2限目 青春レモンはそう言う風には使うものじゃない
オレは目の前にいる2人を知っている。オレを拉致したこの2人は学校内で超がつく程の有名人だ。
「で、なんの用事でしょうか? 会長、副会長」
「あら~、知ってましたか~」
この赤目黒髪を持つおっとりし過ぎて聞いてるこっちが脱力しそうな声の主は我らのセルシア魔法学校生徒会会長、リアベルナ会長だ。
「まぁ私達を知らないのは1年生くらいだろう」
こっちの栗色に髪の青目を持つ事務的な言葉遣いの方がキオ副会長だ。
「今日はね~生徒会への招待で呼んだの~」
呼んだ? 拉致の間違いでは?
「お二人はこの学校でナンバーワンとナンバーツーの実力者です。平々凡々のボクが出来る事なんてないと思いますけど」
セルシア魔法学校生徒会――通称セルマスクの会長と副会長の二枠は校内実力ランキングで1位と2位が務める。
試験だけでは学年内だけでしかランキングを付ける事は不可能だが、それに教師達の考慮と非公式でトップ内だけで行われると噂される模擬戦で校内で1番の実力者が決まる。
また、セルマスクの構成メンバーは会長と副会長の指名で決まる。
「去年に卒業しちゃった先輩の後継って感じです~」
一通りの説明をした会長は副会長がいつの間にか淹れていた紅茶を飲む。
「拒否権はもちろんある。ただこれは君にとっても好都合な事である筈だ」
キオ副会長からお茶をもらい礼をする。
確かに好都合な事、ではある。
と言うのもセルマスクでの活動で本人の功績が認められた場合、それが成績に影響するのだ。
ただ――
「面倒な事は苦手なので」
どう考えたって面倒だ。
「そう~? 特にSに行く気がないのならここでやる事だけやってればテスト頑張らなくていいのですよ~?」
「あまり喜ばれた事ではないがな。魔戦だけこなしていればテストは勉強せずとも大丈夫だろう」
「どんな事をやるのですか?」
「う~ん……ボランティア活動?」
リアベルナ会長は細い指で自分の顎をなぞりながら答える。
つまりは日頃の行いだけで後はセルマスクでの作業をしていればいい。煩わしいものがトータルで減ると言っているのだ。
「はぐらかさないで教えて欲しいのですがどうしてボクなんですか? 6年生にはS組だってありますし何も6年生以外にもいるじゃないですか」
1番の問題は何故オレなのか、である。
「最近、やけに魔力の消費を感じていないか?」
オレの問いに答えてくれるのはキオ副会長だった。
「え?」
「身体強化魔法がいつもより効き過ぎてやり過ぎてしまった事はなかったか?」
そう言われてオレは気付く。
「そう言えば……」
回避魔法が以前より能力が向上しているのだ。そのせいで寝不足が悪化したりして迷惑この上ないのだ。
(尤も、このご都合主義的進化がなかったらオレは今頃死んでたのだろうけど)
今思えば恐ろしいものだったがあの時は必死だった。必死だったから死を恐れている暇はなかったのだ。
「思い当たる節があるようだな」
「……はい」
「それはどんな時だったのでしょうか~?」
「目の前に倒さなきゃいけない敵がいて……でも」
「でも~?」
「それよりも何よりもしなきゃいけない事があって」
詳しく言う訳にはいかないが、彼女らはオレに起こった事を知っているのだ。聞かなくてはなるまい。
「その時の感情を一言で表せますか~?」
「感情、ですか?」
「はい~」
なんだったんだろう。あの眼鏡男に対してではない……。それはあいつに対する――
「殺意」
ぼそっと言ってしまって気付く。
「あ、いや、なんでもありません! 憎しみですよ。ボコボコにしたかったなぁ」
慌てて取り繕うも既に遅かった。
「殺意か」
「殺意ですね~」
オレはマズイ事を言ってしまったのではないだろうか。日常会話で言っていいものではない。
(これは停学でもおかしくない……!)
