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King of Light  作者: 蒼井七海
第四章 受け継がれしもの
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第三話 過去と今を繋ぐ――3

「いろいろありましたが……当初の目的である『聖墓所』に行きませんか?」

 光貴たちが、ノエルからそのように誘われたのは、翌朝のことだった。喜んで誘いに乗ったピエトロ出身の三人は、ミーナとリリス、そしてメリエルには出かけてくるとだけ言い残して宿を出た。早朝の喧騒にまぎれるようにして町を抜け、北に向かって歩いてゆく。


「『聖墓所』ってどんなところかなー。ものすごく神秘的な場所、って勝手に想像してるけど」

 静かな道を歩きながら晴香が呟く。その声は明るいが、表情には少し翳りが見えた。理由に思い当たった光貴はしかし、そのことには触れず相槌を打つ。

――『聖墓所』。歴代の『神聖王』が眠っている場所。つまりは、二人の父親ジェラルド・ルチアーノもそこにいる。死後五年も経ってから、父親の墓を知るというのは、なんともいえないむなしさがあった。光貴は出かかったため息をこらえ、同行者たちを振り返る。

「ラッセルやノエルは、『聖墓所』に行ったことがあるか?」

 少年と青年は顔を見合わせたあと、片方はうなずいて片方はかぶりを振った。

「俺はないぜ。だいたい、行きたいって言って連れていってもらえるような場所でもないし。今回は『預言者』殿の許しがあるから特別、って感じだな」

「へえ、宮廷魔導師でもだめなんだ」

 晴香が目を丸くして興味深そうに言った。そのかたわらで、ノエルが静かにうなずく。

「王墓と同じくらい国にとって重要な場所ですからね。――ちなみに僕は、一度だけ訪れたことがあります。なんというか、厳かな場所だと感じましたが、まあこの感じ方は人それぞれなので、実際に行ってみた方が早いでしょう」

 生真面目な少年の受け答えに、光貴は「それもそうだな」と軽く笑う。それからふと思い立って、目を瞬いた。

「そういえば、母さんは入れないんだろうか。声かければよかったかなあ」

「美雪さんなら、王の許可があれば入れると思いますけどね」

「それでも陛下の許可が必要なんだね……たいへん……」

 晴香ががっくりと肩を落とす。光貴は苦笑したが、彼女の気持ちもわかる。国に許可を求めないと肉親の墓参りすら満足にできない、というのは実にわずらわしい。それだけでなく、少し、さびしい気もした。

 今日の空は穏やかだ。薄い青のなかを、ひつじ雲が静かに泳いでいる。冷たい風に吹かれた光貴は、そっと、嘆息した。

 左右へうねりながら続く道には、人の姿は見かけない。ラッセルによれば、商人などが利用する主要な街道は別のところにあるらしい。ここはあまり知られていない道なのだ、とも、言っていた。「でも、そのわりにはきれいだよねー」と、土くれを軽く蹴りながら晴香が言うと、ノエルは唇に指をあてた。

「王城の関係者が定期的に来るからだと思います」

 兄妹は納得して、顔を見合わせる。それから光貴は、何気なく前を見て、声をあげた。道が急に細り、そのむこうは反対に、大きくひらけた大地がある。岩山のようにそびえたつ石窟が、青くかすみ、たたずんでいた。

 光貴がその場を見ていないことに気づいたラッセルが、彼の視線を追いかける。それから、ああ、とうなずいた。

「やっと見えた。あれだよ」

 静かな声がその場に漂う。誰からともなく足早に歩きだし、細道を抜けた。

 うわ、と、少女の声がささやく。白く、大きな石窟が、壁のようにそこにあった。あたりに装飾などはなく、人の手がほとんど入っていない緑に囲まれて、どこまでも静かにきたる者を出迎える。ふつうの人にはただの巨大な洞にしか見えないだろう。けれど、光貴は感じていた。その石窟の、唯一の入口から、どこまでも澄みきった『天使』の力が漂ってきていることに。風のような、霧のような力の気配は、光貴が己の中に飼っている熱とよく似ている。――死してなお、『王』や『姫』は力を残し続けているのだ。

