1限目 白ツツジ
前回までのあらすじ
・シロンくん、カナミと海外旅行する
・シロンくん、幼女を救う
・カナミ、誘拐される
彼女を好きになったのはいつの日だろうか。
遠い昔、まだオレが泣き虫だったあの日からだ。
「ひっ……ぐっ……」
教室の片隅でむせび泣くのはオレである。
放課後の教室、片手には1枚の紙。
「えっ……うっ……」
こらえようとしていた涙がついに流れ始める。
「どしたの?」
「え!!」
プライドの高いオレが誰かに泣いているところを見られたりなんかした日には首を吊りたくなるくらい恥ずかしいものである。
「泣いてる……よ?」
「ば、バカ! 泣いてなんかない」
急いで腕で涙を拭ってポーカーフェイスを作る。
「鼻水も出てるよ?」
さらに指摘されて腕で鼻水を拭うが、量が多いため腕にびとっと付いてしまう。
「もう。はい、ハンカチ」
差し出された薄いピンク色のハンカチは実に女の子らしいもので、当時のオレからしてもこんな可愛げのあるハンカチを自分の鼻水で汚していいんだろうかと躊躇してしまう。
「早く拭きなよ」
そう催促されてオレは腕についた鼻水を拭く。
「鼻も、だよ」
鼻水が再び垂れ始めている鼻をかみ、ハンカチを見てみれば案の定ぐちゃぐちゃである。
「……ちゃんと洗うよ」
一瞬そのまま返していいのかな、と思ってしまうのはまだ配慮とか礼儀などのそう言う類のものを知らないからであって、自分の未熟さを今更ながら示す要因だとも感じる。
「明日、返してね」
そう言って、自分の机の中にある忘れていったと思われる教科書を取り出して教室を出て行く。
振り向き際に笑顔を見せてくれたのは彼女の心許りの優しさなのだろう。
そう、これがオレの初恋である。
淡くて切ない、繋がらない初恋である。
次の日、オレはメイトナス家メイドのオルラに洗濯してもらった昨日のハンカチと、オルラがお礼にと持たせてくれたケーキを持って学校に行く。
「おはよっ!」
「お、おはよう、か、カナちゃん」
教室に入って1番に声をかけてきた彼女こそハンカチを貸してくれた彼女である。
「昨日はありがとうね。それとお礼のケーキ」
「ありがと! ケーキ好きだってちゃんと覚えてくれてたんだね!」
カナは喜んで受け取ってくれた。
「シロンくん、今日のお昼一緒に食べない?」
「え……?」
それは唐突のお誘いである。
「ま、まぁその…男の子が泣くところとか……見たことなくって昨日はびっくりしちゃったんだけど……よかったらお話聞くよ?」
「う、うん」
心配した顔でオレの事を案じてくれるのが嬉しくてつい返事をしてしまう。
カナとは昔から一緒である。とは言っても話す機会はこの時より前はあまりなく、今までは形式上の幼馴染と言った感じであった。
昼休みになる。
弁当を持ってカナのところに行く。
「屋上に行こ?」
「え……でも」
屋上への扉は鍵で閉まっているため屋上に出る事は出来ない筈だ。
「ふっふ~ん。付いて来るといい」
そう言って鼻歌交じりでカナは歩き出す。
屋上への階段を残り数段を残して登ったところでカナは、置き場がなく放置された机を積み上げて窓の鍵を開けてその小さな窓を開ける。
「じゃじゃ~ん!」
「いや、ははは……」
呆れてしまうのも仕方ないだろう。
この学校、屋上への扉は鍵がなければ開けられないが、同じく屋上に繋がる窓は内側から手で開けられるのだ。つまり鍵がなくとも屋上へ出る事が出来る。
構造上の問題で内側からはオレ達や先生の手で届かないためこの欠陥の存在に気付いていても無視しているのだろう。
だが机をここに待機させた人は相当おバカなんじゃないかと、この歳ながら思う。
「よいしょっ」
外に乗り出すとそんなに高さはなく、簡単に降りれる。
外側の方が内側より床が高いため帰りに困ることはないようだ。
「ここね、わたしの秘密基地なんだよ」
手を広げてくるくる回るカナ。
「何もないのに?」
「むっ、せっかく教えてあげたのに!」
頬を膨らませて怒るカナ。でも大して怖くない。
「お弁当食べよ?」
カナはすぐさま機嫌を直してちょうどいい段差に腰を掛け隣りに座るよう指示する。
オレも家の料理人のコークによる特製弁当を出して食べ始める。
「シロンくん、昨日はどうしたの?」
「……」
「む、内緒よくない」
カナは頬を膨らませて、オレの弁当から揚げ物を奪う。
「おい!」
「シロンくんが話してくれないからだもん。せっかく心配してあげてるのになぁ」
「心配される筋合いなんかない」
オレはそっぽを向いて食べる。
「もう! 秘密基地教えてあげたのに……」
「それとこれとは違う」
事実知りたいなんて一言も言っていない。
「シロンくんのイジワル」
ぼそっと一言。
「なんでそうなるの!?」
いくらなんでも理不尽である。
「もうシロンくんなんか知らない! ごちそうさま!!」
そう言って弁当を片付けてカナは屋上から出て行った。
「なんでそうなるんだよ……」
まったく理不尽な話である。
1人取り残されたオレは食べきってから屋上を出ようとする。
「げ、鍵かけあがった」
