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いつの時代かのお話。  作者: B.Price
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 暑い暑い夏の初め。蝉がみいみいと唄い始める頃、まだ春を引きずる者が居た。その春は青く、輝く春ではあったが。そう、つまりは青春である。誰もが一度はむかえ、楽しむも良し何もせぬのも良しで過ごしたる時期のことである。

 そしてその青春真っ只中に居る少年、名を夏ノ介といった。名の知れた刀鍛冶の名匠の跡継ぎとして生まれ、幼い頃からその技術を叩き込まれてきた。代々受け継がれてきた遺伝の明るい色の髪を肩の辺りで短く切り、常に動きやすい色彩豊かな着物を纏っている。

 そろそろ齢十六となる夏ノ介は、ある日親しき友人が、馬車に轢かれそうなところを助けたのだ、と連れてきた少年を見た瞬間、心臓が刀になる前の鉄のように熱くなった。白い肌、きりりと引き結ばれた唇は薄桃色をして、猫のような翠色の目を縁取る長い睫毛、高い位置に結わえられた朱の髪は、竈の中に燃え盛る焔のような美しさ。これが一目惚れなのだな、と夏ノ介は悟った。と同時に、親しき友人に懐くその姿を見て、友人に嫉妬もした。


 それからというもの、夏ノ介の脳裏には、常にあの少年の影がよぎるようになった。そういえば、名を聞いていなかったと気付き、急ぎ友人に尋ねる。茜だ、と友人はいつものとおり簡潔に言った。淡白そうなこいつでさえも、遊郭のとある女に入れあげているというのだから、人というのは分からない、と思いつつ礼を言い、そのままその茜という少年について尋ね始めた。茜は友人に懐いてはいるが、友人は先程の遊郭の女にいれあげているから、恋仲にはならないだろうと分かりつつ、けん制せずには居られぬ夏ノ介。そんな夏ノ介に苦笑する友人、名を泉宮 龍太郎といった。苗字はいずみのみやとよみ、武士の家系である。泉宮家と夏ノ介の家は武具の売買で交流があり、そこで夏ノ介と龍太郎は出会ったのだ。

 ある日龍太郎は遊郭に行くというので、気を利かせ、茜を夏ノ介に日が沈む頃に親が迎えに来る、それまでにちょっとは進めと言って預けて行った。夏ノ介はちらちらと茜の様子を伺っていたが、どうにも茜はつんとそっぽを向き、夏ノ介と話そうとしない。どうやら龍太郎が自分を置いてどこかへ行ってしまったので拗ねているようだ。

 あまりに気まずい雰囲気にいたたまれず、夏ノ介は作りかけの刀をうち始める。熱く熱せられた刀と、それを真剣な表情で打つ夏ノ介は美しい焔に照らされ、普段とは違った凛々しさがあった。その姿に一刻ではあっても見惚れたという事実に、茜はますます不機嫌になる。

 夏ノ介は出来上がった刀を確認し、軽く頷いた。その刀は素朴だが良く切れる小刀であった。その小刀の柄に赤い紐を巻くと、素朴だが思わず目を惹く光があるように思えた。夏ノ介は、その小刀を鞘に収め、茜に手渡した。茜は、いきなりの夏ノ介の行動に酷く動揺しつつ、これで自分の身を守れ、と言われ、こいつに従うのは不本意だ、と言いたげに受け取った。それから半刻ほど過ぎ、茜の親だという人物が現れた。白い髪を背に流している妖艶な美人だった。その美人は礼を言うと、君が茜を助けたのか、と夏ノ介に問うた。夏ノ介が否定し、龍太郎だと答えると、実はまだ挨拶出来ていないのだと言い、さらに自分は茜の本当の親では無いと言う。茜は親が居らず、自分が引き取ったのだと。そのことに夏ノ介が驚いている内にもう一度礼を言い、茜と親は帰っていった。我に返り、夏ノ介が思ったことは、茜が別れの挨拶をしてくれなかったな、だった。夏ノ介の脳内は本当に茜でいっぱいになっていた。


 それからしばらくして、茜の態度も軟化し、本格的に暑くなってきた頃。刀を作り終えた夏ノ介の下に少しばかり汚れた茜がやってきた。どうしたのかと問うと、人攫いにあったがこの小刀で返り討ちにし、助かったと言う。それで態々礼を言いにきたというのだ。それだけ言うと踵を返して去っていったが、夏ノ介はとめなかった。あの茜が自分のために態々礼を言いに来てくれたということに感動し、それどころではなかったのだ。そして半ば衝動的に、一本の刀を打った。それは光を当てると赤く輝き、振るえば赤い軌跡が走り、当たれば火花が散る名刀であった。よもやこれは、かなりの名刀ではあるまいか、と自分の師であり刀鍛冶の名匠である父に見せた。彼は、目を細め、まじまじと見つめた。そして夏ノ介に手渡し、手放しにこれを褒めた。何時もどんなにいいものが出来たとて言葉の一つもくれぬ父が、口を歪めた下手な笑いでその黄色い瞳を細めているのだ。彼は男らしいがっしりとした体格の、厳格な父であった。笑顔など、夏ノ介は始めて見たのである。

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