オレが他人だったらそいつを精神異常者か何かだと断定する。
「君、名前は?」
「え、あ、えっと……シロンです」
(名前訊かれるとかアウトだよなぁ)
段々諦めが強くなってきた。
「シロン君、是非我らセルマスクに加わって欲しい」
「……へ?」
さっきから言われているがこの状況で改めて言われる事に驚く。
「私達はあなたがどうして途端に強くなったか知ってます~。あなたがもしセルマスクに入るならこの事について教えますよ~」
「それに殺意を向けた先がどうなったか聞き出さないでおこう」
「それ軽く脅しですよね。殺してませんよ?」
「冗談だ」
嫌な冗談である。
「そろそろお昼休みが終わっちゃうわ~。返事は明日のお昼休み、生徒会室で待ってますね~」
「君にはメリットが多い筈だ。よく考えて欲しい」
そう言って2人は生徒会室を出て行った。
「……オレも行かなくちゃ!」
オレも生徒会室を出て次の授業を受けに行く。
教室に着くと何やら騒がしい様子だった。
「どうしたんだ?」
オレは手近のクラスメートに訊いてみる。
「なんかセルシアの転入生っぽいよ。詳しくは知らないけど」
「転校生!?」
セルシア魔法学校への転入は可能と言えば可能だ。
1つは何かしらの都合でもう1つの魔法学校――クレイン王宮魔法学校から転入だ。
しかしこれはなかなか考えにくい。
上位貴族しか入学が許されないあの学校の生徒は下位に位置する――と彼らは思っている――セルシアを毛嫌う人が多い。
だからよっぽどの理由でない限りクレインからのセルシア転入はありえない。もちろんあの転入生がよっぽどの事情を抱えているのなら話は別だが、あの取り巻かれる様子からしてそれはおかしい。
ならばもう1つの可能性、転入生が平民階に隠れていた逸材である場合だ。
家が貧しくセルシアの入学試験を受けれなかったが何かのきっかけで政府関係者にその存在が伝わり、厳正な審査の元、転入が許可される事がセルシア史上稀にあるらしい。
「でもそれも違うよな」
転入生はあの取り巻きに対して悠然としている。
「どう考えたって貧しい平民の雰囲気じゃない」
あれは寧ろ貴族の雰囲気である。
「百聞は一見にしかずだろ?」
どうやらこのクラスメート、オレに確かめてこいと言っているようだ。
「わかったわかった」
オレは取り巻きを潜り抜けて転入生の顔を見る。
「ちょ……」
さすがにそんな例外はないだろ。と、この時以上思う事は今後ないだろう。
例外も例外、そのまた例外である。
魔法騎士団エース――サグマセリュウさんがそこにいた。
「あら、シロン、久しぶり」
コーラルレッドの髪を持ち強烈な若草色の瞳の少女がそこにいた。
「あ、えっと……どちら様でいらっしゃりますか?」
あまりの口調の変わり具合に呆然とする。
「え、フェルさんはシロン君の事知ってるようだけどシロン君は知らないの?」
「普通逆じゃね?」
と、ざわめくのは観衆達。
「先日会ったじゃない、袋を持って」
「やはりあなたなのですか……?」
この前袋を持って会いに行った若草色の瞳の女性なんて1人しかいない。
「同い年なんだから畏まらないでよ」
だが、その人はこんな言葉遣いしない筈だ……。
「あ、あぁ」
「改めてよろしくね」
そう言って手を差し出すフェルと呼ばれる女の子。
「こちらこそよろし――
手を掴んだ瞬間、情報が送られる。
『驚く事は多いが後で話そう』
――く」
接触念話か。
だが今のでわかった。彼女はサグマセリュウさんで間違いない。
「じゃあ、オレ席に戻ってるよ」
やるだけの挨拶はしてオレは席に戻る。
「どうだった?」
そう訊いてくるのはさっきの隠れミーハーなクラスメートだ。
「本人に訊いてくれ。オレの理解を超えてるんだ……」
もうやだ、この学校生活。
そして午後も全て寝過ごして放課後。
誰もいなくなった事を見計らってやって来る人物が誰か察しがついた。
「あんたいっつもそうしてるの?」
「あなたこそそんな言葉遣いしないと思ってましたよ」
オレは上半身を起こしてその強烈な若草色の瞳を見る。
「まぁ……あれは仕事の時用よ」
そう言いながら髪をいじっている姿はどこからどう見ても年頃の女の子である。
「じゃあまさか私事で来たんですか」
「そうよ、仕事」
「……」
皮肉が皮肉にならなかった。考えてみれば当然なのだが。
「守秘義務があるから話せないわよ」
「わかってますって」
「それとその畏まり方もやめてもらうわ」
「え?」
「あなたはわたしを対等と言ったわ。その責任ぐらい持ってもらうわよ」
「いや、それとこれとは……」
「いいから!」
「じゃあ、はい……わかった」
「それでいいわ……シロン」
突然名前を呼ばれて驚きを隠せない。
