4限目 やっぱケーキのためにガンバル
その日、カナミを見つけたのは日が沈む直前であった。
花園
そう言って差し支えはないだろう。1年中何かしらの花が咲き乱れてるようなところだ。貴族階の中でも綺麗なところだ。特にカナミが今座っているところからは平民階を見渡せる上に夕日が見える景色のいいスポットだ。
「おまえはいつも何か嫌なことがあるとそこにいるよな」
後ろから声をかけてやる。
「だ、だってぇ、シロンくんが怒るんだもん……」
まだ泣いてたのか。そんなに怒ってはないんだけどな。
「怒ってはない、ただ…言い過ぎた、悪かった」
「ううん、わたしがシロンくんに押し付けたのが悪かったの」
「あーその事なんだけどな、カナミ、手伝ってやるよ」
「ふぇ?」
驚くのも無理はない。オレだってついさっき決めたのだから。
「カナミはカナミが1番やりたいことをすればいい。オレもそうする」
昨日シガルが言っていたことを口にすると、カナミは頭にハテナが付いてるような顔で首を傾げる。
「オレは今回の偽装リボンについて1番になんとかしたいから、オレはカナミを手伝う」
そう言うとカナミはにぱぁと明るくなる。ホントにわかりやすい奴だ。
「シロンくんもケーキが食べたいんだね!」
「……」
16年来の幼馴染だ、そう言うかもって予想は出来てた。
「次似たようなこと言ったらカフェに連れて行かないからな」
「え!? なんでよ!!」
「ハハハ」
オレは笑ってカナミから逃げる。
「シフォンケーキぃー」
「もう、わかったって」
「モンブランー」
「え?」
あ、そう言えば……。
「シロンくんからモンブランの匂いがするよ」
鼻がいいな。甘味に対する食い意地は流石だ。
「いや、たまたまモンブラン作ってる家を通ってきただけだよ」
そんなもので匂いが移るとは思えないがこれで誤魔化そう。
「嘘だね」
「は?」
バレるのが早い。
「髪の毛にモンブランのクリーム付いてるもん」
「……」
あぁあの時か、人ふり投げた時にそいつの顔面のクリームがオレの髪に付いたままだったのか。ネグルさん、教えてくれよ。そうすればこんな事態にならなかったのに……。
「舐めていい?」
「は!?」
何言ってるんだこいつ。
「ちょっとそこ座って」
そう言ってカナミはオレを近くのベンチに座らせる。
「んーここだ」
どうやらクリームはつむじの近くにあったようだ。だからと言って正面から取りに来ないで欲しい。きっと状況わかってないんだろうな。目の前には女の子特有の膨らみが迫っているのだ。だからと言って後ろに頭を傾ければ――
「下がらないで!」
そう言ってオレは引き戻される。危うくぶつかるところだった、と言う一線を越えてしまったと言うのは墓場まで持って行こう。
「シロンくんの銀髪ってなんかツンツンしてるよね」
そんな生まれ持ったものを言っても意味ないだろう。それも今更な特徴を。
対するカナミの髪は黒いから並ぶとお互いが目立ったりする。そのせいか一部ではオレ達が付き合ってると勘違いしてる奴らもいるが気にしていたらキリがない。
「取れた!」
やっとの思いで開放される。だがもちろん訊かれるだろう。
「顔面にモンブランを付けた男が襲ってきてハナ姉の投技真似したら髪に付いたんだよ」
なので先に言う。内容に嘘はない。
「見てみたいなぁ。是非分けてもらいたい!」
案外この手の嘘をカナミは信じる。あ、嘘じゃない、真実だ。とは言っても事の経緯は全部話すつもりだ。
翌日の放課後、ここは平民階の住宅街にある一軒家の一室だ。シガルの実家であり割と大きな家である。
シガルは平民と言っても大きな商家の子息だ。運が良ければシガルの子どもが貴族になるかもしれないな。
ネグルさんの隠れ家が必要だと判断したオレはシガルには事情を簡単に説明した。もちろん偽装リボンに関わることは全て伏せた。あんな恐ろしい事を広めてはいけない気がする。ネグルさんを匿うためにシガルの実家のこの部屋、客間を少しの間借りることが出来た。
「簡単にまとめるとだな――」
この部屋には3人いる。オレとネグルさんとカナミだ。誰かに聞かれてはやはりまずいと思い、誰も聞き耳を立てられないこの部屋で話すことにしたのだ。
「う~ん」
理解するのには時間がかかるのは当然だろうな。オレはカナミに一通りの説明をした。
「つまりネグルさんを悪の組織から守ればいいんだね」
「端的に言えばな」
「もっと簡単に敵をやっつけちゃえばいいんじゃないかな」
「相手の場所も規模もわからないで2人で突っ込めるかよ。一介の魔法学校生に何を期待するんだ」
あくまでオレ達は学年の中では成績が良い学生だ。魔法騎士団の中でトップクラスの実力者なら単騎で組織を相手にしても勝算はある。だがオレ達はどこまでいっても平凡な実力でしかも外では魔法が使えないのだ。組織を潰す勝算はない。
「取り敢えずまずは風紀部に連絡してみない?」
確かに風紀部に助けを求めるべきだ。だが憲兵団のどこまでが侵食されているかわからないのが恐い。
ネグルさんの言葉では少なくともリング全体が侵食していると言うことだ。だが風紀部の動きを封じている以上、それ以上だと考えていい。ならばどこまで侵食されているんだ。
憲兵団と言う組織全体が侵食されている可能性はないと断じることは出来る。そうでなければ相手の自称する革命は達成されてるに等しいからだ。何もリボンに拘る必要がないのだ。
「風紀部の信じられる人って誰だと思う?」
だが助けは必須だろう。ネグルさんを守るとは言っても解決はしないのではないか?
