朝からの電話…
…電話が鳴る…
…その音で目が覚める…
…コタツで寝てる僕…
そうだった…昨夜は夜中に帰ってきて、何か考え事をしてる間に寝てしまったんだ。
…まだ頭がボ−ッとしている…
昨日の出来事を思い出さない様に時間が止まればいいのに……。
僕しか居ない部屋に、ずっと電話が鳴り続けている…。
面倒だが電話に出てみた。
僕が受話器を上げると同時に興奮した声で…
「もしもし、どういう事? テレビで言ってるのは娘じゃないわよね?」
妻の母親からだった。
その言葉で辛い現実に引き戻される。
「娘じゃないわよね?」
本当にそうだったら良かったのに…
興奮する妻の母親に事件の説明をする。
「テレビで娘は裸で発見されたと言ってたけど、本当なの?」
また思い出したくない事実を認識させられる。
「はい、そうみたいです。子供の方は刺殺みたいなんですが、妻の方はまだ死因が解ってないそうです」
他人口調で妻の母親に答える。
「な…なんでこんな事になるの…」
電話の向こうで泣いてるのが解った。
「もしもし…」
電話の向こうの声が、少し低く太い声に変わった。妻の父親の声だ。
「もしもし、テレビで言ってるのは本当みたいだな。事件に巻き込まれたのは君のせいじゃない。だから君を責めるつもりはない。だが、なんで事件が解った時点で一報もないんだ?…普通、こっちに連絡するのが常識じゃないか?君も大人だろ。それぐらいわかるだろ?…」
最初は穏やかな口調だった妻の父親が、途中から怒り気味の口調に変え僕に訴えきた
僕だってそれぐらいの常識は持っている。しかし夜中に電話する事も、非常識な事だと思っている。
「すいませんでした。また何か解ったらお知らせします。」
妻の父親に少しムカつき、そう言って電話を切った。
電話のお陰で完全に目が覚めた。
時計を見てみると、まだ6時半…ようやく外が明るくなり始めていた。
目が覚めても、なにをすればいいのか分からない…
ふと、さっきの妻の母親の言葉を思いだす…
…テレビで言っていた…
もう昨夜の事件はニュースになってるのか?
すぐにテレビの電源を入れる…。
朝のニュースがやっている。
しかし、昨日の事件はどのチャンネルでも言わない。
くだらない地域の話題、今日の占い、そして天気予報…どのチャンネルも似たような内容で6時台のニュースは終わった。
7時になった…どのチャンネルも番組の雰囲気が変わる。
そしてキャスターがニュースを読み始める……
「昨夜、午後6時半頃○○県○市の桜山公園の駐車場で……………。」
昨夜の事件だ…
「……なお女性は裸で見つかり……」
わざわざ妻が裸で見つかった事を、強調して言ってる様な気がした。
少しの間、昨夜の事件のニュースをチャンネルを変えながら見ていた。どの局のニュースも似たような事を言っていた。
ニュースが中盤のくだらない話題になってきた頃、また電話がなった。
今度は昨日の商談相手からだ。
「…もしもし、おはようございます。」
僕は電話に出た。
「もしもし、昨日はありがとうございました。昨日の取引の件ですが………」
相手は昨夜の事件を何も知らないらしい…仕事の話をずっとしている。
「…それで少しでも早い方がいいと思いまして、本日貴社に伺いたいのですが、どうでしょう?」
えっ!?会社?…そうだ仕事を完璧に忘れてた。
本来ならもう家を出てる時間だ…。
「すいません、今日からしばらく休むつもりなので…。会社の者からそちらに連絡させますので…」
そう言って電話を切り、すぐに会社の上司に電話をした。
「もしもし、おはようございます。あの〜すいませんが妻と子供が死んだので今日から少し休みます。」
そう上司に言った。
すると
「休むのか?いいぞ。ただ嘘をつくならもっと考えてつけ。嫁さんと子供、一度に殺したら次は誰を殺すんだ?」
と笑いながら上司から返ってきた。
上司は冗談だと思ってるらしい…普段の僕を見てればしょうがない。
僕は少し深刻そうな声で
「いえ、本当なんです。それで当分休みますので…」
上司に休むのと、取引先の件を伝えて電話を切った。そしてまたテレビを見始めた…
7時台の番組が終わり、8時台……ワイドショーが始まった。
「全裸母子殺人…公園駐車場で発見!」
そうテロップで大きく出た。
事件の起きた公園の駐車場をバックに、レポーターが歩きながら事件を説明している。
そして
「なぜ、このような事件が起こってしまったのでしょうか?」
の言葉を最後に場面はスタジオに移った…。
スタジオではコメンテーターが
「最近は物騒になってきましたね。裸で見つかった被害者に何が起こったのか?とにかく早く犯人が捕まることを願ってます」
他のチャンネルに変えてみる。同じようなワイドショーが3局でやっている……事件について、どの局のキャスター、コメンテーターも深刻そうな顔で同じようなコメントしか言わない。
テロップには視聴者が興味を示しそうな言葉…
僕には深刻そうな顔をして、楽しそうに事件を報道してる感じがした…。
また電話が鳴る。
今度は警察からだ。
「一応、検死が終わりました。遺体の引き取りと少し伺いたいことがありますので、署に来てもらえますか」
僕は出掛ける準備をする為、洗面所に向かった。
昨夜は気がつかなかったが、台所に花束が飾ってあった…僕が送ったバラだ。
洗面所の前に立ち、鏡を見る……僕の顔は無表情だった。
昨夜から顔も洗わずに居た。もっとひどい顔をしてると思っていたが…無表情だった。
頬に涙の跡もなく…無表情の顔だった。