表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
King of Light  作者: 蒼井七海
第四章 受け継がれしもの
82/89

第四話 継承の儀――1

『聖墓所』が光に包まれたと思ったら、光貴みつきが姿を消していた。短くまとめればその一言で済むのだが、言葉の単純さとは裏腹に、人々の心は混乱していた。兄の不在を確かめた晴香はるかは、目を白黒させる。跳ねるようにして再び祭壇にのぼったものの、彼の足跡ひとつ残されてはいなかった。――ほんのかすか、魔力の残りかすが感じ取れるだけだ。

「何、これ。なにが、どうなって」

 晴香は、その場に膝をつく。無意識のうちににぎった拳が、震えた。混沌が、黒い霧のような不安と恐怖へ、形を変える。

 また、いなくなってしまった。せっかく、二年半越しに出会えたのに。また、手が届かなかった。

 ひたすらに震える晴香へ声をかけてくるものはなかった。ラッセルやノエルも、状況を把握しようとあたりを確かめてはいるが、時折、少女を気遣わしげに見ている。だが、当人はそれに気がついていなかった。何を考えていたわけでもなく、ただ、立つために立ち上がる。

 甲高い足音が『聖墓所』へ駆けこんできたのは、そんなときだった。

「遅かった……!」

 うめき声とも小さな悲鳴ともつかない声が、洞穴に響いた。晴香は息をのんで、振り返る。驚いていたのはラッセルやノエルも同じだった。呆然とする彼らは、同じ一点――『聖墓所』の入口に立つ、北原きたはら美雪みゆきを見つめていた。逆光のせいで顔はうかがえないが、激しく上下している肩や、荒い息遣いから、そうとう急いでここへ来たのだろうということが、うかがえる。

「み、美雪様?」

「光貴はどこ行った!?」

 ノエルの呼びかけをかき消す勢いで、美雪が尋ねた。三人は当惑した顔を見合わせる。結局、間近にいた晴香が、口を開いた。

「え、えっと、いきなりいなくなっちゃったんだ。……そこの石碑を見てたら、いきなりあたりが白く光って……それで」

 晴香がおたおたして答えると、ゆっくり踏み込んできた美雪は、右手で顔を覆った。「ああ、やっぱり」と彼女が嘆いたものだから、三人とも身を乗り出した。

「な、何か知ってるの!?」

「ああ、うん。まあね。本当は、ラッセル坊ちゃんには話しちゃいけないことだけど、しかたない」

 美雪はそう言うと、闇の中でもわかるほど鋭い目で、石碑をにらみつけた。

「――『継承の儀』が始まるのよ。光貴は、そのための空間に飛ばされた」

 母の声も、言葉も、ひどくぼやけて非現実的だ。晴香は、そう思った。ノエルとラッセルは、ぼんやりしている晴香をよそに、口をあんぐり開けている。

「え、継承の儀って、こんな始まり方をするものなのか」

「しないよ、本当ならね。でも、継承の儀を始めるための条件は、準備の整った次の『神聖王』が、導きに従ってその石碑に触れることだと、ジェラルドが言ってた」

 それを聴き、ノエルがうなだれた。『聖墓所』に行こうと言ったのは彼なので、責任を感じているのだろう。美雪は彼を見て、肩をすくめる。

「継承前の『神聖王』は王都から出ないのが普通だから、知らなくてもしかたがないわ。けど……これはちょっとまずい」

「まずいって、やっぱりその、正式な手順を踏まずに来ちゃったこと?」

 腕を組む母に、晴香がおそるおそる問いかけた。美雪は軽く、首を振る。

「半分あたり、半分外れかな。

継承の儀っていうのは確かに、いろいろ手続きをしたあと、国王や神官、時には他の守護天使の同席のもとで行われるものなの。けど、それはまあ形式だから、最悪王も神官もいない状態でやっても大丈夫。ジェラルドがちょうど、そうだったみたいだし。それよりも、もっとずっと問題なのが――光貴が、儀式にのぞむ心構えができる前に飛ばされてしまったことよ」

 美雪の言葉に、空気がはりつめる。その先は、晴香でも、聞かなくても想像がついた。けれど先代の妻は、無情にも先を言葉にした。

「私も詳しくは知らないんだけど、継承の儀って、危ないらしいの。心構えができていない者が儀式にのぞむと、失敗する確率が高いって。――最悪の場合、死んで戻れなくなるらしいわ」