新型リボンに入れ替わっても時が経てばより新しい型をリングが作るから偽装リボンの根本的解決にはならない。あくまで時間を稼げるだけだ。その間に憲兵団がその裏組織を見つけるはおろか動くかすら怪しい。勝利条件はなんだ……。
「ゲッヒ先生は信じられるよ、きっと」
「根拠はなんだ」
「憲兵の人とつながってたらわたし達に捜査なんてさせないと思う」
「無理だとわかってる捜査を敢えてさせて学校内の不満を消化させてると言う可能性は?」
形だけ取ればいいものなんてたくさんあるものなのだ。
「そんな風に考えたらキリない」
無理だと思ってもどこかでボロが出た情報を得られてしまうかもしれないから捜査させるのはあまり効率的な手段じゃないか。
現に得られたら困るような情報をオレ達は手に入れてしまっている。もちろんそれを報告する先は風紀部だから情報を得られたと言う情報を本人から得られるんだから始末は簡単だ。
確かにそうだな。考えても埒が明かない。
「わかった、ゲッヒ先生に報告しよう。それで相手に筒抜けだったら諦めよう」
よくて長期拘束だろう。殺されることはないと信じよう。
「ところでネグルさん、相手の組織の場所や規模って知ってたりしますか?」
ここでオレはじっとしていたネグルさんに尋ねた。
「いえ、私めはリングの下っ端でございますから何も知らされておりません。ただ偽装リボンが裏組織に流れていると言うことだけしか存じておりません」
「多くの偽装リボンが作られてたんですよね」
「はい、その通りでございます」
どうやら規模はそこそこ大きいっぽい。
「そう言えばさ、カナミ」
オレはあることを思い出しカナミに尋ねる。
「なぁに?」
「この前のカツアゲ…あぁあれは結局違ったのか、あの3人衆いたじゃん」
「うん、いたね」
「あれどうなったの?」
そう、あれも偽装リボンだった。カツアゲではなくネグルさんと設計図を狙っていたのだ。
「さぁ」
そう言って頭を横に傾ける。それもゲッヒ先生に訊こう。
「それじゃあボク達は一旦学校に戻ります。明日は学校が休みですから朝に来ます。ネグルさんはそこに隠れていてください。何があっても外に出ちゃいけませんよ」
「わかりました」
どう考えてもフラグにしかならない台詞に対してそう返事をしたネグルさんだった。
「そこまでわかったのか」
ゲッヒ先生はオレの話を聞き終わってそれだけ言った。
沈黙が続く。やはり言うべきでなかったのだろうか。カナミの勘もあてにならないな。嫌だなぁ拘束と言うか監禁だよなきっと。記憶消去魔法ってどんなのだっけ。
「まずは必要な証拠を手に入れてきてくれ。そうすれば風紀部部長として動ける」
大丈夫なパターンだった? ホッと安心する。
「証拠とはどのようなものでしょうか?」
「例えば偽装リボンの取引現場だ。そうすればその組織とリングの関係がわかる。出来るか?」
出来るか出来ないかだったら後者だと答えよう。そんな裏取引に素人が隠れて見ることなんて難し過ぎる話だ。そもそも今は新型に対する偽装リボンが出来ていないのだから取引は行われないだろう。
「出来ます」
こんなことを言う奴がいなければの話だが。
「そうか、頼んだぞ。だがくれぐれも気を付けてくれ、君達は十分に危険なことをしている。させているのは我々だが責任を取ることにも限度はある。許してくれ」
「あの、1つ訊いていいですか?」
訊かなければならないことがある。
「この前のカツアゲ3人衆として捕まえた3人はどうなりましたか?」
訊いた途端にすぐに難しい顔をしたゲッヒ先生。つまりは良くない結果だったのだろう。
「それがだな……。その3人は退学だけの処分となった」
退学も十分に重い処分だが、ゲッヒ先生は懲役刑が付く偽装リボンについてはお咎めなしだと言っている。
「わかりました」
そうしてオレとカナミは風紀部室を後にした。
「カナミ、どうして出来るなんて言ったんだ?」
たとえ例の3人に咎めがなくてもオレはこいつを咎める必要がある。
「シロンくんなら出来るよ」
そう言って笑うカナミである。
「シロンくんはシロンくんが無理だと思ってても出来ちゃう人だよ? だから出来る」
あの時オレは何も言葉を発していないのにオレの答えを見抜いている。本当に敵わない奴だ。
「やるだけはやるさ」
「“れ”はどこに行ったんさ」
「……やれるだけはやります」
「よろし」
溜息を付いてオレ達は校舎から出る。
「よし、ガンバろう!」
「何をだ?」
「やっぱケーキのためにガンバル」
「“やっぱ”ってなんだよ」
