4限目 アキレア
列車の到着アナウンスでオレは目が覚める。
どうやら夢の途中で起きてしまったようだ。
「着いたみたいだぞ」
オレは泣きぼくろの少女――ナホを起こしてフータ入りバッグを持って外に出る。
朝日が眩しい。
日が昇ってる内にカナミを探さないといけない。
「フータ、起きろ」
「うにゅぁ」
発音としておかしいような寝言を聞き流して起こす。
「カナミが連れて行かれそうなスラム階の場所を案内してくれ」
「シロンか、後5分……」
そう言って再び寝始めるフータ。
「おまえなぁ」
無理もない。ナホを探すために不眠不休で探していたのだから寝不足でもおかしくはない。
「ナホ」
オレは合図を送る。
するとナホは思いっきりフータの頬を引っ張りぐりぐり回す。
「お~き~て~!!」
(あれは絶対にやられたくない)
ハナ姉だったらやりかねないのが怖いが。
「いひゃいいひゃい!」
そう言ってやっとの思いで起きる寝坊助。
「な、何すんだよ!」
「お兄ちゃんの頼み聞いてあげて」
「……わかったよ」
こいつ、カナミ以外にも女に弱いんじゃないか?
「カナミの連れ去られたところわかるか?」
「まぁ予想は付く」
「ならすぐ教えろ!!」
一刻の猶予もないんだ。今すぐに向かわないといけない。
「だがおまえ丸腰で行く気か? ここだと魔法が使えないんだろ?」
「あ……」
考えてみれば当たり前である。ここは昨日までいたエドラ帝国と違い魔法の行使が禁止されている。
右腕には魔法を使えなくさせるリボンが付いている。使おうと思えば右腕が爆破で消し飛ぶ。
「まずは武器を手に入れるところからだろ」
「それならいい場所がある」
何もスラム階は初めてじゃない。2度と行くものかと思ったが行くしかない。
そしてその時にアシストしてくれた人物がいる。
「取り敢えず付いて来い」
オレはある人物の居場所へと向かう。
道中考える事はやはりカナミの事である。
結局オレはカナミへの苛めを助ける事が出来たのだろう。そうでなければ今頃の学校生活は無理なんじゃないかと思う。
あの初等学校からセルシア魔法学校に進学したのはオレとカナミ以外にもいる筈だ。その人がカナミに何を言ってくるかわかったものじゃない。
でも一体あの状況からどうやって解決したのだろうな。
真っ先に考えられるのは、やはりオレがヒーローっぽく苛めた連中に制裁を加えた事だ。ナミは教えてくれなかったが委員長や他の人から聞けたとすれば辻褄が合う。
尤も夢である。正しい保証はない。
だがオレはあの事が過去に実際にあった事なのだと直感であるが確信している。それでも理由をつけるなら既視感と言えばいいのだろうか。
だが、そうであってもどうしてオレはそんな大事な過去を忘れている?
「ここだ」
そう考えていたら着いた。
ともあれ今はカナミを助けなければならない。
オレが、オレだけがカナミを救える。今も昔もそれは変わってない。何をしてでもカナミを助ける。
「どこだここ」
以前お世話になったネグルさんって人の家である。
ネグルさんは秋に偽装リボン事件で関わった人だ。
巻き込まれたのはオレやカナミだがそのおかげでエル姫に会えたのだが……そのせいでこうなってるのか。
ノックをしてしばらくするとドアが開いた。鍵もかけずそのままドアを開けるとかなんとも不用心な。
「おお、これはシロン様。朝早くからどうかなさいまし……本気でございますか?」
ネグルさんはオレの表情を見るだけで察してくれたようだ。
「お兄ちゃん、怖い顔してる……」
「人殺しの目だぜありゃ」
ナホもフータも引き気味である。
だが覚悟はサグマセリュウさんと話していた時には決まっている。あの夢がさらにオレの覚悟を高めてくれた。
「そこまでご覚悟があるのでしたらお止めはしません。これを」
そう言ってオレに解除キーを渡してくれた。
「ありがとうございます」
「いえ、助けていただいたお礼にはまだまだ及びません。ただ……ご武運をお祈り申し上げます」
ネグルさんからしてみればいろいろ推測は付くのだろう。理由も何も訊かないでくれたのがせめてもの親切さであった。
オレ達はネグルさん宅を後にしてフータを先頭にスラム階へと向かう。
「だいぶ歩くぞ」
「日中には辿り着いてくれよ」
おそらくカナミはまだこの国に着いてない。どこかで追い抜いた筈だ。
「シロンはスラム階に行った事あるのか?」
フータがまるで事前確認かのように訊いてきた。
「あぁ、さっきの人との縁で1回な」
