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King of Light  作者: 蒼井七海
第三章 遠い日の欠片
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第五話 想い――3

 アルド・ゼーナを長く騒がせた事件は、こうして解決を迎えた。だが、北原晴香の目線から言わせていただくと面白くないことがひとつある。今やもう親友と言っても良いかもしれない、ミーナのことだ。

 ミーナ自身が悪いと言っているわけではない。むしろ非常に好感が持てる人物だと、晴香は思っている。明るく活発で好奇心旺盛、芯の強さを兼ね備えた女の子。もう少し押しの強さと度胸があれば、「役立たずの守護天使」などと言われることもなかっただろう。記憶を取り戻してからの豹変に戸惑いはしたが、自分と馬が合いそうな少女を、晴香は笑顔で歓迎していた。

 ただひとつだけ、どうしても気に入らないことがあるのだが。

 彼女はどうも、ノエルと共に行動するたび、彼の顔をちらちらとうかがっているのだ。そして、恥を押さえつけるような感じで話しかけている。彼女の抱いている感情が見え透いていて、どうにもそれが晴香を苛立たせた。

「『豊穣姫』はノエルに懐いている」とはラッセルの言だが、どうやら真実だったらしい。

 今も、真剣に地図を眺めるノエルの横に、当然のようにミーナが座している。

 それを少し離れたところで眺めていた晴香は、思わず口を尖らせた。すると、押し殺したような笑声が響く。少女はさっと振り向いた。

「……何か?」

 いつの間にか背後に立っていた青年に向かい、剣呑な声を投げつける。すると彼は、笑みを隠そうともせず言った。

「いや。おまえ、分かりやすいなと思って」

「んなっ――!」

 彼女は顔を真っ赤にしてうろたえる。それを見たラッセルが、とうとう吹きだした。このやり取りが聞こえたのか、ノエルが顔を上げた。

「何をしているんですか、お二人とも?」

 晴香はぎくりと身を竦めたが、ラッセルの方はというと、何事もなかったかのように手を振る。

「いや、ちょーっとした世間話だよ。それより緑君は何を悩んでるんだ? 次の目的地は、もう決まってるだろ」

「そう、なんですけど……。進路の取り方について、ちょっと」

「あー、そういうことか」

 彼らのやり取りに晴香は首をかしげる。また、これを聞きつけたのか、部屋の隅で何やら話し合っていた二人の少年も、ぞろぞろと地図の周りに集まってくる。しぶしぶと、少女もその間から顔をのぞかせた。

「進路の取り方で悩んでるって、どういうこと?」

「五大国同盟の中で、次の目的地――アクティアラ皇国だけは、少し厄介な場所にありましてね」

 そう言ってノエルは地図を指でなぞる。これまで旅で辿ってきた道を戻るようにしてしばらく滑らされた指は、やがてピエトロ王国を通り過ぎてひとつの国を示した。


 エクティア地方の最西端にある、大きな国。アクティアラ、という大きな文字が記された国の周囲には小国がひしめき合っている。今いるアルド・ゼーナからはかなり離れた国だ。かといって、ピエトロから近いわけでもない。

 不可侵領域の王者といった風格を漂わせている国を見て、光貴は眉をひそめた。

「なるほどな。一度、ピエトロに戻らなきゃいけないわけか」

「必ずしもそういうわけではありません。ステアーズ公国を経由していくルートもありますよ。ただ、どちらにせよ時間と手間がかかります」

「まあ、フレイにはもう会っちまったしなあ」

 そう言ってラッセルが少年公子をちらりと見やる。彼は何気ない態度で、事のなりゆきを見守っているようだった。

 光貴は、ふと思った。初期の予定では、アルド・ゼーナで報告を済ませたあとにステアーズへ赴いて、彼の少年に会うつもりだったのだろう。そして、そのままの流れでアクティアラまで行ってしまえば済む話だ。南から西へ行き、さらに北へ――と、かなり迂回をするルートではあるが、その方が無駄が少なかっただろう。

