7限目 傷口に塩を塗りたくってやる(後編)
同日投稿です(2話目)
冒頭からネタバレですのでご注意ください。
「カナミ・シューレナコが攫われた」
「え!?」
驚きのあまり大声を出して立ち上がってしまったため、周囲から視線を集めてしまう。
「ここで話をする訳にもいかない、一旦屋敷に戻ろう」
サグマセリュウさんに連れられて外に出て人目のつかないところで瞬間移動魔法。
「結構距離ありましたよね……?」
視界が開けた先は屋敷内のどこかだ。
瞬間移動魔法――単に瞬間移動とも言い、魔法を広範囲に展開させて移動したいところへ移動する魔法だ。
距離が遠ければ遠いほど展開させる範囲が広がるため消費魔力も多く、術式を作り上げるのも時間がかかるためあまり便利な魔法ではない。
それをサグマセリュウさんはあろう事か2km近く離れたケーキ屋から屋敷への瞬間移動魔法をものの数秒で術式を作り上げたのだ。
「これでも騎士団エースを務めている者だ」
歴代の騎士団エースでも出来るかどうか俄に信じ難いが世界最強の魔術士と言われるだけあるのだろうな。
「姫、どうかこちらでお控えください。総団長がお守りいたします」
「で、ですが」
「貴方様のお命が最優先です。どうかお聞きくださるよう」
「わ、わかりました……。ですがカナミの事は」
「最低限の責任は果たしいたします」
エル姫がおそらくはシェルター的な意味を持った部屋に入った後、サグマセリュウさんは付いて来いと言った目でオレを呼ぶ。
「あの、カナミは」
「エルミーネ姫とカナミ・シューレナコが入れ替わっていた事に気付かず攫った」
早足で廊下を歩きながら答える。
「目的はエル姫?」
「安心しろ、そうであるなら今すぐに命の危険はない」
「で、でも……」
エル姫を狙うのなら誰であろうか?
真っ先に候補が挙がるのは王位継承者とその関係者だ。
エル姫を手の内に入れる事に大きな意味を持つ一方、相手方に渡る事が危惧されるため殺害する方が非人道的とは言え安全策だ。
「残念だが王位継承関連ではないだろう」
サグマセリュウさんはオレの心を見透かしたかのように言う。
「たとえ攫ったとしても表に出せない筈だ」
言われてみればその通りだ。
エル姫は現在この国にいる事となっているから姫を継承戦争の舞台では武器に出来ない。
「となると一体誰が……」
「そもそもだ――」
サグマセリュウさんは急に止まって振り返る。
「貴様らがどうしてここへ来るよう命じられたか考えてみた?」
「それは偽装リボンの件を表沙汰にしたくないために……」
「あまりにも不自然だとは思わなかったのか?」
「いや、でも」
確かに言われればそうである。
エル姫からわざわざ褒美を賜わす事は面倒臭い事ではないだろうか。
「これ以上情報を知らせても意味はないな」
そう言って再び歩き始める。
「オレ、カナミを探してきます!」
「どこへ行くつもりだ!」
「攫われたならまだこの近くにいる筈です」
「貴様ごときに何が出来る訳でもない」
「……それでも行きます」
待てと言っているサグマセリュウさんを無視してオレは走り出して玄関を目指す。
ここからならどこに行けばいいかわかる。
「とは言ったものの……」
外に出れたはいいものの、どこへ行けばカナミがいるのかわからない。
「おい待てクソガキー!!」
怒鳴り声がした方向を見るとフードを被った少年が何かを盗んだらしくこちらに向かって走ってくる。
(あの微妙に見えてる紺色の髪と明るめの赤い瞳ってあいつだよな……?)
