……
「なぁ、コット。お前、この村に来たはいいが、その後はどうするつもりだったんだ?」
「あっ……」
いかにも「しまったっ!」というのがピッタリな阿保ずらだ。
まぁ、ガキにしてはよく考えた方か。さて、これからこのガキをどうするか……
「……」
「……」
俺がそんなことを考えようとすると、リザの奴がこっちの顔を真っ直ぐ見ていやがる。
おい、流石にこれ以上はお荷物を抱えるのはごめんだからな?
そう眼でリザに返すが、こいつは一向に目を逸らそうとしない。それどころか、今にも泣きだしそうに顔を歪め始めた。
……はぁ~。
「おい、コット。お前、この家に居たいか?」
「え? い、いいの?」
「ただし! この村の手伝いをするのと、俺の言うことに絶対に従うこと。これに従えるなら……」
「うん! 従う、約束するよ! だから……俺をここに置いてください!」
こいつ、コットはそう言うと深々と頭を俺に下げる。たく、男がそう簡単に頭を下げるもんじゃねえだろうが。
俺はおもむろに下げられた状態のコットの頭に手を置き、普段リザにやっているのより乱暴に頭を撫で、直ぐに手を放した。
コットは顔を上げ、信じられないと言いたげな素っ頓狂な顔で一度は俺の顔を見たが、それは直ぐに年相応の屈託のない笑顔に変わった。その際に、目の端から涙を流してはいたが、同じ男の情けで気にしないでおいてやった。
そんな俺とコットのやり取りを、リザは満面の笑みで見ていた。
こいつ、さっきの顔はまさか……女って、マジで怖えな。
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そして、俺がコットを拾い、家に住まわせてから一週間が経った。
本当に、この一週間は異常な出来事が連続で起きた。
まずコットの奴が家に住むことを周囲の家の連中に教えると、太陽が天辺に上るよりも前に村中に知れ渡り、午後になると村の若い連中_男共_が以前自身が使っていた物を持ち寄り、俺に渡してきたのだ。
その次におばちゃんの軍団が俺のところに来て、自分達の畑で採れた野菜を大量に持ってきたのだ。
男達は「新しい若い働き手だ、しっかり育てろよ」と言い、おばちゃん達は「育ち盛りなんだ、リザちゃん同様にしっかり食べさせな」とそれぞれに言うと去っていた。
正直言って、ここまでは村の連中が同情であのガキ二人に色々と面倒を見てくれているというのが判る。だが、その後が異常だった。
俺が普段道理に畑を耕していると、畑を貸してくれた爺さんが来たんだが、何故か村の村長を連れて畑に来ていた。そして、何時もように畑の状態やどうすればいいのかを一通り聞いた後、爺さんと村長から言われたことで一気に俺は混乱する羽目になった。
「ところでギル。お前さん、また子供を拾ったらしいの?」
「ん? あぁ、それがどうかしたか爺さん?」
「ふむ。実はな、この畑を貸すのではなく、お前さんに譲ろうと思っておるのじゃよ」
「はっ?」
「お前さんは身寄りのない子供を、それも二人も養うんじゃ、畑があった方がよかろう? このことは村長と婆さんにも言っておるから安心せい。ほっほっほっ」
そんなことを一方的に言い切ると、今度は村長が俺に話しかけてくる。
「それとな、ギル。実は、お前とリザちゃんを除いた村人達と話し合ったんだが……お前たちに家を建てることが決まった」
「は、はぁ?!」
「今の家はお前が住むのに最低限の広さしかないだろう? それを皆に話したら、若い男共が「リザちゃんとあんな野獣と同じ部屋で寝かせられん!」と言い出してな、かなり張り切っていたぞ。それに、新たに少年、コットだったか? その子も一緒に住むのだから、今の家では手狭過ぎるだろ?」
「い、いや、確かにそうだが……」
「無論、その対価として、今年の秋の収穫時にお前やあの二人には頑張ってもらうぞ? その代わりに、家の方は冬になるまでに建ててやるから安心しろ。この話は終わりだ、今日もしっかり頑張れよ」
「ではの、ギル。偶にワシの家に二人を連れて遊びに来るといい、歓迎するぞい」
「あ、ちょっ!」
言いたいことを言った爺さんと村長は、俺に背を向けて朗らかに笑いながら畑から去っていった。
その間、俺は信じられないことの連続で頭がおかしくなりそうだった。
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