3限目 みんなにはないしょだよ
「そこを退いてくれないか?」
オレはなるべく穏やかに言った。
「断る」
まぁそう答えるとは予想はしていたけど。
「……どうしてだ?」
「ここから先には、行かせねえ」
「だからどうしてーー
「貴様があいつを傷つけるからだ」
「あいつ……?」
何を言ってるんだ?
「この期に及んで惚けるのか」
そう嘲笑って見下すサイフォン。
「前々からウザいとは思っていたがここまで酷いものとは思わなかった」
「は?」
本当に意味がわからない。
「貴様に話す義理はないメイトナス」
「義理はなくてもいいが話が進まないぞ。何度も言ってるがセカンドで呼ぶのは校則違反だぞ」
「話す必要もない。今すぐ貴様をここで殴り飛ばすだけだ」
魔力強化なしで階段からオレに目掛けて飛び降りる。
「お、おい」
ここは学校外であるためリボンをお互いつけているから魔法は使えない。
あまり広くもない階段のために左右に避けることは難しい。
前方から迫るサイフォンを避けるのに最適な避け方が存在しない。
左右と前方は無理だ。サイフォンと正面衝突する。
後方は危険だ。サイフォンが着地に失敗すればそれでいいが、うまく着地すればもう1回飛びかかってくるだけだ。これではどちらかが踏み外すまで決着が付かない。
しゃがむのは無理だろう。着地点がオレのいる段だからだ。
(魔法さえ使えれば上に跳び上がるんだけどなぁ)
そんな風に冷静に考えている間にもサイフォンとの距離が迫る。
(なら避けなければいい話だ)
飛びかかってくる蹴りの姿勢になったサイフォンの靴を勢いを殺さずに掴み、投げの姿勢でそのまま相手の進行方向に投げ飛ばす。
「くっ」
気付いた時にもう遅い。サイフォンは5,6段ほど転げ落ちていく。
「まだだ!!」
並の人間とは思えない急加速で今度は階段を駆け上がるサイフォン。そう、並の人間では不可能な領域だ。
「待て、サイフォン!」
サイフォンはリボンを付けていながらも魔法をわずかに行使している。
ごくわずかな魔法なら警告の意味でリボンが発熱し火傷程度で済む。だがそれ以上では懲罰として爆破する。すなわち腕が消し飛び魔術士として生きていけなくなる。
尤もサイフォンが自爆するのは勝手だが、接近戦でそんなことされたらオレもただではいかないだろう。
「くらえ!」
ごく普通の右フックだが接近速度が異常なため威力は高いだろう。
今度は後方が上りの階段である。避けるのはさらに困難になったであろう。
「ちっ……」
避けるのを諦め、カウンターも無意味なサイフォンの攻撃をオレは左腕でガードする。この際左腕になにか嫌な音がしたが気にしないでおこう。
だが案の定突進はどうすることも出来ずオレ達は後ろに倒れる。
最低限の保険で頭をぶつけないように受け身をとるがマウントを取られる。
「ここまでだ」
サイフォンがリボンの付いた右手を引っ込めながら言う。
「男にマウント取られる趣味はないのだが」
「そうへらへらしてんじゃねぇよ!!」
左手で首を絞められる。
「本当にわかんねぇのか?」
「な…に……が」
首を絞めながら質問しないで欲しい。
「あいつだよ」
(だからあいつって誰だよ。ちゃんと誰か口にしろよ)
いよいよ声が出なくなった。
「貴様があいつを想ってたなら何も言うつもりはなかった……。だがなぁ!!」
そこまで言われれば誰かは察しがつく。だがそれと同時にオレは許せない気持ちにもなった。
体を捻って右手でサイフォンの左手首を掴む。ちょうど腱を親指で押し潰す。
「くそっ」
首締めが緩くなったところでオレも身体強化魔法で体を回転させる。そして完全にサイフォンの拘束から逃れて体勢を立て直す。
「名前も呼べない奴が何言ってんだ」
「なんだと?」
顔を歪めるサイフォン。
「名前も呼べない臆病者が何を言っているんだと言ったんだ」
「臆病者だと?」
「もうおまえの話なんて聞く必要もない。無性に腹が立つ」
誰に腹が立つかなんて事すら考えたくない。
重心を下げて力の限り地を蹴って相手の懐に迫る。
咄嗟のオレの攻めにサイフォンは右ストレートを放つが火傷のせいだろう、動きが少し鈍い。これを避けてオレは右手で相手の鳩尾に掌底打ちをくらわせる。
「ふ……ざける……な……」
尚もサイフォンはオレを掴んで膝をつかない。
「あいつを……傷つけるのは許せない」
「勝手に言ってろ」
オレはサイフォンの腕を払って押し飛ばし、階段を登る。
花園ーーあいつの古くからのお気に入りの場所である。
