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King of Light  作者: 蒼井七海
第四章 受け継がれしもの
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第一話 少女――3

 メリエル・ラグフォード。水を司る守護天使――現在の『慈悲姫』。

 彼女について、光貴や晴香が知っていることは多くない。それは、まだラッセルたちが多くを話していなかったからであり、知らなくて当たり前といえば当たり前なのだった。

 だが、彼女は純粋な知名度でいえば、守護天使の中でもっとも高いといえる。

 アクティアラ皇国で大きな力を持つ名家、ラグフォード家。その令嬢であり、唯一の後継者であるからだ。家が現在所有する領地は、港町シェラとその周辺で、メリエルは領民たちに親しみを持たれている。

 親しみを持たれているがゆえに、「脱走癖のある水の姫様」という、威厳に欠けた渾名を貰っているのだ。そしてそれは――むろん、ラッセルもノエルもミーナも、ちゃんと知っていた。


 澄ました顔で立っている、まだ少女と言っても良い若い女性。彼女をじっと睨んでいた青年が、ふいに半眼になった。

「なるほど。おまえ、またお得意の脱走か。そうなんだな?」

 確信を得た言葉は、彼女にまっすぐ届いたらしい。メリエルは、つんと顎を逸らしてそっぽを向いた。

「分かっていらっしゃるのなら、わざわざ訊く必要もなかったのでは?」

「威張って言うな。シセンの胃に穴をあける気か」

 ラッセルは、少女の腹心の名を出して、彼女の軽挙を咎めた。だが、図太い姫様にはあまり効果がない。顔をしかめこそしたものの、メリエルはあくまでも冷静に言い返した。

「今回はきちんと、書き置きをしてきましたわよ」

「いやそういう問題じゃない! なんで貴族の跡目が、よその国の領土に一人でいるんだよ、って話をしてんだ!!」

「……シセンさん、今頃怒り狂っていそうですね……」

 不毛な言い争いの横で、緑色の少年がため息をこぼす。やれやれと首を振っているところを見ると、はなから仲裁を諦めているようだ。

 一方、光貴、晴香、リリスの三人は呆然としていた。状況がよく分からない。三人はおろおろと顔を見合わせて、結局、光貴が一番冷静な少年に声をかける。

「えーと、なんだこの状況。あのすごそうな女の人誰?」

「――そういえば、まだ光貴さんたちに、何もお話ししていませんでしたね。残る守護天使については、ピエトロに入ってから整理をしようと思っていたんですが、この状況は想定外です」

 ため息混じりにノエルは言う。それから、困り果てている三人をまっすぐ見た。

「あそこにいる女性の名はメリエル・ラグフォード。アクティアラ皇国の有力貴族の令嬢にして、現在の『慈悲姫』です」

「『慈悲姫』……守護天使!?」

 晴香が素っ頓狂な声を上げて、身を乗り出す。

 態度にこそ表さなかったが、光貴もリリスも驚いているのは同じだった。瞠目して、『預言者』の少年を見る。

 彼は困り果てた顔をしていたが、やがて、ゆっくりとうなずいた。呆れているようにも見える態度だ。

 光貴は困って、とりあえず彼女の方を見る。――と、目が合った。いつの間にか、メリエルがじっとこちらを見ていたのだ。光貴はぎくりと固まった。

「あ、あのう」

「……あなたたちは? 初めて見る顔ですけれど」

 そう言うメリエルの目は、穏やかだ。けれど、どこか冷たい。まるで品定めしているかのような視線。ごくり、と生唾を飲んだ光貴はしかし、緊張にこわばった顔のまま、名乗った。

「えっ、と。北原光貴、です。いろいろあって、ラッセルたちと旅をしてるんです」

「い、妹の晴香です!」

 兄の切り出しで勇気を得たのか、晴香が勢いよく便乗する。その力強さに、光貴はのけぞった。

 二人の言葉を聞いたメリエルは、目立った反応をしなかった。しかし――眉をかすかに動かすと、細い人差し指を、すっと二人に向ける。

「なるほど。次の『神聖王』と『神託の君』、とはあなた方のことでしたか」

 静かな声で告げられた断言。

 話を聞いていた光貴たち四人は、揃ってぽかんとした。焦ったノエルが、口を開く。

「あの、メリエル? どうしてそれを……」

「同じ『天使』なのですから、見れば分かります」

 きっぱりと、メリエルは答えた。彼らの異質な魔力のことを知るノエルが、言葉を詰まらせる。

 それはそうだ、と光貴はうなずいた。彼の方も、一目見ただけで彼女が水の守護天使であることを見抜いたのである。逆もしかり、だ。

 だがメリエルの言葉には続きがあった。

「それに……次代の『神聖王』が現れたことは、アレクから聞いていましたの」

「えっ!?」

 光貴と晴香とミーナ、三人が同時に叫んだ。ノエルも唖然としている。ただ、事情の分からないリリスだけが、困ったように眉を寄せていた。

 そんな中で、光貴は『慈悲姫』に詰め寄る。

「アレクが、って、どういうことですか!?」

「そう焦ることでもありませんよ。私とアレクは幼馴染で、頻繁に連絡を取り合っているのです。それで、ちょうど今年の夏ごろ、彼から聴いたのですわ。新しい『神聖王』が現れた、と」

