4限目 ファイト~いっぱ~つ(中編)
「大変申し訳ありませんがお断りします」
オレはリア会長にそう告げた。
「それはどうしてですか~。言ってはなんですがセルマスクの一員であることはこの学校では名誉な事ですよ~?」
不思議と言わんばかりの顔でリア会長は尋ねる。
「面倒な事は嫌なものでして」
「そうですか~」
納得した感じであるようなのでこれで失礼と言おうと思って立とうと思った時――
「条件を思い出してくださ~い」
リア会長は笑顔を崩さずにカップを机に置く。
「条件って……オレの魔力消費が大きくなった理由を教えてくれる事ですか? それなら別に――
「それもそうですが~、私達はあなたの弱みを握ってるんですよ~?」
「はい?」
オレは浮かしかけた腰を降ろす。
弱みって会ったのは昨日だ。以前から目を付けられていた? いつから……。魔力消費が大きくなってからだろう。
それがセルマスクに招待された理由だと言っていた。
だがあの一件以来何も大した事は起きてないはずだ。
「何やら思案しているようですが~、殺意なんて早々抱かないものですよ~?」
顔は笑顔だがその血色の瞳は笑っていなかった。
だが何もかも見透かされそうな気持ちになるその瞳から目を逸らす事が出来なかった。
「何を仰ってるのやら……」
誤魔化せそうにないがせめてもの悪足掻きをする。
「知ってますか~? 学校外での魔法の使用は一部の人を除いて禁止されてるんです~」
「そうですね」
当然の事を切り出すリア会長。何が狙いだ?
「もう気付いてるかもですが~、魔法と殺意は関係ある~。と、言えばわかりますよね~」
「……」
気付いてはいたが裏を返せばそう言う事だ。
「別にあなたがセルマスクに入らないのを私達は残念に思いますが~、その代わりに入る先は鉄格子の中かもしれませんよ~」
この人はオレが何かしらの手段でリボンを外して魔法を行使したことを確信している。それも正しい理屈付きで、だ。
「流石に~、この程度の理由ではすぐには無理ですけど~ここまで話したら私達はあなたを自由にさせるつもりがないですよ~」
「わざと話したんですか?」
「そうです~」
悪びれた様子もなく答えるリア会長。
「……そこまでしてオレをセルマスクに入れたいんですか?」
「はい~」
「理由は……教えてくれないんですね」
昨日も訊いたが結局答えにならないものだった。せいぜい魔力消費がある時を境に多くなったと言う理由だけだ。
会長は笑顔のまま何も答えない。
「取れる選択肢は1つしかないじゃないですか」
「では答えをど~ぞ~」
「セルマスクに入ります。ただ、もし会長の行動におかしな点があればオレはそれに協力はしません」
「牢屋の中で生活をしてもですか~?」
「どちらにせよ牢屋の中に入りかねませんからね」
苦笑しながらオレは言う。
「くすす」
リア会長はついに笑い声を出した。
「合格です~。流石は見込んだだけの逸材と言うところでしょうか~」
「はい?」
何を言っているんだこの人は。
「キオ~、もういいわよ~」
「まったく、迷惑な上司だな」
壁が揺らぎ始めて現れたのはキオ副会長だった。
「え!?」
「ちょっとした光学迷彩の魔法だ」
驚くオレに説明してくれるキオ副会長。
「このおっとり生徒会長は君をテストしていたんだ。要は我々の組織に相応しいかどうかのな」
「おっとりではないわよ~」
リア会長はむっとした顔でキオに顔を向けるがすぐにオレの方を向く。
「最初の返事で断るのは予想がついてたのですよ~。でも~、少し脅せば屈さずに受けると思ったのです~」
「リアは2回目の返事で断れば本当に君を牢に送り込む手段を執るだろうがそれは風紀上の理由で、だ」
キオ副会長はリア会長の隣に座り紅茶を自分で淹れて飲む。
「そもそも~、断るなんて選択肢はないのだけど~」
「リア、それは反則だ」
「知ってるわよ~も~」
「結局何がしたかったんですか? いまいちよくわからないのですが」
「君の望む答えだけ言えば確たる意志を持つか、権力や強者に屈しないか、理性的に行動できるかの3つを確かめたかった……らしいがリアのやり方は流石に酷い。私からも謝ろう」
「はぁ……」
啞然としたくなる気持ちを理解して欲しい。リア会長、天才と言われるだけに行動がまったくよくわからない。
「それにしてもそれは無意識なのか?」
「何がですか?」
「はぁ、どうやら無意識なようだ」
キオ副会長は頭を抱えてリア会長にバトンタッチの素振りを見せる。
「私がシロン君に2回魔法を掛けたのは自覚してますか~?」
「え?」
いつだ? いつ掛けられた? そして何を?