 だが、光貴たちの訪問とフレイの訪問がこの国で重なり、予定が狂った。

「僕はどちらでも構わないよ。せっかくだからうちの国を見て行く、というのならそれはそれで歓迎する。大公閣下も、否とは言わないと思うし」

 軽い声で示されたフレイの提案。しかしそれに、ラッセルは「でもなあ」と首を振った。

「申し出はありがたいが、俺たちには観光をしていられるほどの時間が残されているわけじゃないんだよ。それに、ピエトロの使者がきたとなれば、国の上層部はどうしてもざわつく。シオン帝国に尻尾を掴まれないためにも、そういうのは最小限に抑えたいんだ」

「なるほど……道理だね」

 フレイは怒るでもなくごねるでもなくうなずいた。それでも眉が少し下がっている。ただ、遺憾と語るような表情は一瞬で消えうせ、真面目くさったものに取って代わった。

「じゃあ結局、いったんピエトロに戻ってから行くのかい?」

「そうなります」

 あっさりとうなずいたノエル。彼は直後、ゆっくりと目を見開いた。唇が震え、あ、と囁きのような声が漏れる。

「ん? どうしたんだ」

 光貴が問うと、ノエルは彼の方をまっすぐに見た。奇妙なほど静かな声が響く。

「我国の南部国境線近くに、いいものがあることを思い出したんです。光貴さんや晴香さんにはぜひ見ていただきたいものが」

「――ああ。あれか」

 ラッセルが腕を組んでうなずく。「なんであるか」が明示されない会話に、北原兄妹は微かに眉を寄せた。だが一方、二人の守護天使は純粋に興味をそそられたらしい。ピエトロの使者二人の方へと身を乗り出していた。

「なんだろう、興味あるな」

「それって有名なもの?」

 子供らしく、うきうきと声を弾ませる二人を見て、少年と青年は苦笑をこぼした。久方ぶりに見る屈託のない笑顔に、光貴たちの頬も緩む。

 きらきらと輝く疑問に答えたのは、緑髪の少年の方だった。

「有名、というほど有名ではありませんね。でも王家の人たちや、僕らのような人間の間では知られています」

「むしろ知らないとまずい、というかな」

「ええ」

 やはりどこかはっきりとしないやり取りに、光貴は意味の分からぬもやもやを抱え込む。それを発散するため、というわけでもないが、思わずラッセルの方をいくらか強い目で睨んだ。そして瞬間、息をのむ。

 彼が光貴に向けてきた鳶色の瞳が、ひどく揺れていたから。

――結局、その目の意味はよく分からないままに報告会が終了した。光貴は今、フレイと並んで歩いている。特に理由はない。あてがあるわけでもない。ただお互いに「そうしたい」と思ったから、隣り合って歩いているだけだった。

 無言で廊下を進みながら何気なく周囲を見つめていた光貴の目が、ある一点を捉える。それは、やたらと豪華な飾りつけがされたソファだった。

「あ、ここって」

 決して古くない記憶が刺激され、少年は思わず声を漏らす。それを聞いたフレイがその視線を追い、彼もまた納得したように声を上げた。

「ああ。僕らが初めて出会ったところだね」

 ラッセルとケインズが、たった二人でミーナの部屋の警備兵と相談に行ったとき、光貴はここで待たされたのだ。そこへたまたま、フレイが通りかかった。

 そのときのことを思い出し、光貴は顔をひきつらせる。

「いやあ、あのときは大変だったなー。俺、死ぬかと思った」

「うっ。い、いや、あれは……」

「死ぬかと思った」状況を作り出した張本人であるフレイは、明らかにばつの悪そうな顔をして目を逸らす。そんな様子を見て、年上の少年は声を立てて笑った。

「気にすんなよ。最初こそ『なんだこいつ』って思ったけど、今はなんとも思ってない。それより……おまえの方こそ、いいのか?」

 真っ赤な顔で光貴の存在そのものを否定してきたフレイ。当初の彼を思い起こしながら、今の彼を見る。すると当人はおぼろげながらその問いの意味を察したようだ。途端に、赤い目を細めた。唇を、つんと尖らせる。

