2限目 ロイヤルデラックスケーキを2つ
今日も今日とて目を覚ますところから始まる。上から降ってくる教科書を避けながらではあるが。
「M2Bについてどのくらい説明できるかね」
と魔法発生学の講師は居眠りしていたオレに尋ねる。
魔法発生学とはその名の通り魔法の発生を学ぶ講義だ。魔法の発生に重要なのは術式の発想と魔力運用、そして何よりも魔力の生成だ。
「M2Bとは魔力を生み出す細菌のことで特定遺伝子を持ったヒトに先天的に寄生します。主に筋細胞に寄生し筋細胞を破壊して魔力を生み出します」
ここまでは3年生でやることだ。
「ではその寄生率については?」
「貴族の魔法適格者は約67%、平民は8%程度と推測されています。貴族には適格者が多いためその子どもも適格者の可能性が高い反面、平民の適格率は低いためその子どもが適格者である確率は低いためです」
「そうだな、その特定遺伝子…あぁM2遺伝子は劣勢遺伝子だ。覚えておきなさい」
「……はい」
どうやら及第点のようだ。
セルシア王立魔法学校は9年制の学校だ。12歳より入学して卒業は21歳だ。
その中のここは5-Aである。5年生にはSクラスがあるから上から2番目のクラスだ。
具体的にどれくらい魔法を使えるかと訊かれれば物を浮かす魔法から雷撃、その魔法を弾く程度には出来る。その内、回復防御壁はみんな出来るようになるだろう。そのくらいの実力者の集まりだ。
「今日はここまでだ。各自M2Bについて復習するように」
どうやら授業も終盤だったようだ。久々に授業終了の言葉を聞いた気がした。
ちなみにM2Bは筋細胞を破壊するため魔法を扱う人は概して運動不足だ。だからこの前のカツアゲ3人衆は動きが遅く背後に回れたのだ。
例外としては憲兵団や魔法騎士団ぐらいだ。彼らは日頃から人一倍どころでないレベルで肉体の鍛錬をしている。
「シロンくん、ケーキ食べよっ!」
突如声をかけてきたのはやはりカナミである。
「……昼だよな?」
少なくともこのオスカルテでは昼食がケーキだと言う文化はない。ケーキはデザートだ。
「ケーキは十分にご飯になるよ」
「返す気にもならん」
かくして連れて行かれたのは学内カフェであった。
「解呪の様子はどう?」
カナミは珍しくこのネタに触れてきた。
「相変わらずだな」
本日はスパゲッティと言うもの。他国で発祥した料理らしい。尤もこの国にこの国らしい食べ物と言ったら小麦粉で作った団子をトマトソースで煮込んだやつぐらいしかないけど。
「最近、シロンくん授業中に寝てる時間増えてるから夜あまり寝てないのかなぁって思って」
「まぁな」
寝ても寝た気になれないからあまり意味ないけど。でも事実あまり寝てない。解呪の魔法の研究である。
「もう4年経つんだねぇ」
4年前、1年生の頃の話である。回想するまでもない、事故で魔法を発動させてしまったのが原因だ。
永久回避魔法――回避魔法が止まらない状態だ。その分魔力の消費は止まらないから呪いである。
オレはこの呪いを解呪すべくその方法を日夜研究している。回避魔法が続く限りオレは常に警戒し続けてしまうため熟睡出来ない。結果寝不足へつながるのだ。
そもそも永久魔法は現在発見されていない魔法なのだ。だから誰かに言っても信じてもらえない。回避魔法は見てわかるような魔法じゃないから証明は出来ないのだ。事情を知っているのは父親とカナミ、それととある魔法研究者だ。
「何をどうしても先に進まないけどな」
詰むこと早2年。最初の2年で解呪について基本を学んだ。この学校では解呪は今年の5年生に習った。第三型式に解呪は必要だからだ。魔法の基本を知らなかったオレは2年間でやっと学べたのだった。
だが3年生以降だ。何一つとして進まなかった。
解呪はそれ以降も学んでいる。必要な部分がわからない以上全体を掘り下げていくしかない。だがこの呪いは今現在、持っている知識を総動員しても解決の糸口は見つからない。
これがここ最近2年間の結果だ。絶望もいいところである。
「ガンバレ! わたしもフーキーンガンバル」
「おまえはケーキのためだろ」
「うん」
嘘も躊躇いもなく言うあたりカナミらしいものだった。
午後の授業をどうしたかと訊かれればそれはもちろん寝過ごしたと言おう。
呪いのせいで起き続けることはまず無理だ。例えば二徹したような感じで座学を受けるようなものだ。尤も、オレは4年間ぐっすり寝たことがないから想像だけで言ってるんだが。
今日も今日とてカナミをどこかに連れて行くのかと思えばそのカナミはいなかった。起こされなかったのだから当然と言えば当然だろう。
今日最後の授業が終わってから1時間弱が経っている。教室にはオレ以外に誰もいなかった。
「薄情だよな」
そう言って誰も起こそうとしなかったクラスメート達に文句をつぶやきつつ身体を起こす。
「たまには1人でもいいかな」
独り言を聞かれたら嫌だなとか思いながらついつい口にしてしまう。
やらなければならないことがないならオレには2つやることがある。
1つ目に、解呪の研究だ。1日でも早くこの睡魔から開放されたい。
2つ目は運動だ。今日の授業でやったM2Bの話にあった通り、魔法適格者は魔法を使えば使うほど筋力が衰える。これを維持するにはそれなりの筋トレが必要だ。さらに呪いのせいで魔力を消費し続けるオレは極力実技で魔法の出力を抑えることに加えて運動しなければ間違いなくお爺さんのようになってしまう。
