1限目 金に追われる者は金に泣く
オレ、シロン・メイトナスは追われている。
特に悪い事をした覚えはない。と言うか何もしてなくても追われることは間違いない。
「なんでそういつもいつもオレを見つけると追いかけ回すんだよ!!!」
現在平民階を爆走中だ。全力疾走でもしないと追いつかれる。
1ヶ月前も似たようなことがあったな。あの時はオレとカナミとネグルさんで話してた時か。
今回は授業が終わった途端に襲撃を受けて逃げる羽目になっている。
「しろろんが逃げるからでしょー!」
「誰だって逃げるだろ! 追いつかれたら締めるは投げ飛ばすはでボコボコにされるんだぞ!! それとしろろんとか言うなー! もうそんな歳じゃない!!」
捕まったら死ぬ。戦っても死ぬ。逃げるしか道はないのだ。
「それはしろろんが逃げるからでしょー!」
「そりゃハナ姉がボコボコにするからであって――
「うるさい!!」
オレが言い切る前にハナ姉は加速しオレの襟を掴んで足払い。重心を崩されたオレは後ろに倒れるしかない。
「うっ!」
オレの永久回避魔法《呪い》をもってしても避けれない素早さ。言っとくが街中では魔法は使えない。つまりあの人は自身の脚力だけでオレを捕まえたのだ。魔法抑止の腕輪で反応しない回避魔法がオレに使える分優勢な筈なのにどうしてだ。
「つーかまーえた! さ、遊ぼうね」
その後オレがどうなったかを語るまでもないだろう。日が沈むまでハナ姉の遊びに付き合わされた。
オレはハナ姉のお陰で体力が付いて、感知のみで避けるのは自己の身体能力次第と言う回避魔法を十分引き出せるようにはなってオマケに少々アクロバティックな投技を覚えたのだが、その代償として全身をボロボロにされる。
(ハナ姉は魔法騎士団に入ればいいと思う)
そう言うのが得意なら騎士団で活躍間違いないだろう。
ハナ姉の昔の将来の夢がそれで頑張っていたのを知っているが、何故か夢が魔法薬剤師へと替わって今では猛勉強中だ。
勉強のストレスがある程度溜まるとオレを見つけて遊ぶのだ。
「頼むから大人しく生きてください……」
ボロボロの身になりながらもなんとか日も沈んでだいぶ経った頃に寮に戻れたオレは自室に入ってベッドに座る。
治癒魔法をかければ体の怪我は治る(それを見越してハナ姉はボコボコにしている)が精神的疲弊はは治らない。
部屋は相部屋で平民のシガルと一緒なのだが今はいないようだ。ちなみにベッドは二段ベッドでオレが下だ。
机の上を見ると封筒がある。オレ宛だ。シガルが置いてくれたのだろう。
「母さんかな」
送り主を見ればやはり母さんであり内容は仕送り――お小遣いだった。
「こ、これでオレの財布が復活する……!」
仕送りは2ヶ月に1回送られており、先月のRDケーキのせいで致命傷を負い、モンブランで臨終、そしてシフォンケーキでシガルに借金をしているのだ。
そのような事があって、今日シガルに借金を返す日が来たのだ。
「お、帰ってきたんか」
ちょうどシガルが帰ってきた。
「シガル、借金返すよ」
「お、やっとか。1ヶ月前に借りて3週間前にも1週間前にも借りてるから総額はこれくらいかな」
そう言ってシガルは手で数字を作る。
1ヶ月間カナミにエサを与えなくて済むのだったらどんなに嬉しい事か。この1ヶ月、カナミはなんの負い目もなくオレに奢らせている。そろそろカナミのお母さんに請求しようかな。
そう思えるだけの金額だ。さっそく致命傷なレベルだ。
「……はいよ」
「毎度あり!」
金利がなかっただけ助かったと思おう。
「しかし一気に手元の額減ったなぁ」
「うるさい」
「あれか? 金髪碧眼美女のお姉さんのハナ先輩に追われてその後は金に困って泣くって感じだんな」
美女? 確かに容姿はいいと思うけど性格がアレだからな……。
「金に追われる者は金に泣く、だな」
シガルは大笑いしている。貴族をバカに出来る平民なんてそうそういない。それに金も金も嘲笑った覚えはない。
「それって、ハナ姉が貧乏神って言ってないか?」
オレとしてはカナミこそ貧乏神だ。
「悪いがオレっちはハナ先輩が追いかける奴はシロンしか知んないがな」
どうやらオレには2人の貧乏神のせいで金に運がないらしい。
「そう言えばシガル、どこに行ってたんだ?」
放課後のシガルと言えばこの部屋に戻ってマンガを読むか実家に帰って家の手伝いをするくらいだ。大きな商家と言っても寮通いの学生を手伝わせるくらい大変らしい。
「……シロン、おまえ来週が何か知ってるだろう」
「来週と言えば……なんだったっけ」
災害に遭ったので思い出す気力はないのだ。
「年に2回の?」
「ボーナス」
「夏と冬にあの場所でやる?」
「販売会」
「運が悪いと親に怒られる?」
「三者面談」
「……本当に思い出せないんだろうな?」
「うん」
ちなみに三者面談なるものは初等学校ではあったがこの王立セルシア魔法学校ではない。それにもう思い出している。
「ませんだ、ま・せ・ん」
「だません?」
「違うし、ませんだ」
「しません?」
「面倒くさいやり取りはもうやらないでくれ、話が進まないからすんな」
「します」
「いい加減にしないと怒んぞ」
「し、ません」
「わかった、オレっちが悪かった、さっきのからかいは許してくれ」
茶番はここまでにしよう。シガルに仕返しが出来ただけで満足だ。
「で、魔戦がどうした?」
「……でません」
シガルがポツリと言う。
