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魔法学校の表事情と裏事情  作者: アウラ
5.5.珈琲と紅茶の美味しい淹れ方
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5限目 海よりしょっぱい涙(後編)

 幸いなのはユリアが人目を惹く容姿であった事だ。

 行く先々で尋ねていったらユリアを見つける事が出来た。


 着いた先は平民階の閑静な住宅街の陸橋であった。


「ユリア!」

「おや、ユアじゃないの」


 オレが声を掛けると同時にもう1人別の人が誰かに声を掛けたようだ。

 とは言うものの陸橋にはユリア以外いない。


 そう思って後ろを見ると若くも老いてるようにも見えない胡散臭い女性がいた。


「ん? それに坊やもいるねぇ。どうしたんだい?」


「あの……もしかしてエリザベスさんですか?」


「なんだい。もう忘れたのかい?」


 昨日とは似ても似つかないエリザベスさんがそこにはいた。


「いや、だって……」


「あぁ、今は化粧が薄いからねぇ。これが昼の顔だよ」


「そうなんですか……」


 化粧は人を変えるとはよく言ったものだとよく理解した。


「ユア……ここではユリアと言った方がいいかい? どうしたんだい、そんな黄昏れて」


 早速エリザベスさんはタバコを取り出して吸い始めてユリアに近付く。


「エリザベスさん……」


 ユリアはやっと顔を上げてオレ達を見る。


「あんたの顔を見れば大体想像は付くよ」


 エリザベスさんはふぅと煙を吐き出して手すりに寄り掛かる。流石察しがいい。


「坊やもこんな子に振り回されて大変だねぇ。どうだいユリア、うちに来るかい?」


「え?」


 それは実質的な勧誘だった。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


「どうなんだい? ユリア」


 オレの言葉を無視してエリザベスさんはユリアに尋ねる。


「もちろん学校は辞める事になるだろうねぇ」


 それはエリザベスさんが中等学校に通うための条件を知っているのかは知らないが、働いた分だけお金を出すと言っている訳で身元引受けではない事を意味する。


「……」


 ユリアは押し黙ったまま何も言わない。


「いい加減におし!」


 パンッ

 ユリアの右頬が赤くなる。


「あれもやだ、これもやだ。あんたはどうしたいの!? どうせこの坊やの助けを断って逃げてきたんでしょ。言葉に出して伝えなさいよ!」


 この人(エリザベスさん)は本当に事情を察しているから怖い。


「折角甘えられる人がいるなら甘えなさい」


 エリザベスさんはユリアの両肩を掴む。


「私……私、どうしたらいいかわからなくて……」


「嘘だね。うちを騙そうだなんて千年早いよ」


 即行で嘘だと見破るエリザベスさん。なんでこの人ママなんてやってるんだろう。


「あんたはもう答えを見つけてる筈だよ。素直になりなさいな。誰もあんたを悪く思わないさ」


 エリザベスさんはユリアに満面の笑みを浮かべる。


「こんないい子を悪く思う方がどうかしてるさね。それにあんたを大切にしてる人はたくさんいるよ」


「私……」


「うん」


「私ね……」


「うん」


 ユリアは静かにエリザベスさんから離れる。


「私ね、シロン様の話をやっぱり受けてみたい」


「そうかい」


 エリザベスさんは少し残念そうにしてるがその顔は笑っている。


「シロン様……あれ、涙が、どうして……」


 ユリアの瞳からは一筋の涙があった。


「私、泣いて……」


 手で拭うも尚も涙は流れ続ける。


「なんで……どうして……」


 エリザベスさんはオレの方を見て何か言わんとする表情をする。


『坊やが慰めな』


 そう言っているのだろうな。


 ずっと離れて見ていたオレは橋の真ん中にいるユリアに近づいてハンカチを取り出して左頬を拭く。


「ごめんな――


「謝らなくていい」


 ユリアの言葉に被せるように言う。


「……ありがとうございます」


 そっと無言で頭を撫でる。


「オレにどんなに甘えたって構わない。さっきそう言ったじゃないか。……まぁ辛かったら逃げ出したっていいって言ったのもオレだけどな」


 思わず苦笑してしまう。


「でも逃げる先は頼れる人の所にしてくれよ? 追い掛けるのは大変なんだからさ」


「はい゛」


「よしよし。もっと泣け泣け」


 涙声のユリアが微笑ましくてついつい笑ってしまう。


「はい゛!」


 それからはしばらくユリアの泣き声だけが響いていた。


「申し訳ございませんでした」


 泣き止んですぐにオレに頭を下げるユリア。


「だから謝らなくたっていいって」


 オレの服を涙と鼻水、プラス涎で汚した事を謝っているのだが別に構わないと思っている。

 一部からしたらプレミアムだろうとか茶々は入れない。


「どうせこの服は平民階でぶらぶらするようの服だし」


 適当な服屋で見つけた服だから何の問題もない。


「うぅ……」


 謝りたくても謝るなって言われてるから何とも言えない気持ちで苛んでいるようだ。


「だからその件はもう触れない」


「はい……」


 ここで一息。


「私、ずっと泣いてなかった気がします」


「そうだな、翠風でしか会わなかったけどそんな話聞いた事なかった」


「多分お母さんが死んじゃった日に泣いてからだと思います」


「随分と泣かなかったんだな」


「でも今日泣いちゃいました」


「泣く事は悪い事じゃないさ。思う存分泣いていいぞ」


「シロン様だけズルいです」


