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King of Light  作者: 蒼井七海
第四章 受け継がれしもの
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第三話 過去と今を繋ぐ――1

 夜空は暗い。

 そのせいか、少女の手元に灯る七色の光が、やけにまばゆく見えた。ラッセルは思わず目を細める。少しして、光を放つブローチから若者の声が響いた。

『……メリエルか? 珍しいな、こんな時間に』

 少しざらついた音をまとって聞こえてくる声に、ブローチの持ち主であるメリエル・ラグフォードが答える。

「迷惑なようなら切りますが」

『いや、別にいいけど。そういうところ相変わらずだよな』

 ふてくされたような『慈悲姫』の態度に、呆れたような声が返る。相手は今頃ため息とともに肩を落としているのだろうと想像すると少しおかしくなって、ラッセルは口元を緩めた。だが、その表情もすぐに引き締まる。

『で、なんの用だ』

「いえ……色々なことがあったものですから、忘れないうちにあなたに報告しておこうと思ったのですわ、アレク」

『ほう?』

 気まずげに目を伏せる少女とは対照的に、ブローチの向こうのアレク・フレッチャーは興味をひかれたようで、どことなく好戦的とも思える声を出していた。『聞かせてくれよ』と先を促す。

 メリエルはうなずいた。

「まずですね。ラッセル様たちと合流しました。ミーナも一緒ですわ」

『え? マジ? ってことは、光貴や晴香にも会ったのか?』

「はい。ちなみに今、隣にラッセル様がいらっしゃいます」

 名を呼ばれてようやく、無言を貫いていたラッセルは『生命王』に話しかけた。

「ひっさしぶり。元気してるか?」

『……おかげさまで。つーか、本当におまえら合流したのか。ってことはメリエル脱走したのか』

「そういうことだな」

『光貴たち、びびっただろうなあ』

 暗に脱走を咎める言い回し。しかし、幼馴染からの指摘にメリエルはちっとも動じていなかった。反論することも認めることもなく、堂々と報告を続ける。

「合流したついでということで、近くの宿場町でいろいろとお話を聞きました。これまでのことをすべて」

『そうか』

「はい。それと」

 メリエルはそのまま続けかけて、けれど先を飲みこんだ。青い瞳をラッセルに向けてくる。視線の意味に気付いた青年は、おどけた顔で肩をすくめてみせた。彼女はくすりと笑い、再び顔をブローチへ向ける。

