2限目 真っ白シロン君
翌朝、やはり外は白かった。まだ深く積もっていないから雪遊びはギリギリ出来る程度だ。
シガルは10分くらい前に出て行った。自主トレ…筋トレだろう。
オレも散歩がてら寮の周りを歩く事にしよう。
そう思って外を散策しても何も見つからない。
(証拠は隠滅済みか……)
昨夜の召喚体の出てきた穴2つがなかったのだ。当然と言えば当然なのだろうな。
戻って食事を済まして学校に行く支度をして教室に着く。
いつもやってる事なのにすごく違和感を感じてしまう。今もどこかでオレを狙っているのではないかと言う恐怖だ。
地面を歩いていれば下から根っこがオレを串刺しにするのではないかと考えてしまう。教室にいてもオレが寝てしまっている内に後ろから暗殺魔法で誰にも気付かれないで殺されるのではないかと思ってしまう。
「おはよっ」
だからカナミの声を聞いて安心する。
「……よっ」
「どうしたの? なんか顔色悪いよ?」
「いや、大丈夫」
「うんにゃ、そう言う時はこのわたしを頼りんさい」
わかりきったように首を振って否定して胸を張って言うカナミ。いちいちジェスチャーが大きい。
「ただ奢られてばっかの奴が何言ってんだよ」
「ちょ、わたしだって頼りになる時はなるんだよ! この前お家に帰って手伝ったらお父さんが頼りになるなぁって言ったんだから!」
「はいはい」
「むっ信じてない」
頬を膨らませるカナミ。
「信じてるよ」
内容は信じているが頼りになる云々は信じていない。
それに狙われる可能性があるのだ。カナミをそれに巻き込む訳にはいかない。
「今は言えないんだ」
「そっか……」
カナミは悲しそうな顔をする。
「でもちゃんと教えてよね」
そう言ってカナミは無理矢理笑ったような顔をする。
「そんな事より雪だよ! 雪!」
「そんな事ってなんだよ」
「ゆきぃぃぃ! シロンくん、遊びに行こ!」
カナミは雪が好きだ。毎年積もるのだから飽きると思うんだが。
「魔戦はいいのか?」
「ふぇ?」
「ふぇ、じゃねぇよ!」
あ、昨日のオレか。
「なんとかなるのか?」
「きっとシロンくんが教えてくれる」
「訊いたオレが間違いだった」
オレは呆れて机に伏す。
あ、寝そうだ。動き続けてれば眠くならないけど休んだ瞬間これだもんな。
カナミが何かを言ってるようだが、それが何か判別出来ずに意識は途絶える。
まもなく授業が始まる。
なんとなく様子はわかるが理解は出来ていない。片手間で何かをしながら授業を聞くようなものだ。内容が入らないのだ。
今回も降ってくるだろうな。
オレは上から振り下ろされた危機を避けて起き上がる。
確かに居眠りは悪いと思うが話しても無駄な事情がこっちにはあるのだ。許して欲しい。
「シロン、あまり夜中まで起きてるのはよくないんじゃないのか」
「すいません」
「そんな時間まで何をしているんだ? まさか夜中外をほっつき歩いてはないだろうね」
「……まさか」
図星だ。
「まぁいい、気を付けたまえ」
どうやら今回はお咎めなしのようだ。
それもそのはずだった。今回の授業はまだ理解するには難しい内容であった。
召喚術――第五型式の最難関魔法の1つの分野である。
どうしてこんな難しい内容を今やっているのかと言うと来年本格的に始まる第五型式の勉強の基礎となる講義が早めに終わってしまい時間を持て余していたためだ。
Aクラスだからっていきなりこんな難しい事を学ばなくともいいと思うのだが何故かやっている。尤もこの授業が余談であるから寝ていても許される筈なのだが。
召喚術で思い当たるのはやはり昨夜の一件である。
オレは昨夜の2人組は学校外の人間だと思っている。理由は召喚術、それも幻想召喚術の使い手の少なさである。
この学校の生徒で召喚術を使えるのはこの学年でSクラスや上級生のAクラス以上だろう。よくて一部のBクラスにいる感じだ。
先生だと仮定するなら殆どの先生だろう。
しかし幻想召喚術はさらに絞られるのだ。
生徒ならば9年生のSクラスに1人いるか怪しいし、先生なら今講義している召喚術の講師であるハーラ先生ぐらいだ。
いるかすら怪しい9年生は除外したとして先生がオレをあの場面で狙うのはおかしい。何故ならば先生が夜中外を歩いていても巡視だと言えばそれで済むからだ。寧ろ見つかったオレが叱られる。
それなのに見つかってはマズいから攻撃してきた。やましい事、それも見つかると致命的にダメな事があるのだろう。それでも先生なら巡視だと誤魔化せばいい。
そうなると消去法で残るは外部の人間となる。
しかしここが安全だとは言えない。寧ろここに居続ける事は危険だ。相手は幻想召喚術を使えるくらいの高位魔術士だ。変装魔法で生徒になればオレの近くに忍び寄れるはずだ。オレの居場所を知っているため、相手からしたら狙いやすいのだ。
何にせよ相手が不明確であるためどうしても安全な場所がわからない。
それに2人組だったのだ。もう1人は何を使ってくるかわからない。幻想召喚術並の高位魔法を使えるのなら危険に危険が重なる。
(取り敢えず今日はカナミと外を歩くか)
これが結論である。
放課後である。
「カナミ、行くぞ」
「雪?」
「そうだ」
「やった!」