     ※



 光貴はゆるりと、重い瞼をこじ開けた。とたん、白い光が四方八方からさしこんでくる。きつく目を閉じ、まばたきを繰り返す。朝の寝起きに似た倦怠感けんたいかんを引きずりながら起きあがった彼は――そのまま、凍りついた。

 目の前が、ただひたすらにまっしろだった。終わりなど見えない。後ろを見ても、白しかない。手をかざしてみても、自分の肌色がいつもより薄く見えるだけだ。そろり、と足を動かしてみたとき、足もとまでもがどこまでも白いことに気がついて、さすがにぎょっとした。

「う、うわあああ!? なんだこれ、なんだこれ!」

 叫んで飛びすさってみたものの、何も起きない。彼はぶざまによろめいてから、膝に手をついた。

 足の下に『地面』はない。だが、不思議と底なし沼へ落ちてゆくようなことはなく、靴底からは王城の廊下を思い起こさせるかたさが伝わってきた。何がなんなのか、まったくわからない。ここはどこなのか。そもそも、晴香やラッセルやノエルはどこに行ったのか。

「いや……あいつらがどっかに行ったというよりも、俺がどっかに飛ばされたのかな?」

 首をかしげる。思ったことを言葉にして、はじめて目ざめる前のことを思い出した。『聖墓所』の中で妙な音を聞き、石碑に触れていたらいきなり目の前がまっしろになったのだ。そして気づけば、あのときの光とまったく同じ、果てのない純白の中にいる。

「なんなんだろう、これ。俺、出られるのかな?」

 形を持たない不安は確かにそこにある。光貴は胸がうずくのを感じて、顔をしかめた。

 目を閉じる。音のない逡巡のあと、大きく息を吸うと、はずみをつけて体を起こした。

 不安は不安だ。けれど、いつまでも立ち止まっていては、何も始まらない。ひとまず出口を探そう、と、光貴は歩き出した。

――あたりは本当に、ひたすらに白かった。小石のひとつも落ちていない。そもそもここは、本当に存在する場所で、自分は本当に、今までいた世界の中にいるのだろうか。首をひねる。靴を高らかに鳴らし、独り言をぽつぽつと道にこぼしながら、なんとか少年は歩き続けていた。

 気が狂いそうな無の時間は、唐突に終わりを告げる。光貴は、ふと目をすがめた。遠くに、何か丸い物が浮いてるように見える。水の泡にも似たそれは、この場にあってなお、「現実離れしている」ような感覚を抱かせる。それでも、光貴にとっては間違いなく、希望だ。彼はぱあっと顔を輝かせ、浮かんでいる球体に近寄る。

 光貴の顔くらいもある玉は、やはり水泡によく似ていた。丸のなかで、虹色が揺らぎながら泳いでいる。ふつうの水泡と違うのは、わずかに青みがかかっていることだろうか。光貴は、しばらく黙ってそれを凝視していたが、やがて腕を持ちあげた。

「とりあえず、今のところ、手がかりはこれしかない……よな?」

 噛みしめるように。確かめるように呟いて、指先を球体の表面にすべらせる。

 耳の奥で、音が弾けた。


『――ずいぶんと、手間のかかるつくりにしたものだな』

『“神聖王”などと、呼ばれるようになるくらいには、我らは強い力を持っているということだ。力を持つ者には責任が生じ、覚悟を求められる。違うか?』


「――え?」

 光貴は、目をみはった。あたりを見回してみるが、もちろん彼以外に人などいない。先程の音の残響すら、彼の中にはなかった。

 今のはなんだと、深く考えそうになる。けれど、ひどく非現実的な現実は、そのひまさえ与えてくれなかった。

 異変は、終わっていなかったのである。

 目の前にふよふよと浮かんでいる球体が、突然、小刻みに震えはじめる。光貴の手が触れている部分から、ぐわんぐわんと揺らいで、波紋が全体に広がると、ぱんっ、と弾けた。

「うわっ!?」

 光貴はとっさに、両手で顔を覆う。その間にも、球体だった飛沫はそこかしこに飛び散った。

 激しい水音のあと、また、もとのように何も聞こえなくなる。もういいかな、と覆いを外した光貴は、そのまま言葉を失って立ち尽くすはめになった。

 飛び散った球体の欠片が、いつのまにか無数の小さな球体となっている。それらはふよふよと宙に浮いて、道をつくるかのように、一列に並んでいた。

「い、意味がわからない……」

 光貴は愕然として呟く。しかし呟いたところで何が変わるわけもなく、列をなす球体は浮きっぱなしで動かない。見ているだけで頭の痛くなってくるような、奇妙なことこの上ない光景だ。どうしよう、と悩んだ光貴は、球体の列に沿って、歩いてみることにする。一歩、二歩、三歩。そのままに進みつづけて、小さな球体の隣まで来たとき、彼はすばやく頭を押さえた。