過去を思い出したオレにとってはあいつがどうしてここが好きなのかわかる。
日も沈みそろそろ門限と言う頃、あいつはやはりそこにいた。
「……おい」
「!!」
ベンチに座るそいつは驚いて顔を見上げる。
その泣き顔を見てオレはどうしようもない殺意に包まれる。
こいつがカノアを孤立させ挙句カノアの唯一の場所さえ奪った。
こいつがオレからカノアを奪った。
オレは右拳を握って振り上げる。
そいつは目を思いっきり瞑って殴られる瞬間を耐えようとしている。
ーーまるで受けようとしているみたいじゃないか。
「どうして……なんだよ」
言っている自分ですら何を訊こうとしているのかわからない。
「ごめん、なさい」
「謝ったってわからない」
「ごめんなさい」
「謝ったってわからないって言ってるだろ」
「……ごめんなさい」
それでも謝り続けるこいつにいよいよ殺意が溢れ出る。
『まぁ恨むんも仕方ないわな。だがちゃんと理由は訊くぜ』
親の仇であろうとシガルはそう言った。
『しろろんのそう言うところ鈍感だから、かなみんと喧嘩するんだよ』
オレにも落ち度があるとハナ姉は言う。
『ちゃんと向き合えばきっとわかりますよ。いつも面と向かって彼女の顔を見てないからそう思えてしまうんですよ』
店主は見透かしてるかのように答えを教えてくれた。
そして――
『名前も呼べない臆病者が何を言っているんだ』
サイフォンに言った台詞はそのままオレ自身に言った言葉だった。
オレは振り上げた右腕を降ろして勇気を出して口にする。
「……カナミ」
「!!」
泣いてはいるが驚きでいっぱいのカナミが瞑っていた目を開く。
「カナミ、理由を教えてくれ。どうしてオレからカノアを引き離したんだ」
オレはカナミの紫がかった蒼眼を見つめて訊いた。
カノアの瞳を見るのはとても久しぶりな気がする。
「わたしね……シロンくんが好きなの」
「……知ってる」
今更オレの呼び方なんてどうでもいいしそんな事はあの失った過去を思い出せば嫌でもわかる。だがそれがどうしたと言うのだ。
「カノアちゃんは知ってた。わたしの想いもシロンくんがあのままだとどうなっちゃうかも」
「それはカノア自身が離れたって言いたいのか?」
それだけ言われれば何を言いたいかなんてわかる。
こくんと頷くカナミ。
「カノアはオレに依存していた。オレがいなければ潰れてしまう」
傲慢だと思われそうであまり言いたくはないが事実だ。
だがカナミは首を横に振る。
「カノアちゃんはそんなに弱い子じゃない、よ」
「は?」
いつもいつもオレの側にいた。卒業する頃にはオレがいなければ学校にさえ来れなかった。
「シロンくんはずっと勘違いしてる」
「その言葉をどう信じろと?」
あまりにもいい加減な話にオレは信じることが出来ないでいる。
「あの時、カノアちゃんの背中見たでしょ?」
無数の傷跡、何かを意味している記号のような傷跡、つい最近出来たであろう生傷。思い出すだけで吐き気が催す光景だった。
「あの日あの時までカノアちゃんはシロンくんに隠し通した。それが証拠」
「……」
言い返すことなど出来なかった。
オレはあれだけの事に気付かなかったのだから。イジメに気付いていてもそれが氷山の一角であることに気付かなかった。
「あの時、卒業式の日にシロンくんとカノアちゃんが屋上にいた時、カノアちゃん泣いてた」
「それは……それはオレがカノアを助けられなかったからで――
「それがシロンくんの勘違いなんだよ」
ずっと見上げていたカナミはオレから目を背けて言う。
「どう言う事だよ」
『その優しさをやめてって言ってるでしょ!』
カノアがオレに言った言葉だ。何も出来なかったオレを責める言葉だ。
「シロンくんはカノアちゃんが泣いてた理由をずっと勘違いしてる。シロンくんを責めてなんかいないんだよ?」
「……なんでそう思うんだよ」
認めたくはないのかもしれないが、カナミの言う通りカノアはオレが思っているよりずっと強かった。
だからあの時、委員長とカナミの言葉通りカノアと距離を置けばああならずに済んだのだと今になって思う。
「……シロンくんは本当に鈍チン」
急にジト目になるカナミ。
「何故?」
全くもって論理の飛躍である。カナミ理論だから仕方ないとは思うが。
とは言ってもハナ姉にも鈍感と言われている以上オレはそう言うものに気付けないのだろう。
「なんで……わたしに言わせるの?」
その声は震えていた。
「なんか、その……ごめん」
