2限目 スイートピー
初等学校1年だったあの時から5年経ち今では最上級生の6年生である。
進級したての春先の今日もオレは足を運び学校の屋上へと侵入する。
「よう」
オレは既に屋上にいる人物――カナに手を挙げて挨拶をする。
クラスは同じだが教室内で会話をする頻度は減ってはいるが、それでも晴れていれば屋上で一緒にご飯を食べている。
「シロンくんおはよ」
「もう昼だけどな」
そしていつも通りに
「「いただきます」」
と言ってから食べる。
「昨日ね、お母さんが料理したんだよ」
「へ~、カナのお母さんって料理出来ないんじゃなかったっけ?」
「そうそう、でもね、なんの気まぐれなのかわかんないけど料理したいって言い出して料理人さんおろおろしちゃって」
カナが楽しそうに話してオレがそれを笑って聞く。
そんな関係が5年経っても変わらない。
「「ごちそうさまでした」」
その日の放課後である。
オレは王立セルシア魔法学校への進学のための勉強を図書室でしていた。
初等学校は貴族だけの学校であり魔法適格者か不適格者かは関係なく皆等しく一般的な事を学ぶ。
その後、魔法適格者は魔法学校へ、不適格者と魔法学校の受験に落ちた者は中等学校へ行く。もちろん受験不合格者はその後一生魔法を使うことは許されず魔法抑止の腕輪を付ける事が義務付けられている。
魔法の素質有無は早ければ出生直後、遅くても初等学校入学前までに済まされているため既に誰がどっちの学校に行く(行こうとしている)かはわかっている。
数カ月前からメイトナス家のメイドであるオルラからも家庭教師として師事している。
平民で魔法の才能がないオルラでも受験勉強を教えることが出来るのは、セルシアの受験は魔法適格者で且つ高度な演算能力の才能を持つ事の試験であり、計算や理解力などが求められるのであり、魔法を使わない試験であるからだ。
そう言う訳で今開いている本は魔導書でもなんでもなくただの計算問題集のようなものである。
「ちょっと休憩~」
流石に根を詰め過ぎたのか背中が痛い。
図書室を出ると知り合いがいたので声をかける。
「よっ」
すると驚いて手に持っていたカップを落としかけた。
「あぁごめんごめん」
「別に大丈夫だよ?」
驚かせてしまった事について謝るオレを彼女は――ナミは許してくれた。
ナミもまた同じセルシア志望の受験生である。
「図書室で勉強してたんだね」
「ナミも図書室で勉強?」
「そ」
「ナミは頭いいしそんなに勉強しなくてもいいんじゃないか?」
「頭良くないよ~。シーくんこそナミより頭デキる子でしょ」
「はいはい謙遜のし合いはそこまでにしましょうね」
どこまでも続きそうだったのでここらで止めとく。
「そうだね。ナミはもう帰るんだけどシーくんはどうするの?」
「そうだな……まだ勉強するよ」
「そっか……」
そう言ってナミは少し寂しそうな顔をする。
「どうしたんだ、そんな顔して。なんか悩みでもあるの?」
「え、そんなんじゃないよ? 大丈夫! また明日ねー」
そう言ってすぐに笑顔になってから鞄を持って昇降口へと向かって行った。
「さて、休憩休憩」
1回リフレッシュしてからもう一頑張りしよう。
しばらく勉強していたが窓を見てみると雲行きがさっきより怪しくなっている。
「これは降るな……」
急いで帰り支度をしてオレは図書室を出る。
貴族と言っても学校から家までわざわざ迎えに来てもらうなんて事はあまりない。理由はいろいろあるがまとめれば文化的に――である。
そう言う理由で大体の人は徒歩で歩く。
学校の建物から外を出れば空はいつ大雨が降ってもおかしくないような空模様だった。
オレはなるべく早歩きで帰る。だが走ることはない。
と言うのもいくら初等学校生でも貴族であることには変わりはない。走る行為を咎める人は多くいる。そう言うことに注意しなければならないのだ。
尤も、早歩きもあまり良く思わない人はいるだろう。
帰路も家と学校の間に差し掛かってきた頃、いよいよ降り出してきた。
「うわ……」
多少の雨ならば恥も捨てて走って帰る事は出来ただろうが、それも出来ないような酷く激しい雨である。
オレは辺りを見渡して取り敢えず雨を凌げる場所を探す。
運良く広場があり一本の大樹があったためそこで雨宿りする。
「やっぱ多少は濡れるか」
大雨で木の下に立っていても雨に濡れるのは必然だ。
滝の音がする雨の中、ぐしょぐしょに濡れて帰ればそれこそ恥だ。
「少し待てば大丈夫かな」
そう呟くと
「そうなの?」
木の反対側で声がする。
振り返れば髪や服が雨に濡れたカナがいた。
「えへへ、濡れちゃった」
てへっと言った感じで笑うカナ。
「おい、風邪ひくしみっともないぞ」
「タオル忘れちゃった」
「……たく」
「そう言うシロンくんも持ってないでしょ?」
タオルを持っていればすぐさまカナに渡していたし、既に自分を拭いている。
それを見抜かれてしまい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。図星以外の何物でもない。
とは言ってもカナはオレ以上に濡れている。
「せめてこれ着てろ」
春に入ったばかりでまだ寒いのだ。オレは風邪をひかないようカナに上着を渡す。