「そうか、欠場か。Cクラスに行くのか、頑張れよ」
もちろん出場しないと言う意味でない。
「そう受け取んなー! 許せっつってんだろ!!」
シガルが飛びかかって襲ってきた。
「わかった、わかったから」
シガルをなだめたところで話を進める。
「来週までに魔力を大量に使っていいように筋トレしてたんだよ」
オレ達、魔法適各者は遺伝的問題でM2Bと言う細菌に寄生されている。この細菌が体の筋細胞を食って魔力を生み出すのだ。
体の魔力の貯蓄量は個人で大きく異なるが魔力が満タンになればM2Bは活動が大人しくなるため筋力の低下はそこそこ抑えられる。逆に体内の魔力が枯渇していればM2Bは全力で筋細胞を食うため筋力の低下は著しい。
要するに魔法を使うと体が衰えるのだ。それを補うためにシガルは筋トレしていたようだ。
オレは呪いのせいで24時間365日魔力を消費し続けてるからM2Bは常に活き活きとしている。
「それはお疲れな事で」
シガルにそう労っておく。
「おまえはいいんかよ。魔法の練習とかしなくてよ」
「んー、オレの魔法、燃費が悪いからあまり使いたくないんだ」
事実、今でさえ魔法を使っているのだ。これ以上魔力を消費したらおじいさんになってしまう。
「ふーん、そっか。またBクラス落ちすんなよ」
シガルは納得した様子。
「あの時は第二型式の勉強が疎かになってただけ」
そう言い訳をしてオレは今日のハナ姉の襲撃での疲れのせいでベッドの上で横になって寝てしまった。しかし寝ていても回避魔法のせいで熟睡出来ず、物音のせいであまり寝れないのだが。
何度目かの覚醒。シガルが寝てから随分と時間は経ったがまだ夜が明ける様子はない。
また寝ようと思っても今回は出来ない。こう言う時は解呪の勉強をして呪いを解く手段を考えよう。
そう思って机に座る。
(さむっ)
目の前に窓があるのだが結露して外が見えない。少し拭いてみると寒い訳がわかる。
(雪だ)
冬に入ると雪が降って積もる。雪の降る地方だからと言う理由もあるがオスカルテ王国の領土全域は広大な丘であるため、貴族階と平民階の間にあるセルシア魔法学校の標高はそこそこ高い。
(明日には積もるのだろう)
オレは解呪の勉強を始めるにもさっき開いたカーテンを閉めようとして気付く。
(なんだ、あの人影は……?)
こんな時間に人が彷徨くなんておかしいな。
校則では深夜帯に寮の外に出るのは禁止されている。一部の生徒はお構いなく出てはいるのだが。
オレはコートを羽織って部屋を出る。
冬はただでさえ寒いと言うのに夜中だとさらに寒い。廊下とは言え室内で息が白いあたりその寒さがわかる。
外に出る。幸いにもまだ雪は積もっていないので足音を立てずにさっき見かけた場所へ近づく事が出来る。
(ここら辺か……)
人影は2つ。何かをこそこそと話している。何を話しているかはわからない。
(勢いで来ちゃったけど関わらなくていいか)
面倒くさい事な気がしてきたので引き返そうとした瞬間、地面に危機を感じる。
地面を蹴って跳び上がればそこには根っこがある。根っこと言っても動物のように自在に動いている。
召喚術――それも幻想召喚術だ。この場合は巨大な捕食性植物の一部だけの召喚だ。
地面に着地した後一気に加速して走る。
根っこは追いかけてくる。オレを捕まえる気なのだろう。
こうなったら反撃するしかない。
オレは振り返り後ろ向きでブレーキをかけながら右の手のひらを根っこに向ける。炎弾の構えだ。
だが再度足元に危機を感じる。
(もう1本あるのかよ……!)
身体強化魔法――筋力を一時的に増加する魔法だ。
脚に魔法をかけたところで跳び上がる。男子寮は3階建てだが屋根の上まで上昇する。
屋根に乗って走る。
「はぁ…はぁ……」
根っこは追ってこれないようだ。地面に接していないから範囲の外に出れたのだろう。
だが召喚主だったらここに登れるだろう。幻想召喚術を使えるような魔術士を相手になんて出来ない。
(もし対峙せざるを得ないのなら真下に雷撃でも撃ってやる)
向こうもこそこそしてるくらいだ、騒ぎを起こしたくないだろう。
だがしばらくしても現れなかった。相手も場所が場所だから戦わない事を選んだのだろう。
オレは身体強化魔法を解除したところで、腰が抜ける。冷汗がオレの額を垂れる。
勝てるかもしれない人と勝てない人を相手にするのでは訳が違う。魔法の世界では25人の低位魔術士より1人の高位魔術士の方が強い。
幻想召喚術は高位魔法だ。オレにそんな魔法を使ってくるような魔術士への勝ち目は万に一つもない。
危惧すべきは顔バレしたか、である。
魔法は呪いと身体強化魔法だけであるから魔法の痕跡は残っていない。炎弾を撃っていたら魔力でバレただろう。使わなくてよかった。
ただあの召喚体がオレの顔を見ていたかどうかわからない。根っことは言えこの世の生物でない以上根っこに目があるかもしれないからだ。
それに召喚術は召喚体との感覚を共有する事が出来る。召喚体がオレを見たのならば召喚主も見たのだ。
落ち着いたところでオレは下に誰もいない事を確認して降りる。魔法があれば高いところへひとっ飛びだし、高いところからも降りられるのだ。
部屋に着いて窓の外を見ても誰もいない。
ベッドで寝てもいつもより浅い眠りで夜が明けるのである。
シガル「新章突入だな、しろろん」
シロン「また面倒な事になった……。それと次その呼び方したら炎弾10発な」