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King of Light  作者: 蒼井七海
第三章 遠い日の欠片
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第四話 混沌の夜――4

 何故、この夜にあの日の記憶を取り戻したのか。

 得体の知れぬ恐怖から立ち直ったばかりの光貴には、どうしても分からなかった。だが、今ここへ来てようやくその理由を知る。

 自分の二年間を奪った張本人と、出会ってしまっていたからだ。その出来事が、その存在が沈められた記憶を突き上げてしまったから――彼の記憶は戻ったのである。

 魔導師は高らかな哄笑を上げている。その様を見て、光貴は動けないままでいた。目の前にいるのは二重の意味での敵だ。だがどうしても、足がすくんでしまう。二年前に植えつけられた恐怖が変わらず残っているのだ。

「面白い、実に面白い話だ!」

 声高く叫んだ魔導師は笑いをおさめ、光貴の方を見ると薄く笑った。

「よし、小僧。封印から出てきたご褒美に少し話をしてやろう」

 魔導師の言葉を耳に入れている途中、光貴は寄り添う気配に気づく。いつの間にか斜め後ろに、フレイの姿があった。いつでも魔法を発動できるよう身構える彼は、王子二人の方を見ながらも、魔導師の声に耳を傾けているようである。

「私はな、依頼と報酬さえあればどんな奴にも媚びを売る。どんな奴のためにも仕事をする。昨日の依頼主を敵に回すことさえあるのさ。二年前と、今回の件がまさにそうだった」

「なんだと……?」

 身構えて、わずかも警戒心を解かない少年は、それでも当惑を禁じ得なかった。眉をひそめて相手をにらむ。その相手は、向けられる敵意などないかのように、上機嫌に話を続けた。

「おまえを封じる依頼は、シオン帝国から受けたものだった。私はつつがなくそれをこなしたというわけだ」

 敵対国となってしまった国の名を聞き、光貴はぎくりと身を竦める。だが、魔導師はそんな聴き手の反応を歯牙にもかけず続けた。

「だがそれからしばらくして、私は帝国の中にいるある勢力に協力することになった。そいつらは守護天使の力を欲していたのさ。だから、封印が忌々しかったようだな。実は今回アルド・ゼーナに来たのも『豊穣姫』をその勢力に取りこむためだった」

 守護天使の力を欲する、帝国の中の勢力。それだけ聞いてしまえば、この魔導師が現在どういう立ち位置にあるのか、光貴には手に取るように分かってしまった。しかし、帝国と暗黒魔法の使い手たちという二つの勢力のはざまで二重スパイをやっている人間がいると知れば、さすがに困惑を隠しきれない。

 魔導師は笑顔のまま、二人の王子の方を見た。

「けれどここで、さらに面白いことが起きる。私の存在に目をつけたそこの王子殿下たちは、まったく逆の依頼を私にしてきたわけさ。すなわち――守護天使のミーナ・コラソンを殺すこと」

 ころころと拠り所を鞍替えするらしい魔導師は、その目にやや危険な光を湛え、二人の守護天使を見る。

「どっちにつくか迷ったがな。帝国と『奴ら』の間にいる私にとって、私が封印した貴様にはさっさと消えてもらった方が都合がいい。だからこの際、二人まとめて消えてもらおうと思っているんだよ。どうだ? 面白い話だろう?」

 締めくくると彼は、また笑った。歪みきった笑顔を見て光貴は無意識のうちに後ずさりをし、そして小さな背中にぶつかったことで我に返った。フレイは目線だけで振り返る。光貴を通り越し、魔導師を睨みつけた。

「なんてやつだよ……人の命をおもちゃか何かにしか思ってないんじゃないか、こいつ」

 苦々しい呟きは、魔導師に届くことはない。彼はただ、喉の奥で狂ったような笑声を響かせると、唐突に動いた。

「そういうわけだから、私のために死んでくれ。小僧」

 言われると同時、光貴は飛び退いた。あれだけ恐怖で固まっていた体が、このときはばねのように跳ねたのである。人間の本能が為せる業だろう。

 魔導師の手から暗い光が沸き起こった。それは弾となり、少年たちのもとに降り注ぐ。光貴はとっさに剣を収めて、手元に白光の球を生み出す。フレイは、自らの周りに生き物のような火球を出現させていた。お互い、ほぼ同時に、指揮者のように手を振り、自らの魔法を相手へとぶつける。