「弱いものは無意識で解呪されてしまうようですから少し強めのものを使いましょ~。シロン君、こっちを向いてくださ~い」
「はい」
リア会長と顔を合わせた途端
(あれ……)
体が動かない。声も出せない。
「金縛り《サイコバインド》です~」
「あ、動けるようになった」
解けたようだ。リア会長の方から解いたのだろう。
「リアは魔眼持ちだ」
「そうだったんですか!?」
ほとんどの人は魔法は手から出る。だが極稀に手以外にも使える人がいる。例えばリア会長の魔眼がそれだ。天は二物を与えずなんて大嘘だ。
「実は~、昨日食堂で会った時も使ったのですよ~」
「え?」
「あの時ほんの僅かの間、動きが鈍ったようだったがすぐに解呪して振り返った。あれには苦笑せざるを得なかった」
あの時、確かにぞくっとした。あれは魔法を使われていたのか。
「かなり弱めの金縛りだったのですが~、こうもあっさり解かれると凹みます~」
リア会長は全然凹んだ様子もなく言う。
「2回目はオレが立とうとした時ですか?」
もし使うならあの場面を除いてないだろうと言うのが予想だ。
「はい~、大正解で~す!」
「あれは反則ギリギリだったがな」
「いいじゃな~い」
「金縛り……ではなかったんですよね」
「そうだ」
「シロン君の心を少し変化させてみようと試みました~」
「まさか……洗脳魔法ですか」
「まさかのまさかですよ~」
悪びれもしないリア会長に逆に心地よささえ感じる。
「でもでも~、本当に弱い魔法でしたし~、シロン君は無意識に解呪しちゃったようなので安心してくださ~い」
「それでもあまりいい気にならないのですけど」
「だから反則技なんだ。リアはその気になれば君と話すまでもなく洗脳してセルマスクに入れられただろう」
「一応気になるんですけどどんな洗脳魔法を掛けたんですか?」
やはり自分の思考に何をされたのか気になる。
「怒らないでくださ~い。ただ私の話を聞く気にさせただけですよ~」
「あのままだと話を聞かずに立ち去るかもしれなかったからな。それではリアがしようとしていたテストが続行出来ないかもしれないからギリギリでセーフだと思うが……君にはやはり不快だったな」
「確かにあまり良くは思えませんね」
「すまなかった」
そう言ってキオ副会長は頭を下げた。
「そんな、先輩が頭を下げないでくださいよ」
と言うか謝るならリア会長ではないだろうか。そう思ってリア会長を見るも相変わらず笑顔を崩さない。
「リア……」
キオ副会長はリア会長をジト目で睨むがリア会長は気付いていないようだった。いや、リア会長の事だからわざと気付かないフリをしているのだろう。
「それで~シロン君の答えを~聞かせてくれますか~?」
「ここまでリアに付き合ってくれた礼だ、ここで知った事は誰かに言わなければそれでいい」
おそらくオレが知りたかった事を教えてくれた事だろう。セルマスクに入るのを条件に教えてもらう約束だったからだ。
「ですが……」
懸念が1つある。
「さぁ~? 言うかもしれませんよ~」
「安心しろ」
2人は同時に言う。
「どっちですか!」
「も~、キオったら~」
リア会長は膨れてキオ副会長を睨む。だが笑顔だ。
「リアは彼で遊び過ぎだ」
「はぁ、仕方ないわね~」
そう言ってリア会長は立ったら腰まで伸びているであろう黒い髪を払ってから続ける。
「私達はあなたが今回の件で断ればなかった事にします~。なので~、シロン君にデメリットはありませ~ん」
言い方からして信頼性が皆無だが今までの様子から発言に責任は取るだろう。キオ副会長もいる事だし。
さて、参った。