「ふーん、どうせまだまだ浅いところだろ」
「浅い?」
「まだ身なりが人間っぽい格好してる奴らだろって事だよ、ボケ」
相変わらず一言多いなこのガキは。
「まぁそうだったな」
オレはあの時の事を思い出す。
あの赤毛の大男はボスだったがその取り巻きもボロいとは言え普通の格好であった。
「深く行けば見てわかるさ」
まるでどうでもよさそうに言うフータは実際そうでもないと言った感じだろう。
そんなものは表情を見なくても生い立ちだけでわかる。
しばらくして平民階とスラム階を分ける門へと辿り着く。
ヒビが所々に入っているが、補修しなくてもまだ大丈夫だろうと思わせるその白い巨壁は平民階とスラム階の雰囲気を分けるのにぴったしなものだ。
貴族階と平民階にも同じものがあるがあちらはどちらかと言えば飾りに近い。実用性のあるこちらの壁とは少し違う。
「ふ~やっと着いたー! で、おまえ、スラム階に戻るけど着替えとくんだろ」
「……いやいい」
しばし考えた結果がこれであった。
「いやいいっておまえ狙われっぞ」
「狙ってきた連中片っ端から弾くだけだ」
「おいおい、辿り着く前に死ぬぞ」
フータは戸惑いつつ言い返す。
「いいって、汚れてもいいように平民階で買った服だし」
「あのなぁ、忘れてもらっちゃ困るけどスラム階ってのは平民階から落ちてきた連中の巣窟なんだよ、平民階の服だって上質なんだっての」
「とにかく! とにかく連れて行ってくれ」
しばし睨み合いの末に折れたのはフータだった。
「ちっ、オレ達の後ろ距離開けろよ。オレ達が巻き添え食らう」
そう言ってナホを連れて先に行った。
平民階からスラム階に行くのに止める人はいない。
逆にスラム階から平民階に行くには平民階で暮らす権利をもらっていなければならない。
要するにスラム階落ちは税金を納められないほどに貧困になったから、平民階上がりはスラム階で十分な金が手に入った場合になる。
前回はオレが気を失ってしまったからどうやって帰ったかは知らないが服装や最悪自分の名前を出せば帰れるだろう。
フータとナホの後ろ10メートルをキープして後をつける。
案の定スラム階民は全員こぞってオレを見る。いつ襲おうか考えてるのかもしれない。
(だが襲ったところで負ける気はしないけどな)
オレには2つ武器がある。
「おっとごめんよ」
髪がボサボサな女性がオレにぶつかって懐に手を入れる。
当人はおそらく気付かれずに出来てると思っているが残念、オレはそこらのお坊ちゃまじゃない。
懐に入れてきた腕の根本を掴みそのまま足払い。自分の体をねじって相手の肩を外しにいく。
「うぎゃー!!」
小悪党が日々ハナ姉とやりあってるオレに勝てる道理がないだろう。
オレは周りを見渡し目で警告する。
オレとやりあえば痛い目に遭うぞ、と。
一方フータ達は気づかなかったかのようにそのまま歩いている。
こうなる事を予想しての着替えを推奨していたのだって事は知っている。
オレはこうなる事を利用して周りが変な事をしないように警告しているだけだ。
こうして1つ目の武器である格闘術で辺りを押さえつける。
2つ目が奥の手である以上1つ目だけである程度は乗り切らないとダメだ。
少し長めの階段を降りると腐臭はさらに激しくなる。
「なんだよこれ!」
「あん? 死体と糞尿の臭いだろ。まだ先だっての」
いつの間にかオレの近くにいたフータが答える。
「これより酷くなるのかよ」
「別に餓死して死んでる奴なんてそこら探せばいるぞ。川には死体が沈んでガスくらい出るだろ」
以前習った事がある。死体は放置すると可燃性ガスが出るのだと。それがこの臭いなのか。
だがフータはまだまだマシな方だと言う。これ以上一体何があるのだろうか。
しかしここまで来ると襲ってくる人はいなかった。
階段を降りる前は10分に1度のペースで襲われた(その度に撃退した)がここで襲ってくる人はほとんどいない。
その旨をフータに話すと
「そりゃこんなところまで来るような奴が只者じゃないって事くらい気付くだろバカ」
確かにこんな悪臭漂うところを大した目的なく耐えられる人間なんていないだろう。オレも早くこの一向に慣れない臭いから開放されたい。
休憩をはさみつつも数時間歩いて再び階段が見つかる。
「ここから先はあまり周りを見ない方がいい」
それだけ言ってフータは先に降りていく。
一体何を、と思いながら降りてトンネルを抜けると
「!!!」
呼吸が出来ない!