「へ?」


 何故だ。


「シロン様が泣いているお姿を見た事がありません」


「そりゃ男だし……」


 男子たるもの泣くべからずとかそんなやつだ。


「ズルいです! 泣いてください」


「いや、泣けと言われて泣けないっての」


「私には泣けって言いました。泣きました」


「ぐぬぬ……」


 そう言われると立つ瀬がない。


「泣いてください!」


「いや、無理だから」


「もう……」


 理不尽である。

 最近何故かそう感じる事が多いな。


「海よりしょっぱい涙って言うんさね」


 ずっと黙っていたエリザベスさんがついに口を開く。


「え?」


 ユリアが首を傾げる。


「あんたみたいなずっと我慢してきた子が久々に流す涙の事さ。流れそうになる度に堪えて残るは塩だけ。そうして塩が溜まってある日流した涙はずっと濃い涙さね」


「そうなんですか?」


 ユリアはオレに確認を取る。


「いや、比喩だから」


 現実はちゃんと再吸収される。


「舐めた事もないのによく言うね、この坊やは」


「エリザベスさん……舐めたんですか?」


「しょっぱかったよ」


 ……身近に変態さんがいらっしゃたようだ。


「ってエリザベスさん海の味知りませんよね?」


「もちろんさね」


「やっぱり」


「シロン様は海を見た事があるんですか?」


 ユリアは興味津々に訊いてくる。


「まぁね」


 周りが人の立ち入れない森に囲まれたこの国は実質陸の孤島であり海を見る事があるのは魔法学校生や貴族と言った上流階級ぐらいだ。一平民が一生の内に海を見る事はないのだ。


「私も見てみたいです!」


「機会があったら行こうか」


「その時はうちを誘いなさいな」


「便乗するなや」


「うちのナイスバディを見たくないのかい?」


 そう言ってセクシーポーズを取るエリザベスさん。


「まず年齢がわかるようにお願いします」


 雰囲気だけじゃなく年齢も胡散臭いから困る。


「レディーに年齢を訊くとはいい度胸してるねぇ」


「べ、別にそう言う訳では……」


 エリザベスさんの怒気を含んだ声にオレは後退る。


「まぁいいさね。それよりあんた達、やる事あるんじゃないかい?」


「そうでした! シロン様のお父様にお願いしなければなりません!」


 そう言えばそうだ。まだ問題は解決していない。


「早く行きな」


「エリザベスさん、いろいろお世話になりました」


「本当だよ。さっさと行きな」


「ママ……」


「うちはもうあんたのママじゃないよ。解雇だ解雇。もう2度とうちに来るんじゃないよ……」


 その声は寂しさが溢れていて素直じゃないなぁと思った。


「ありがとうございました!!」


 ユリアは礼をしてオレを引っ張って走って行く。


「頑張りな」


 ポツリと言ったエリザベスさんの言葉(励まし)をオレだけは聞いていた。






「先程の無礼、大変申し訳ありませんでした!!」


 ユリアが腰が折れるんじゃないかってぐらい頭を下げる。


「それで」


 父さんは目もくれずに書類に何かを書き続ける。


 場所は父さんの執務室。

 会議が終わるまで待たされてその後ここへ通された。


 もう日が沈んで夜だ。


「私をメイトナス家養子に入れてください!」


「はっきり言ってメイトナス家に君を養子にするメリットはない。デメリットしかない」


 父さんはばっさりと切る。


「お願いします。家の手伝いでもなんでもします。だからどうか……!」


「父さん、ボクからもこの通り」


 オレもユリアに並んで頭を下げる。


「……シロン」


 父さんは筆を止めてオレを見る。


「君の答え(意志)を聞こう」


 その目はいつか昔に見た父さんが交渉の際に見せた目だった。


 きっと今オレは試されているのだろう。ほんの数時間でオレが10点からどこまで引き上げてきたのかを。


「オレは……」


 だからオレも同じく父さんを父さんとしてでなく交渉のテーブルに付いた相手だと思って見返す。


「オレはユリアを大切な人の1人だと思ってます。それは異性として好きと言う意味でなく純粋に失いたくないと言う気持ちです」


 ユリアの笑っている顔が見たい。今日やっと見せてくれたユリアの甘えてるところがもっと見たい。

 ユリアの悲しんでいる顔を見たくない。昨日まで見せていたユリアの絶望に耐える瞳を見たくない。


 それが出来る手段が家族になる事ならオレは家族を説得する。それくらい大切だから。


「ふむ」


 オレの気持ちをちぐはぐだが繋げて語ると父さんは少し黙って思案顔になる。


「60点だな」


 微妙な数字だ。


「それはつまり……」


「及第点だ」


「よっし!!!」


 思わずガッツポーズを取る。

 ユリアは様子がわからないようで困惑している。


「ユリアちゃん」


 父さんは2度目の面会で初めてユリアを真っ直ぐ見る。


「は、はい!」


 これにはユリアも緊張するのも無理もない。


「今夜からメイトナス邸に来るといい」


「え、でも……」


「ドアのない家に1人で過ごさせるなんて出来ないしね」


 どっかの誰かさんが壊しましたからね……。


「それとこの紙に署名をしてくれるかい?」


 父さんは先ほどまで何やら書いていた紙を見せる。


 それは養子縁組申請書であった。


「ただし条件がある」


 父さんは指を3本立てて条件を話す。

 こうしてユリアがオレの妹となるのであった。

次回エピローグ。

5話で終わんなかったー!!

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