「美雪様にお会いしましたわ」

――答えは、すぐには返ってこなかった。

 だが、アレクが驚いたのは確かだろう。息をのむ音がかすかに聞こえてきた。

 寒々しい音を立てて夜風が吹き抜け、二人の髪を揺らしていく。尾を引いて去っていく風の音に混ざって、青年の声が聞こえた。

『美雪さんは……その、変わりなかったか』

「ええ。お元気そうでした」

 アレクはそれきり沈黙する。ラッセルは無言で成り行きを見守った。

 メリエルもしばらくは黙っていたが、やがて――呟くように、告げた。

「ただ、異国の地でご子息とご息女に出会って、驚いておられました」

『――! メリエル、おまえ……』

 さらりと露呈した真実に、彼は動揺したようだ。しかし、驚いてはいなかった。メリエルがわずかに目を細める。その隙に、ラッセルは再び横から顔を突き出した。

「おい、アレク」

『――なんだ』

「おまえ、気付いてたんだろ」

 責めるつもりはなかった。それでも口調がきつくなってしまったのは、気分が高ぶったせいだろう。ラッセルは自分の中でそう結論付けて、心を落ちつかせた。

 アレクは無言だ。そしてその沈黙は、どんな言葉よりも雄弁に真実を語っていた。

「なんであのとき、俺たちと会って店で話をしたあのとき、言わなかった」

『生命王』を問い詰めると同時に、ラッセルは己の鈍さを呪ってもいた。

 光貴と晴香が名を名乗ったとき、アレクはほんの小さな声ではあったが、言っていたのだ。

「美雪さんの息子と娘か」と。

 それを聞いた時点で気付かなかったのは、ただ単に、ラッセルが美雪やジェラルドとそう多く顔を合わせていなかったせいであろう。

 ばつが悪そうにうなったあと、アレクは反論してきた。

『あの場で美雪さんやジェラルドの話をしても、無用な混乱を招くだけだろうと思ったからだ。光貴たちの言動を鑑みるに、父親が「神聖王」だと知らなかったんだろう?』

「ああ。今までひた隠しにされてきていたらしい」

『やはりそうか。俺もそうだろうと思っていたから、黙っていた。ただでさえあの二人は守護天使の重圧を受け入れきれていないようだったからな』

 ラッセルは押し黙る。

 痛いところを突かれてしまった、と思った。光貴と晴香は今でも少し、『神聖王』と『神託の君』という自分たちの立場に戸惑っているところがある。ジブリオを訪ねたときはなおさらその戸惑いは強かっただろう。そのとき、赤の他人の口から父親のことを聞かされたらどうなるか――想像すると、胸が痛くなる。

 ラッセルが顔をしかめていると、アレクは言った。

『メリエル、ラッセル。美雪さんによろしく言っといてくれ。あと、あの二人のことよく見とけよ』

 苦い響きを伴った言葉は、どことなく重かった。


 一通り報告を終えてラッセルとメリエルが宿へ戻ると、そこで女子三人と鉢合わせた。互いに目を瞬いたあと、口を開いたのはラッセルだ。

「よう、おまえら。光貴とノエルはどうした?」

 軽い調子で問いかけられて、晴香が自然と口を開く。

「ノエル君は部屋。お兄ちゃんは……外の空気を吸ってくるって」

 彼女は言い終わりに眉を曇らせた。その意味を悟って、対面の二人も顔を見合わせる。

「まあ、こうなるんじゃないかとは思ったけどな」

「同じ『神聖王』という立場ですから、余計にお辛いでしょうね」

 晴香とリリスは困ったように眉を下げ、ミーナが不愉快そうな顔をする。

 光貴は、彼ら兄妹は、『神聖王』としての父の一面を知らずに育った。先代『神聖王』の話はラッセルたちの方が時折口にしたくらいである。だからこそ、知ってしまって戸惑っているはずだ。そのくらいのことはラッセルにも察しがついた。

 しかも――この事実が、ピエトロの王城で広まればどうなるか。

 皆は恐らく光貴に期待をする。

 本来、守護天使は世襲ではない。今回は偶発的に二代続きで同じ血脈から『神聖王』が出たというだけだ。そして光貴とジェラルドは親子であっても別人だ。それを頭では理解しつつも、光貴について多くを知らない者たちは期待をかけてしまうものである。あの方の血を引く者であるのなら――と。

 どうするべきか、ラッセルが悩んでいると、ふいに視界の端で金色の髪が舞った。

「ミーナ!?」

 晴香とメリエルの裏返った声を聞き、ラッセルが咄嗟に振り返ると、駆け去る少女の背中が見えた。

「おい、こんな時間にどこ行くんだ?」

「光貴探してくる!」

 ミーナはたった一言、それだけ言い残すと、夜の中へと消えてしまった。ラッセルは見送ってしまった後になって、頭をかいた。

「おいおい……そっとしといてやりゃいいのに」

「一理あります。けれど、ミーナも心優しい子ですから」

 メリエルが言って肩をすくめる。止める気は端からないようだ。さらに彼女だけではなく、晴香も神妙にうなずいていた。

「うん。それに……ミーナの気持ちは分かる」

 私、記憶見ちゃったから。

 続いた少女の言葉に、その場の全員がはっとして動きを止めた。


         ※


 妹たちと別れて、一人で宿の周辺を歩き回っていた光貴は、ふいに足を止める。それからなんの気なしに夜空を見上げた。地上に明りはほとんどないし、今夜は晴れている。少し欠けた月と、瞬く星がはっきり見えていた。

