第二話 ランドルフとテリーのお話
俺の名は疾風のランドルフ。またの名を白猫のポン太。小さなボスのボディーガード。
今日もお昼寝をするボスのとなりが俺の特等席。
ちっ、今日の風は雨の匂いがしやがる。
ボスの体が冷えたら大変だ。
ランドルフさんは窓から入る風に耳を揺らしながら、赤ちゃんに風が当たらないように隣に寝ました。
ボスママが窓を閉め忘れているんだ。全く。テレビの予報では曇りとか言っていたが、人間はわかっていないな、朝から雨の匂いがしていたぜ。
この陽だまりももうすぐ終わり、雨が降るだろう。ボスママにも注意してやろう。干している洗濯物が濡れてしまうしな。
ランドルフさんがそんなことを考えていると部屋の入口にひょっこりと茶色と黒の混じった子犬が顔を出しました。
彼はつい最近この家で一緒に住み始めたヨークシャーテリアです。
そう、あれは数日前のことでした。
☆
「新しい家族よ~。ポン太、仲良くしてねぇ」
ほくほく顔のボスママとボスパパに連れられてやって来たのは妙にコロコロとしたヨークシャーテリアの子でした。ランドルフさんはお座りする赤ちゃんの隣に腰かけ、紹介される子を見ていました。
その子はママとパパに頭を撫でられ機嫌よくしっぽを振っています。ランドルフさんのボスも興味津々のよう。
ランドルフさんも、興味があるでしょう?
ふんっ。別に興味なんかないさ。ただ、ボスが喜んでいるみたいだから、それで構わないのさ。
ランドルフさんは赤ちゃんが楽しそうにしているのをみながらそんな風に思いました。
すると、その子が赤ちゃんとランドルフさんの前にやって来て、マジマジと見比べはじめたのです。
見られていますよ、ランドルフさん。
新入りらしくあいさつに来たんだろう。大方、どちらに先にあいさつをするか迷っているに違いないさ。
ランドルフさんは気をきかせて「新入り、こちらが俺たちのボスだ。あいさつを済ませな」と言いました。
すると、犬の子は驚いたように丸い目をますます丸くして「ええっ!? ボシュ? この子がボシュぅ?」と舌足らずに言いました。
「あぅ、あぅ」
犬の子がピョコンと跳ねたので、赤ちゃんは笑って手を叩きます。
「そうだ、お前もここに来たからには、これからはボスのことを……」
「はははっ、いくら何でも、この子がボシュってことはないでしゅ。この子がご飯をくれることもないだろうし、お散歩にだって連れて行ってくれそうもないでしゅ」
犬の子はピョンピョン跳ねて、けたたましく笑います。赤ちゃんは犬言葉が聞き取れないので、跳ねる新入りの子の動きを楽しんでいました。
おや、ランドルフさん?
「……」
笑う赤ちゃんのとなりでランドルフさんは犬の子をにらみます。
そんなに恐い顔をしたらダメですよ。
わかってるよ。ボスの前だしな。我慢してるんだ。
「ここでのボスはこのお嬢だ」
ランドルフさんは静かに言いました。
「はははっ、それにそれに、この子だったら、ケンカしたら僕の方が強そうでしゅよ? 何で弱い子がボシュなの? もしかして、あんたはこの子よりも弱っちぃ猫なの?」
お腹を抱えて笑う犬の子にランドルフさんはため息をつきました。
「弱っちぃ猫より僕の方が強いでしゅね、だからボシュは僕でしょ? みんな僕に優しいし、僕がこの家のボシュでしゅ!」
犬の子はしっぽをピンと立てて胸を張ります。
「やれやれ、何を勘違いしているか知らないが、俺はお前には従わないぞ。俺のボスはお嬢一人だけだからな」
「ははん、どうやら僕の力を見せないとわからないようでしゅね~、僕は強いでしゅよ~」
そう言うと犬の子はランドルフさんの前で今にも飛びかかろうと前脚を低くして構えました。
飛びかかってきそうですよ、ランドルフさん?
けれどランドルフさんは座ったままでした。
「ふふん、恐いんでしゅか? やっぱり弱っちぃ猫でしゅ」
「やる気がないだけだ。お前もさっさっと向うにいきな」
「ふふん、だったら、そっちのボシュを先に倒して僕の強さを見せてやるでしゅ!」
犬の子は言うが早いか、きょとんとしたボスに飛びかかろうと飛び出しました。
「……!」
その瞬間、ランドルフさんの風のようなパンチが犬の子のいきおいよく当たりました。
犬の子は「キャイン!」と悲鳴を上げて転がり腰を打って、慌てて駆け出し、部屋の壁に頭をぶつけてまた転がりました。
あらあら、あんなに慌てちゃって。
「こらぁ! ポン太、仲良くって言ったでしょう!」
犬の子の向こう側からボスママの声が響きました。
赤ちゃんはきょとんとしたまま微笑んだままでした。
☆
「あにゅき! ポン太のあにゅき!」
犬の子がランドルフさんの名前を呼びながらトタトタとやって来きました。心なしか「あにゅき」と聞こえていますが「アニキ」と呼んでいるらしいのです。
今では、犬の子もボスの子分です。ランドルフさんの弟分。
ランドルフさん、よかったですね?
ふんっ。別に関係ないさ。
犬の子は少しのんびりしているところもありますが素直なところをランドルフさんも買っているようです。
ねっ、ランドルフさん?
気に食わないところだってあるけどな。
「あにゅき! もうすぐおやつの時間でしゅよ! ボスママが用意してましゅた」
「そうか。でも、もう少しで風が冷たくなる。ボスママがここに来るまで少し待ってからいくよ」
「ポン太、テリー、おやつよ~」
「ふわっ、おやつ時間でしゅ!」
ランドルフさん、気に入らないことって何なのですか?
ああ? ……わかるだろ? なんで俺がポン太でこいつがテリーなんだってことさ。
テリーって名前、カッコいいですものね。
ふんっ。
テリーがトタトタと走っていくと今度はボスママの声が聞こえてきました。
「あら、ポン太は?」
「ボスのところにいましゅよ! ボスママ、あにゅきが窓閉めた方がいいって言ってました」
テリーが犬言葉で言いました。でもボスママは犬言葉がわからないのです。そのことをテリーもまだわかっていないのでした。
おや? 少し風が強くなってきましたね。
ああ、風が冷たくなってくる。雨が近いな。
ランドルフさんはさらにボスによりそいました。
ボスの寝息がよく聞こえる。
ランドルフさん、温かいですか?
ああ、ボスは温かい。いい匂いがするしな。
あっ、ボスママの足音が聞こえますよ。
「もう、猫は呼んでもこないのねぇ。犬はすぐ来るのに」
部屋にやってきたボスママはランドルフさんと赤ちゃんを見下ろしながら不満そうに言いました。
ランドルフさんは特に何も言いませんでした。犬言葉のわからないボスママは、猫言葉もわからないのです。そのことをランドルフさんはちゃんと知っていました。
「あれ、何だか、風が冷たくなって来たみたい。窓を閉めておいた方が良さそうね」
ボスママは窓から入る冷えた風に気がつきました。空を見上げてから、急いで洗濯物を取り込み、窓を閉めます。
ランドルフさんは窓が閉まるのを確かめてから、起き上ると部屋をあとにしました。
やっと、おやつの時間ですね、ランドルフさん。
まあな、もう安心だろ。ボスママも来たし。
「あ、ポン太! もう、猫は本当に気まぐれね」