5限目 空が青い理由を知ってますか~?(その1)
教室に着くとカナミは机に伏して寝ていた。
「これは急いで来る理由もなかったかな」
生徒会室からここまで少し遠い。
これ以上カナミを待たせるのもアレなので早く戻ってきたが寝ていたのであれば急ぐ必要もなかったか。
「むにゃむにゃ……もうたべられないよぉ」
夢の中でも食べ物の夢か。微笑ましいな。
つい無意識でカナミの頭を撫でる。
(最近は撫でてなかったな)
最近はあれこれあったから仕方ないのだが。
「むぅ……」
カナミは幸せそうな顔でニヤけている。
「しろんくん、だいすき……」
「……」
寝言で告白されても困る。
まだあれから1日しか経っていないのだ。
「とは言っても返事を考えとかないとな」
あまり長い間返事を渋るのはお互いによくないだろう。
「ほれ、起きろ」
オレはカナミの肩を揺らして起こす。
「ふぇ? あれ、しろんくん。おはようぅ……」
まだ全覚醒していないカナミだが状況は理解しているようだった。
「しろんくんおそい」
「悪かったって」
出来るならリア会長のせいにして欲しい。
「けーき……ケーキ!」
どうやら起きたようだ。
「行くか」
「うんっ!」
昨年までは週に何度もあった事だが今年初である。……とは言えまだ新年3日目だが。
いつものように校門を出る際リボンを付けられて魔法が封じられる。
「わたしハナお姉ちゃんに最近会ってない」
「やめろ、噂すれば影がさしかねない」
オレは周囲を警戒して歩く。その様は不審者だろう。だがそうでもしないと自分の身を守れない。
「シロンくんはよく会ってるみたいだけど最後はいつ?」
「昨日会ったぞ」
「あ、言ってたね」
「でもあの日は追い掛け回されなかったな。忙しそうにしてた」
冷たいレモンティーをがぶ飲みしてオレに奢らせてレモン汁を飛ばしてきた以外に特に何もしていない。
いつもならこれに加えて外に出ろとか言って追い掛け回す筈だ。
「ハナ姉も大人になったって事かな」
弟分としては大人しくなってくれて嬉しいなー。
「いらっしゃいませ」
カフェ“翠風”の心地よい鈴の音を聞きながらドアを開けると店主がカップを拭きながら挨拶してくれた。
「今日はお二人様ですね」
「その……ご迷惑をお掛けしてすいませんでした」
苦笑せざるを得ない。マスターにも心配を掛けたのだから。
「“いつもの”でよろしいですか?」
「はいお願いします」
時間も夕方のため人が少ない……と言うかゼロだ。本当にこの店は経営上成り立つのだろうか。心配だ。
「久しぶりだね」
「そうだな」
「エルちゃんに会いに行く前が最後だよ」
「エルちゃんって……」
一国の姫にちゃん付けである。カナミのそう言うところが恐ろしい。
「エルちゃんね、外の世界を知りたかったの。シロンくんと同じ、誰かの目線に立って考えようとしてた」
「そっか……」
カナミが攫われた時からエル姫とは話をしていないため、オレは彼女の思惑が何だったのか知らない。
あの日エル姫とすり替わったカナミなら知っていて当然なのだろう。
「オレにも外に出たいって行ってたな」
「そなんだ……」
しばし沈黙。
「わたしがあの時こっそり抜ければいいなんて言ったから……だよね」
「まったく、変わらないなカナミは」
こくんと頷くカナミ。
カナミは心配しているのである。誰かと言えばエル姫にである。
確かに被害者はカナミであるが、カナミが下手な助言をしなければ事件そのものが起きなかっただろう。何せ魔法騎士団団長とエースが護衛でいるのだから。
あの時はすり替わっている事に気付いていたからカナミに扮したエル姫の護衛をしていてカナミ本人に護衛はなく、結果として相手がエル姫と勘違いしてカナミが攫われた。
被害者が自分だとわかっていても原因も自分にある事をよく理解していて且つ巻き込んだエル姫を案じているのだ。
(本当はカナミが1番辛かったって言うのにな)
カナミをちらりと見るといつものように首を傾げる。
「やっぱりカナミはカナミだな」
「何それ」
「そのままの意味だよ」
むくれるカナミを笑いながら答える。
「お待たせしました」
店主がコーヒーとシフォンケーキをテーブルに置く。
「マスターのシフォンケーキ!」
「ありがとうございます」
さっそく一口飲む。おいしい。
「あ、マスター」
カナミが手を挙げて呼び止める。
「なんでしょうか」
「シロンくんと同じコーヒー飲みたいな」
「おいおい……」
カナミが苦味系を頼むだと!?