最初は断ったがそれは面倒だからと言う理由だけだ。だがこの2人はここまで手の込んだやり方をしてまでオレをセルマスクの一員にしようとしている。
理由は依然としてわからないが”面倒だから”なんて理由だけで断るのは道徳的にはもちろん将来的にも良くない。
何故なら彼女らに目を付けられると言うより今後セルマスクと関わった場合、味方として付いてくれないだろうからだ。
断ったのなら今後関わらないのが良いのだが相手は学校の組織である。無関係を貫くのは厳しい。万が一と言う時、味方であれば心強いのも事実だ。
「ど~しますか~?」
そもそも面倒臭い以外に断る理由がないのも事実。
リスクはあまりないだろう。昨年はカナミの風紀委員の手伝いをしていただけだ。学校生活に支障はない筈だ。寧ろ優遇措置がとられると2人は言っていた。
「お受けしようと思います」
「あら~、最初とは違いますね~。理由を聞いてもいいでしょうか~?」
「まず、オレのこの半暴走状態の魔力を制御方法を知りたい事です。お二方はご存知だと思われますので」
「そうですね~、知ってますよ~」
「それにここで断る必要性があまりなかったので」
「だが先程は断ったであろう?」
「それは……まぁ面倒な感じがしたので」
「うふふふ」
リア会長はお腹に手を当てて大笑いし始めた。
「まさか、まさかそんな理由でセルマスク加入を断られるとは思いもしませんでした~」
「……」
キオ副会長、黙ってるけど笑うのを我慢してるの見え見えですよ。
「セルマスクに入りたい人がどれだけいるか知っていますか~?」
「いえ、知りません」
「今年は何人ぐらいでしたっけ~?」
「昨日だけで18人だ」
「そうでした~。この時期は多くて1日あたり30人くらいの知らない方に声を掛けられるんです~。早めに決めないと大変な事になります~」
つまり、リア会長達に名前を覚えてもらいセルマスクのメンバー決定時に候補に挙げてもらうために声を掛けているだろう。
「今年は3人メンバーの入れ替えだからな」
今更だが規定上はセルマスクの人数制限はない。もちろん常識の”範囲内で”とは記載されてある。
「9年生のお三方が卒業したものね~」
規定上ないとは言うもののやはり慣習と言うものがある。
「その事はとにかく……」
「キオ副会長、笑いを堪えてるのまるわかりですよ」
思い出したのか再び笑いを堪えるキオ副会長である。
初めて会った時は無表情な人かと思ったが案外そうでもないのかもしれない。
「面倒を理由に断るとは大した輩もいたものだ」
「でも私達の誘いを受ける事にしたのですよね~」
「はい」
「まだ理由があったりするんじゃないですか~?」
そう言って真っ直ぐオレを見つめるリア会長。
「……魔法使ってませんよね?」
さっきのさっきで使われかねないと思い身構えてしまう。
「大丈夫ですよ~」
「なんか不安なんですけど」
なんだか目が笑っていないような気がする。
「案ずるな。使ったらこのバカ会長に制裁を加えとく」
「ちょっと~」
なんだかリア会長とキオ副会長の関係って複雑だ。
「そう言えばどうしてリア会長が魔法を使ったのをキオ副会長はわかるんですか?」
通常、魔法は目に見えない魔法は使用者と被使用者にしか認知できない。だが隠蔽を施せば被使用者にも魔法を使われたかどうかわからない。
拘束魔法が最たる例で、見えたら引っ掛かる訳がない。引っ掛かるまで隠蔽するものだ。
「ん? ああ、知らないのか」
「キオの魔戦は特殊だものね~」
前回の魔戦は諸事情で見ていないが、それより前のものは見た事があるがそれと関係があるのだろうか?