「これが……『聖墓所』か」

 白い岩を見上げて、光貴は静かに呟いた。

 誰もが言葉もなく見入っていたが、ややあって、ノエルが一番前に出た。いびつな穴の前に立ち、目を閉じる。そして、突然に膝を折って顔の前で手を合わせると、小声で何事かを呟いた。ピエトロ王国に伝わる祈りの言葉だと、光貴たちはのちに知ることとなる。『預言者』の少年は祈りを終えると立ち上がり、後ろで待っていた三人を振り返った。

「では、行きましょうか」

「え? 中、入っていいの?」

 晴香が慎重に尋ねると、ノエルは悪戯っぽくほほ笑んだ。なんとなく不安になった光貴がラッセルをあおぐと、彼も無言でうなずく。この二人がいいというのなら、と、光貴と晴香も受け入れて、石窟の中へと踏み出した。

『聖墓所』の中は、予想どおり暗くて、ひんやりしていた。石壁そのものが、冷気を放っているのではないかと錯覚する。光貴は大きく震えた体をなだめたあと、『聖墓所』内部を観察した。

「これ……」

 彼の眼には、そこがとても奇妙な空間に映った。

 四人がぎりぎり入れるか否か、というくらいの狭い場所に、白い祭壇と小さな石碑が置かれている。たった、それだけの場所。そして、壁際には人が通れるだけの穴が穿たれていて、そこから冷たい風が吹きこんでいた。穴をふさぐ鉄格子が、風を受けてやかましく揺れている。

「穴の先には遺体が収められていますから。決められたとき以外は、立入禁止です」

 鉄格子を軽く揺さぶり、ノエルが言う。光貴と晴香は少年の解説に聞き入ったあと、そろりと祭壇の――石碑の方へと身を乗り出した。よく見ると、表面には細かい文字がびっしり彫りこまれている。そのひとつひとつを観察している余裕はなかったが、一番下に知った名前を見いだした二人は、息をのんだ。

――ジェラルド・ルチアーノ。

 今まで馴染みの薄かった父の名前が、不思議なほどにあっさりと、心の中にしみこんでくる。

「よく見るのはいいけど、汚したり壊したりするなよー」

 後ろから、ラッセルの軽薄な声が飛ぶ。それに「わかってるよー」とおどけて返す妹を一瞥した光貴は、それからまた、石碑を見た。文字を目で追っているうちに、きん、と頭の奥で何かが響いたのに気づく。

「え……?」

 思わず、こめかみを押さえた。幻のようだった音は、その頃にはもう、幻ではなくなっていた。

「お兄ちゃん?」

 呼びかけの声すらも、おぼろげだ。きん、と、高い音が、頭の中で不規則に響く。

 音は、やがて、拍子を刻みはじめ、少年は、その拍動に合わせて――つ、と石碑に指をのばしていた。

 隣にいた晴香が怪訝そうにしたことも、背後のノエルが顔をこわばらせたことも。何一つ、知らぬまま、光貴の指は淡々と、石碑の文字をなぞってゆく。

 次の瞬間、全身に熱が満ちて――『聖墓所』内を、強烈な白い光が包みこんだ。

 そして、目の奥までが白に満ちた頃、光貴の意識と視界は暗転した。

 

 あふれ出した白光は、いつか見た魔法の光よりも、ずっと強烈だった。晴香は叫ぶと同時に目を覆って、祭壇から転がり落ちるように逃れた。それだけのことができただけでも、奇跡と思える。そして続けて、兄を呼ぶ声が、無意識のうちに漏れていた。