「な、何よ。前も呼んでたでしょ」
「確かに」
だがそれは仕事……これも仕事なのか。
「フェルよ」
「え?」
「わたしの名前、フェル・サグマセリュウ」
「……それ実名だったの?」
潜入するための偽名か何かと思っていたのだが違うようだ。
「実名よ。特に知られた名前じゃないもの。セカンドは別だけど」
確かにサグマセリュウは例の当主夫妻殺害事件故に有名過ぎる名前だ。
「でもこの学校はファーストだけで呼ぶんでしょ。なら構わないわ」
「そう言うものなのか?」
「それにもしわたしの予想しない人がわたしの本名を言ってもファーストならセーフ、フルで言われても後半は言わせなきゃいいもの。セカンドで呼ぼうならサグの時点でこの世からおさらばさせてあげるから」
「そ、そうですか……」
癖で呼びそうな気がしてならない。
「ほら、敬語禁止」
「お、おう」
なんか敬語には厳しいなこの人……。
「取り敢えずわたしの邪魔さえしなければいいわ」
「な、なぁフェルさん」
「さん付けも禁止」
「厳しいなおい。フェル」
「よろしい。で?」
フェルの目的も知りたかったがもう1つ知りたい事がある。
「ハナ姉には会わなくていいのか?」
「あの子はわたしが行かなくても勝手に探し当てて来るわよ。昔からそうだから……」
信頼した友を見るような目をして呟く。
「それじゃあわたしはもう帰るわよ」
「あぁ、じゃあな」
その一言にフェルは驚いてからすぐにクスっと笑う。
「なんだよ」
「これが学校なのね」
「は?」
「なんでもないわ。また明日」
フェルは教室を出て行く。
「なんなんだか。……さて、オレも日課をこなすか」
荷物をまとめて寮に置いては学校を出て走り出す。
寮の部屋にはシガルがいたが例によってマンガを読んでいただけだったので鍛錬しろよと言っといた。
いつも通りに平民階を走る。
オレの呪いである永久回避魔法のせいで魔力は浪費し続ける。その供給が運動による筋トレしかないのだから面倒な事この上ない。
魔法適格者――M2B感染者は筋肉を消費するが筋肉を付けるのも非魔法適格者より早い。おそらくそこら辺の増殖が早いのだろう。適応と言うものだ。
(そう言えばフェルと初めて会ったのもここら辺か)
お互いが回避しようとして結局ぶつかり叱られてはRDケーキを奢らされたのだ。
(あの時の口調って普通だったな)
プライベートではさっきの口調だって言ってたからもしかしたらあれが素なのかもしれない。
そうしている内にいつもの喫茶店――翠風に来てしまった。
走るコースがいつもここを通るのでいつもの癖でここに来てしまったのだ。
「ま、ケーキ嫌いのあいつはいない筈だしいっか」
休憩がてらオレは翠風に寄ることにした。
「いらっしゃいませ」
ドアの鈴よりも澄んだ声で迎えてくれるのはここで不定期に働いているユリアだった。
「お、ユリアちゃん、今日は入ってたんだ」
「はい、中途半端に時間が出来てそこでシフト希望させてもらったらオーケーしてもらえたので」
「今、入ったばかり?」
辺りを見回してオレは言う。
ユリアはここの看板娘でユリアが働いている時間この店は混むのだ。
逆にそれ以外の時間は空いているためユリアがこの店を成り立たせていると言っていい。
てか店主、ちゃんと人呼んだ方がいいですよ。
「あ、わかりますか?」
「まぁね」
「ご注文はどうなさいますか?」
「いつもので」
「かしこまりました」
そう言って一礼してカウンターにいる店主へオーダーを伝えに行った。
(そう言えば1人で来るのって初めてだな)
いつも誰かと来ていた気がする。
初めてハナ姉に出会って平民階を連れ回されてやって来たのがこの喫茶店だ。
あの頃はコーヒーなんて飲めなかったから別の何かを頼んだ筈だがなんだったか……。
「お待たせしました。ブレンドと、あっ! すいません」
出てきたのはブレンドコーヒーとシフォンケーキだ。
「いいよ、食べるから」
「申し訳ありません! いつもカナミ様といらっしゃってもらってたのでつい」
「オレもいつものノリで頼んじゃったからユリアちゃんが悪い訳じゃないよ」
必死で謝っているユリアを止めるためにも怒ってない事をアピールする。
「あの、差し出がましいとは思いますがカナミ様は……」
少し迷った顔で訊いてきた。
「まぁいろいろあってね」
オレとしては触れられたくないから曖昧に答える。
「そうですか……」
気遣いが出来るユリアだからこそ、そこを感じ取って欲しい。
「ごゆっくりどうぞ」
ユリアはお辞儀をして次の客の接客に移る。
目の前にはオレ好みに調節されたコーヒーとあいつ好みで生クリームが増量されたシフォンケーキ。
コーヒーを一口飲む。うん、おいしい。
