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King of Light  作者: 蒼井七海
第三章 遠い日の欠片
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第一話 大地と豊穣の国――4

「し、『神託の君』……?」

 じっと見つめてくる少年に対して、光貴は戸惑いながら言葉を返す。その一方で、脳はめまぐるしい回転を見せていた。

『神託の君』――守護天使ともっとも近しく、類似した力を持つ存在。ピエトロで『神託の君』といえば、現在は晴香を指すものだ。しかもそれは限られた国の上層部しか知らないことである。

 だが、そんなことは問題ではない。なぜ彼がその言葉を知っているのか、重要なのはそこだ。

「あれは、おとぎ話の類では?」

 悩みに悩んだ末、光貴はとぼけてみることにした。すると少年が驚きに目を開き、それから不快感に顔をしかめた。

「ごまかすな。『神聖』の力をこんなにはっきり纏っている人間が事実を知らないはずがない」

 先ほどよりも幾分か強い口調で彼は言った。瞳が剣呑に細められ、鋭い視線が光貴を射抜く。怯んだ彼はそれから、仕方ない、という思いを込めて吐息を漏らした。

「では逆に訊きますが、なぜそんなことをご存じなんです」

 すると今度は少年の方が怯んだ。だが彼はすぐにわざとらしい咳払いをして、居住まいを正す。

「僕も一応、五大国の要人の一人だからね。……そろそろ、最初の質問に答えてくれない?」

 そう言う少年の声音には、明らかな苛立ちが含まれていた。低くうなりながら髪をかきむしった光貴は、それから降参といわんばかりに両手を挙げて事実を白状することにした。どうせ、五大国の政府要人となればいつかは知ることになるだろう。

「俺は『神託の君』ではないですよ。一応、『神聖王』本人、らしいです」

「なんだって?」

 相手の姿に、光貴は目を丸くする。少年は驚いていた。ただしそれだけなら、光貴の予想の範囲内である。ただ想定外だったのが、彼が一瞬で真っ蒼になったことだ。そして光貴の視線に気づくと、さっとうつむいて拳を固める。

「何しに来た」

 あまりの様子の変わりっぷりに光貴が戸惑っていると、絞り出すような声が聞こえた。どう考えても先程の穏やかさからは程遠い。さすがに恐怖を感じたが、これでは黙秘さえも認められそうにはなかった。仕方なく答える。

「えっと、ちょっと用事があって、『豊穣姫』様に会いに……」

 すると少年の眉が跳ねた。ここで光貴は己の失敗を悟るが、もう遅い。さてどう繕うべきかと考えているうちに、少年が顔を上げた。彼の瞳は怒りに燃えていた。

「おまえはなんだ、その力を利用してピエトロの守護天使を騙っているのか?」

「いや、嘘じゃない」

「そんなわけない!」

 大声で否定されてしまった。反射的に両耳を押さえた光貴は少年が顔を真っ赤にしているのを見てぎょっとする。

「ジェラルドは確かに死んだ。けど、だからといって、おまえみたいな奴が次の『王』に据えられるものか! 答えろ、ミーナに何をするつもりだ!!」

 狂乱に陥った少年を見て唖然とする。だが、彼の手に火の球が形成された瞬間、ほとんど反射的にソファから飛び退いた。

 少年の手元で燃えていた火は一瞬で矢の形に変わり、光貴の方に向かってくる。彼は大慌てでそれを避けたが、攻撃はそこで終わらなかった。すぐに次の矢が雨のように降り注ぐ。それらを器用にかわしながら光貴は声を上げた。

「落ち着いてください! 危害を加えるつもりはありませんよ!」

「そんな言葉が信じられるか。だいたい、なんの前触れもなく使者が来ること事態おかしいだろ!」

 相手からの大喝が返ってきて、光貴はアルバート王を本気で呪いたくなった。自分たちの来訪はごく限られた人間にしか知らされない、知らせてはならない。そのようにノエルやラッセルが命令を受けた――ここでそれが、意味不明な形で仇となったのだ。

「それはやむを得ない事情があってですね――」

 咄嗟に弁明を試みた光貴だが、すぐに閉口する。少年が手だけで、巨大な炎の槍を操っているのを見たからだ。

 これは、避けられない。

 槍が投げられた瞬間にそう判断した光貴は、その場に踏みとどまって歯を食いしばる。

「くそっ……たれ!」

 震えそうになるのを叫びで抑えながら魔法を組む。刹那、彼の前に現れた白い光の剣が槍を正面から受け止めて粉砕した。

 火の粉が散るのを見て光貴は深い息を漏らし、一方の少年は唖然としていた。そんな、と小さな呟きが聞こえる。

「なんで、なんで神様は、おまえを選んだんだ」

 今にも泣き出しそうな顔で少年がそう続けた。その彼がまた火球を作っているのを見て、さすがに光貴は恐ろしくなって後ずさりした。

「どうして――!」

 怒りの火が消えない表情は、同じくらいの悲しみに彩られている。その姿は年相応の少年そのものだった。火球が感情に反応したのか激しく燃え上がり、術者の手を離れた。

 光貴は顔をかばう。しかしそれは、彼に直撃する前にいきなり消えた。

「そこまでだ」

 激しくないが、大きな声が場を打った。少年が目を見開いて振り返る。光貴も彼の方を見た。二人の視線の先では、ラッセルが厳しい表情で立っていた。それを見てようやく、光貴の肩が下がる。

