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King of Light  作者: 蒼井七海
第四章 受け継がれしもの
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第一話 少女――2

 ラッセルが少女に、「ついてきてもいい」と伝えると、彼女は目を輝かせて喜んだ。全員に向かって、丁寧にお辞儀をする。

「ありがとうございます。わたしは、リリスと申します」

 上品に名乗られて、五人は少し困惑していたが、やがて光貴から名乗り始める。

「俺は光貴。北原光貴だ。こっちが妹の――」

「晴香です! よろしく!」

 少年に手で示された少女は、元気よく挙手をして名乗った。一度、仲間と決まれば遠慮も警戒もしない主義のようである。それを見た宮廷魔導師がかすかに笑い、次にリリスを見た。

「俺はラッセルだ。こっちがノエル」

「よろしくお願いします」

「えっと、私はミーナです!」

 三人は、最低限の名乗りにとどめている。おそらくノエルとミーナの名は知られていないだろうが、ラッセル・ベイカーはいくらなんでも有名すぎた。

 リリスは、一人一人を見つめながら嬉しそうにみんなの声を聞いている。どこからどう見ても、純粋な少女そのものだ。しかし、黒い瞳の奥には、底の知れない光が宿っている。光貴には、ラッセルが彼女を警戒するわけが、なんとなく分かる気がしていた。



 謎の少女リリスを同行者に加えた翌日。五人から六人に増えた一行は、穏やかに歩みを進めていた。三人の女子たちはすぐに打ち解けたようで、楽しそうに会話をしていた。

「リリスは、お料理できるの?」

「――ってミーナ! まっさきに訊くのがそれ!?」

 にこやかに口を開いたミーナへ、晴香が真っ先に噛みつく。しかし、晴香にとって友人であり恋敵である少女は、あっさりと抗議を聞き流した。一方リリスは、晴香の料理ベタ伝説など知るよしもないから、訊かれたことに真面目に答えようとしている。

「ええと……できない、ってことになるんでしょうか。実はわたし、そういうことをしたことがなくて……」

 少女の声は小さい。戸惑いと、恥ずかしさのあらわれだろう。晴香とミーナは顔を見合わせ、目を瞬いた。

「そうなんだ。ってことはもしかして、お嬢様?」

「少し、違うと思います。箱入り娘ではあったかもしれないけど」

 言ってから、リリスは微笑む。晴香の無邪気な様子に、気がほぐれたようだった。

――光貴は、遠巻きに様子を見守っている。すると突然、横から肩を叩かれた。

 少年が振り向くと、赤毛の青年が悪戯っぽい目で見ていた。

「おまえは会話に加わらなくていいのか?」

 何かを面白がるような風情に、光貴はむっと唇をとがらせる。が、すぐに目を伏せた。

「女子のああいう空気に入ってくのは、俺には無理だ。それに……なんか、リリスと話すとどうしてもぎこちなくなるんだよな」

 その言い方があまりにも真剣だったからか、ラッセルは束の間、困ったような表情になる。それから「ふうん」と言った。

「まあ、近寄りがたい感じは俺にもあるけどな。ミーナと晴香は、なんで平気なんだ?」

「やっぱ同性だからかね」

「女の世界ってのは不思議だなー」

 だらしない会話を続けながら、二人の男は草地を歩く。その様子を、緑髪の少年が呆れた目でながめていた。


 やがて、辺りに木々が増え、林のような様相を呈してくる。一方で、足元には大きな岩がごろごろするようになってきた。ラッセルが、少女たちを振りかえって「つまずいて転ぶなよ」と鋭く注意する。

「ここまで来れば、国境線まではあと少しですね」

 呟いたのはノエルだ。光貴がふとその方に目をやると、彼は真剣な表情をしていた。ふいに、ノエルが光貴の方を見る。二人の目が合った。だがすぐに視線は逸れ、少年の声は背後に投げかけられる。

「晴香さん、少しいいですか」

「なあにー?」

 離れたところから晴香の返事があり、彼女はすぐにノエルのもとへと駆けていく。

 最も長く旅を共にした四人が、久方ぶりに額を合わせた。それをざっと見渡すと、『預言者』は厳かに口を開く。

「――そろそろ、と思いまして。これから行く場所について、少し説明をします」

「本当?」

 晴香が嬉しそうに声を上げる。しかし、すぐに、「しっ!」と鋭い声が飛んだ。ラッセルが、険しい顔で口に人差し指を当てている。兄妹が驚いた顔をすると、ラッセルは付け足した。