「第二型式を知っているか?」
「何を当然の事を質問するんですか。魔力の流れを変える型式の魔法ですよね」
「そうだ」
「それとなんの関係が……え、そう言う事ですか?」
予想がつきオレは驚く。
「そう言う事だ」
「はは……ははは……」
世の中には恐ろしい才能を持った人もいるものだ。
「キオは~魔法を使う時の魔力の流れを読めるのです~。それが第二者でも第三者でも出来ちゃうので~す」
それがどういう事か。それは隠蔽した魔法――すなわち罠系の魔法やフェイントが効かないと言う事だ。
それは擬似的な未来予知能力へと繋がる。
「無敗の理由はそこにあるんですね」
キオ副会長は魔戦で不敗の記録を持っている。つまり学年で1番の実力者にしてその差は圧倒的である事を意味する。
「それだけではないですけどね~」
「それ以上手の内を明かさないでもらえるか。先読みの秘訣は知られても構わないがそれ以上は困る」
確かに、魔戦で試合をしないとは言っても手札をリークされるのは不本意と言うものだ。
「さっきから話が逸れてばかりだ」
「すいません……」
「入る理由なんて人それぞれですから今回はもうお開きにしましょ~」
時計を見ればそろそろ昼休みが終わる。
「あ、昼飯……」
授業が終わって真っ先に生徒会室に来たものだから昼食を摂っていない。
「代わりと言ってはなんですが~、ど~ぞ~」
そう言って渡されたのは袋包みされたドーナツだった。
「これって……」
「ど~ぞ~」
あれ、相変わらず笑顔だけどまた目が笑ってないような……。
「ど~ぞ~」
今度は胸に押し付けてくる。
「あ、ありがとうございます」
「では~、放課後にまたこちらに来てくださ~い」
「では先に失礼する」
そうして1人取り残されるオレ。
「デジャブか?」
オレも生徒会室を出て次の授業を受けに行く。
教室に戻るとカナミとフェルが仲よさ気に話していた。
(どうやら仲良くなれたようだな)
幼馴染みに友人ができて何よりである。
(だがフェルさんよ、そこはオレの席だ。退いてくれ)
フェルはオレの席に座り隣に座るカナミと談笑しているのだ。
「あ、シロンくんだ。おかえり」
「随分と時間がかかったのね」
「まぁな」
おかげで昼飯がいつ作られたとも知れぬドーナツになってしまったが。
「2人共うまくいって何よりだな」
「そう……かなぁ」
そう言ってカナミは不安気にフェルを見つめる。
「シロンが居ればもう少し円滑になったんじゃないかしら」
「すまなかった」
「でもまぁ知り合いは出来たわね」
カナミはその言葉を聞いた瞬間、ポアァっと顔を明るくするがオレはと言うと
(どうだか)
と、心の中で軽く悪態をついていた。
フェルはかなり人を信頼していない。
オレとの関係では表面上において友人付き合いしているが実際は少し複雑である。少なくとも信頼の2文字は存在しない。
フェルからしたら別段おかしな話ではないのだろうな。
(とは言ってもカナミが気にしていないなら別に構わないか)
「そう言えばさっき訊きたかったんだけど貴方って授業中ほぼ寝てるわよね。どうして?」
「あー、寝不足なんだよ」
「確かに貴方って年がら年中眠そうな目をしているものね」
「ずいぶんと失礼な言い方だな、おい」
「シロンくん、夜中は勉強してるから」
カナミがフォローする。この事について知っているのはオレを除いて学校でカナミだけだ。
「勤勉な事ね。でも日中居眠りしてたら本末転倒じゃないかしら」
至極当たり前の展開だ。
「でも授業中は眠くなるんだよ」
「気持ちはわからなくもないわ。貴方とは違うかもしれないけど。でも寝てたのに質問に半分答えられてたし、あながち違わないのかもしれないけど」
(そりゃ魔法騎士団エースの新緑の疾風様でいらっしゃればこの程度の授業わかりきってる事でしょうね。残念ながらあなたとは違います)
などと口には出来ないので押し黙る選択肢を取る。
「ま、いいわ。そろそろ授業ね、席に戻るわ」
「じゃあね、フェルさん」
フェルが席を退いてくれたのでオレはやっと座れる。
「さん付けなんだな」
気になったのでオレは訊いてみた。
「なんか”ちゃん”じゃないかなって」
「確かにそうかもしれないな」
フェルは3位の貴族である。流石にその高き気品を完全に隠せるものではないようだ。……それなのに潜入捜査してるのかよ。不向きじゃないか?
あれ、オレの時はさん付け禁止されたのにカナミの場合はアリなのか。理不尽だ。
そう不満に思ったところで授業開始のチャイムが鳴る。
そして再び寝落ちしたのは言うまでもない。
リア会長の行動における論理破綻は意図的にやってます。
彼女の性格は後々にわかるので大目に見ていただけると助かります。