思わず着ていた服をマスク代わりに呼吸をしようとする。
わずかだが呼吸を再開する事が出来る。
「まぁ貴族がここまで来れれば上等ってところか」
「お兄ちゃん大丈夫?」
ナホも心配した顔で尋ねる。
「あ、あぁ大丈夫だ。だがなんなんだこの空気は」
「オレもよく知らねぇ。ただここがスラム階の深いところだ。もっと奥に行きゃ森があるな」
「おまえらは大丈夫なのか?」
なんでこの2人は平然としているんだろうか。
「そりゃオレ達はここで生まれ育ってるからな」
恐ろしい事にこの2人は呼吸すら出来るか怪しいところで生きているらしい。
「そろそろ日が沈むぞ」
そう言ってフータは先に歩き出し、後を付いて行くようにナホも行ってしまう。
「日が沈むって言ってももうろくに太陽が見えないんだけどな」
どうもスラム階は空気が汚いからなのか日が届きにくい。
オレも歩き出さねば。
「やめて、やめて!!!!!!」
絶叫してる方を見れば男が女を襲っている。
2人とも服といえる服は着ておらず、それでも男は女の服と思わしき何かを破る。
(見渡すなとはそう言うことか)
目を背けようと反対方向を見れば声が出ないほど衰弱しきった少年を女が襲っている。
正面を見れば男同士殺し合いをしている。
貴族や平民から見れば殺し合いとは剣などの武器や魔法を使って戦うのが普通だが、この2人は素手で首を絞め、髪を頭皮ごと引き抜き、目を抉らんとしている。
(なんなんだここは)
オスカルテの闇がここには詰まっていた。
さらに歩くこと1時間。
オレもどうしてここまで歩けるのか不思議であったが、これをなんなくこなすフータ達の体力も恐ろしい。
「もし、秘密裏に身分の高い奴を渡すならここだろうな」
フータが指をさすのはこのスラム階の奥深くには相応しくない石造りの塀で囲まれた広場であった。
「悪いけど、ここまでだ」
おそらくここはスラム階の住人でも近寄りたくないくらいに危ないところなのだろう。
それにナホを攫った件に関係する場所なのかもしれない。
「あぁ、ありがとう」
「取り引きだったからな。……死ぬなよ」
そんな大人ぶった発言に思わずオレは笑ってしまう。
「な、なんだよ。人がせっかく心配してやってんのに!」
「ありがとうな」
そう言ってオレは2人の頭を撫でる。
「いつか成長して平民階まで来い。その時オレとカナミでおいしいケーキ屋に行こうな」
「そんな怖い顔して何言ってんだおまえ」
「え、オレそんなに怖い顔してるのか?」
「お兄ちゃん、おじさんから何かもらった時から怖い……」
そんなに怖い顔してるのか……。軽くショックだ。
だがこれからやる事の覚悟はしなければならない。
「すまないな。だがケーキは約束な」
「ったく、じゃあな」
そう言ってフータは背を向けてどこかへ行ってしまう。
「お兄ちゃん、バイバイ」
「バイバイ」
ナホもフータの後を付いて姿を消す。
オレも2人をこれ以上巻き込む訳にはいかない。
誰も助けようとしないカナミを、カナをオレは1人だとしても助ける。
さて、戦いの始まりだ。
フータ「移動回」
作者「これさえなければ4話で4章完結だった……」
ナホ「でも5話でも完結してないよ?」
作者(痛いところ突かれた!)