続いてシフォンケーキを一口サイズに切って食べる。
「おいしいでしょ」
「うおおお!」
突然現れたハナ姉にオレは驚いて後ろに仰け反りフォークを落とす。
「ああ、ごめん」
「いえいえ」
ユリアが急いで代わりのフォークを持って来てくれる。
「ありがと」
「あたしレモンティーお願いね。しろろんの伝票でいいよ」
「か、かしこまりました」
「待てよおい」
戸惑いながらも伝票に追加で書くユリアもユリアだがハナ姉もハナ姉である。
「たまには奢りなさいよね。お姉さんが手取り足取り鍛えてあげてるんだから」
「勝手に襲ってくるの間違いでは?」
「とにかくあたしは疲れたんだから労ってね」
「知らねえよ」
相変わらずの傍若無人さである。
「それとシフォンケーキもらうわよ」
言うより先にシフォンケーキの乗った皿を自分のところへ引き寄せて食べ始める。
「疲れた時の甘いものは身に沁みる~!」
「おばさ――がふっ」
言い切る前に殴られた。
「今年で19の女の子に何を言おうとしたのかな?」
「すいません……」
にこにこ顔のハナ姉にはまるで勝ち目がない。あまりにも早過ぎる拳速に反応が出来なかった。
ハナ姉は特に何も言わず黙々とシフォンケーキを食べる。
「ハナ姉がケーキとか甘味類を食べてるのって初めて見るかも」
「そう?」
ハナ姉は言われてそうだったかな、と言った感じで人差し指を顎に当てて考えるふりをする。
「最近はしろろん見かけたら鍛えてたからね」
「追い掛け回すの間違いでは」
断じて鍛えるとかそう言うものじゃなかった筈だ。
「そうとも言う」
「そうしか言わない」
「お待たせしました」
ユリアはコースターを置いてからレモンティーが入ったグラスを置く。
「レモンティーって言ったら温かいものだと思ってたけど冷たいものなんだな」
オレの記憶ではレモンティーと言ったらホットである。
「まぁそこはあたしがいつも頼んでんのがアイスだからじゃない? 特に拘りはないんだけどね」
そう言って一口飲む。
「あ、そうそう。ここだけの話なんだけどね、ユリアちゃんがいる時は紅茶はユリアちゃんが淹れてるのよ」
「……マジか」
「ハナ様、その事は秘密にって」
「あはは、そうだったね。ごめん」
まったく反省する気のない顔で謝るハナ姉である。
「でもシロン様なら構いませんけど」
少し目を逸らしてそう答えるユリア。
「オレならどうでもいいんですね」
こう言う時本来の身分的立場は関係なく男性は女性に弱いものだ。
「い、いえ! そう言う訳では……!」
「いいのよ。しろろんはこう言う子だから」
アイスレモンティーを飲みながらどうでも良さそうに言うハナ姉。
「残念な子扱いだよな? それ」
「べっつにー」
あれ、ハナ姉なんか機嫌悪い?
「し、失礼します」
お辞儀をしてユリアは次のオーダーを受けに行った。
「なんでそんなに機嫌悪いんだよ」
「しろろんのそう言うところ鈍感だから、かなみんと喧嘩するんだよ」
「……どうして今言うんだよ」
訊いてくるだろうとは思っていたけどハナ姉の機嫌と関係してるとは到底思えない。
「あーなんかいろいろ仄めかしてあげようと思ってたんだけどなぁ」
レモンティーを飲み干してグラスに刺さっているレモンを手に持っては指で押しつぶす。
「うっ!!」
レモン果汁を飛ばしてきた。
「少しは頭冷やす事ね」
言うだけ言ってハナ姉は出て行った。
「なんなんだよ一体……」
「酸っぱい青春ですね」
タオルを持ってきてくれたのは店主であった。
「青春レモンはそう言う風には使うものじゃないと思うんですけどね」
確か初恋の味だったっけ。顔を拭きながら答える。
「苦かったり、甘かったり、酸っぱかったり。そう言うのを青春って言うんですよ」
「……大人ですね」
「大人ですから」
この店主は本当に不思議な人である。
「次はいつもの子も連れて来てくださいね。あの笑顔にはクリーム増量し甲斐がありますから」
「そうですかね……」
今となっては信じ難い。
「ちゃんと向き合えばきっとわかりますよ。いつも面と向かって彼女の顔を見てないからそう思えてしまうんですよ」
「オレ、あいつの顔を見てなかったんですか?」
「さぁどうでしょう」
「……」
今しがた見てないって言ったよね。
「とにかく、それなりの歳をした男がケーキを1人でとか笑えませんので」
「知ってますよ」
そう言ってコーヒーを飲み干して席を立つ。
「少し頭冷やして来ます」
「またのご来店をお待ちしております」
恭しく礼をする店主。
オレはドアの鈴を鳴らしてある場所へと走り出す。
そして貴族階へ登る階段の途中に思いがけない人物が待ち伏せをしていた。
「シロン・メイトナス」
「サイフォン……」
クリムゾン色の髪を持つ男がそこにいた。