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 あっけないものであった。

 モルティアへ逃亡の途中、クレマン・ディア・カレは国王正規軍ですらない、名もなき傭兵たちの手に落ちた。彼らは首を手に、揚々とヴァレンに恩を売るだろう。


「クレマン……」


 お前は結局、この手で討たせてもくれなかった。アニエスは馬上で喘ぎながら、そんなことを思う。

 だがもういい、もう終わった。全ては終わったのだ。


 アニエスの周りに、既に傭兵たちの姿はない。彼らはもうずいぶん前に、フォルド・リダへと向かって行った。


 アニエスはゆっくりと進んでいく。上手く手綱が取れないから、馬を走らせることができない。

 途中で鎧を脱ぎ捨てる。これほど重いものだと思ったことはいままでなかった。

 馬の首にすがりつくようにしながら、止血した腹部に視線をやった。クレマンの腕は相当良かったのだろう。綺麗に突き刺してくれたおかげで、かえって命が助かった。剣先は僅かに臓器を逸れたらしい。


「……死ねな、い。絶対、戻る」


 かすれた声をあげ、アニエスは気力を振り絞る。死ねばアンリが悲しむだろう。あの人を悲しませたくない。その一心で、アニエスは顔を上げた。


 その時、突然視界に飛び込んできたのは、ところどころ煙炎が立ち上るエトアの街の向こう、目のさめるような美しい水平線であった。


「あれ、は……」


 愛しい人を想起させるその色に、アニエスの目から涙がこぼれた。

 薄れゆく意識、かすれる視界で、それでもなんとかあの色を良くみようと、アニエスは目を細める。

 あの海。一緒だ。どこまでも優しく、どこまでも深いあの色。


 会いたい。もう一度だけでもいい、会いたい。


 涙がとまらない。とめようとも思わなかった。ただ目を閉じて、彼を思った。


「アンリ、様……」


 呟いて、アニエスが意識を手放そうとしていた時、風に乗って声が届いた。


「――エス!」

「…………」

「アニエス……!」


 重いまぶたを何とか持ち上げ、アニエスは馬の首にもたれていた上体を起こす。と、体を支える力が足りず、そのまま落馬した。

 痛みすら感じなくてアニエスは、土に顔をつけたまま、ただ喘いでいた。


 そうする間にも、音が近づいてくる。(ひづめ)の音、鞭の音、それから路面を走る馬車の音。

 それらがすぐ側までやってきて、止まった。

 そして次の瞬間、アニエスは抱き起こされていた。


「アニエス!」


 瞳に飛び込んできた姿に、アニエスは信じられないように首を振った。


「……アンリ、様?」


 数時間前まで、意識が無かったのに。何故こんなところまで、無理をして。


「まだ、動いては、いけま、せん。お体、が……」


 途切れ途切れに言うと、アンリは泣き出しそうな顔をした。


「私のことなど、いい」


 そしてそのまま、アンリはアニエスを抱きしめていた。


「アンリ様、私がアニエス殿を運びます。すぐに馬車で手当をいたしますから」


 トマの声だ。アニエスはアンリの温もりの心地よさに、思わず目を閉じていた。


「いや、私が――」

「いけません! アンリ様も、まだ動いて良いお体ではないのです。お願いですから、ご自分のお体も大切になさってください」

「……わかった。すまない、トマ」


 アニエスはゆっくりと馬車に乗せられた。

 トマによって丁寧な手当がなされ、横たわったその隣には、アンリが座っている。

 馬車は動きだし、フォルド・リダへと向かう。アニエスは、はっきりしない視界の先に、アンリを探す。


「……アンリ様に、もう一度、だけでも、会い、たいと、願い、ました」

「アニエス……」

「話を、したい、のです」

「……私もだ。もし君が構わないのなら、話をさせて欲しい」

「は、い。でも、少し、待って、いただけ、ます、か。まだ、体、が、いうことを、きか、なくて。とても、疲れて、いて……」

「大丈夫。いつまでも、待つから」


 優しいその声に安心して、アニエスは弱々しいながらもほほえみ、それから眠りについた。

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