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King of Light  作者: 蒼井七海
第三章 遠い日の欠片
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第五話 想い――2

 アルド・ゼーナの王都を覆った深くて暗い夜が明けようとしている。朝を告げる鐘の音を聴き、街の者たちはもぞもぞと起き出して活動を開始した。人々はときおり訝しげに王宮の方を仰いだが、すぐ何事もなかったかのようにそれぞれの仕事へ戻っていった。

 王都民の中に、夜の事件を正確に知る者はいない。この国では守護天使の存在が公表されていないため、ミーナが記憶喪失を起こして王宮が騒然としていたことなど、知るはずもない。ただ、夜中に何やら王宮が騒がしかったことは事実であり、その事実を元に根拠のない噂が枝葉を広げて駆けまわっていた。

 一方、事件の当事者たちは仮眠をとって諸々の仕事を終えた後、再び一堂に会していた。他国の使者たちの、本来の目的を達成するためである。そこで光貴たちは当然、ミーナとフレイにこれまでのことを改めて報告した。

 光貴たちが使っている客間の一室、四角いテーブルを囲む若者たちは、険しい表情でその場にいた。やがてフレイが口を開く。

「シオン帝国とそれに味方する暗黒魔法の使い手たち、ね。今回アルド・ゼーナに干渉してきたわけだから、当然無関係じゃいられないわけだけど」

 呟くように言ってから、ふと彼は眉をひそめた。

「でも、あの魔導師の話を信じるなら、どうにも奴らは一枚岩じゃなさそうだけどなあ」

 言われて光貴も思い出す。魔導師の話を簡単にしてしまえば、シオン帝国は「『神聖王』の復活を阻止したい」わけである。そうでなければ人間の封印などという手段には出ないだろう。一方暗黒魔法を使う者らは「『神聖王』の力を欲している」のだ。

 この根本的な一点において、彼らの利害は対立している。

「となれば、どこかで必ず分裂を起こすだろうな。でもまあ、そこまでの利害は一致している。だからこそあの不気味な連中は、シオン帝国に取り入ったんだろうよ」

「国という強大な力を借りていた方が、やりやすいこともありますしね」

 ピエトロの城仕え二人が現状を整理する。それを聴いていた晴香もひとつうなずいた。

「そしてあの魔導師は、ミーナも取り込もうとしたんだ。何考えてるんだろ……」

「記憶の喪失とか、殺害とかは殿下の依頼だったのよね」

 晴香のすぐ横でミーナが呟いた。あくまで敵は守護天使を取り込もうとしている。その目的がなんにせよ、不気味であることには変わりない。

 と、そこで、光貴はふいに目を見開いた。

「――あ。記憶といえば、大事なこと話すの忘れてた」

 その言葉に、全員の視線が集中する。光貴は居心地の悪さを覚えて身じろぎした。フレイが、眉をひそめる。

「大事なことって、何?」

「フレイは覚えてるだろ。こっちの記憶の話」

 言いながら、光貴は自らのこめかみをつつく。すると、フレイが目を見開いて「あっ!」と叫んだ。

 かつての記憶を夢という形で再認識した光貴だったが、直後に件の騒動があってそのことがすっかりうやむやになっていたのである。自らの整理も含め、ここで一度話しておくべきだろうと考えたのだった。

 だが、光貴がそれ以上何かを言う前に、周囲から凄まじい反応があった。ラッセルとノエルは唖然として目を見開き、ミーナも驚いた顔で手を口に当てている。晴香に至っては椅子を蹴って立ち上がっていた。

「お、お兄ちゃん。記憶ってまさか!」

「ああ。二年前の事件当日の話……思い出した」

 おろおろとしつつも光貴が告げると、晴香は怒ったような泣いたような表情で顔をゆがめる。一方、ラッセルはテーブルの天板を勢いよく叩いた。

「おまえはー……どうしてそういう大事な話を早くしないんだよ!」

「いや、言う機会を逃してたんだって。思い出したそばから夜の騒ぎだし」

 なぜか怒る宮廷魔導師に弁明した後、光貴は夢で見た光景の話をした。夢というのはだいたい支離滅裂で曖昧なもののはずだが、これは自らの記憶であるせいか、鮮明に覚えているのである。

 大して時間をかけずに話し終えた光貴は、寒気を感じて身震いした。やはり、あの日の恐怖は根強く残っているらしい。

「結局、問答無用で連れ去られたってわけか」

 渋い顔で言ったのはフレイだ。彼のそばに座る晴香とミーナの少女二人は、沈痛な面持ちで黙り込んでいる。ラッセルとノエルは不快感を隠そうともしない視線をいずこかに向けていた。