 きん、と、頭の中で鳴り響く。なぜか、ひどく懐かしい音。それはまた、拍子を刻みはじめた。『聖墓所』のなかで、石碑を前にしたあのときのように。

 音に合わせて指が伸びる。小さな球体に向かって、手をのばす。これはだめだ、危ない、と思った。けれども、得体の知れない衝動は、恐怖をまとった理性に負けた。指の腹が玉に触れる。表面はなぜだか、硝子のようにかたくてなめらかだ。その不思議を考える前に、より高い音が、頭の中で鳴り響く。

 光貴がきつく目を閉じたとき、またしても、声がした。

『なんで私なのかしら。魔法なんて、いらないのに』

 ふてくされたような若い女性の声は、驚くほどすんなりと、光貴の中に入ってくる。声が消えたあと、光貴はそっと目を開けた。広がるのは、ただ白い空間。目の前の球体はいつの間にかなくなっていたが、列をなす球じたいは、まだ無数に存在しているように思えた。そして、耳の奥では、また、きん、きん、と鉄を打つような高音が鳴っている。光貴はうんざりしてかぶりを振った。

「ひょっとしてこれ、全部触らないといけないのか……?」

 何がなんだかわからない。それは今でも変わらないが、何かとても大きなことが起きていて、自分がそれに巻きこまれているのだとは理解できる。光貴は深くため息をつくと、数歩を刻んで、すぐ横の小さな球に、また手をのばした。

 光貴の予想したとおり、球体を触るたびに謎の声がして、その声がやむと、球体は音もなく消えうせた。そして、また、次の球体に触れるのだ。そんなことを、えんえんと続けている。時計がないどころか、まわりの風景さえまったく変わらないので、どのくらいの時間そうしていたかわからない。

 気が狂いそうな作業の中、狂わないために分析することを覚えた。光貴は、またひとつの声が消え、痛む頭を押さえる。響いてくる声の中には、いくつかに共通している言葉があった。『魔法』『継承』『力』――そして、『神聖王』『神聖姫しんせいき』に、『天使』。

 光貴ははたと、歩みを止める。

「これ、ひょっとして……昔の、守護天使たちの、声?」

――それも、『神聖』の名を持つ守護天使たちの、だ。気づいた光貴は、立ちすくむ。忘れていた寒気が、足もとから脳天へはいあがってきた気がした。

 彼がもともといたのは、『聖墓所』、つまりは『神聖王』たちの墓である。死した彼らの思念に触れられたとしても何もおかしくはない、のかもしれない。それにしたって奇妙すぎるだろうと、光貴は心の中で悪態をついた。

 しかし、文句を言っていてもどうしようもない。気分の悪さを噛み殺して作業を続けた。ふと我に返ると、彼は最後のひとつの球体の前に立っていた。薄い青をまとわせる球を前に、光貴はごくりと唾をのむ。

 迷いで体が凍りつく。のばした指はどうしようもなく震える。

 この歩みを終えた先に、何があるのか。自分がどこへ行って、どうなるのか。何もわからない。怖い。戻りたい。

 それでも。

「戻りたいなら、やるしかないだろ……!」

 あえて、押し殺した声で自分を叱咤して。光貴は青い球体に、手を触れた。確かめるように、掌をくっつける。その瞬間、今までにない音が頭の中を支配した。硝子を針でひっかいたような高音に、何もわからなくなりそうになる。

 喉の奥から音が漏れたとき、おぼえがないのに懐かしい声が、そっとささやいた。

『やりたくない。行きたくない。ふつうに暮らしたかったよ。けど――俺しかできないんなら、俺がやるだけだ』

 その言葉の意味を、考えそうになって。けれど、その前に、足の下の感覚が、なくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