「ここから先は機密情報の塊だ。迂闊に大声を出すな。たとえ守護天使でも、他国の人間に聞かせるわけにはいかない」

「なるほど」

「わ、わかった……」

 光貴と晴香は揃って息をのむ。ミーナとリリスが不思議そうにこちらをうかがっていることに気付き、途端、気まずくなった。だが、ノエルの方はほとんど気にしていないようだ。あくまでも淡々と口を開く。

「僕たちがこれから向かうのは、『聖墓所』と呼ばれる石窟です」

「聖墓所?」

 晴香が興味深げに訊き返す。答えたのは少年ではなく、青年の方だった。

「墓だよ。――歴代『神聖王』のな」

 その場の空気が硬くなる。光貴は、意識が急に冷えていくのを感じていた。

 緊張に顔をこわばらせる兄妹の前で、ノエルはラッセルを恨めしそうに一瞥する。そして、空気を変えるように咳払いをすると、滔々と言葉を続けた。

「ラッセルの言い方は乱暴過ぎますが、その通りです。歴代『神聖王』が身罷(みまか)られると、その身柄は『聖墓所』に安置されます。安置所は厳重に封鎖されていて、普段は入れません。そのほかにも、祭儀の場としての役割もあるようですが、僕も実際に祭儀に参加したことがないので、あまり詳しいことを知らないのが現状ですね」

 少年が語る言葉を聞きながら、光貴は顔をしかめる。『神聖王』が眠る墓、ということは、光貴も死んだ後、そこに行くことになる。あまり気持ちのいい話ではない。だが、重要な場所であることは確かだし、祭儀の場というのなら、今後訪れることになるだろう。

 光貴はかぶりを振って気分の悪さを追い払うと、会話の声に集中した。

「でも、どうしてそこへ行こうって思ったの?」

 潜められた声は少女のものだ。晴香が、身を乗り出してノエルに質問している。少年は、少し考え込むようなしぐさを見せてから、ぽつぽつと答えた。

「……特別な理由があったわけではないです。たまたまトルキエからピエトロに入るという話が出たので、どうせなら寄ってみよう、という気持ちで。光貴さんの正式な即位も近いでしょうし」

「そっかあ」

 晴香はうなずいた。しかし、光貴は考え込んだ。

 ノエルの口調に含むものを感じてしまったせいだろうか。どうも、彼には言葉とは別の意図があるような気がしてならない。光貴の気にしすぎかもしれないが、そう思わずにはいられなかった。

 少年は思わず、仲間であり師匠である青年を見る。ラッセルは彼を一瞥したが、何も言わない。ただ、鳶色の両目には、水中から見える太陽に似た、曖昧な光が灯っていた。

 さらに渋面になる光貴の横で、ノエルはひらりと手を振った。

「とりあえず、説明はここでいったん終わりにします。いろいろと規則や作法がありますが、追々説明していきます。今回の訪問では、それほど必要にならないでしょうし」

 彼の一言を合図に、四人はそれぞれ散っていく。光貴はほっと、ため息をついた。ノエルがこのような判断をしたのは、ミーナとリリスが過剰に怪しまないようにするためだろう。

「『神聖王』の墓、か……」

 光貴の先達が眠っている地。

 そして、守護天使が古より実在していることを証明する、数少ない場所だろう。

 空を見上げた少年は、歴史を封ずる石窟の名に思いをはせた。


 進むごとに林は深くなっていく。太陽と、ピエトロ宮廷勤めの二人の感覚を頼りに、一行は国境へ向けて前進していた。この環境に慣れていないらしいリリスが、ときおり足を取られたり虫に怯えたりしているが、それで嫌な顔をするような人は、一行の中にはいなかった。

 なぜかというと、旅に出たばかりの北原兄妹も似たようなものだったので。

「遠いところまで来ちゃった、って感じだよねー」

 慣れた手つきで木の枝を払いのけながら、のんびりと少女は言う。彼女の兄たる少年は、無言で同意していた。半年前まで晴香は虫が大嫌いだったのに、今ではすっかり慣れたらしく、蠅や蛾に出くわしたくらいでは驚かなくなっていた。

「人間の順応力って恐ろしいな」

「もう今なら、神様が実在するって言われても、驚かないね!」

 光貴のしみじみとした呟きに、晴香が力強く答える。

――実は、この世の人々が『神』と呼ぶのは、別次元の実体をもたない生命体で、その『神』が、この世に魔法を生み出すきっかけとなった。そんな話をかつてラッセルから聞いていた光貴は、なんともいえない気分で、両方の拳を握る少女を見ていた。