「そして、首謀者は今回両殿下に雇われていた魔導師、と」

「さらに言えば光貴の誘拐および封印はシオン帝国の依頼であり、暗黒魔法の使い手たちの意図とは正反対、か。無茶苦茶だな」

「ますますシオン帝国が不気味に思えてくるね」

 ノエルの独白に続き、赤毛の少年と青年が言葉を交わし合う。それに対し光貴とノエルもうなずいた。

「シオンの動向については、一層注意した方が良いかもしれませんね。そちらについて動きがなかったか、後でアルバート陛下にうかがいましょう。いいですか、ラッセル」

「ああ。そうしよう」

 ノエルの提案に、ラッセルは二つ返事でうなずいた。それからふと、天井を仰ぐ。鳶色の瞳が、遠くない過去へと向けられた。

「そういえば……。それこそ放置していた話だが、ひとつ疑問があったんだよな」

「何?」

「光貴が封印されたのが二年前。そして、異常な魔力騒ぎを受けて俺が調査に出たのが数ヶ月前だ。この間に、どうして膨大な魔力が検知されなかったのか、という話があった」

 ラッセルが語ると、緑髪の少年が手を叩いて「あ、そういえば」という。元々その疑問は、二人の間で提示されたものだった。あまり知らない北原兄妹はきょとんと顔を見合わせる。

 だが、深刻そうな彼らに対し、二人の守護天使の反応はあっさりとしたものだった。

「ああ、そんな話か。それなら簡単だよ」

「そうね。私でも分かる程度には」

『叡智王』と『豊穣姫』は口をそろえて言った。ピエトロ王国の使者御一行は、ぽかんと口を開く。その姿を見て、ミーナが嬉しそうに解説を始めた。

「ねえラッセル。封印魔法だけの場合、検知される魔力はそんなに大きくないわよね」

「そうだな。手間はかかるし強力なものだが、管理局が騒ぐほどの魔力は検知されない。フィロスならなおさらだ」

 フィロスはもともと、神殿の多い町だ。そのぶん、魔法的な儀式や神事も多く行われる。封印魔法ごときでいちいち騒いでいては身が持たないだろう。

「だとしたら答はひとつしかないわ。ちょうどその、フィロスの騒動があった頃に、光貴の中の魔力は覚醒したのよ」

「……か、覚醒?」

 素っ頓狂な声を発したのは晴香だ。これに補足を加えたのは、平然と話を聞いていたフレイ。

「守護天使に限らず、『天使』の魔力ってのは、生まれたときから分かってるものじゃないんだよ。あるときに突然、体の中で目覚めるんだ。その時期は人によってばらばらだけど、だいたい検査とか、他の魔導師のもとを訪れたときとかに、『質の違う魔力』が感じ取られるようになる」

 淡々とした解説を聴きながら、光貴はアレクの話を思い出していた。

 彼の場合のきっかけは、宮殿の魔導師と手合わせをしたときだという話をしてもらったのだ。

「つまり俺の場合、それがその、ちょうど晴香とノエルが出会った頃だったというわけだ」

「そうなの」

 光貴の整理した情報を、ミーナはあっさり肯定した。

「『天使』の魔力は、普通の魔導師の封印魔法程度じゃ抑えこめないほど強大なの。『神聖王』ともなればなおさらよ。その大きさと、魔力同士の質の違いとがあって、光貴の魔力は封印の外に漏れ出してしまって、管理局を騒がせた。そういう話だと思うわ」

 いざ聞いてみれば確かに、単純な話ではある。だが一方で、経験を積んだ守護天使だからこそ分かる事実でもあった。光貴は腕組みをして、感嘆の息を漏らす。

 ただ一方で、これに渋い顔をした人がいた。フレイである。

「でも、それってつまり『いつかは解ける封印』だろ? そんなことしてなんになるんだろうね」

「多分敵側は、ラッセルほどの強力な魔導師が来るとは予期していなかったんですよ」

 ノエルがあっさりと答を提示する。全員がきょとんとして彼を見た。「緑君」といういささか不名誉な渾名をつけられている少年は、その名付け親に容赦なく指を突きつける。

「ラッセル・ベイカーが辺境の町の調査に駆り出されるとは思わなかった。さらに言えば、封印魔法に辿り着かれるとは考えてもみなかったのでしょう。この人によればその魔法円は、関係者以外立入禁止の地下にあったそうですから。それに――」