「言っとくけど、僕はまだ認めてないからな」

「――左様で」

「でも、悪くはないと思う」

「え?」

 消沈した光貴は、続いた言葉に思わず顔を上げる。すると、幼い少年の表情が微かに緩んだ。

「出会って数日の人間を助けるのに命を懸けようとする人間だ。そんなやつが見守る国は、多分悪いようにはならない。王や民が迷っても、そいつなりに導いてくれるんじゃないだろうか」

「……フレイ」

「僕は、僕なりに考えて、そう思った」

『叡智王』はそう言って顔に笑みを咲かせる。年相応の、無邪気な笑顔だった。

「あのときのラッセルじゃないけど、未熟なのはお互い様だしね。五人で支え合っていけばいい。そうすれば誰かが道を踏み外したとしても、他の四人がひっぱたいて連れ戻してくれる」

「大して歳変わらないのに、頼りになりそうな奴らばかりだしな」

 アレクやミーナの顔を思い浮かべながら、『神聖王』の少年は呟く。すると対面から、意地の悪い笑顔が返ってきた。

「それは、僕も含まれていると思っていいのかな?」

 悪戯を楽しむような声色に光貴は苦笑する。彼に負けじと、いびつに笑い返した。

「もちろん。頼りにしてるぞ、フレイ・エル・ステアーズ」

 本名で突き返されたフレイは、一瞬だけきょとんとしたあと、口元をつり上げた。

「君の即位が楽しみだよ」

 からかうような響きのある言葉はしかし、その本質はとても純粋なものだ。光貴はそう感じ、表情を綻ばせた。


 事件解決から旅立ちまで、さして時間はかからなかったように思う。少なくとも、余計なことを考える時間が無い程度には忙しかった。北原晴香は、自らの兄と『叡智王』の間でどのようなやり取りがあったかも知らないまま、その日を迎えた。

 そして、一同とともに愕然とすることになる。

「私も旅に加わってよろしいでしょうか!」

 元気よく頭を下げてそう言ったのは、アルド・ゼーナの守護天使、ミーナ・コラソンその人であった。突然の出来事についていけていない一行は、揃って間抜けに口を開けたまま、少女の金色の頭を眺めていた。

 晴香と彼女の兄は、ややあって、少女の隣にいる人物を見る。

「えーっと。一体何がどうなって、こうなってるんだ?」

 そう訊いたのは兄だった。言葉を選ぼうとして失敗したようだが、それを笑う資格は今の晴香にはない。彼女も心境的には光貴と変わりないからだ。

 光貴の問いに苦い笑みを浮かべたその人物、すなわちフレイ・エル・ステアーズは困ったように口を開く。

「えっとね。昨日のうちに、僕とミーナは内内の話を済ませたんだ」

「内内の……」

「魔法にまつわる条約の確認とか、お互いの国に漏れた魔導犯罪者がいないかとか、そういう話」

 軽い言い草に、兄妹はうなずく。

 五大同盟が不安定な今、五大国はそれぞれに足場を固めている状況だ。ピエトロ王国がジブリオと個々で同盟を組んだのと同じく、アルド・ゼーナとステアーズも何かしらの約束をしているのだろう。

「で、本題はここからなんだけど。その話を終えたあと、ミーナがいきなりラディス陛下のもとへ伺ったんだ。それで何を言い出すかと思えば、『ピエトロから来た皆さんの旅に同行したい』だよ」

「ああ……」

 晴香は吐息のような声を漏らし、再びミーナを見る。彼女は黄金色の瞳をきらきらと輝かせていた。それにフレイが肩をすくめる。

「これが困ったことに、アルド・ゼーナ側にも断る理由がないみたいでねえ」

「へ?」

「守護天使が一時的に抜けても、今のところそんなに差し支えはないらしいんだ。王宮は大混乱に陥ったけど、国そのものは安定しているんだからね。むしろ、ミーナの今の状況を考えたら、王宮に閉じ込めない方がいいんじゃないか、っていう意見が根強いみたいで」