窓が開かないのだ。
窓を叩くも誰も気付かない。
「どうしよう……」
このままでは授業が始まってしまう。
するとひょこっと顔を出すカナ。すこしむっとしている。
「……わかったよ」
ぼそっと言っただけで声は聞こえていないだろうが、オレが諦めた顔をして話す気だと受け取ったのだろう。カナは窓を開けて若干勝ち誇ったかのような顔をする。
「明日一緒にご飯食べよ、ね」
死刑執行まで少しばかりの猶予が与えられたのだった。
そして翌日の昼。
屋上《断頭台》に来てその日あったことをカナに話す。
「ぷぷっ、そうなんだ」
「わ、笑わないでよ!」
見せたのは一昨日持っていた1枚の紙――テスト用紙だ。
「先生にテストの点数が悪くて怒られただけなんだね、ぷ、心配して損しちゃったよ」
「そう言うと思った」
テストの点数で泣いたなんて知られたらこうなるくらい予想は簡単につく。だから教えたくなかったのだ。
「ごめんね」
謝ってはいても笑っているのだから反省はしていない。
「この事、絶対に他の人に言わないでよ」
「2人だけの秘密だね」
「え?」
「この屋上《秘密基地》も」
「……」
なんと答えたらいいかよくわからない。
「ん」
カナは小指を出して指切りのポーズをしたのでその小指を自分の小指と結ぶ。
「約束、わたしも秘密をシロンくんに教えたから」
「オレも秘密を守るの?」
「そ」
「わかった」
「約束、だよ?」
オレのテストの結果が悪くで怒られた秘密とカナの学校の屋上の秘密の2つの秘密はそれまで形式上の幼馴染と言う関係から仲の良い幼馴染へと変えていった。
「シロンくん、ご飯食べよ?」
今日は生憎の雨で屋上には行けない。そんな日はカナは決まってオレの席の前に座って持って来ている弁当を広げる。
「うん」
オレは机の上に置いたままの筆箱を机の中に入れながら答える。
2人とも弁当を広げたところでいつもの挨拶をする。
「「いただきます」」
以前カナに注意されてから恒例となっているものの1つである。
「昨日ね、パパがママのためにすっご~く大きな花束を持って来たんだよ。すごくきれいなお花!」
カナは手を大きく広げてその大きさを表現する。
「それでね、ママにきいたら昨日はね、パパとママの大切な日なんだって!」
楽しそうに話すカナをオレは笑いながら相槌を打つ。
「それって結婚記念日?」
「そうなの! わたしもパパみたいな人と結婚したいなぁ」
どうやらカナはお父さんっ子であるらしい。
「カナちゃんのお父さんみたいな人が好きなの?」
「う~ん、どうだろう……。好きになったことないからわかんない」
どうやらカナにはまだ好きな人がいないらしい。
「おいしそう……」
カナが突然凝視した先にはオレの弁当のおかずの1つ――ジャーマンポテトであった。
「食べ――
「1つちょうだい!」
言葉より先に手が、いや食べる口が動いていた。
「物を食べながらしゃべるのは良くないよ」
実際にはそれ以前の問題だと言うのにツッコむには些か若すぎた。
「ん~おいし~!」
本当においしそうに食べるカナである。さっきからえくぼが絶えてない。
「シロンくん、何か食べる?」
そう言って差し出されたカナの弁当はおかずがほとんどなく、パンしかない。
「カナちゃん……」
結局オレはその主食しかほとんど残っていない弁当から何かをもらうのを断って、実は楽しみにしていたジャーマンポテトを食べて弁当を片付ける。
「「ごちそうさまでした」」
2人同時に揃えて言うのはある意味で育ちの環境なのだろう。
「そろそろ授業始まるから席に戻ったら?」
「そうだね、またね」
オレがカナに提案するとすぐに受け入れ席に戻っていく。
「最近おまえあいつと仲いいよな」
そうオレに言ってくるクラスメートがオレの前に座って尋ねる。
オレの前の席の主で、さっきからどいて欲しいような目でこちらを見ていたからカナを帰らせたのだ。
カナとの事については確かに仲良くなったのは最近の事ではあるが昔からの付き合いと言うものはある。
「幼馴染だし」
と、ありきたりの答えが普通だろう。
「ふーん」
何故か興味がなさそうな返事である。
「それがどうかしたの?」
「あいつの事好きなのかなぁって聞いたんだよ」
「は、別にそう言うのじゃないって!」
「お、ムキになってやんの」
そう言ってはオレを煽る。
「ちげ―ってそんなんじゃない!」
「まぁまぁそうムキになんなって。おまえの気持ちはよくわかった」
何がわかっただ。自分の願望を人に押し付けるな。それと肩を叩くな。
「はぁ考えるのは別にいいけどカナには迷惑かけないでよ」
「おーやっさしい!」
言うだけ言ってそのクラスメートは向きを前に直した。
当の話の登場人物であったカナの方を見ると一瞬だけ目が合う。一体どうしたんだろう。
訊こうにも先生が教室に入ってきたため授業が始まってしまう。
放課後に訊こうとしたが「そう?」と言って受け流されてしまった。
作者「本章は10の倍数日更新でいきたいと思います」
シロン「次章まだ1字も書いてないからだろ」
作者「ぎくっ……」