「ネグルさんのためにガンバろうと思ったけどやっぱケーキが1番」
「はぁ……」
今度こそ溜息。マイペース過ぎる。
「明日の朝、シガルくんの家だよね」
「あぁ」
「じゃあわたしは明日に備えるよ」
「そうかい」
「また明日!」
オレは手を振るカナミに手を小さく振り返して見送る。てか備えってなんだよ。よくわからない奴だ。
「例の裏組織はセルシアにまで手が及んでいると思っていい。一部の生徒は偽装リボンを付けて街を歩いていると考えられる。現にネグルさんを襲ったのだから事実だ。問題はどう言う繋がりか、だ。思うに先輩とかの繋がりだろう。ごくわずかだけど卒業生の何人かは消息不明なのがここ数年続いてる。それが裏組織を構成しているメンバーだと思っている。卒業生の後輩やそのまた後輩がセルシアの在校生なのだろう」
オレはシグルの家で2人に説明する。
昨夜、卒業生のその後を調べてみたら驚いた。年に約5人は行方がわからなかったのだ。ほとんどがCクラス、平民と下位貴族だった。
優等生や高位貴族が闇堕ちとかがなかったのは幸いだった。敵にするには実力的にも権力的にも強すぎるからだ。
2人ほどBクラスだった卒業生がいるが気にしなくていい数だった。おそらく雇われでやっていると思われる。
「問題は憲兵の方だね」
カナミが切り出す。こっちは時間と睡魔のせいで調べられなかった。
「フフフ……」
「なんだ、調べたのか?」
「まぁね」
カナミは誇らしげに言う。確かにカナミが自分で動くのは珍しい。あ、昨日の備えってそれか。
「説明しよう! 風紀委員の情報網によると憲兵の人達は、ずばりリングと一部の実動部隊の人達が何かと関わっているらしい」
すげぇ情報網だな……。
「それ以外には関係ないと?」
「そゆこと」
保安部全体がグルになってはいないようだ。
「ネグルさん、どうしますか? 憲兵団の上層部に会えば保護してくれると思いますけど」
「そうでございますね……」
とは言ったもののネグルさんを狙う連中の膝下に行かせるのも野暮なものだろう。かと言ってここが絶対に安全な場所だとは言いがたい。
「司令部に行こうと思います」
「……そうですか」
何か見落としてないか? 嫌な予感がするぞ、よく考えろ。
危険性はなんだ? 裏組織か? 憲兵団か? 風紀部か? 疑心暗鬼になり過ぎるのはよくない。
裏組織は確実に敵だ。……この際もう敵でいいだろう。
憲兵団はカナミが言うにはリングを含む一部の保安部だ。司令部や司法部に裏組織につながってる奴はいないのか?
風紀部は保安部の下に位置するようなものだから保安部に敵がいるのなら風紀部を抑えることは可能だ。風紀部もグルだった場合、オレ達はもうどこまで情報を手に入れたかバレてる。バレてない情報はネグルさんの居場所くらいだ。
クソッ、何を信じていいのかわからない。
「絶対に信じられるものだけを信じればいいんだよ」
そう言ってオレに優しく微笑むのはカナミだった。こいつはどこまでもオレの心を読み取るんだな。
「本当に信じられるもの……」
それはオレ自身とカナミ、ネグルさん――シグルはこれ以上巻き込む訳にはいかない。
「3人しかいない」
これではあまりにも無力だ。
「3人で出来ることを考えればいいんだよ」
3人で出来ること。3……。三――そこで思い出したのは第三型式の魔法術式だった。相手からの魔法を別の形で自分の魔法に使う魔法。
途端、一気にパズルがつながっていく感じがした。たくさんピースがあると組み立ては難しいがピースが少なければ組み立てやすい。だからこそ一気につながった。
「もっと簡単に考えれば良かったな」
オレは微笑む。きっとろくな笑みじゃないだろう。これから言う案はそんなものだ。
「これはきっと妙案が浮かんだんだね」
カナミは期待する。
「是非ともお聞かせください」
ネグルさんも期待している。だがそんなにいい案だとは思わないで欲しい。
「まず――」
説明に説明を重ねる。3人が別行動になるからだ。確認は最初で最後、今ここで済ませておきたい。
「――とまぁこんな感じだ」
「恐ろしいですね」
ネグルさんは驚いている。何せネグルさんが1番危険で重要だからだ。失敗したらもうどうしようもない。
「わたしはいいよ」
カナミは別にいいらしい。
「ネグルさん、引き受けてくれますか?」
オレはネグルさんに確認する。
「シロン様がこれでいいとおっしゃるのならそれで構いません。私は助けられている立場ですので」
「わかりました、ボクの作戦でいきましょう」
2日後、ネグルさんは司令部に保護された。