 年長者である『天使』の説明を聞き、光貴は難しい顔で黙りこむ。驚きと、腑に落ちたような感覚を同時に覚えた。

「夏ごろ、か。ちょうど俺たちがジブリオにいた頃だ……」

 光貴の呟きを聞き、リリス以外が「あっ」と思い出したように目を見開く。

 おそらくアレクは、光貴たちを宮殿に招いてすぐ、手を回したのだろう。お互いに混乱が生じないように。メリエルにわざわざ連絡を取ったのは、一番話を理解するのが早いからか。なんにせよ、光貴は頼れる「友人」の行動の早さに舌を巻いた。

 深く考えている光貴の横に、いつのまにかラッセルがやってきていた。不機嫌な顔で、メリエルを睨んでいる。

「で? 結局のところ、『慈悲姫』様はなんで、わざわざ遠い異国の地まで足を運んだんだよ」

 青年が苛立ちのにじむ声で問いかけた。するとメリエルは、黒髪をかきあげながら、あっさりと答えを口にする。

「――変革の兆しを、感じたのですわ」

「変革の兆し?」

「ええ」

 ラッセルとノエルが、慣れない言葉を反芻すると、メリエルはいたって冷静にうなずいた。

 『天使』の彼女は、遠くを見るような目で空を仰ぐ。

「なんと表現したら良いものか、分からないのですが……大陸を揺るがす何かが起ころうとしているような、落ち着かない感じが、したように思いました」

 声は静かで揺らぎがない。詩歌(しいか)のようなメリエルの言葉を、一行は黙って聞いていた。

「会わなきゃいけない、と思いましたわ。守護天使のうちの誰かに会って、話をしなければと。そこで私は、あなたたちの元へ行くことを選んだのです」

「『神聖王』のところへ、か。でもなんで俺たちだったんだ?」

「単純な話ですわ、ラッセル。私はまだ、光貴や晴香に会ったことがなかった。未だ顔も分からない『神聖王』にはもしかしたら――まだ見ぬ可能性が眠っているかもしれないと、なんとなく

考えたのです。その可能性が、私が感じている兆しと関係があるかもしれない、と」

 メリエルが朗々と語り終える。ラッセルは、眉を下げていた。

「言いたいことは分かったが――考えすぎじゃないか?」

「あら。守護天使の感覚は侮らない方がよろしいですわよ。ピエトロ王国の宮廷魔導師様」

 メリエルは悠然とした態度で言う。他人から何を言われても動じない姿に、光貴たち兄妹は呆然としていた。

「あ……なんかこの人、ナランツェツェグ陛下に似てるかも」

 遠くジブリオの女王の名を出した晴香は、憐れむような目でラッセルを見る。眼差しを向けられた青年は、ため息とともに頭をかいた。

「だからって独断でここまで飛び出してくるか、普通。

……ああもう、考えるのも面倒くさくなってきたな」

 とうとう『慈悲姫』を咎める気を失くしたラッセルに、ノエルがそっと言葉をかけた。

「まあ、ここはいいように考えましょうよ。ちょうど僕たちもメリエルに伝えたいことがあったんですから」

「そうだな……はあ……」

 項垂れるラッセルの横で、メリエルが目を瞬いた。

「あら、そうでしたか。では、詳しい話は宿場町に着いてからにしましょう」

 彼女はあっさりそう言うと、呆然としている一行を見回す。六人は戸惑っていたが、やがてぽつぽつと出発の準備を整え始めた。

 光貴が念のため荷物を確認していると、いきなりメリエルが話しかけてくる。

「ところで光貴」

「え、あ、なんですか?」

「あの子は?」

 あの子、と言いながらメリエルが指さしたのはリリスだ。光貴はすぐ納得したようにうなずいて、事情を知らない彼女に説明をする。

「昨日、突然、一緒に連れてってくれって言ってきたんです。どうも行くあてがないみたいで。リリス、っていうんですけどね」

「リリス……?」

 少女の名を繰り返したメリエルは、細い顎に指をそわせる。顔をしかめて、何か考え込んでいるようだった。

 あまりにも真剣な様子に、光貴はたじろぎながらも声をかけた。

「あの、どうかしましたか」

「…………いえ」

 たっぷり間をあけたあと、メリエルは顔を上げて、首を横に振った。

「多分、私の考え過ぎですわ。それより、そろそろ出発しましょう」

 言い終わると、メリエルはさっさと立ち上がる。

 その煮え切らない態度に、光貴は首をひねった。


「リリス――どこかで聞いた名前のようだけれど、気のせいかしら?」

『慈悲姫』の呟きを聞いた者は、一人もいない。


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