 晴香も、そして光貴も、『叡智王』の言いたいことをおぼろげながらに察した。同時に、国王ラディスの意図も。

 記憶喪失から正常に戻ったばかりで、いつ不安定になるとも知れないミーナ。そんな彼女のそばには、親しい者がいた方がいい。その上、国の外に出て刺激を受けた方が成長できるだろうし、勉強にもなるだろう――要は、そういうことなのだ。

「ど、どうしよう?」

 戸惑いの抜けない晴香は、すがるような目で兄のさらに向こうを見る。つまり――唖然として話を聞いていたラッセルやノエルを。彼らは彼らでお互いに顔を見合わせて悩んでいたものの、やがてすべてを諦めたかのごとくため息をついた。

「ま、まあ……こちらにも断る理由はありませんね」

「本国の方がいいって言ってるんじゃ、何も口出しできねえわな」

 どうしても突き返さなければならない理由があれば別だが、そういうものも特にない。呆れと諦めを多分に含んだ空気が四人の間を流れる。それを察したのか、ミーナの瞳が無邪気に光った。

「え、じゃあ!」

「同行を許可する、と言うしかない」

 非常に回りくどい言い方をしたのはラッセルだ。嫌そうにも見える顔で頭を振っている。だが、無垢な『豊穣姫』は許可を得られたことがただただ嬉しかったのか、手を叩いて喜んだ。

「やったー!」

 そのままうさぎのように跳ねると、晴香の前までやってきて、彼女の両手を握った。握手のつもりなのかぶんぶんと振り回される。突然の奇行に晴香は目を白黒させていた。

 すると晴香の前方から、力の抜けきった声が飛んでくる。

「ミーナー。喜ぶのはいいけど、迷惑かけないでよー」

 それは『叡智王』のものだった。少なくとも、ミーナは彼より二つか三つ年上のはずなのだが、少女の姿には年長者の威厳などかけらもない。ミーナは元気よく「うん」と返事をしたものの興奮を抑えられないようだった。

 それを見てフレイがため息をついている。そして、そんな彼の後ろに男の人が立ったことに、晴香は気付いた。

「おお、おお。ミーナは朝から元気がいいな」

 金髪碧眼の男が笑いながら言う。フレイはその声に振り返り、ぎょっと目を見開いた。大慌てで跪いて礼をした。

「ら、ラディス国王陛下!」

「え、ええ!?」

「あ……」

 晴香はフレイの口から飛び出てきた人名に飛びあがりそうになった。続いて、この人はまさしく国王様だ、と確認すると、自分も礼を示すべきかと慌てる。だがその横に立っている光貴は、苦笑のようなしかめっ面のような微妙な表情で立ち尽くしているだけであった。ラッセルとノエルはすでに簡潔な礼を示している。ミーナは単純にお辞儀をしていた。

 それぞれの反応を見て、ラディス王は愉快に笑う。

「はっはっは。そう慌てる必要もないだろう。見送りに来ただけだ。普通にして結構だぞ、フレイ殿。守護天使に礼を取らせては、私が臣下に叱られる」

「は、はあ……」

 最後の一言は恐らく冗談だろう。フレイと晴香の呆けた声が重なった。『叡智王』は戸惑ったように目を瞬きながら、恐る恐る立ち上がる。その頃には、ラディスの目はミーナに向けられていた。

「ミーナ」

 静かな声で名を呼ばれると、少女の顔から明るい笑みが消える。

「はい」

「おまえはまだ、未熟だ」

「……はい」

『豊穣姫』は神妙にうなずいた。それを見る兄妹の顔も引き締まる。未熟なのは自分たちとて同じ。それも、この場にいる誰よりも、未熟で幼稚で無知だ。

 王が、穏やかな微笑を浮かべて少女を見る。

「だから、外を見てきなさい。『豊穣姫』としてではなく、ミーナ・コラソンとして。世界は都よりも、この国よりもずっと広い。その広い世界は、必ずおまえを成長に導いてくれる。おまえならきっとできる。だから、臆するな」