「よろしいのですか?」
「前から飲んでみたいかなぁって」
追加注文を許したのは放課後直後のオレだ。別にその事に咎めはしないがあのカナミがコーヒーだぞ!? 軽く事件だ。
「畏まりました」
そう言って店主はカウンターに戻っていく。
「おまえ……飲めるのか?」
「わかんない」
「十中八九飲めないと思うのだが」
「そしたらシロンくん飲んで」
「だったら頼むなよ。オレのを一口あげるから」
オレはカップをカナミに差し出す。
「あ……えっと、いいかな」
カナミは顔を逸らして言う。
「どうして?」
「な、なんとなく」
あからさまに何かを隠しているが追及はしないでおこう。まだカナミとの仲は決して安定している訳ではないのだ。
「そうか」
「そう」
「……」
「……」
再び沈黙。
「エルちゃん、元気にしてるかな」
「さぁな。連絡の取りようなんてないし」
一国の姫君に書簡なんて送れば他の貴族達にいらぬ誤解を招く結果にしかならない。
「わたし、謝らなきゃ!」
「だから連絡の取りようがないんだって」
「お願い!」
手を合わせてお願いするカナミを見て何かしてやりたいと感じるオレは甘いのだろうか。
コーヒーをまた一口飲んでしばし考える。
「なくもないかもしれない」
「ホント!?」
「やれる事はするけどダメだったら諦めてくれ」
「ありがとっ!!」
「そう言うのは出来てからにしろ」
カナミがテーブルをひっくり返さんとする勢いではしゃぐのでオレはカップを持ってコーヒーをこぼさないようにする。
「何やら楽しそうですね」
そこにカナミのコーヒーを持ってきた店主が来る。
「マスター、あのね!」
「カナミ」
それは他人に言うべきではない、と言った視線を送ってそれに気付いたようでカナミは押し黙る。
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがと!」
色などの見た目は同じだが果たしてオレのコーヒーと同じなのだろうか。カナミのカップから何やら甘い匂いがするのだが。
早速カナミはカップに口を付けるも熱かったようで息を吹いて冷ましている。
「そう言えばユリアちゃんは今日は休みなんですか?」
このカフェで唯一の従業員であるユリアはこの店の看板娘である。彼女がいなければ今頃この店は廃業しているに違いない。それだけ人気のある娘だ。
「そうですね。今日明日は来れないと言ってました」
「以前はもっと来てたのに」
「きっと彼女も忙しいのでしょう」
ユリアが働き始めた当初は2回に1回以上はここに来れば働いていた。それが昨年になって急に3回に1回、4回に1回と数を減らしている。
「おいしい!」
ユリアの事を心配していた中、大声をあげて歓喜に浸っているのはカナミである。
「おいしいよマスター!」
「それは何よりです」
店主は微笑んで礼を言う。
「何入れたんですか?」
オレは気になったので店主に耳打ちをする。
絶対にオレと同じコーヒーではない。
「ミルクの代わりにクリームと砂糖を加えただけですよ」
店主はこっそりオレに知らせてくれる。
道理で甘々な匂いがする訳だ。と言うかそれはコーヒーとは言えないのではないだろうか。
あれだけカロリーの高いものを摂って太らないか心配になってきた。
「まさかシロンくんがこんなにおいしいものを飲んでたとは思わなかった。シロンくん――
「ダメだ」
こいつがこの状況で何を言いたいかなんてわかる。
「ぶぅ」
「どちらか1つ」
健康のためにも次回からはケーキかそのコーヒー(笑)のどちらかにしろ。
「……じゃあ――
「1日2回来るなんて事はしないぞ」
「むぅ」
何年幼馴染みやってると思っている。どんな手を打つかなんてわかる。
「……シロンくんの意地悪」
「だっ……はいはい、意地悪だよ」
まだ本調子でものを言えないな。
普段なら『だったら今度から1人で行けよ。金は払わないから』と言うのがいつもの流れなのだがそんな事を言ったらどうなるかわかったものではない。
おそらくカナミもそのような展開になるとわかっての発言なのだろうがすこし躊躇ったような雰囲気があった。
「シロン君、今度新たに少し変わったコーヒー豆を入荷するのですけど良かったら飲んでみませんか?」
気まずい空気を読み取ったのか店主はオレに提案する。
「是非飲ませてください」
「実は飲んだ事がなくってですね。一緒に飲みましょう」
「わたしも飲みたい!」
「カナミちゃんには口にあった時お出ししますね」
「ええー」
「女性に毒味は禁物でしょうから」
「うぅ、わかった」
明らかに詭弁であるがカナミでは苦すぎて飲めないだろうと店主は思ったのだろう。
「それではごゆっくり」
店主はカウンターの奥に引っ込んでしまいオレ達は三度沈黙する。
「ゆっくりでいいから……」
「え?」
カナミが沈黙を破る。
「ゆっくりでいいから前みたいにして欲しい」
カナミは今にも泣き出しそうな顔をしてその紫がかった蒼眼でオレを見る。
「……本当にゆっくりだけどそれでいいなら」
オレはコーヒーを飲むフリをしてカップに目を落として答える。既にコーヒーは飲み干してしまった。
今は無理だけど、そう遠くない未来で前みたいになれたらいいとはオレも思う。
「わたしも頑張る」
仲と言うものは中々元には戻らないものなのだな。
「カナミ、それ飲んだら帰るぞ」
「えー」
日も落ちて辺りは暗くなる。このカフェは住宅街にあるから静かではあるが夜は暗いのだ。
少し歩けば市場に出て貴族階には見られない夜の賑やかな雰囲気がある。
ただ問題なのは――
「門限だ」
学校の門限が近いと言う事だ。近いと言うより間近である。地味にやばい。
「あっ……」
カナミは理解したようで急いでコーヒー(笑)を飲み干す。
「飲んだ」
「行こう」
代金を払ってオレ達は夕暮れの街を走って帰るのだった。
シロン「また短い話だな……」
フェル「これ以上作者の心を傷付けないでよ!」