オレは右手の人差し指を少年に向けて小さく円を描く。
「うぉわっ!!」
少年は足を取られてすっ転びオレの目の前まで滑る。
拘束魔法の応用だ。
足に一瞬だけ拘束魔法をかけて足を引っ掛ける、蛇も転ぶ足引っ掛けだ。
これを以前ハナ姉に学校内で追いかけられているところ使ったらマジギレされた過去がある。
そんな事はさておき。
「捕まえたぞこの盗人小僧」
盗まれた方のおじさんは露店で売っている姿のまま飛び出して追いかけていきたのだろう。前掛けを着ている。
「あの、お代はボクが払いますよ」
「あん? こいつの保護者か何かかい?」
「そうではないのですけど一応面識はあるので」
「そうかい、こいつを叱りつけておいてくれよ」
「すいません」
オレは商人に盗まれた物の代金を支払って帰っていく様子を見送る。
「んだよ……。借りでも作った気か?」
「情けはなんとかって言うしな」
「けっ」
少年はフードに付いた砂埃を払って立ち上がる。
「見つかったのか?」
「これから取り返すところだっつの」
どうやら見つかったらしい。
「それとお姉ちゃんがなんだか胡散臭い連中に連れて行かれるのも見たな」
「おい!! それどこで見た! どこに行ったんだ!?」
「おい、クソ野郎、掴むんじゃねぇ!!」
少年は振り払って距離を取る。
動揺して肩を掴む力が強すぎたようだ。
「すまない」
「ここで会ったのも何かの縁だ。取引しようぜ」
「おまえ、何言ってるんだ、こんな時に」
「こんな時?」
「早くしないとカナミが大変な事になるんだぞ!!」
「それはオレも一緒だっつの! 幼馴染が売られるんだぞ」
「だったら尚更……」
「いいや、取引だ。オレの言い値で情報を買え。オレはその金で幼馴染を買う」
どうやら少年の探し相手は売り出される直前で見つけたようだ。
こうなったら金を盗んででも奴隷買いをしなければならないのだろう。
「……いくらだ?」
「連中に聞いたらこんくらいかかるって言ってたな」
それはエル姫と一緒に見た水晶の靴の半分もする値段であった。
「そんなには持っていない」
「はぁ? おまえ貴族だろ!?」
「そう言う問題じゃない」
「なんだよ、ここまで来てこれかよ! 巫山戯んなよな! どんだけ頑張ってやってきてると思ってんだよ!」
目を見れば隈が出来ている。別れてからずっと探し続けていたのだろう。
それこそ路地裏にある落とし穴を探すように、あるかどうかすらわからないものを虱潰しで探してきたのだろう。
見つかったら今度は資金集めだ。盗みに失敗した傷がある、顔のところどころが赤くなっている。
「頼むよ! 貴族様だろ? オレを、あいつを助けてくれよ!! 盗んだ金じゃ足りないんだ!! オレはあいつがいるから今までやってこれたんだ! 今度はオレがあいつを助けたいんだ。頼むよ! 力を貸してくれ!」
頭を下げている様子を見ていたらオレが冷静になってきた。
「物事は順番だな」
「は?」
深く溜息。
まずは状況を整理する。
カナミが攫われた。
今は何者かを考えるべきではないがサグマセリュウさんの考えでは王位継承戦争に巻き込まれた訳ではなく今すぐ殺される心配はないと思われる。
単純な金目当ての人攫いの可能性があるため行方は不明だ。
だが、この少年はどうやら行方を知っているようだ。
この少年の目的は幼馴染の奪還だ。
既にこっそり忍び込んで攫い返す事は出来ない段階で今すぐにでも救出が必要だ。
救い出す手段はただ一つ、奴隷オークションに参加して落札する事。
まさか魔法をぶっ放してテロまがいの事は出来ない。
奴隷商売もここでは立派なビジネスだ。出品元がなんであれそう言うものだ。
少年の目的を達成すればカナミの行方がわかる。
たとえそうでなくともここまで懇願されて断るのならそれは貴族として、いや、人として間違っている。
次に考えを立てよう。
どうやって資金を手に入れるか、だ。
他国の人間が銀行に融資なんてのは難しい話だ。
出来たとしても時間がかかる。
一刻を争うのだ。
(いや、融資……いけるか?)