「え、でもシロンくん寒いよ?」
「いいよ、風邪ひきやすいのはカナだろ」
「え……でも……」
「でももだってもない!」
しどろもどろになるカナにオレは無理矢理上着を羽織らせる。
「……ありがと」
ぼそっと少し照れた感じに言うカナ。
「いいんだよ、5年前はカナが助けてくれたしな」
「ふぇ?」
「覚えてないのか? オレがその……」
「泣いてた時?」
「覚えてたなら訊くなよ」
オレが恥ずかしくて言い兼ねてた言葉を紡いで言ってきた。
「忘れないよ、そんな大切な事」
「え?」
「なんでもない!」
慌てて言い返すカナさんや、聞こえてますよ。ただ驚いてしまっただけだ。
「シロンくんとちゃんとお話し出来るようになってから5年経ったんだね」
「……そうだな」
少し寂しげに話し始めるカナが何を言いたいのかなんとなく察してしまう。
「入学する前、初めてシロンくんに会った時ね、わたしシロンくんが怖かったんだ」
「は?」
それは心外である。
「だって子どもっぽくないって言うか……」
「それは単にカナが人見知りだからじゃないのか?」
子どもっぽくないとか普段からオレ以外の人とあまり関わらないのに何を言い出すんだ。
「うぅ……」
凹んだ表情をするカナ。
「オレからしたら最初はカナがオレを嫌ってるのかなって思った」
慰め代わりにこんな話をしよう。
「だって目を合わせようとしてくれないし近付こうにもなんか離れていっちゃうし」
あれ、こんな話するから子供っぽくないのか? と言う自己観察。
「それはシロンくんが怖かったんだもん」
「でもあのハンカチを貸してくれた時嬉しかった」
「ふぇ?」
「貸してくれた優しさよりやっと話しかけてくれたから……かな」
「だってそれはシロンくんが」
「まぁね」
「わたしもシロンくんとあの日から仲良くなれて嬉しかったんだよ。……でもね」
途端カナは悲しい顔になる。
「そんな事はないよ」
言い出しそうになるカナの言葉をオレは止める。
「大丈夫だって」
オレはカナの悲しそうな顔を吹き飛ばすくらいの笑顔を精一杯作る。
「うん」
そう小さく頷くカナに思わずドキッとしてしまう。
「カナ、オレさ……」
「なに?」
「その、なんて言うか」
「うん」
「えーと、あれだあれ、えーと」
「どうしたのシロンくん、物忘れ?」
「ち、ちげーよ! えっと」
「ひゃっ!!」
カナは驚いて頭を押さえている。
「あー水滴か」
木の下にいるのだから雨粒が落ちてきてもおかしくない。現に肩には結構水滴が落ちてきている。
「で、シロンくんなんのお話?」
「カナが驚いたりするからなんだったか忘れちゃったよ」
「むっなんでわたしのせい!?」
「ごめんごめん」
オレは笑いながら謝る。
「もう!」
「ほら、そろそろ雨が止みそうだ」
「あ、ホントだ!」
もうしばらくここで待っていれば直に雨が止んで帰れるだろう。
それまでカナと他愛のない話をしていよう。
「――ちゃん、――ちゃん!」
目を覚ますと泣きぼくろの少女がオレを揺らす。
「お兄ちゃん!」
「んっ……」
めずらしく深い眠りに落ちていたようだ。こんなのは本当にめずらしい。
「どうしたんだ?」
「……お腹減った」
少女は少し顔を赤らめて言う。
「あぁそうか、何も食べてないもんな」
最後に物を食べたのはいつだろう。ケーキが最後だったような。
「よし、行くか」
オレは起き上がって少女に手を差し伸べるが少女は何か困ったような顔をする。
「フータの分は持って帰ろう」
チケットは2人分、オレとこの少女の分だけだ。フータは荷物扱いとして乗っている。もちろん違法乗車である。
そう言うと少女は頷き手をつなぐ。
「奴隷商館、前のところで食べたのはいつなんだ?」
「お兄ちゃんに会う前」
「て事はオークションの前か」
奴隷であったからに酷い扱いをされていたのだろうと思ったがそうではないようだ。
「次はいつ食べられるかわからないしなるべく食べようか。もちろんフータの分も持って行こう」
「お兄ちゃん、あのね……」
「どうした?」
「その、名前……」
「名前が欲しいの?」
「う、うん」
平民や貴族のように何かを恥ずかしそうに強請るようなその顔はとてもスラム階出身のそれとは思えないものであった。
「でも仮の名前だぞ、国民権とかそう言うのはないぞ」
「それでもいい」
「てかオレが名前を付けなくても君自身がつけてもいいんだよ」
「お兄ちゃんにつけて欲しい」
「そ、そうですか」
スラム階の文化的な何かで特別な意味でもあるのだろうか。
「それじゃあフータの幼馴染だしフー――
「却下」
「……」
どうやらしっかり決めないとダメらしい。
「ナホ……でいいか?」
「ナホ……?」
「そう、ナホだ」
「ナホ、ナホ」
自分の名前を繰り返し呟く。
「どうしてナホ?」
「え、う~んまぁなんとなく?」
由来はしょうもない事だ。訊かれたくない答えたくない。
「ナホ!」
「気に入ってくれた?」
「うん!」
奴隷買いして出会ってやっと笑ってくれた。普段はこう言う少女なのだろう。
だがオレはきっと名付け親になんてなれないのだろうな、次回からは絶対に付けない。そう心に誓うのだった。
フータ「泣きぼくろでナホかよ……フードでフータもよくよく考えたらアレだよな」
シロン「うるせっ」