「あ! なんか、光が見えるね!」

 嬉しそうな声が響く。ミーナが頬を赤く染め、道の先を指さしていた。

 彼女の言う通り、木々の向こうに緑の光が見える。岩だらけの林を抜けた先は、草地になっているらしい。

 ラッセルが、ついっと肩をすくめた。

「やれやれ。やっと湿っぽい道とおさらばか」

「そろそろ関所が見える頃ですね。確か、この林を抜けて西に行くと宿場町があるはずですが……どうします?」

「宿場町、か」

 緑の瞳が宮廷魔導師を見上げる。彼は難しい顔をしたあと、空を仰いだ。

 太陽は西へ傾きかけ、空が仄かな黄色に染まり始めている。いつの間にか、黄昏時が近づいていたらしい。

「今日は、宿場町とやらに行った方が安全かもしれないな」

 呟いたラッセルが、突然年少者たちを振りかえる。無言だが、暗に「どうする?」と訊いているのだろう。

 四人は顔を見合わせた。沈黙の中で互いの意見を確かめあうと、晴香がぽつりと、声を出した。

「宿場町に行こう。ここ何日か、野宿しかしてないもん」

「決まりだな」

 ラッセルが力を抜いて笑う。同時に、視界が開けた。

 あたりは緑の世界である。長短の草が生え、高い広葉樹の姿が見られるから、草原というには違うが、さっきまで通っていた林道と比べればずっと遠くまで見渡せる。薄い黄金色に染まった雲が、ゆったりと空を流れていた。

 一行はしばらく会話もなしに進んだが、やがてリリスが声を出す。

「あっ、ひょっとしてあれが関所ですか?」

 光貴と晴香、そしてミーナが、少女の細い指を追った。

 確かに、草地のはるか向こうに黒い影が見える。それは、三角屋根を思わせた。

 右手でひさしを作ったノエルが、あっさりと肯定した。

「そうですね。あれが関所です。でも、今日はあちらには行きませんよ」

「はーい」

 気が抜けた返事をしたのは、晴香とミーナだった。あまりにも息が合ったその様子に、光貴は苦笑する。そして横にいるラッセルに話しかけようとして――開きかけた口を、閉じた。

 青年が、軽く目をみはって、あらぬ方向を見ていたからだ。

「……ラッセル? どうかしたのか?」

「人がいる」

「はっ?」

 返った声には締まりがない。寝ぼけたときのそれに似ている。光貴は首をひねりながらも、ラッセルが見つめている方を追った。そして、同じように呆けてしまった。

「ほんとだ。人だ。しかも――」

 一行から少し離れた場所に、大きな岩がある。件の人物はその岩に腰かけていた。ここからでは影になっているので顔が分からないものの、体格や背丈から判断する限り、女性だろう。しかも、光貴より二つ上ほどのまだ若い女だ。

 やがて、傍らからも不思議そうな声がちらほら聞こえてくる。他の四人も奇妙な人影に気づいたらしい。

 そうしていると、やがて人物が動いた。向こうも、こちらに気付いたようだ。長い髪をさらりとなびかせながらこちらを見ると、岩から腰を上げる。向こうの方から寄ってきた。

 総勢六人の若者たちは、それぞれに警戒しながら相手を待つ。

 だが、やがて姿がはっきりしてくると――反応は、ふたつに分かれた。

 兄妹とリリスは感動したかのように吐息を漏らし。

 ラッセルとノエルとミーナ、そしてその人物は、目を見開いて互いを見る。

 一瞬の沈黙。そののちに、ノエルが唇を動かした。

「あなたは……なぜ、ここに?」

 光貴たち三人は、驚きと疑問をこめてノエルを見上げた。

「し、知り合いなの? ノエル君」

「知り合いというか……知らないとまずいというか……」

 晴香の質問に、珍しくどもりながら返すノエル。相手の反応は対照的で、青みがかった黒髪を悠然と左手で払っていた。

「ラッセル様にノエル様……それに、あら? ミーナも? 懐かしい顔ばかりですわね」

 彼女は、海のような深い青の瞳を一同に向ける。最後に名ざしされたミーナは、魂が抜けたかのような顔で彼女を見ていた。

 青い瞳が、順繰りに一行を見渡していく。そして最後に、光貴と目が合った。少年は思わず、目を瞬く。

 魔力を感じた。

 魔導師のものではない。明らかに異質な魔力。これまでに何度か感じた、吸い寄せられるような力だ。

 しかしそれは、今までに感じたものとはまた違う。

 時に囁き、時に猛る、風でもなく。

 爛々と光り、力の限りに燃える、火でもなく。

 すべてを育み慈しみ、命を包む、土でもなく。

 ただ淡々と流れ、静かに音を響かせるそれは――清らかな水だった。


「アクティアラ皇国にいるはずのおまえが、こんなところで何してるんだ。説明してくれ、メリエル・ラグフォード」

 相手の名を呼んだ、青年の剣呑な声が、光貴の耳には遠く聞こえた。


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