「おい、ガキ……フー太郎、少しの間そこで待ってろ」
「んだよ、その名前」
「じゃあ、こうしよう、フータ。オレはおまえを一人の人間として見る。だからオレを信じて待って欲しい。オレはおまえを助ける。だからカナミを助けてくれ」
「なんだよ……いきなり……。クソ野郎が」
「オレはシロンだ。シロン・メイトナス、クソ野郎って名前じゃない」
「……シロン」
フータはぼそっと言う。
もっと素直になって欲しいものだ。
「フータ、オレを信じろ。オレもおまえを信じる」
「……わあったよ。カナミお姉ちゃんはオスカルテのスラム階の奥の方に連れて行かれたと思う。そう言う身なりの奴らがいたから」
フータはオレの意図を汲んでくれたらしく教えてくれた。
「ありがとう」
オレはすぐさまエルミーネ邸へ引き返す。
これは取引なんかではない。信頼による助け合いだ。
先ほど歩いた道を逆走してある部屋を目指す。
――ゴンゴンッ
「シロン・メイトナスです」
「すまぬが今は何人も部屋に入れてはいけぬのでな。すまぬが引き返せ」
目当てのジーグスさんが扉の奥から答える。
「カナミとオレの友人の大切な人を助けたいんです! どうかお金をご融資願えないでしょうか?」
「それならわたくしが」
「姫、どうかここは外にお出でにならぬよう」
「でも、わたくしのせいでカナミが攫われたのです。わたくしに責がございます」
「いえ、ボクはジーグスさんにお頼みに来ました」
当初エル姫に借りようかと思ったがそうするべきでないとわかるのにそう時間はかからなかった。
エル姫だったら自責の念に駆られて融資ではなく譲渡になる。
それはあまりよろしくない。
結果的にカナミの安否に繋がるが直接的にはオレの友人の大切な人を助けるためだ。理由が違う。
もう1つの理由は今、オレがエル姫に面と向かって会う事は難しい。
カナミが変装したエル姫ではあったがエル姫を攫う意思があったのは事実であり、詰まるところ非常警戒態勢である。
本物のエル姫が攫われては大変である。
「うむ、だが今ここを離れる訳にはいかぬでな」
職場に大金を持って来ているのもおかしな話か。
「あやつに頼む他ないのう」
「わかりました!」
もう1人、頼れる人がいる。
居場所はわかる。
さっきからここら一帯に魔力が流れている。その源だ。
「サグマセリュウさん」
「何だ? 半径10kmにはいない。思ったより足が速いな」
まさか半径10kmの捜索魔法を使ったのか!?
「お願いがあります。友人の大切な人を助けるためにお金を貸してください」
「断る」
「な、なんで!」
「1つ、貴様が返す保証はどこにもない。2つ、その目的が本当かどうか怪しい。3つ、そもそも貴様が探すのはカナミ・シューレナコの筈だ」
「それは――
「4つ、拙は貴様が嫌いだ」
「え?」
「温室育ちで言われた事を何も疑わずに信じるような輩を人は間抜けと呼ぶ。拙の嫌いな人種だ」
「……」
「5つ、拙は最低限の責任だけは果たすと言った」
つまりはそれ以上の事はしない、と。
「それでもオレは2人共助けたい」
「なんの見返りのためにだ?」
「見返りなんてありませんよ。オレは、オレを信じてくれた人のために最大限の出来る事をします」