 そうしてぼうっとしていると、いろいろなことが頭をよぎった。

 母との再会。明かされた真実。今まで出会った人々の顔。色々なことがちらつきすぎて、どうしていいか分からなかった。――去来する事実に混じって、靄のような不安が渦巻くせいもあるだろう。

「多分俺……先代みたいにはできないだろうなあ……」

 誰にともなく呟く。

 話を聞く限り、ジェラルドは人を率いることと支えることに長けた人間だったようだ。カリスマ性というべきか、それをもってかつての『解放軍』を引っ張り、ピエトロ王国を支えてきたのだろう。

 自分には無理だ。胸のうちで呟いて、暗澹とした気分になる。

「どうしたらいいんだろう」

 いつか、似たような不安を抱いたことはある。封印魔法から解放されたばかりのころ、二年が経過してしまった世界で抱いた孤独感から来た不安と恐怖と、少しの罪悪感。半ば八つ当たりのようにノエルに向かって吐き出した、思い。

 それとよく似た重苦しさがありながら、今の不安はかつての不安とは全く別物だ。

「ほんと、困った」

 漏れ出た声は震えていて。光貴は自分自身を叱りたくなった。

「光貴」

 掛けられた声に、はっとする。

 振り返ると、そこには――いつのまにか、金色の髪をなびかせて少女が立っていた。

「ミーナ……」

『豊穣姫』ミーナ・コラソンは穏やかな表情でそこにいる。けれど瞳の奥に、隠しきれない憂いがたたえられていた。光貴がなんと言っていいか分からず視線をさまよわせていると、彼女は困ったように微笑んだ。

「隣、いい?」

「――ああ」

 別に拒む理由もない。誰かと一緒にいたい気分ではなかったが、かといって積極的に避ける気にもなれなかった。

 二人並んで星空を見上げる。音はない。ただ、小さな光だけが空で瞬いていた。

「私ね。国では『落ちこぼれ』とか『出来そこない』とか、いろいろ言われてたんだ」

 唐突に、少女の声が空間を打つ。光貴ははっとして、横を向いた。闇にかすかに浮かびあがる彼女の横顔は、どこか寂しそうだ。

「私自身、上手に『豊穣姫』の役目を果たせていない自覚はあったの。王への助言、って言われても何をしていいか分からなかったし。守護天使にしか対応できない――ちょっと厄介な魔法がらみの事件の対応とかも回ってきてはいたんだけど、その場に立つと、足がすくんで何もできなかった」

 語る声は、淡々としていて。光貴は眉をくもらせた。

 アルド・ゼーナで騒動に巻き込まれたとき。確か二人の王子も同じようなことを言っていた。けれど光貴の感覚で言えば、仕方のないことではないだろうか、と思う。いくら高度な勉学を重ねても、特別な力を持っていても、ミーナはまだ十五にも満たない女の子だ。実際の、その身をもっての「経験」が、他よりも圧倒的に不足している。元々商家の出だというのだから、王宮の慣れない空気に戸惑うこともあったろう。――自分や妹のように。

 経験不足を補ってくれる従者でもいれば話は別だったのだろうが、ミーナにはいなかった。

「それだけでもまずいけど……先代の『豊穣王』様がとても優秀な方だったから、みんなの期待が大きかった分、失望も大きかった」

 感情を押し殺した声が、光貴に叩きつけられる。彼は心臓が凍りついたように思えて、立ちすくんだ。最悪の未来を、予言されているような気がした。

「私はそれを感じていた。だから期待を裏切っちゃいけないと思っていた。でも、頑張れば頑張るほど空回りするばかりで、気付いたら、自分を信じられなくなっていた。

 多分、あの魔導師は、私のそういうところに付け込もうとしたのね。そうして私は、まんまと引っ掛かってしまったの。この大事な時期に」

 嘲笑うようなミーナの言葉に、光貴は何も言えなくなる。――彼は、晴香が彼女の記憶をのぞいたことを、端的な説明でしか知らなかった。初めて彼女の口から聞く話は、鉛のように重くのしかかってくる。