「ラッセル……」

 赤毛の少年は、呆然として青年の名を呼ぶ。呼ばれた彼は、腰に手を当てた。

「ここはアルド・ゼーナ王宮だぞ。おまえが勝手に暴れて良い場所じゃない。公子なら分をわきまえろ、フレイ」

 フレイと呼ばれた少年は眉をひそめて唇を噛んだ。そして、拗ねた子供のような目で光貴をにらんでくる。

「ついでにそいつが次代の『神聖王』っていうのも本当のことだ。継承の儀はまだだけどな」

 その様子を見たラッセルが、呆れたように付け加える。その目が「面倒くさいことに巻き込まれやがって」と語っているようで、光貴の顔は自然と引きつった。

 一方フレイの方はというと、顔を真っ赤にしてラッセルへ詰め寄った。

「なんでだよ! なんでこんな奴が、『神聖王』になると決まってるんだ!?」

「そりゃおまえ、神様のきまぐれってやつだろ。守護天使の発現は偶発的なもんなんだから、しょうがない。ただでさえ王国(うち)は今回、空白期が長かったしな」

「そういう意味じゃない!」

 問いかけを飄々とした態度でかわすラッセルに対し、フレイはさらに噛みつく。

「こんな、何も分かってないようなぼうっとした人間に国の守護を任せる気か!? せっかくジェラルドが苦労して立て直したっていう国がまた崩れたら、今度こそ取り返しがつかないだろ!」

 あまりにもひどい言いように、光貴はこっそりうなだれた。だがいつまでも落ち込んでいるわけにはいかないので、そっとラッセルの様子をうかがう。彼は気だるげに目を細めて、ため息をついていた。

「――じゃあおまえは、最初から完璧な人間だったのか? 公子様よ」

 少年の凄まじいまくし立てに終止符を打ったのは、彼のそんな冷やかな声だった。フレイは氷水にでも打たれたかのように一度激しく震えてから止まる。

 そこへ、ラッセルが追い打ちをかけた。

「先代のジェラルド様だって最初からなんでもできたわけじゃないし、そもそもそんな人間は存在しない。いや……一生頑張っても完全無欠になんてなれやしないさ。おまえだって、俺の目から見ても未熟そのものだ。今みたいな姿を見ると、余計そう思う」

 フレイは自他への怒りがないまぜになったような顔をくしゃりと歪める。吐き出し損ねた言葉が細い息となり、微かに漏れた。

「おまえがあの方をかなり慕っていたのは知ってる。その死に悲しんだことも。だが、いつまでもその影を引きずるな。今のおまえは完全に守護天使失格だぞ」

 もはやフレイは何も言い返さなかった。否、言い返せなかったのだろう。ぐっと口元を引きむすんでしばらくうつむいたあと、どこか反抗的な光を宿した目でラッセルを見上げた。