「信じる……ね」
サグマセリュウさんは呆れたように言い放つ。
「いいだろう、貸そう。ただし期間は1週間だ。カナミ・シューレナコを助けられてもそうでなくても返してもらう。1週間以内に返してもらうって“信じよう”。ただし、裏切った場合は――」
「シロン・メイトナスの名にかけて」
「ふん、良い返事だ、利子なしでいい」
そう言ってサグマセリュウさんは部屋の金庫から金貨の入った袋を取り出しオレに渡す。
そうか、ここサグマセリュウさんの部屋だったのか。
「ありがとうございます」
サグマセリュウさんはフードを被って何も言わずに部屋を出て行く。
「カナミはオスカルテのスラム階奥層に連れて行かれたとの情報を手に入れました!」
去っていく彼女にオレは声をかけるが反応なし。
「よし、行くぞ」
「え?」
屋敷の外に出たオレはしゃがみ込んでいるフータにオレは声をかける。
「ほら、資金は集まった」
「な、なんだよ……。オレが嘘ついてその金を盗むとか考えなかったのかよ」
「オレにカナミの行方を教えてくれただろ?」
「それも嘘かもしれないじゃねぇか」
「オレはフータを信じるって決めた。フータの言った事をオレは信じる」
「な、なんだよ! 男のツンデレは需要ないって大人が言ってるぞ!」
案外スラム階も俗世間的なんだな。
尚、オレはツンデレではない。絶対に。
「でもおまえもオレを信じて本当の事言ってここで待っててくれたよな」
オレは笑いをこらえて言ってやる。
「ば、バーカ! おまえの事なんかこれっぽっちも信じてないしー」
フータはそっぽを向く。
「それこそツンデレじゃないのか?」
「うぐっ!! いつか傷口に塩を塗りたくってやる!」
そんな痛々しい事はやめて欲しいし、そんな事をしてきたら倍返しである。
「で、どこなんだ?」
「そうだった。付いて来てくれ!」
オレはフータの後を追って奴隷商館へ向かう。
着いた場所はサーカステントのような低く広い建物であった。
奴隷の逃走防止のために意図的に逃げ場を狭めているのだろう。
窓はなく(だから2階以上がない)、入り口は狭い。
奴隷は地下だろう。
「入るぞ」
「う、うん」
入ってみると予想とは裏腹に小奇麗な場所である。
「奴隷商館って汚いイメージがあったんだけどな」
「お客様、それは失礼な話です」
やって来た客に声をかける奴隷商人は紫の髪に男なのに厚化粧をした変な人である。
「奴隷商だからこそ、売り物である奴隷を綺麗に保つのです!」
「商品はよく……か」
「そうでございます! お客様、身なりから貴族様とお見受けいたしますが本日はどのようなものをご所望で、さては本日のメインがお目当てで?」
「メイン?」
「はい、今どきの奴隷の中ではめずらしい他国の少女でございまする」
「そ、それって右目の下にほくろがある少女か!?」
「坊っちゃん、よくご存知ね。お客様方はそちらがご所望で?」
「はい。オークション形式ですよね」
フータが確信しているのだから間違いないだろう。
「はいぃ……。ですが本日、VIPの方がお出でなさっておりまして……」
奴隷商人は言いにくそうにマズい事を言う。
「大富豪だと?」
「はいぃ」
なんたって少女目当てで来るんだよ。ロリコンなのか?