このくらいに積もっていれば貴族階寄りの平民階にも積もっているだろう。
守衛にリボンを付けられてオレ達は平民階へと繰り出す。
ちなみにリボンの解除キーはネグルさんへ返した。
おそらく昨夜の2人はそれを持っているはずだ。学校外の人間が校内で魔法は使えない。しかし魔法でも使わない限り侵入出来ないからだ。
「公園でいいよな」
平民階の公園は貴族階の花園のような絢爛さはなく、樹木と遊具があるだけだ。それでも雪が目当てのカナミにとっては十分だろう。
公園に着けば早速カナミは走りだす。
カナミは雪球を作って転がし始めている。どうやら雪だるまを作ろうとしているらしい。
学校の校庭でも雪だるまを作っている人達がいたが、彼らは魔法を使える場所で作っているから恐ろしい大きさになるだろう。帰ったら拝んでおこう。もしかしたらあの作業も魔戦の特訓になるのかもしれない。
「シロンくん!」
カナミがオレの名前を呼んだので振り返ると目の前は真っ白である。
「ぶふっ!」
つまるところ顔面に少し大きめの雪球があったのだ。それをカナミが至近距離でオレをめがけて投げたのだ。
回避魔法は危険を察知する。危険へと変わる前のものには反応しない。振り返る前までその雪球は危険じゃなかったのだ。だが振り返った後に危険となった。時は既に遅く避けれない段階で危険となったのだ。
カナミが天然で気まぐれ屋だからこそ為せる業だ。直前まで投げようと考えなかったから今に至った。
「わぁ、真っ白シロンくんだぁ!」
「カーナーミー!」
「わ、シロンくんが怒った!」
カナミは笑って逃げる。
「おい、あまり遠くに行くなよ」
あんな風でもカナミの足は速い。ハナ姉にしごかれていたオレと一緒にいたのだから足が速くなるのも当然なのだろうけど。
オレは雪を振り払って公園を出て行ったカナミを追いかける。
(この歳になって鬼ごっこかよ)
ちなみに去年はハナ姉に雪埋めにされた苦い思い出がある。最早イジメだと思っていいのではないのだろうか。
公園の外に出ればカナミの姿は見えない。本当にすばしっこい奴だ。
カナミを探している内に人気のない場所に来てしまった。
(これはマズいな……)
まるで待っていたかのように危機感が迫ってくる。
物陰から現れたのは犬だ。それも2つの頭を持つ犬――双頭の犬である。
「どうやら昨夜の魔術士のようだな。出てこい!」
そう挑発しても無駄なようだ。出てくる気配はない。素直に現れたら現れたで勝ち目はない。
わかった事は4つ。1つは偽装リボンと解除キーを持っている。2つ目に昨夜の時点でオレの顔はバレていた。3つ目は幻想召喚術の手練れだと言う事。そして最後に学外の人間ではない。
これらを繋ぎ合わせてわかる結論は1つ。
「何故セルシアで教師をしながらそのような事をしているんだ!」
そう言った途端空気が変わり、目の前の怪物は去っていった。
「な、なんだ……?」
この場でオレを殺せば口封じになるはず……いや、出来はしないか。
オレが死ねば少なからず学校では殺人なり行方不明なりで問題になる。学校関係者であるさっきの魔術士がそうなった状況では迂闊に動けないだろう。オレを殺すのはあくまであの場を見てしまったためだ。本来の目的ではない。
とにかく納得はいかないが相手がはっきりした。今は――
「シロンくん!」
突如カナミが声をかける。
「さっき大声出してたけどどうしたの?」
「カナミ、ここに来るまでに先生見かけなかったか!?」
「え、急にどうしたの??」
「いいから!」
「そんな大声出さないでよぉ……」
「す、すまない」
オレも大概に動揺しているようだ。
「先生なら見かけなかったよ?」
「じゃ、じゃあ人は? 怪しい人とか」
「本当にどうしたの? 人も見かけなかったよ?」
くそっ、チャンスだったのに……!
「カナミ、これからしばらくオレと関わらない方がいい」
「え……?」
「オレは今、命を狙われている。嘘じゃない! 事情を知ればおまえもおそらく狙われる」
「……」
カナミは黙ったままだ。
「だからオレとは関わ――
「嫌だよ!!」
言い切る前にカナミが叫ぶ。
「シロンくんがいなくなるなんて嫌だよ! もう2度といなくならないって約束したよね!」
「だけどあの時とは訳が――
「そんなの関係ないの! わたしは……シロンくんと一緒にいたいの!!」
「でもカナミの命が――
「だけどもでもも関係ないの! わたしがシロンくんを守るから!」
そこでカナミは泣き始める。
「どこかにもう行かないで……」
カナミにはいくつかトラウマがある。傷付いている人を見る事やオレがいなくなる事などがある。
原因は初等学校でのイジメである。だがその心の傷を誰も癒やす事は出来ない。
「わかったよ……」
カナミに危険に晒す事はしたくない。さてどうしたものか。
「今から言う事は誰にも言っちゃいけない」
「うん」
そしてオレはカナミに昨夜とさっきの出来事を話す。
「そっか、じゃあわたしはシロンくんくんを狙う人から守ればいいんだね」
「違う、おまえはゲッヒ先生に誰にもバレずに伝えるんだ」
「うぅわかったよ」
そんなにオレを守りたいらしい。
受ける側でいたらいつかやられてしまう。ならば攻めるしかないのだ。
今度はこっちから仕掛ける番だ。