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 夜半。戦況は沈黙していた。アニエスは謁見の間で、国王の前にいた。


「アンリを、許してやってくれ」

「陛下……」


 アニエスだけを呼びよせて、エドワールは静かに言った。


「ロランから聞いただろう。元はと言えば、私の都合でアンリはエストレ家に行くことになった」

「それは……」

「王宮にいればアンリは、クレマンに連れまわされることなどなかっただろう」

「…………」

「そして、クレマンの勝手をゆるしたのは、私の力不足ゆえ」


 エドワールは深いため息をついた。


「つきつめればすべて、私の責任だ」


 アニエスは心を整理するように、ゆっくりと答えた。


「陛下のせいではありません。アンリ様のことも、ご事情はわかっています」

「では、もう一度、アンリと話してくれるか」


 アニエスは視線を落とした。


「……もう、会わないと言ってしまいました」


 そう告げたとき、アンリが一体どんな顔をしていたか、アニエスにはわからなかった。


「会いたくないということか」

「……それは」


 言い淀むと、そういうわけではないということを察したのだろうか、エドワールは安堵したように息をついた。


「そうではないのなら、もう一度会って話してやってくれ」


 アニエスは少しの間沈黙して、それから心を決めた。


「わかりました。ですがその前に、ここで私の役目を果たします。必ず、陛下をお守りします」

「そなたも、命を大事にせよ。死ぬことは、許さぬ」

「……ありがたきお言葉、胸に刻みます」


 深く頭を下げて、アニエスは謁見の間から退室した。


 それから、幾ばくかの時間が過ぎた時、宮殿内に兵士たちの声が響き渡った。


「東翼が攻撃を受けています! カレの奇襲です!」


 アニエスは血相をかえて、東翼へ向かう。援軍の到着は早くても明日の昼になるだろう。それまで、なんとしても突破されるわけにはいかない。


 アニエスが東翼に駆け付けた時、既に国王軍がカレの兵を押しかえすところだった。


 煌々(こうこう)と燃える松明の炎に照らされる中、アニエスは見つけた。漆黒の馬に乗って、身を翻すクレマンの姿を。


「クレマン!」


 アニエスは一瞬、我を忘れていた。手近な馬に飛び乗る。逃がすか、とア二エスは手綱を強く握り、馬の腹を蹴った。


 流れるような速さで、アニエスは後を追う。


 視界の先で、クレマンは小さな森の中へ逃げ込んでいった。

 それを見て、はっとしてアニエスが手綱を引いたときだった。暗闇の中から、何百という銀色の光が飛び出してくる。


「しまっ――」


 慌てて体を逸らすが、矢の一本が左肩に突き刺さった。顔を歪めたとき、同じく矢を受けた馬が激しくいなないてその場に倒れた。


 アニエスは投げ出され、全身を激しく打って一瞬息をすることもできなかった。


「クレ、マ……」


 うめいてから、力任せに肩の矢を引き抜く。激痛にめまいを覚える。だがこんな場所で、死ぬわけにはいかない。


 攻撃がやんだ。アニエスは剣を引き抜いてそれを支えに立ち上がる。茂みの中から、黒馬が現れていた。


「愚かなものだな。こんな簡単な罠にかかるとは」


 あざけるような声が上からふってきた。全身の毛が逆立つ感覚。アニエスは強くクレマンを睨んだ。


「そう恐い顔をするな。お前はな、生かしておくと決めたのだ。だからわざわざはずしてやった。感謝してほしいものだ。明日、アンリが戻ってきた時が楽しみだ。お前が私の手の内にいると知れば、やつがどうでるか。娘、存分に役に立ってもらうぞ」


 背筋に寒気を感じ、アニエスはこの戦いがはじまって初めて戦慄していた。

 だめだ、それだけはだめだ。アンリの邪魔にだけは、なるわけにはいかない。


 一瞬で覚悟を決め、アニエスが剣を自身の首に向けようとしたときだった。


 背後に地鳴りに似た音が響く。兵士たちの叫び声が高く響いていた。


「……何だ!」


 クレマンが叫び、刹那、その顔が苦痛に歪んだ。見れば、皮肉にもアニエスと同じ、左肩に一本の矢が突き刺さっている。


 アニエスは背後を振り仰ごうとした。その一瞬の油断で、アニエスの体はクレマンにつかまれ、馬上に引き上げられる。


 抵抗しようとした刹那、後頭部に衝撃。ぐるりと世界が回るのを見ながら、そのままアニエスは意識を手放した。


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