「そいつ、まだここには来てないんだよな?」
「えぇ、まだよ。坊っちゃんそれがどうかしたの?」
「いや、別に……」
突如、フータはオレを引っ張って耳打ちする。
「オレがそいつを足止めするからどうにかしてくれ」
そしてすぐさまフータは外へ飛び出して行く。
「困りますねぇ、そう言うの」
奴隷商人は困っていない顔で言う。
「すいません」
「あの娘が訳ありなのは売ってきた輩を見ればわかりきっているわ。でもここはそう言う事が許される世界なの、今回はお情けをかけて見逃してあげるけど人様のビジネスを邪魔するのは本来大罪ものよ」
「ご寛大なその心に感謝申し上げます」
「そろそろ始まるわよ。せいぜい頑張るといいわね」
かくしてオークションは始まる。
「さて、今日もオークションの時間がやってまいりました!! 今日は最後に特上の奴隷が待ち構えていますよ~!! まずはこのイケメンから!!」
司会が仕切るこのオークションは順当に進んでいく。
(フータ、大丈夫かな……)
相手は大富豪だ。護衛が十人単位でいてもおかしくない。
そんなフータの活躍のお陰でVIP席はまだ空いている。
「さて、皆さまお待ちかね! 某国より来た麗しき美少女です!!」
緋色の髪にフータと同じ赤い瞳の泣きぼくろの少女が登場する。
「まずはこのくらいの額から始めましょうか」
そう言って片手で数字を作り、制限時間の砂時計をひっくり返す司会者。
ゆっくりと値が上がっていく。
オークションは初めてだがその前の様子を見て駆け引きの仕方は掴んだ。
後はタイミングとその時出す値段だ。
オレはプラカードに額を書いてそれを高く掲げる。
これが入札の仕方だ。
そこそこの差を付けたから勢いが止まる。
このままいけばいいのだがそうは問屋がおろさない。
「おっと、待望のVIPのご登場だー!」
「間に合ったようだな」
太った腹にタバコ臭がする如何にもな悪人面で思わず苦笑いしてしまいそうな大富豪が現れた。
「ほれ、これくらいでどうだ?」
それはオレが出した金額の1.5倍の価格である。相場にして2倍だ。
「おっと、早速とんでもない価格だー! これに追いつく入札者はいるのか!?」
これはマズいな……。
手元にある金は今の入札のプラス1割と言ったところだ。
ギリギリを狙っていけるか?
「ふん、手も足も出ないのか」
挑発してくる大富豪。
「さぁさぁさぁ残り時間も後わずか!」
(仕方ない、チートを使いますかね)
オレは身体強化魔法を目にかけて砂時計を見る。
一粒一粒落ちていくのを確認してラスト三粒で手持ちの金額で掲げる。
(今だ!)
――ピーッ!!
「おーっと! 同時に入札だー!!!」
(うわっ、気付かれてたのか?)
オレはそちらを見ると目が合う。
ギリギリに出す奴がいると思ってやったのかよ。
「シロン様の入札額が高かったため、シロン様の落札となりました!」
あ、勝った!
どうやらほんの少しだけオレの方が高かったようだ。
と言うのもオレの雀の涙ほどのポケットマネーも加えたからである。
九死に一生を得れたところでさっそく、取引するために部屋に通される。
「あらあら、勝ったのね」
さっきの奴隷商人が泣きぼくろの少女を連れて部屋にいた。
「おかげ様で」
「ま、どんな事情があってもお金はいただくわよ」
「どうぞ」
「確かに。奴隷契約はするのかしら?」
「いえ、しなくていいです。奴隷から開放手続きをお願いします」
「それだけど、手数料がいるのよね」
奴隷商人はニヤッとした顔で言う。
「え、いや、待ってください。今お金がなくて」
それは困る話だ。
「そうなるとVIPのお客様にお売りする事になるのだけど」
「……」
歯を噛みしめるしかない。これでは手詰まりだ。
「フフフ、冗談よ。少しからかってみただけよ」
「……質の悪い冗談です」
本当に質が悪い。
「あなたの目を見ると昔を思い出すわ。大切な人を守る騎士に憧れていた日々をね」
奴隷商人は昔を懐かしむような目を少女の奴隷痕を消す。
「救い方は人それぞれだと思いますよ」
「あら、素敵な事言ってくれるじゃない」
意味が伝わったようだ。
「さっさと行きなさい。商売を邪魔されるのは本当に困るんだから。外で傷だらけの子どもが倒れてたらお客様が逃げるわよ!」
奴隷商人はこの場を後にして執務室へと戻っていく。
