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TP吹きの僕 その後

作者: 紅崎樹

前作と同じくコメディーにしてありますが、前と揃えているだけなのでコメディーにはなっていません。それを承知の上、読んでいただければ嬉しいです。

「いよいよ君ともお別れか。なんだかとっても名残惜しいよ」

「……そうだな。最後の舞台でお前、ソロ失敗しちまったんだもんな」

マックスが口を利くようになってから暫くの間が経った。明らかにおかしな状況ではあるが、もう何も突っ込まない。普通に会話が成立してしまう程に、僕の中で、マックスが喋るというのは当たり前のことになっていた。

「それを言ってくれるなよ。練習の時にあんまり得意じゃなかったGは当たったんだぞ? なのにどうしてFisが当たらなかったんだぁ!」

先日、学校の文化祭があったのだ。今はマックスの掃除中である。

文化祭の最終日が、僕等三年の最期の舞台だ。つい三年前――つまり僕が小6だった頃は吹奏楽部の発表という枠があったのに、僕が入学した年から音楽会の中の一つとして扱われるようになった。未だに納得していない。去年だって三十分も予定より早く音楽会は終わったし、今年だって二十分も巻いていたというのに、どうして吹部の枠がつくられず、なおかつ時間が伸びないのだろう。それは言っても仕方がないことなのだが。

「しょうがないな。努力不足、という奴だ。周りの雰囲気に押されて練習をたまにサボったりしていたお前が悪い」

「皆よりは吹いてたよ? トランぺッターだし、休みながらやるのは仕方ない事じゃない?」

「唇休めるだけなら、他のことをしていればよかったじゃないか。ブレス練習とか」

「う……」

マックスに言われ、返答に詰まる僕。そんなこと言われたって、と言葉を濁しつつ、全くその通りだと思った。

僕は正直、手を抜いていたつもりはない。しかし、うまい人たちに比べれば、僕の努力なんてこれっぽっちも足らなかったのだろうとは思う。わかっていながらさらなる努力をしようとしなかった僕のせいだ。うまくなりたいと口では言いながら、今以上に頑張ろうとしなかった僕の甘さのせいだ。だから、最後の大事な場面で音を外したりしてしまう。

「でもまあ、お前にしちゃ頑張ったんじゃないか? 一年の頃に比べれば大分上達してるし」

そりゃあ、三年もやれば少しは上達する。むしろしていなければ困る。

「でも、結局ハイB♭だってまともに出せなかったもん。頑張ってGのレベルだし。全然唇も強くなんねえし」

だんだん愚痴めいてきた。僕は言いながら三年間を顧みる。

一年の時、楽器を吹く楽しさを知った。そして初めての夏コンでうちの学校は銀賞で県には行けず、先輩たちが泣いている姿を見た。文化祭での演奏で初めて舞台で吹き、会場の一体感を感じた。三年生の先輩が抜け、演奏を楽しんでいるだけでは駄目だと思い知った。アンコンの舞台で吹き終わった後、緊張で手が震えていた。結果は銀賞。金管で県に進めたのは二、三グループくらいしかいなかった。家に帰って、悔しさでいっぱいになり、ただひたすら泣いた。

二年になり、初めて持つ後輩に若干舞い上がっていた。初めて夏コンの舞台に立った。夏コンに向けての練習で、先輩たちに理不尽な怒られ方を散々されてきた。部活が嫌になったし、先生への不満もあった。しかし、だからこそ僕は頑張った。結果は昨年と同じく銀で、県には行けなかった。しかし、先輩や同輩たちのすがすがしい表情が、今でも忘れられない。今年から定演を文化祭の少し前くらいにやるようになった。一部の先輩によるサプライズ演出に、客席よりもステージの方が沸いていた。文化祭、先輩たちのと最後の演奏だった。そして僕は部長になった。先輩たちに指名され、半ば強制的に部長にさせられた。アンコンでは醜態を晒した。ハイB♭がいっぱい出て来るような曲で、練習をするのも嫌だった。僕は絶望したし諦めていた。今思えば、あの冬にもっと練習しておけばよかった。僕にとって、二年の後半にいい思い出はない。

三年。TPには二人の後輩が入った。部長として部をまとめていくことにまだ慣れていなかった。自分から動こうとしない一年生に腹を立てたりもした。僕だって、一年の頃は勝手がわからず自分から動いたりなんてできなかったというのに。最後の大会である夏コンではこれまた銀賞。しかし、今までで一番いい演奏ができたと思った。課題曲の講評で『TP、今大会で一番良かった』と書いてくださった審査員がいた。方や5、方や2が付けられていて、その辺は腑に落ちない気もしたが。定期演奏会では、本当に、自分たちのやりたいようにやった。男子が女装したり演奏の時に小物を付けたりして、皆とても楽しそうだった。クラスメイトも大勢来てくれ、かなりの盛り上がりを見せたいい会だった。

そして文化祭。十月に入った途端に気温が下がり、文化祭当日も少し冷え込んだ。朝、音出しの時に楽器がかなり冷えていて、これは本番まずいなと焦ったものだ。しかし思ったよりも出だしは順調で、苦手だったGの出て来る部分は一音もミスなく当てることができた。定演で途中音が出せなかった、三年だけでの演奏も外すことなくできた。これはいけると思った。それがいけなかったのだろうか。自分のソロのある曲で、僕は失敗した。練習の時も滅多に外したことの無かったFisが当たらなかったのである。感動と寂しさからじわじわと込み上げてきていたものが、一気に後悔に変わった。

全体としては良かったのに、最後、一音外しただけで、僕にとっては大失敗も同然なのである。

「お前はよく頑張ったよ」

と、マックスの声により我に帰る。

「お前はよく頑張ってたよ。一番そばでお前を見ていたのは俺だ。その俺が保証する、お前はよく頑張っていた。部長としても、トランぺッターとしてもだ。だから――――


――――だから、もっと自信を持て」


急に熱いものがこみあげてきた。マックスを洗っていた手が止まる。気が付くと、涙が頬を伝っていた。

「三年間、お疲れさま」

「……うん、ありがとう」

僕は止まっていた手を動かし始めた。丁寧に、丁寧に、慎重に作業を進めていく。三年間お世話になったマックスに感謝の気持ちを込めて。

いかがだったでしょうか。

僕自身、吹部でTPをやっていて、つい先日引退したので続編を書いてみました。これを書くことにより、自分で今までの三年間を振り返るという意味もあります。なので僕の経験に基づいて書いてありますが、あくまでフィクションですよ。

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