6限目 桃色の髪を隠して
視点:ハナ
「あちゃー、ちょっと遅かったかぁ」
あたしは意識を失った弟を抱えながら言う。
「あら、まだ学校に人がいたの」
エリッセ先生は驚くようなフリをして言う。
「はい、たまたま昨日あたしの弟みたいなのが、あなたとハーラ先生に運び出されているところを見かけましたので心配になったものですから」
「シロン君なら心配ないわよ」
「そりゃ大丈夫ですよ。この子がそう簡単にやられちゃうような脆弱野郎に育てた覚えはないので。ただ――」
あたしは大切な弟を安全なところへ引きずる。
「何かしら?」
「ただ……弟を傷つけるような人に容赦する気はありません」
あたしはエリッセ先生を睨む。
「微笑ましいお姉さんね」
対するエリッセ先生は笑っている。正直腹が立つ。
「それで私にどうするつもりなのかしら?」
余裕ぶったその表情はなんなのだろうか。やっぱり腹立つ。
「あなたを倒します」
腹立つから一発殴らせろ。
「教師相手に勝てると思ってるの?」
「こちとら鍛えてるもんですから」
あたしはファイティングポーズを取る。それと同時に身体強化魔法と回避魔法を施す。
「……仕方ないわね」
エリッセ先生は直立不動のまま雷撃を撃つ。
(追尾式の雷撃だ。避けれない!)
あたしは手に魔力を込めて雷撃を払い落とす。
そのまま間合いを詰める。
「あなたの魔戦は私が採点してたのよ」
そう言ってエリッセ先生は防御壁を作ってあたしの行く手を阻む。
「砕けろっ!!」
あたしは手に雷撃を帯びさせて防御壁を殴る。
衝撃音と雷撃が飛び散る。
もう片方の手にも同じく雷撃を帯びさせてもう一発。
今度はガラスの砕ける音が響く。
「あら、思ったより強いのね。魔戦では手を抜いていたのかしら」
エリッセ先生は避ける。所詮防御壁を突き破った後のそのままの攻撃だ。単調にして遅い殴りで当たる筈がない。
あたしは魔法を解除して棒を握るような感じで手を差し出す。途端、雨水は槍の形を形成して出来上がる。
水槍と言う魔法だ。
「魔法騎士でも目指しているの?」
「昔、目指してました。これはその名残です」
こんな魔法は魔法騎士団に入ってから習うものだ。あたしは当時、少しでも上達するためにこんな魔法に手を出していたのだ。
あたしはエリッセ先生に目掛けて槍で突く。
対するエリッセ先生は炎弾と雷撃を併用して迎撃する。
「時間稼ぎですか?」
どう考えたってエリッセ先生は本気を出していない。
「わかっちゃうかしら」
「そんなんなら勝ちにいきます」
あたしは水槍に雷撃を付加させて薙に入る。
エリッセ先生は氷の防御壁を張る。
「!!」
氷結防御壁――液体を凍らせる防御壁で水槍の攻撃を防ぐには1番適している。
あたしの水槍は凍りついて使い物にならなくなる。
「それならこれはどうですか?」
あたしは地面を蹴って泥を巻き上げる。巻き上げた泥に炎弾を付加させ、射出。
溶岩弾の乱れ撃ち型だ。
「へぇ」
エリッセ先生は感心して氷結防御壁で対応する。
雨だと言うのに砂埃が舞う。
「第三型式魔法を使わせないあたり、ちゃんと考えているのね」
エリッセ先生に与えられたダメージは手の火傷だけであった。
「まぁ火力負けしちゃいますから」
実物に付加させる魔法は第三型式で利用される事はあまりない。魔法を吸収しても物体は吸収されず攻撃が通る。
「でも、いくら私が治癒魔法専攻だからって勝てると思う?」
エリッセ先生は手にもう片方の手を当てると、火傷はすぐに治る。
これでは魔力が先に尽きた方が負けと言う持久戦にしかならない。
(どうにかして近接戦闘に持ち込めないかな)
あたしの十八番は投技だ。近付かないと意味がない。
対してエリッセ先生は防御壁で距離を取ろうとする。魔戦であたしの戦い方を見たのなら当然の事なんだろうな。
(面倒だ! 力技で防御壁を破る!!)