きっとこうやってオレは誰かを傷付けるのだろう。
知らぬ間に、気付かぬうちに目の前の相手を傷付けてしまう。
ようやくその事に気付けた事に自分ながら呆れてしまう。
「そんな風に謝れるならもっと早く気付いてあげて欲しかったよ」
「オレさ、なんかそう言うのに鈍いからさ。もしかしたらカナミをたくさん傷付けてたかもしれない。ごめん」
オレは頭を下げて謝る。
だがカナミは首を横に振って答える。
「わたし、いっぱいシロンくんに優しくしてくれたよ? カノアちゃんの代わりみたいな事しちゃったけどとても嬉しかった」
「……」
「カノアちゃんあの時なんて言ったと思う? その優しさを代わりに受け止めてって言ったんだよ? 正直に言えばすごく腹が立った」
カナミは逸らしていた目線をオレに向ける。
「わたしの気持ち知っててあんな事言って……酷いよ! いくらなんでもわたしが耐えられなくなるような事言わなくたっていいのに!!」
再び泣き出すカナミ。
「あんな事言われたら……シロンくんへの気持ち諦めるしかないじゃん!」
「……」
オレは何も言う事は出来ないでいた。
カナミとカノアとの間で何かやり取りがあったのだろうと言う事だけは予想がついた。
「それなのに……シロンくんは……ぐすっ……き、気付かなくて……。わたしがカノアちゃんのポジションに……入ったと思われて……」
段々と支離滅裂な事を言い出すカナミをオレは手を差し出す事が出来ないでいる。
「酷いよ……カノアちゃんはシロンくんの事しか……考えてないんだもん!」
そのやり取りと言うのはおそらくカナミへの頼みだったのかもしれない。その頼み事とはオレについてだ。
「……結局はオレが1番弱かったんだな」
オレはカナミの隣に座る。
既に日が沈みかけている。もう少ししたら日が完全に沈むだろう。
「オレが弱かったからカノアを傷付けて、カナミも傷付けて、挙句の果てにカナミの事勘違いしてるんだろうな」
何もわからないけどきっとそうなのだろうとオレの直感が告げる。
もうカナミがカノアを傷付けたとは思わない。理由なんて考えなくても確信出来る。
「今日ハナ姉やシガルが言ってたよ。オレは鈍感で憶測で勘違いして理由を訊かずにちゃんと向き合わないんだって」
「そう……だね」
だいぶ治まったカナミは静かに答える。
「謝るのはオレだった。すまなかった」
「ううん。わたしは傷付いてないよ? シロンくんからたくさんの優しさを貰った」
「オレは優しくなんてない」
カナミはオレの方を向いて目を合わせる。
どうやらあれだけの事を言っておいて尚もカナミはオレの事を悪く思う事はないらしい。そう告げてくる瞳だ。
「こうやって気付けるのはオレぐらいか」
久しぶりにちゃんと笑った気がする。
「シロンくんはエスパーだね」
こうしてカナミの笑顔を見ると幸福感に包まれるのはカノアの過去のせいではないのだろう。オレはそう信じる。
もしカノアがいなくなり、カナミがいなかったらどうなのだろう。
そう考えた瞬間、どうしようもなく凍り付いた感触が体中に伝わる。
「カノアはオレがこうならないためにしようとしたんだろうな……」
「え?」
ぼそっと言った一言がカナミに伝わるところだった。危ない。
「やっと気付いた」
ダメだった。
「シロンくんは鈍チンだね」
「さっきからカナミにそう言われると無性に腹が立つのだけど」
あのカナミに鈍いと言われて腹が立たない方がおかしい。
「そう? えへへ」
「褒めてないし」
徐ろにオレは立ち上がってカナミに右手を差し伸べる。
「よし、帰るか」
「……いいの?」
手を掴んでいいのか、とカナミは訊いているようだ。
「そんな事訊かないでくれ」
「うん!」
カナミは右手でオレの手をとって立ち上がらせる。ただ、手を繋いで帰るなんて事はしない。言わば仲直りの握手だ。
「明日、シフォンケーキでも食べるか? ……あぁ、ケーキは――
「行こう!!」
何か鬼気迫る雰囲気で答えるカナミ。
「でもケーキは――
「やっぱりシロンくん鈍チン」
「むっ」
腹が立つ。
「今のわたしはケーキも好きだよ?」
その一言はおそらく本音で何を意味していたかを訊く必要もないものだった。
「わかった。行こう」
オレ達は学校の寮へと戻るのであった。
――と、そんな事は出来ず。
「特に魔法を使った訳でもないのにどうして左腕が折れているんだい?」
オレとカナミは学校の保健棟に来ていた。
本当は学校に着いてから治癒魔法でこっそり治そうとしたのだが、オレが左腕を不自然なまでに使わない事にカナミが気付いた結果こうなった。