 光はほどなくして消え去った。それでもまだ、瞼の裏に焼きついた白がとれない。しばらく、ぎゅっと目をつぶっていた晴香は、目の奥に漂う光が薄らいだところで、そっと視界を開いた。薄黒い闇に包まれていた『聖墓所』の中の風景が、しだいに、先程までと同じように色と形をともなう。

「晴香さん、大丈夫ですか!?」

 ノエルが駆けよってきた。自分がへたりこんでいることに気づいた晴香は、乾いた笑いをこぼしながらも、大丈夫、と答える。ようやく心が落ちついてきて、同時に疑問がわいてきた。何があったのか、そう口を開こうとしたとき、さらに後ろから飛んだ声が、彼女の発言を止めた。

「おい……光貴はどこだ!?」

 濃い焦りをにじませた、ラッセルの叫び。顔をこわばらせた晴香は、慌てて祭壇と石碑の方を見やる。

 光があふれる前、自分の隣――石碑の前にいたはずの兄の姿は、どこにもなかった。

 

 

      ※

      

      

 美雪は、宿の一室の扉を開けるなり、きょとんとして目を瞬いた。本来、大人数が詰めかけているはずの部屋にいるのは、三人の少女たち。彼女らは美雪に気づくと、会釈をしたり手を振ったり、それぞれのしぐさで出迎えた。彼らに軽く言葉を返したあと、美雪は部屋の隅に荷物を置いて、少女の中では最年長の『慈悲姫』を見やる。

「メリエル。うちの子と王城組はどこ行ったの?」

 婉曲な表現で、ここにいない四人の行き先を尋ねると、メリエルは首をひねった。

「朝のうちに、出かけてくると言い残してどこかへ行かれましたわ。行き先については、聞いていません。……いえ、正確には、教えていただけませんでしたわ」

 嘆息まじりの答えに、美雪は目をみはる。それから、残る二人の少女を見もしたが、彼女らも首を振るだけだ。

 奇妙なことだ。同行者にすら最低限の言づてを残さず出ていくとは。あの四人が、何か怪しいことをしでかすようにも思えない。美雪は眉をひそめる。かつて、『解放軍』の戦士として前線に立ち、『神聖王』の妻として王城内に身を置き続けた女の勘が、鋭く警告している。

「本当に、ほかには何も聞いてない?」

 美雪が慎重に問えば、寝台の上で座りこんでいるミーナ・コラソンが、そろりと手をあげた。

「そういえば……ピエトロとの国境のあたりが、どうとかって」

「国境?」

 ミーナの言葉を反芻し、美雪は考えこんだ。トルキエとピエトロの国境付近。その一語を頼りに、記憶と情報をたぐっていた彼女はやがて、あるひとつの答えに行きあたる。

 心臓が、凍りついた気がした。

「まさか……っ!」

 黙考しているうちに下がってしまっていた顔を上げ、美雪は驚いている三人を見渡した。

「ねえ。ノエルくんって、守護天使の継承に関わったことがあるの?」

 美雪が険しい声で問えば、三人は視線をかわしあう。ミーナとリリスが自然に年長者を見やり、その年長者はかぶりを振った。

「私のときもアレクのときも、彼が顔を見せたのは、継承してからかなり経った頃でしたし……けれど、ミーナとフレイのときは少し挨拶に来ましたわね。まだ『預言者』としても若いですから、あの頃は余計に、積極的な関与ができなかったのでしょう」

 メリエルが、不信感と懐かしさを織り交ぜて語る。

 最後まで話を聞いた美雪は、挨拶だけか、と毒づくなり、踵を返した。少女たちの声が、彼女の名を呼ぶ。美雪は扉を開けながら、振り向きもせずに叫んだ。

「あいつらのところに行ってくる!」

「い、行ってくるって、どうして」

 外に転がり出たとき、ミーナの問いが飛んでくる。美雪は扉の取っ手に手をかけつつ叫んだ。

「早く止めないと大変なことになるから!」

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