面倒臭い事を考えるのはしろろんの役目だ。あたしは物理専門である。
脚に身体強化魔法を全力でかけ、右手にありったけの魔力を込める。
あたしは地面を蹴り滑るような感じで間合いを詰める。活歩と言う東国の武術の1つだ。それに強化しているから間合い詰めは一瞬だ。
「!?」
反応しきれないエリッセ先生は防御壁を張るのが精一杯なようだ。
「いっけぇぇ!!!!」
あたしは掌底打ちで防御壁に触れた途端最大火力の炎弾を放つ。
防御壁を砕き、すぐさま左手でエリッセ先生の襟を掴む。
こうなればあたしの勝ちだ。
背負うようにして跳び上がり回転をかける。そのまま地面に落ちる。空中で2回転クォーター、990度前回転して落とす感じだ。
「ふぅ」
あたしは腕で額を拭う。拭ってもこの雨じゃ意味はないんだけど。
「よくあの状態で防御かけられましたね」
エリッセ先生は目を回しているが意識はある。咄嗟に体に衝撃緩和魔法をかけたのだ。回転をかけて目を回させて正解だった。
「教師を……バカにしないで……もらいたいわ」
「生徒を拘束して気絶させるような人が教師だなんてよく言えますね」
あたしは治癒魔法を使われないようにエリッセ先生に拘束魔法を施す。
「そうね」
「そろそろ目的を話してください」
「もう遅いわよ。時間稼ぎ成功ね」
しろろんはこの人の目的を阻止するために動いていたんだと思う。
(あたしが間に合っていればどうかなったかな)
でもはっきり言ってしろろんはまだ弱い。あたしが鍛えてやってもまだまだだ。
「まだ間に合う!」
まだ何も起きていない。だから間に合う。
そう信じてあたしは校舎の中に走る。
(やっぱし体が重いなぁ)
さっきの戦いで魔力の消費が激しかったようだ。
日頃から鍛えてるから多少魔力を使ったところで一旦枯渇してもしばらくすれば復活する。まぁ筋力が落ちて近接戦闘に支障は出るけど。
あたしは教室とかにはいないだろうなと勝手に思い屋上を目指す。
こう言う時、1番高いところにいるものだからだ。まぁ根拠はなくはないけど思い返すのも面倒臭い。理屈抜きなのがあたしなのだ!
屋上の扉を開けるとやはり人影がある。
「スモン先生……」
白い髭を見てすぐさまわかる。
「おや、ハナじゃないか」
「お久しぶりですね。まさかこんな風に会うとは思いませんでしたが」
スモン先生はしろろん以外にもあたしにも第一型式魔法を教えてくれた。
「どうしてスモン先生が召喚術を使っているんですか?」
屋上の床を見ると大きな魔法陣が描いてあった。それもかなり細かく精密に。
殆どの魔法は無詠唱で使えるが、ある程度大きな魔法になると詠唱や魔法陣・魔装があると成功率や精度が上がる。あくまで補助するためのものだが魔法発動の難易度を下げる事が出来る。
今回はその魔法陣が大きく細かい。描くのに3日か4日はかけたんだろうか。魔戦で人があまりいないから出来た所業だ。
「これを見て召喚術だとわかるのかい?」
「教わりましたので」
「勤勉だな」
これだけ大きいとなるととてつもなく大きなものが召喚される。しろろんはこれを止めようとしていたんだろうか。
「今すぐそれをやめてください」
「大切な人の頼みでね、それは無理だ」
「力ずくでも?」
訊いても無駄だと思うような質問をする。
「様子はここで見ていたさ」
治癒魔法の先生だからギリギリで勝てたのだ。第一型式専門の先生に素のままで挑めばコンディションが最高でも負ける。
「ここで見ていなさい。その後相手をしよう」
スモン先生はあたしに魔導光線を向けてあたしの動きを封じる。拳銃を突きつけられてるような感じだ。
スモン先生は再び下を見て魔力を込めて魔法陣を起動させる。
「我、契約を結びし者。汝の理は我の拝。汝の血肉は我の生命。時の狭間に導かれし者よ、時空の彼方より7つの導を灯す。ここに我を喰らいて顕現せよ!」
魔法陣は光り、空に転写される。
そしてそれは現れる。
「怪物王……」
その巨大な怪物はどこに地に足の着いてるかわからないほどである。見えるのは肩から上だ。
「言っとくが召喚主を殺しても無駄だぞ、魔力はもう送っていない。」