そもそも回避魔法は肉体強化をする魔法じゃない、危険を感知出来るだけの魔法だ。避けるのは自己の運動能力次第、鍛えなければ意味がないのだ。だから日頃から運動している。今のところ筋力の衰えと増強が平衡しているから運動能力は1年前と比べても大して変わっていない。
「走ろうかな」
寮に一旦戻ってジャージに着替えたところで校門でリボンを付けて平民階へと走りだす。貴族階で走ろうものなら家の評判を悪くするかもしれない。小さな不祥事が大きな問題になることだっておかしくないのが貴族なのだ。
走ること約20分、住宅街の角を右に曲がる前に回避魔法が反応する。
(人と角でぶつかりそうだな)
そこまで感知出来るから魔法なのだ。
(大回りして避ければいいか)
そう思って少し左に寄って曲がろうとした時――同じく向こうから見て右に寄って左に曲がろうとしている若草色のフードを被った人が走ってきた。
「危なっ」
咄嗟に再度右にステップして避けようと思ったら――
「きゃっ!」
直角の曲がり角の真ん中に鏡を設けた感じの動きだった。両者が避けようとして動いたら両者とも同じ動きをしてしまった。
「いてぇ」
両者とも走ってぶつかったのだから痛くない訳がない。と言うか久々に怪我したな。回避魔法のおかげでそう言うことは殆どなかったし。
「大丈夫?」
言ったのはオレではなくぶつかったオレと同じくらいの年齢の若草色のフードを被った女の子。……頑丈なんだな。
「あ、はい大丈夫です。そちらこそ大丈夫でしたか? ボクの不注意ですいません」
「大丈夫じゃないわよ! 曲がり角に注意もせずブレーキもかけないで曲がってきたんだから!」
……ご立腹なようだ。
「すいません」
と言うかあっちも同じくノーブレーキで曲がってきたんだけどな。
「どうしてくれるのよ!!」
なんか怒りのボルテージが上がってる気がする。どうしようか。リボンを付けてるから治癒魔法も使えない。
「ケーキ」
言ったのはオレでも女の子でもなくオレの想起によるカナミの言葉。以前怒らした時にケーキで手を打つとか言ってたな。
「あの、お詫びと言ってはなんですが、ケーキなんかどうでしょうか?」
明らかナンパだ。しまった……。
「はぁ? ケーキで許してくれるとでも?」
どうやらそのように受け取らなかったようだ。
ちなみにこの若草色のフードを被った女の子は貴族だ。貴族と平民の風格はどこまでも違うから服装が平民っぽくてもわかる。リボンをしてないあたり魔法適格者じゃないのだろう。
「おいしいんですよ。最近リニューアルしたばかりで綺麗なお店なんですよ」
「……わ、わかったわ。それでいいわ」
案外釣れていたらしい。
さて、2度目のケーキ屋である。それも今回はどこの貴族かわからない人とである。カナミだったら適当に量のあるものでいいんだけどこの人には何を勧めたらいいんだろう。
「何がおいしいのかしら?」
それきた。
「ショートケーキなんてどうでしょう」
「わかったわ」
手を挙げて店員を呼ぶ。
「チョコクリームケーキとショ――
「1番高いケーキ…ロイヤルデラックスケーキを2つ」
「え!?」
ショートケーキで納得しなかったの!?
ろ、ロイヤルデラックスケーキ? なんだその取り敢えずゴージャスな雰囲気を付けたケーキは。値段を見てみるとショートケーキの17倍はいっている。ホールではない、ピースケーキである。それも2つ……。
「畏まりました」
そう言って戻ってしまった店員。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「何かしら」
どうやら拒否権なんてものはない。オレが一方的に悪い訳じゃないのにどうしてこうなるんだ。
「あの、お名前伺ってもよろしいですか?」
「サグマセリュウよ」
「……」
この国の貴族階級では普通、一家の主でない限りセカンドネームを使わない。何故なら貴族のセカンドネームには階級と方位を示すからだ。
サグマセリュウの場合サグマの3位、セリュウの東を表してることから3位東の貴族となる。1位と2位は王族のみだから3位は王族以外の中で最高位の貴族だ。
そんなところのお嬢様がどうして平民階にいるのか甚だ不思議でならない。
「シロン・メイトナスです」
メイトは8位、ナスは南西だ。
セルシアでは平民もいるため全員ファーストネームで身分違いをなくしている。身分で優劣を付ける可能性もあるからだ。
「あの、名前の方を伺ってもいいですか?」
「あなたに私のファーストネームを教える義理なんてないわ」
「お待たせ致しました」
運ばれたのはチョコクリームケーキとRDケーキ2つの計3つ。チョコクリームケーキはごくごく普通のケーキだ。ショートケーキの生クリームがチョコクリームになってイチゴがチョコになったやつだ。それに対して――
「すごいですね……」
何がすごいかって光っているのだ。
「それではいただこうかしら」
と言って彼女は一口食べた。
「まぁまぁね」
オレはその一瞬だけ見せた笑みを見逃さなかった。カナミのときと同じであった。つまりはおいしかったのだろう。こちらのケーキもおいしい。
「ごちそうさま」
そうして若草色のお嬢様への詫びとオレの財布が終わった。貴族と言えど所詮は寮暮らしの学生だ。お小遣いなんてたかが知れてる。
「さて、走るか」
そうして再び走り始めるのであった。