「ありがとうございました」
オレも少女を連れて外に出る。
「おい、大丈夫か!!」
「うぅぅいててて」
フータはフードがあちらこちら破れていて頭から血を出している。歯もいくつか欠けている。
「参ったな……」
「お兄ちゃん……」
泣きぼくろの少女は心配そうな顔をしてオレの服を引っ張る。
「安心してくれ、大丈夫だ」
オレはフータを担いで路地裏に寝かせる。
そして傷口に塩ーーではなく手をかざす。
「我、生命の理に触れる者、生まれを知りて死を退ける力をこの手に、加速と順延、振り子よ揺れろ」
めずらしく呪文を唱えてオレは魔法を発動させる。
治癒魔法だ。
自分に治癒魔法をかけるのと、他人にかけるのとでは難易度が違うのだ。
自分の体は熟知できても他人の体を理解するのは簡単ではないからだ。
それを補うためにも呪文を唱える。
傷口が塞がったところでオレはフータを再び担ぐ。
「悪いが、欠けた歯は治せないぞ」
高度な治癒魔法はオレには出来ない。怪我の修復を早める事がオレの限度である。
「君も付いてくるんだ」
コクリと頷く少女を連れてオレはエルミーネ邸へ戻る。
エルミーネ邸の前まで来たところでコルハさんに止められる。
「申し訳ございませんが、誰も通すなと命じられております」
「そ、そんな……。あの、ジーグスさんに伝言頼めませんか? カナミがオスカルテのスラム階奥層にいる、と」
「その事に関して新緑の疾風様から伝言を預かっております。“拙はそれを信じるつもりはない。もしそこにいるとしても我々騎士団が手を出すものでない。それは憲兵団の領分だ”と仰っておりました」
国外で動くのが魔法騎士団であり、国内の事に対処するのは憲兵団である。
外国で攫われてもオスカルテに連れて行かれたのなら憲兵団の仕事となるようだ。
「これは私の言葉ですが、魔法騎士団は現在遠征中のため、姫様をお守りするには残っているお二方しかおりません。なので――」
「わかってます」
助力は無理だとわかっていた。
ここはオレも腹を括る必要があるよな……。
「すいません、オレとカナミの荷物から帰りの汽車のチケットをいただけませんか?」
「まさか、お一人で助けに向かうのですか!? 憲兵団の方々に連絡は差し上げましたので遅くても明後日には動くかと思いますが」
「それでも行きます。大変無礼だとは承知ですが姫様によろしくお伝えください」
「いえ、こちらこそゲストであるシロン様方に失礼の極みを申し上げております故……。少々お待ちくださいませ」
そう言ってコルハさんは走って取りに行く。
待つ事3分。
「お荷物と帰りのチケットでございます。カナミ様のお荷物は後日丁重にお送りさせていただきます。また、馬車の程をご用意させていただきました。なるべく速いのをと思いましてこちらで勝手に呼び申し付けました」
「ありがとうございます。それじゃあ行きます」
オレはコルハさんから荷物を受け取って出発する。
「ご武運をお祈り申し上げます」
深々とお辞儀するコルハさんは申し訳ない顔でいっぱいであった。
すぐそこに馬車があり、オレとフータ、泣きぼくろの少女の3人で乗って出発する。
3人は一言も会話を交わさず何も食べずに国際列車に乗る。
あのフータが何も言わずに荷物の中に入ったと言う事には少し驚いた。
指定された日時でないため、行きのような個室ではなくボックス席に座る。
席に座った瞬間、溜まっていた疲れがどっと流れてオレは睡魔に飲み込まれる。
底のない深い深い暗闇に溶け落ちていく。
3章は曜日にまつわるサブタイトルでした。
次章でカナミの命運が決まります。
詰まるところ第3章は継章です。伏線を置きまくった章です。
それがこのザマ……。すごく長い話になりました。
次章予告ですが、回想の章です。
1人目はあの娘との過去です。いや、それ以外考えられない。
あっさり書けたらいいなぁ……。
それなのに……!
テストからのバイトからのテストからの(ry)のせいで書く時間ががががorz
これは夏休みに入ってからの更新となりそうですね……。
8月――お盆辺りに再開しますので気長にお待ちいただけると至福です。
ここまでお読みいただき誠に感謝申し上げます。
引き続き、『魔法学校の表事情と裏事情』をよろしくお願いします。