スモン先生は全魔力を顕現させるために使い切ったようだ。魔導光線が消えたのがその証拠だ。魔力を送られていないくてもしばらくは召喚体は動くから問題ないのだろう。
「さぁ怪物王よ、セルシアを破壊せよ」
「正気ですか?」
「それが彼女の望みだ」
「……狂ってますよ」
あれだけ良くしてくれた恩師だと言うのに、こんな事をするのはショックで仕方ない。
もうスモン先生を戦闘不能にさせたって意味はない。
「狂おしいほど人を愛せばこそだ!」
「それは……エリッセ先生の事ですか?」
「事が終われば結ばれる」
おじいさんとお姉さんと言う不釣合いなものだ。
あたしが絶望で膝をついた瞬間である。
強烈な爆風とも言える暴風が吹き付ける。
怪物王が何かを破壊した衝撃かと顔を上げると、そこには翠色の暴風が怪物王の動きを止めていた。
「嘘…でしょ……?」
「バカな! 怪物王の姿はハッタリではないんだぞ。分相応の力を持った大魔獣だ。誰にも止められない筈だ」
スモン先生も驚いている。
「何をしている怪物王、早く破壊するのだ」
「~~~~っ!!!!」
地響きのような怪物王の叫びは悲鳴とも思える。
翠の風は分散し、怪物王の顔にぶつかる。
「~~~~~~~~っ!!!!!!」
今度こそ悲鳴だ。
風に殴られた怪物王はその翠の風を殴ろうとするが受け止められてしまう。
そして突如発光した光に撃ち抜かれて怪物王は消滅する。
「なんなの……」
怪物王の召喚もであるがその怪物王を倒した魔法も規格外の魔法である。
超次元の戦い。あたしには届かない世界での戦い――いや、蹂躙であった。
「おまえが召喚主か?」
突然現れた明るい緑色のフードを被った人が訊いた。
「あ、あたしではないです」
「じゃあおまえか」
フードの人はスモン先生を見て言う。
スモン先生と言えば目の焦点が合っていないようだ。
「意識が戻るまで待つしかないな」
そう言ってスモン先生にリボンを付ける。
「あ、あの……魔法騎士団の方ですか?」
リボンと言ったら憲兵団だがこの人はなんか違う。
「そうだが?」
フードから覗ける目は鋭い。
「どうしてここにいるんですか?」
「魔戦でSクラスの8,9年生の審判をやるよう指令があったが、ついでに校長への挨拶をしようと思ってな。ここに寄ったら怪物がいたから倒したまでだ」
この人はたまたま怪物王がいたから倒したらしい。なんの準備もなく倒したのだ。
「校長先生は今日はいませんよ。てかいつもいません」
セルシアの校長先生は忙しいらしく、いつもどこかへ出ている。
「そうか、無駄足だったな」
「あの……服装からしてあなた、もしかして“新緑の疾風”さんですか?」
「……本名ではないぞ」
「二つ名だってわかってますよ。思ってた人とは違ってたから気付けませんでした」
「悪かったな」
新緑の疾風――魔法騎士団ではある程度の実力を持つと二つ名が習慣的に付けられる。
ブライトさんはその魔法騎士団の最近エースとなった人だ。
その素性は公開されていないため戦果ぐらいしか知らない。単騎で敵軍に突っ込み殲滅したなどは最近有名な伝説だ。
「その桃色の髪を隠しているのは訳があるんですか?」
「知っていて訊くのは失礼だと思うが」
そう、あたしはこの人を個人的に知っている。しろろんやかなみんに出会うより前の話だ。まさかエースを務めているとは思わなかったけど。
「ブライトさんが魔法騎士団に入ったと知ってからあたしはその夢を諦めましたよ」
「なんだ、そのブライトと言うのは……」
「あなたの事です」
あたしは平然を装って答えているが、この人がどんな人かを知っているからこそ変な名前のように感じてしまいおかしくて仕方がない気持ちだ。
「おまえの夢の事は知らない」
「そうですね」
「ただ……夢を奪ったのなら詫びよう」
「そんなつもりじゃないわ。イジワルよ」
ついつい本音が。
「つまらないな。そこの男は魔法騎士団の詰め所にでも渡してくれ。事は念話で伝えておこう」
「あたしにさせるんですか!?」
なんでそんな面倒な事を……。
「そろそろ行かないと魔戦に間に合わないからな。もう会う事はないだろう」
そう言ってブライトさんは消えた。瞬間移動だ。
天気は回復して青空が広がる。
どうやらあたしにはまだ仕事があるらしい。