 一口に喋ったノエルは、そこでふと言葉を切ると、眉をひそめた。

「きっとシオン帝国側は、光貴さんが『神聖王』だという結論にすら、達していなかった」

 少年少女がきょとんと互いの顔を見合わせる。一方、最年長のラッセルは、目を見開きつつ首をひねった。

「あれ? 言われてみればそうだよな。俺たちだって、ドリスの洞でこいつが覚醒して初めて、そのことに気付いたんだから」

「そうです。『預言者』の僕ですら、決戦前日にならなければ結論を出すことができなかった。それなのに、赤の他人もいいところの帝国が、気付くはずがありませんよ」

「ちょ、ちょっと待って!」

 ピエトロの男二人の議論に頭が混乱したのか、ひどくあわてた様子で晴香が割って入った。

「それじゃあ、お兄ちゃんが二年前にさらわれたのはなんで? 『天使』かどうかも分からない普通の男子を封印しようとしたのはなんでなの?」

 妹が呈する疑問に、光貴も眉をひそめる。

 光貴が『天使』であり『神聖王』だったというのは、あくまで結果論だ。もしこの結果が違うものであった場合、シオン帝国は、ピエトロの一般人に危害を加えたということになりかねなかった。そうなれば、シオン帝国には損しかなかった。二年前の件は、利益よりもリスクが遥かに大きかったはずである。

 重苦しく漂う疑念に、ノエルがため息をつく。

「それは僕にも分かりません。でもきっと、帝国には理由があって、光貴さんにはそれだけの要素があったのではないでしょうか。捕まえて封じ込めてしまわねば後々自分たちの害になる――と、シオン帝国に思わせる何かが」

 淡々とした語り。それを受け、晴香にミーナ、そしてラッセルにフレイの視線が、一斉に光貴の方へ向いた。なんだか監視されている気分になり、光貴はうっと顔をしかめる。

「な、なんだよ。そんなに見られても困るぞ」

 彼自身、『神聖王』がどうのと言われるまでは、ごく普通の市井の人間という認識があった。それゆえの葛藤もあった。だからこそ分からないことが、今確かにある。

 わたわたおろおろと辺りを見回す光貴をよそに、フレイが頭を押さえてため息をつく。

「まいったね。どんどん不気味になっていくだけじゃないか」

「本当に、シオンは何をしようとしてるのかな……」

 ミーナも、形のいい眉を寄せた。

 今すぐに逃げだしてしまいたいほどの気まずい沈黙が広がる。この場に集う六人は、それぞれの懸念に思考を巡らせていた。だがやがて、フレイが溜まりかねたようにテーブルを叩く。

「……ああ、もう! 考えてても埒が明かないよ! とりあえず今は、目の前のことに集中しよう!」

 最年少たる少年の叫び声。そのおかげか、重い空気がわずかに弛緩した。「そうだね」とミーナが緩やかに、首を縦に振る。それを見て、フレイがあえて尊大に腕を組む。

「とりあえず、シオン帝国と暗黒魔法使いの件は本国にも連絡しておくよ。国防策を練らなくちゃいけないしね」

「私も、この話はラディス陛下に伝えておくわ。それから、もっと暗黒魔法を知っておかなくちゃいけないかもしれない……」

 ミーナの最後の言葉は、もはや呟きのようなものだった。おそらくはそれが聞こえていないだろうフレイは、ピエトロ王国の使者たちを睨むように見る。

「みんな、このままメリエルのところに行くんだろ?」

「そういうことになりますね」

 ノエルが淡々と受けた。その横で、ラッセルがぽんと手を叩く。

「そうだ! 今俺たちがこうして一人一人に伝えてるのは、シオンに気付かれるのを警戒してのことだったけど……。一度、守護天使五人で集まって、情報共有をした方がいいと思ってたんだよな」

「そういえば、アレクのところでもそんな話をしてたな」

 光貴はジブリオのことを思い出しながらうなずいた。それを聴いた守護天使二人が、お互いの意見をうかがうように顔を見合わせる。それから、彼らも確かな同意を示した。

「それもそうだね。各国の状況も知っておきたいし……」

「今はばらばらに持っている情報を、きちんと照らし合わせるべきだわ」

 言ってから、ミーナは細い指を顎にかけた。

「でも、とすると……その守護天使会談の実現はいつになるかしらね。少なくとも、光貴が正式に即位してからだと思うんだけど」

「ジブリオとアルド・ゼーナがちょっとごたごたしてるからね。それがいつ片付くかにもよるかな」

 フレイがぴしゃりと現実を指摘すると、六人分のため息がこぼれる。だあ一行は、すぐにやりきれなさを飲みこんでしまうと、報告会の締めにとりかかった。

「ま、とりあえず。ミーナとフレイには、国王陛下や大公閣下に情報を伝えてもらうとしよう。そんでもって、俺たちは最後の目的地に行く。これでいいな?」

 けろりと言ったのはラッセル。

 この意見に否を示せる者は、一人もいなかった。


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