「ここへは、何をしに来たんだ?」

 ふてくされそうになるのを押し殺した様子で問う彼に、ラッセルはさらりと答えた。

「ちょっとゴタゴタがあってな。同盟国に影響が出そうなんで、話し合いに来たんだ。落ち着いたらおまえにも話す」

「そう。分かった」

 フレイは先程の様子からは信じられないほどにあっさりと、うなずいた。そして『豊穣姫』の部屋があるという方向を親指で示す。

「その様子だと許可が出たんだろう。なら行ってきなよ。ただし、ラッセルたちの目的は、すぐには達成できない」

 彼は言い終えると口元に皮肉っぽい笑みを刻んだ。ラッセルは首を傾げたものの、ああ、と言うと光貴を振り返った。

「ま、何はともあれ、あいつに何が起きているのか確かめにいこう。あんまり晴香やノエルを待たせるのも悪いからな」

「お、おう」

 どぎまぎと返事をした光貴はそこで、フレイの体がぴくんと震えたのを見た。しかし、ラッセルは気づいていない様子で歩き出す。彼は慌ててその背を追った。

「君の名前は?」

 だが、背後から響いてきた声に光貴の足が止まる。振り返ると、少年が静かな瞳でこちらを見ていた。

「光貴。北原光貴です」

 穏やかにそう名乗ると、フレイの赤い瞳が見開かれる。だが、彼はそれを包み隠すようにかぶりを振ると何事もなかったかのように続けた。

「そうか。光貴、さっきは取り乱して悪かった。けど、ひとつ言っておくよ」

 大きな瞳が、刃のように光る。とっくに見慣れた――為政者の目だ。

「僕は、そう簡単に君を認めるつもりはない」

 目の覚めるような声だった。どこまでもまっすぐな宣言に、光貴はつい苦笑する。それをフレイに見とがめられる前に背を向け、彼もまたはっきりとこう口にした。

「もとより、そう簡単に認められるとは思っていませんよ」

 だから、認めてもらうためにあがき続けるんだ。

 声にはしなかった言葉を胸の中で繰り返し、光貴は前を見据え――ゆっくりと歩いていった。


「ラッセル」

 前を歩く青年を、光貴は静かな声で呼んだ。青年はいつもと変わらぬ表情で振り返る。その彼に、少年はさらりと問うた。

「あのフレイってやつ、どこの守護天使だ?」

 するとラッセルは目を見張る。「分かってたのか」と驚きの声を漏らしていた。そんな彼を見て、光貴は思わず吹きだした。

「明らかに魔力が『違った』からさ。今思うと、アレクに会ったときに感じたものとよく似てた」

「そうか」

 光貴に対してラッセルはそう言うと、向き直って歩き出した。そして、歩きながら淡々と答えを提示する。

「あいつはステアーズ公国っていう国の守護天使だ。主体属性は炎、名は『叡智王』」

叡智(えいち)……」

 時代に一人の守護天使のみが冠するその名を、光貴は小さく反芻する。フレイの穏やかな表情が、脳裏に蘇った。

「そしてあいつの名はフレイ・エル・ステアーズ」

 光貴はふうん、という気のない相槌を返す。だがそれからすぐに、素っ頓狂な声を上げた。

「えっ? 今、『ステアーズ』って」

 彼の疑問に返ったのは人の悪そうな笑みである。それを浮かべた張本人は本当に楽しそうであり、足音が軽くなったのではないかと思えるほどであった。

「そう。あいつはステアーズ公国の第三公子だ。上層部に属しながらも守護天使として君臨している数少ない例のひとつだな。それもあって、公国では守護天使の存在が公にされている」

「へえ……すごいことがあるもんだな」

「『天使』として発現するかどうかは完全に運みたいなもんだからな。そういう事例も当然出てくるわけさ」

 当然、ステアーズ公国では『天使』はおとぎ話の中の存在ではない。いるのが当然の存在として国民にも政府関係者にも認知されている。そういう影響もあってか、大陸にひしめく小国のひとつでありながら「五大国同盟」所属という、少し変わった地位にあるのだ。

「大方今回は、どちらか一方の公務のためにここへ来たんだろう」

「ああ……そういやアレクがそんなこと言ってたような」

 ジブリオでの会話を思い出す。光貴は途端に、少々苦い表情になった。あの話の中でアレクが『一番年下』がアルド・ゼーナに行っていると言ったとき、ノエルがなんとも微妙な反応をしたのを思い出したのである。

 ラッセルも同じ考えに至ったのか、面倒くさそうに頭をかいていた。

「あいつは年の割に大人びて見えることが多々あるんだが……その分、さっきみたいに情緒不安定になりやすいみたいなんだよ」

 こんな奴に国の守護を任せる気か――激昂する中でフレイの放った言葉が、少年の耳にこだました。それは鋭い針となって胸をえぐってくる。彼は苦々しさを隠しきれず、ため息をついた。

 そうこうしているうちに、いつの間にか目的地へ着いていた。警備の兵とケインズに軽く挨拶をする。それから、ケインズが木の扉を叩いた。

「ミーナ様、お客様がいらっしゃっています。お会いになりますか?」

 その問いかけからややあって、「ええ」というくぐもった声が返る。それを聞いたラッセルが、顔をしかめた。

「元気がないな」

 ぼそっと、そう呟く。

 一方ケインズは恭しく相手の言葉を受けると、ラッセルと光貴に入室を促した。またもや先輩の宮廷魔導師を先頭に入っていく。

 部屋は薄暗かった。だが、調度品すべてに豪奢な装飾が施されているのが分かる。絨毯も、幾何学模様が描かれた柔らかいものであった。

 そして奥に、大きな天蓋つきの寝台がある。そばに小さな棚が置かれ、その上に佇んでいるランプだけが、この部屋を茫洋とした明りで照らしている。そして一人の少女が寝台で上半身を起こし、二人を待っていた。

「ミーナ」

 かすかな親しみを籠った声で、ラッセルが少女を呼んだ。光貴ははっとして彼女を見る。

 肩より少し長い蜂蜜色のきれいな髪。その下の双眸は髪とよく似た金色だが、そこに光はなく、まるで縁取られた穴のようだった。彼女は呆然と二人を見上げる。

――それから、ぼんやりとした声で問いかけてきた。

「あなたたちも、わたしが誰か知っているの?」

 信じられない言葉を聞いた二人は、思わずお互いの顔を見た。


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