 黒と白が互いを弾き、紅蓮の炎が暗い光を焼きつくす。魔法の光が空中で爆ぜ、花火のように弾けては消えた。破裂音と焦げた臭いが周囲にまき散らされ、だがそれでも渦中の者たちは止まらなかった。

 魔導師が生み出し続ける魔法をフレイの炎が食らう。『叡智王』の瞳に、これまでとは違う冷たい怒りの炎が宿る。

「おまえはよほど、命を弄ぶのが好きらしい。そんな人間を、友の国に野放しにしておくわけにはいかないな」

「そう思うのなら、ぜひ私に勝つのですな。『叡智王』殿」

 今となっては不気味な敬語を放ち、魔導師はぎらりと目を光らせる。だがすぐに攻勢へ出ようとはせず、骨ばった両の指を唐突に胸の前で組んだ。光貴もフレイも、何が起こるのかと身構える。

 しばしの沈黙ののち、魔導師の体を徐々に黒い靄が包み込みはじめた。夜の闇より暗い黒は、魔導師の頭上まで昇ると、煙のように立ち上がり、少しずつ形をとっていく。

「なっ……」

 フレイが唖然として見上げる。その先には、竜がいた。

 暗い闇で形作られた、ぼやけた竜は、だが鎌首をもたげて確かな悪意のある瞳を二人に向けてくる。

「なんだよあれ。あんな魔法、見たことがない」

「ちっ……蛇の次は竜か」

 未知の魔法に驚くフレイの横で、光貴は震える声を漏らしてぼやく。彼の脳裏には、いつか見た蛇の腕が思い出されていた。レラジェ、と呼ばれていたあの奇妙な男を、きっとこの魔導師も知っているのだろう。

 竜の姿を満足そうに見上げた魔導師は、少年たちに視線を戻すと歪んだ光を湛えた目を、微かに細めた。

「『叡智王』殿は、暗黒魔法をご覧になるのは初めてですかな」

 慇懃な口調でそう言った彼は、口をつり上げて歯を見せると、手を挙げる。それから小さく命じた。

「――行け」

 今までの奇妙な軽快さが嘘のような静かな声。主の命を受けた竜は、その声の静けさとは対照的に、激しくうなりを上げて二人へ向かってきた。二人はとっさに、左右に分かれて飛ぶ。彼らの間に闇が激突し、地面に穴を穿った。

 光貴とフレイは、暗黙のうちに動いていた。ほぼ同時に狙いを彼の竜に定め、魔法を発動させる。それぞれの目の前でうなりを上げる光と火。わずかに火炎の方が早く、黒き竜へと殺到した。

 激しく燃え上がる炎の中で、竜は身を悶えさせる。だがその力は、ほどなくして真っ赤な魔法をすべて振り払ってしまった。この世で一番強力な『天使』の炎魔法は、辺りに橙の粒をまき散らし、やがて消えてしまった。

 フレイの顔が悔しそうに歪む。それを見るよりも早く、光貴は光線を放った。闇と相反する一条の光は、まっすぐに竜の胴を貫いて弾けた。竜が怒りと苦悶の咆哮を上げる。空気を勢いよく揺らすそれは、本物の竜と比べても遜色ないように思われた。