 でもね、とミーナが表情をゆるめた。

「みんなに、助けられた。フレイやノエルやラッセルもそうだけど、ついこの間まで赤の他人に過ぎなかった光貴と晴香まで、真剣に、私のことを考えてくれて。晴香が一生懸命、弱気な私を諭してくれたから、戻ってくることができたの」

 あのときは、光貴を含め、みんなが必死だった。最初は原因不明の記憶喪失という、意味の分からない事態に振りまわされていたが――最後はただただ、目の前の少女をみんなが助けたかった。その結果が、今だ。

「そのときね、やっと気付いたのよ。ああ、私って、ひとりじゃないんだなって。世界の誰もがそうじゃないけど、私を私と認めて支えてくれる人は、いるんだって思えた。そうしたら少しだけ、前の私より、前向きになれた気がするの」

 ふっきれたような笑顔を見て、なぜか胸がちくりと痛んだ。

 けれど、ミーナの明るい声は心からのもので。

 光貴がなんとも言えず黙していると、彼女はただ言葉を続ける。誰に投げかけるでもない、ひとりごとのような、穏やかな声音で。

「『一人じゃどうにもできないことは、みんなで考えればいいんだよ』」

――何か、大きくて温かいものが、胸を突く。光貴はまた目をみはって、少女の方を見た。すると彼女は、照れくさそうに笑ったのだ。

「晴香が、そう言ってくれたんだ。私の『中』に入ってきたときに」

「そっ……か。晴香(あいつ)が」

 光貴は妹の名を聞いて、少し心が軽くなるのを感じていた。

 彼女もきっと、光貴と同じくらいに戸惑っただろう。今まで、王都のいち市民として生活してきたはずなのに突然『神託の君』だと告げられ、国を揺るがしかねない大騒動に巻き込まれて。それでも彼女なりに答えを出したのだ。悩んで、迷って、あがいて。見いだしはじめた答えが、ミーナにかけた言葉にこもっていたのだと思う。

――負けてられないな。そう思ったのは兄としてか、光貴個人としてか。

 彼の顔つきが変わったことに気付いたのだろう。ミーナがほっとしたように頬をゆるめる。それから、こう付け足した。

「私はね、晴香だけじゃなくて、光貴にも助けられたわ」

 少女の手が、少年の手にそっと重ねられる。「俺に?」と光貴は目を瞬いた。

「だって。友達になって、なんて我がままを受け入れてくれたのは、光貴がはじめてだったんだもん」


『わたしと友達になってくれない?』

 初めて出会ったあの日、ミーナは確かに言っていた。けど、と光貴は戸惑う。


「フレイは?」

「彼はまあ、頼むまでもなくお友達だった、というか」

 笑い含みの声で言い、『豊穣姫』はまっすぐに、目の前の少年の、母譲りの黒茶の瞳を見つめた。

「『豊穣姫』であることを忘れて、何もなかったあのときの私は光貴に救われたわ。――だからね、私思うの。今はそうじゃなくても、いつかみんな、光貴のすごさに気付いてくれるって。フレイがそうだったように」

 少女の声が胸に染みる。光貴は目を閉じ、大きく息を吸った。

 夜気が流れ込むとともに、これまでの旅路が鮮やかに思い出される。


 戸惑った。不安もあった。振りまわされた。

 けれど、ここまで立ち止まらずに歩んできたのは――間違いなく、自分自身だ。


「そう、だといいな」

 呟いて、目を開ける。ミーナは気遣うように光貴を見ていた。

 だいぶ心配をかけたらしい。今さら気がついて、少年は苦笑する。そして、微笑んだ。

「戻るか。みんな心配してるかもだし」

 彼がそう言うと、ミーナは目を見開く。金色の瞳が輝いていた。

「――うん!」

 元気な少女の手を取って、光貴は宿の方へと足を向けた。


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