「ちょっと喧嘩してしまって……」
「随分と暴力的な喧嘩だね」
「あはは……」
「まぁ君のレベルであれば治癒魔法で済むだろうけど、あと少し手の方に寄ってれば治癒魔法が使えなかっただろうね」
治癒魔法が使える部分は限られている。
ほとんどの部位で使えるのだが例外として魔法を発動する部位――一般的に手――は治すことが出来ない。
理由は諸説あるが魔法を発動するにかなり複雑な機構をしているらしい。
治癒魔法は自身が理解している構造に対して使える代物だ。オレ程度なら骨が折れた程度なら治す――回復を早める――事が出来るが、脳卒中を治せるかと訊かれれば出来ない。この程度になるとちゃんと専門知識のある治癒術士でないと無理なようだ。
幸い、このセルシア魔法学校にはそう言った治癒術士がいるため腹の半分が抉られても治せる。ちなみにこれは体験談だ。
「次からは喧嘩はしないように」
「善処します」
「うむ」
オレとカナミは保健棟を出る。
「なんで教えてくれないの」
オレが誰と喧嘩したかを話さないためにカナミは怒っている。
「カナミに話すことじゃないって」
「シロンくんがそう言う時は決まってわたしに関係あるもん」
「……」
流石は腐っても幼馴染みだ。なんでもお見通しのようだ。
「カナミが今日凹んでたのを気にしてた輩がいたんだよ」
「え、誰!?」
カナミは驚いて立ち止まる。
「おまえ、オレには鈍チン鈍チン言ってるくせにいざ自分の事となるとそうなるんだな」
オレは振り返って言う。
「うぅ」
「まぁその方がカナミらしいからいいけど」
「む、それ酷い」
カナミは頬を膨らませる。
「だろ?」
「シロンくんなんて知らない!」
そう言ってカナミは怒って女子寮へと走って行った。
「お、帰ってきたな」
男子寮の自室に着くとシガルがベッドの上でまだマンガを読んでいた。
「鍛錬しろって言ったのに何やってんだか」
「まぁ思考の鍛錬って事で」
そんなもので出来るものか、と心の中で毒づく。
「なんかA組んところに転校生来たんだってな」
「やっぱB組にも伝わってたのか」
「まぁな」
シガルは読み終わったのかマンガを仕舞い別のマンガを読み始める。
「なんか超が付くほどの可愛いらしいじゃん」
「ん、そうなのかな」
「相変わらずシロンはそう言うのに疎いな」
「うるせ」
部屋着に着替えて荷解きを始める。一部の荷物は実家の方に持ち帰っていたためだ。
「でで、どんな娘なん?」
身を乗り出しながら訊いてくるシガル。
「どんなって……おまえには高嶺の花だと思うよ」
「うっわ」
シガルは若干引くようなリアクションをとる。
「なんだよ」
「まるでオレっちがモテてないかのような――
「モテてないだろ」
「まぁそう言うなよしろろん」
「しろろん言うな」
「聞くにしろろんはその転校生ちゃんと仲良く話してたらしいじゃんか」
「平民階で運動してた時に会ったんだよ」
それとしろろん言うなって言ってるだろ。次言ったらシバく。
「ほぅ」
嘘は言っていない。
「ま、いいや」
なら訊いてくるな。
「で、カナミちゃんとはどうだったの?」
「は?」
「え? カナミちゃんと会いに行ってたんじゃないんか?」
「……そんな事一言も言ってないぞ?」
「いや、言ってないんけど顔に書いてあったと言うか……無自覚? いや、それにしては顔色変わり過ぎだよな」
後半は独り言だろうが、それなら聞こえないようしゃべれ。
「……まぁカナミには会ったし話もした、仲直りもしたよ」
「だろうなっ。くくっ」
シガルは笑って答える。
「シロンのおもろい顔も見れたし詳しくは訊かないでおいてやんよ」
「なんだよ、おもしろい顔って」
「え? あーなんか生きるのに絶望した殺人鬼?」
なんだその微妙過ぎる表現は。もっとマシなものはないのか。
「あー、なんか言いふらしたくなってきたわぁ」
「おい、言うなよ」
言う相手なんて限られている。
「そう言う時はみんなにはないしょだよって言うんよ」
「誰が言うか!」
なんのネタかは知らないが男が可愛い声を無理に出そうとした気持ち悪い声を聞かせない欲しい。
オレはシガルに拳骨をくらわせて部屋を出て食堂へ向かう。
「ありがとな」
誰に言うでもなく、心配してくれた友に感謝の言葉を口にする。
シガルの立ち位置って物語の人間関係上カナミやハナ姉さんにしか関われないんですよね……。
だから本編には関われn(ry