 悶え苦しむ竜を見て、フレイが気色ばむ。

「効いたか!?」

「……いや」

 いささか興奮した様子の問いに対する光貴の答えは、苦いものだった。無意識のうちに、手が剣の柄に伸びる。

 そのやり取りが合図であったかのように、咆哮がぴたりとやむ。不気味な静寂が数秒広がったあと、再び風が巻き起こった。竜が、何事もなかったかのように飛び上がったのだ。

 フレイは瞠目し、光貴は舌うちをして、臨戦態勢を取る。

 竜は暗黒の体をくねらせ、闇色の牙をむいて襲いかかってきた。その目が狙っているのは、フレイであった。

「ええ!? なんで僕なの! 普通そこは光貴でしょ!」

「なっ……。おまえ、なんてこと言うんだよ!」

 ぎょっとして飛び退るフレイに向かって、魔法展開中の光貴が叫ぶ。だが、互いに軽口を叩けたのはその一瞬だけであった。

 竜が迫る。フレイは小さな火の球を無数に生み出すと、それを絶え間なく敵に向かって投げつけた。多くの場合、巨大な魔法を一発放つよりも、小さな魔法を大量にぶつける方が有効だ。魔力の消費が少ないうえ、一回失敗しても次がある。要は「数撃てば当たる」というわけだ。それを知っているフレイは、光貴よりもよほど戦闘慣れしていると言えるだろう。

 だが竜は、どれだけ火の守護天使の攻撃を受けても怯む様子はない。爪を光らせ、尾を振りまわし、牙を向ける。そのたびに、少年に当たらなかった攻撃は地面に穴を穿った。

 立ち並ぶ黒の牙を見せた竜。その口に向けて、フレイは火炎を放った。その横合から、光貴は光の矢を長い胴体に向けて放つ。やはり相反属性はよく効くのか、竜は苦しげにその身をくねらせた。

 この調子なら、倒せるかもしれない。一人では無理でも、二人なら――

 光貴とフレイが同時にそう思ったとき。

 光貴は横から鋭い殺気を感じ、思わず飛び退いた。反射的に剣を抜いて、横向きに構える。その刃に向かいから放たれた別の刃が当たり、甲高い音を立てた。

 光貴は、目の前に闖入者の姿を認めて目をみはる。

「王太子殿下……」

「おまえにあの暗黒魔法の相手をさせるのは、あまりにもつまらんな」

 そう言ったのは、長い剣を手に立つ王太子、エルドラである。

 思わぬ邪魔が入ったことに、光貴は眉をひそめた。

 だがそれもほんの一瞬のこと。二人は同時に地面を蹴ると、一合、二合と剣を打ちあう。純粋な力と腕前では、王太子の方が格上だ。腕に走る痺れを感じながら、少年はそう判断を下す。だが一方、敏捷性は体が小さい分光貴が上である。

 細い刃が見とれるほどきれいな軌道を描いて光貴へ向かう。だが彼はそれを受け流し、相手の剣先をすくいあげた。止まらず振り下ろされる剣を、屈みこんでかわす。腰を落とした状態のまま駆け、王太子に向かって剣を薙いだ。

 エルドラの柳眉がしかめられる。一方光貴は、ただ冷静に相手へと剣を向けていた。

 エルドラは王族だ。平穏なアルド・ゼーナの王族である。彼の剣術は王宮剣術の類だろうが、それにしても光貴などからすると「きれいすぎた」。そこから分かるのは実戦経験の少なさである。

 おそらく、変幻自在の剣には慣れていない。光貴は素早くそう判断すると、再びエルドラに向かって走り出した。二人の剣は再び衝突する。

 が、そのとき。空気が激しく震えた。打ちあいのさなか、光貴は思わず横目でフレイの方を見る。

 竜の口に、見たことのないような魔法の塊が見えた。闇をそのまま集めて球にしてしまったかのような魔力の集まり。それがどれだけ強力かは、肌を走る、焼けるような痛みで分かった。

「くそっ!」

 フレイが毒づきながら大きな炎の塊を相手にぶつけた。だが、黒い塊は消える気配がない。それどころか炎の方を打ち消した。

 間もなく黒塊が放たれる。フレイは飛び退ったが、衝撃からは逃れられなかった。爆音が轟き、大理石の床に大穴を穿つ。爆風が竜巻のように暴れて、少年の小さな体を突き飛ばした。