 ミーナは答えない。だがラディスは、それでも優しい表情のまま彼女に言葉をかけた。

「まずは、自分を信じることだ」

 一言。そのたった一言を受け、黄金色の瞳がきらりと光る。喜びとも悲しみともつかない光が、王をまっすぐに見た。やがて少女は、息を吸い、ただ一声のみで――

「はい!」

 力強く、応じた。

 それからすぐにラディス王は立ち去った。四人に一人を加えた一行は、『叡智王』が見守る中で改めて旅の支度を整える。といっても、鞄の中身を再確認するしかやることのなかった晴香は、自分の鞄にふたをすると、ため息とともに額を拭った。

 と、唐突に声をかけられる。

「晴香」

 名前を呼ばれて振り返った晴香は、にこにこ笑って自分の方を見ている少女を目に留めた。彼女はちょいちょいと晴香に手招きをする。

「こっち。ちょっとこっち来て」

 今までで一番ぞんざいな声のかけ方をしてきたミーナ・コラソンは、なぜかとても楽しそうだった。晴香は首をかしげたが、すぐに鞄を肩にかけてミーナの方に歩み寄る。

 すると、ミーナがまだ準備に追われている人たちを振り返った。急な人員増加で一番調整に苦労しているのは、旅を取り仕切るラッセルとノエルだ。彼らがこちらの話をまったく聞いていないことを確認したのだろうか。満足げにひとつうなずいた『豊穣姫』は、声を潜めていきなり切り出した。

「ねえ。晴香は、ノエルのことが好きなの?」

 直球。そしてひどく覚えのある質問に、少女の心臓が大きく跳ねた。全身が一気に熱くなったように、彼女は感じていた。

 以前、ミーナがまだ自分の記憶を失っていた頃、まったく同じ質問をされた。そのときは全力で否定されたが――

 晴香はそろりと、相手の顔を見る。今や宝石のごとく美しい黄金色の瞳は、すべてを見透かすかのような鋭い光を湛えていた。そしてただただ、ひたと晴香の顔を見据えている。

 それが何を意味するのか、晴香はもう分かっていた。観念して――うなずく。

「うん」

 自身の想像より重い声は、周りの騒がしい空気などないかのようにしっかりと響いた。

 ミーナは少し目を見開く。だが、すぐに微笑した。

「やっぱりねえ。そんな気がしてたんだ」

 放たれた声に邪な感情は感じない。ただ、何事かを楽しむような雰囲気があった。

「なんですぐに本当のことを言わなかったの?」

「え、いや、だって……!」

「もしかして遠慮したの? やだなあ、そんなことしてたら私が獲っちゃうよ?」

 晴香は、恥ずかしさと驚きで今度こそ耳まで真っ赤になった。

 ミーナがノエルをどう思っているか気付いていないわけではなかったが、ここまではっきり宣言をしてくるとは思っていなかったのだった。これほどずけずけと人の内面に介入してくる人をライル以外に知らなくて、だからこそミーナが見せたそんな気質に驚いたのもある。

 ただ、ミーナのそんな一面は、あくまで恋愛という一事のみに発揮されているのだが、このときの晴香にそんなことを悟る余裕はまったくない。

「あう、あうあう……」

 これまでになくバッサリと自分の「もやもや」に結論を押しつけられた晴香が真っ赤になってうろたえる一方、ミーナはなぜか嬉しそうに手を叩いていた。

「じゃあ、私たちは恋敵ってことね」

「こ、こいがたき?」

「そうよ。つまりライバル。どちらがノエルの心を先に掴めるか、勝負しましょう?」

 いつもの穏やかな声であっけらかんと言いきった守護天使の少女は、渋い顔をしてうつむく少女に向かって、片目をつぶって笑って見せた。

「自分の気持ちには、早めに向き合っておいた方がいいわ。これは経験者からの助言よ」

 晴香はその言葉に驚いて顔を上げ、だがしばらくしてふっと笑った。

 彼女が言おうとして言わなかった言葉が何か分かってしまったからだった。

――早くしないと、私が勝っちゃうからね?

 これはそろそろ、自分で自分を認める時期が来たのかもしれない。

 意外にも強引な『豊穣姫』を見ながら、晴香はそんなことを思っていた。


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