「フレイ!」

 床の上をボールか何かのように転がる少年を見て、光貴は思わず叫ぶ。だが直後に、剣撃が襲ってきた。慌ててそれを受けとめると、敵の悪意ある視線が見えた。

「余所見はよくないな」

「――くそったれ!」

 アルド・ゼーナの王子を罵倒した『神聖王』は、剣撃を受け流してそのままの勢いで相手の手から武器を叩き落そうと、力いっぱい剣を打ち付けた。しかしそれは叶わない。敵の腕は強く揺れたものの、得物を取り落とすまではいかなかった。

 飛び退いてエルドラから距離を取った光貴は、束の間にフレイの方の状況を確かめようとする。そして、言葉を失った。

 竜の口から次の攻撃が放たれようとしていた。しかも、先程と同じ闇の塊っである。フレイの方はというと、打ちどころが悪かったのか、床にうずくまったまま動かない。「あれ」はだめだ。膨張していく竜の闇を見ながら光貴は悟る。彼は腹をくくってエルドラに向かうと、剣を下から上へとすくいあげた。精一杯の力を込めた一撃である。

 少々の油断もあったのだろう。驚いている王太子の手から、長剣が弾け飛んだ。光貴は、それを見届けることなく身をひるがえす。剣を手にしたまま、雄叫びを上げて走ると、フレイと竜の間に滑り込んだ。

 直後、竜の口から闇が解き放たれる。光貴は剣の切っ先をその黒へと向けた。五秒にも満たぬうちに光の障壁が目の前を覆い、やがて光と闇の争いが始まる。光の壁にぶつかった闇の球は、金属がこすれるような魔力の火花を上げながら、その光を削ごうとする。その度に、術者である光貴の額には玉のような汗が浮かんだ。ただ同時に、闇の球も徐々に小さくなっていっていた。

 彼は、無我夢中で自分のありったけの力を目の前の壁に注いだ。背後でフレイが呆然としていることにも気付かない。響き渡る獣のような叫び声が自分のものだとは、とても思えなかった。

 死力を尽くしての抵抗。その結晶である魔法障壁はだが、やがて大きく揺れ始めた。剣の先の白光はさらに強くなったが、それは障壁を立て直すにはあまりにも小さすぎる力だった。

 障壁が大きくぶれ、拳大になった闇に負けるかと思われた。

 しかしそのとき、唐突に地面が隆起する。大理石は巨大な三角錐となり、残りわずかな闇の塊を打ち砕いてしまった。

「えっ――」

「何!?」

 連続して響いた驚愕の声は、誰のものであるか判然としない。

 だが続いて、血なまぐさい空間を打ったのは、凛とした少女の声だった。

「そこまでです」

 声は空間を切り裂く。すると、周囲は水を打ったように静まり返った。

 闇の竜が、ゆっくりとその姿を消していく。同時に、光の障壁もあとかたもなく消失した。力を使い果した光貴はその場にへたり込む。

「まさか、この一件の首謀者が両殿下だとは思いませんでしたが……それでも、公平に裁きを行うことは変わりありません」

 滔々と言葉を紡ぐ声は、初めて聞くようだった。

 だが違う。光貴にとって、それはひどく馴染みのあるものだ。

 その場にいた全員が、声のする方を見やる。それはちょうど、フレイの背後だった。長くのびる廊下をふさぐように、四人の人が立っている。声を発しているのは中心の少女だ。

 金色の髪。同じく黄金色に輝く瞳。まだ幼い顔は、しかしそれに似合わぬ強い意思をたたえ、敵となった王子たちを睨みつけていた。

 傍観者に徹していたギルトが、苦々しくその名を呼ぶ。

「ミーナ……おまえ、なんで……」

 自分の部屋から激闘の現場へと駆け付けたミーナ・コラソンは、二人の王子に罪状を叩きつけた。

「王太子エルドラ殿下、ならびにルドニア侯爵ギルト殿下。『豊穣姫』を害し、他国の使者へ不当な武力行使を行った罪は重いですよ」

 小さな唇が、埃にまみれた空気を吸う。

 守護天使の裁きが下った。

「アルド・ゼーナ国王ラディス・エルセド・ラ・ゼーナおよび、守護天使ミーナ・コラソンの名において――両殿下を称号はく奪の上、王宮追放とします」


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