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King of Light  作者: 蒼井七海
第三章 遠い日の欠片
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第一話 大地と豊穣の国――2

「前に、『天使』に対するある種の信仰と神様は別物っつー話をしただろ? 今回はそのことについて」

 ラッセルは格闘合戦の終わりに額を拭うと、生き生きとした様子でそう言った。光貴は地面に胡坐をかいて座り、首を二度縦に振る。するとラッセルも同じように座り込み、手ごろな木の棒を掴むとそれで自分の横、柔らかい土を引っ掻き始めた。

「まずは神様と魔法の話」

 まるでおとぎ話を語るように。青年は優しい声で話し始める。

「とある世界に、ものすごい力を持った不思議な生命体がいたそうだ。彼らはその世界から別の世界へ移動することができた。それらは普段、何かの形をとることはしないが、別の世界へ行くときだけ何らかの生物の姿をとったそうだ。人間は、そいつらを『神』と呼んだ」

 話をそこまで聞いて、光貴は首をかしげる。するとその意を汲み取ったのか、ラッセルは苦笑した。

「多分、その生命体が人間にいろいろなことをしてくれたんだろうな。実際、古書・歴史書にそういった記述が残ってる。不治の病を患った子供を治したとか、干ばつのときに雨を降らせたとか、戦争を止めたとか」

「なるほど」

 ありがちな話だが、歴史書にそういった記述があるというのは光貴としては興味深かった。

 ラッセルは、木の棒でひっかくことをやめると、今度は自分と光貴の間の地面に棒をぴたりと当てた。

「人間たちはときどき『神』の力を借りながら、争ったり作物を育てたり、いろいろしながら暮らしていたんだが、あるとき正体不明の生物の侵攻を受けるんだ」

「正体不明の生物?」

「ああ。獣の形をしていたとも、人型だったとも、その両方が混じった姿をしていたとも言われている。そいつらは禍々しい妖力を振るいながら人間たちを次々に殺していったそうだ」

 禍々しい妖力。何気ない言葉が脳裏にこだまして、光貴は思わず息をのんだ。その言葉から連想されるものは限られてくる。

 ラッセルの語りは続く。

「どうにか彼らに対抗しようと息を潜めて方法を探し続けていた人間たちだったが、そんな模索にも限界があった。結局、自分たちが振るう武器だけではどうにもならないということが分かっただけで、同胞が殺されていく中で人間は絶望に塗りつぶされた」

 言いながら彼はがりがりと地面に何か描いていた。上手とは言えない絵。おそらく、その正体不明の生命体と人間だろう。人間は棒人間なのでたいへん分かりやすいが、件の生命体についてはよく分からない炎のような形だった。

「もうだめかと人間たちが諦めかけたとき、そこに『神』が現れたんだ。奴らは、一部の徳が高い人間たちにある特別な力を与えた」

 そう言ってラッセルは生命体と人の上に丸を描き、その丸から棒人間に向かって矢印を伸ばした。

「というのも、『神』たちの住む世界は大きなエネルギーで満ちていたんだな。奴らはその膨大なエネルギーの一部をその人間たちに与え、さらに彼らが『神』の世界と接続できるように仕向けた」

 人間から丸の方向へ、先程とは逆向きの矢印が伸ばされる。

「力を与えられた人間たちの活躍により、正体不明の生命体は退けられたそうだ。しかし人間の数は減り、残ったのは荒野と絶望。そこで『神』たちが例の力を持った人間たちに提案をしたんだな。その提案が――『自分たちが知恵をやるから、その知恵を残された人間たちに授けてはどうだろうか』というもの」

 光貴はそこで、ふと違和感を覚える。まとまりきらないうちに、その違和感をラッセルの前へと示した。

「なんでそんなまどろっこしいやり方をしたんだ? 別に、その、神様が直接教えてやっても良かったんじゃ?」

「理由ははっきりしてない」

 青年から答えが返るのは早かった。彼は棒を軽く振ってから、矢印の横にその先を向ける。

「ただ、有力な説として、世界と世界の間に何か掟があったんじゃないか、というのがあるんだ。過干渉を禁ずるとか、そういうのが」

 彼は言いながら矢印の横にピエトロの言葉で「掟」と記す。光貴が一応「分かった」と言うと、彼は棒を軽く放って、それをまた受けとめる。

「まあとにかく、徳のある人間たちはそれを了承して、『神』から与えられた知恵を残された数少ない人間たちに伝えた。それは、自らの内側、そして世界にあふれる自然の中にある見えない力を引き出す方法だった。これにより人もまた、『神』に近い超常現象を起こせるということだった」

「もしかして」

「ああ」

 光貴が思わず呟くと、ラッセルはにやりと笑う。棒がラッセルの指に操られ、空中で一回転した。彼は棒で、図の下に大きく文字を書いた。

「これこそが後に『魔法』と呼ばれる技術だ。そして知恵を授けられた者たちの子孫、あるいはそれを継いでいった者たちが『魔導師』という称号を得る」

「魔法」という単語が、土に刻まれた。


 光貴は開いていた本を閉じる。青い装丁の分厚い本は、ラッセルから借りたものだ。

――あの話の続きは単純だった。「神話」のずっと後に『天使』と呼ばれる特殊な魔導師が表舞台に立ったらしい。そうして別種の信仰として派生した。

 ちなみに。

『でも、今の魔導師は魔力の多少とかで決まるだろ。これだと、ちょっと矛盾してないか?』

 講義の最後、光貴がそう訊いたときラッセルは答えなかった。代わりに渡されたのがこの本なのだ。

 本によれば、当時の人間たちが持っていた力は、血統が継がれていくごとに薄くなっていったらしい。だが、まれに当時並みの濃い力か、それ以下でも強い力を持って人が生まれてくる。そう言った人間たちが現在『魔導師』といわれる存在なのだという。

 あまりにもややこしい話の整理を終えた少年は、疲れて窓の外を見た。

 彼ら四人は今、馬車に揺られている。ノエルから不穏な話を聞いた翌日からこれを使い、王都を目指しているのだった。もう、この旅も三日目に差し掛かっていた。

 車内の雰囲気は悪くない。今も晴香はノエルと楽しくしゃべっていて、時折光貴にも話を振ってくる。だが、なぜかラッセルはむすっとしていた。

 今朝、彼が放った言葉がよみがえる。

「王宮からの返事がなんか煮え切らねえんだよ」

 不快感丸出しの声音に、あのノエルがたじろいだ。詳しい内容は聞かされなかったが、ぼかした言葉しか使われていない書簡は、この魔導師をいらつかせるには十分だったらしい。

 ちなみに晴香に言わせると、そのときのラッセルは「今にも火を吹きそう」だったという。

「あのさ、ラッセル」

 彼はそんな一連の出来事を思い出しながら、そっとラッセルに声をかけた。彼は組んでいた腕を解いて光貴の方を見てくる。本人はそんなつもりではないだろうが、視線が鋭かった。

「このまま王都に行って、入れてもらえるんだろうか」

 少年がそう訊くと、ラッセルは少し考え込んだようだった。それから深く息を吐き出して返す。

「ま、ジブリオみたいな門前払いにはならないと思う。はっきりと拒否の言葉を出してはこなかったからな」

 するとそこへ、ひょっこりと顔を出したノエルが口を挟んできた。いい笑顔のままで、

「もし門前払いになったら、そのことをちらつかせてしまえば良いんですよ」

「……最近分かったけど、ノエル君って案外腹黒いよね」

 横でノエルの言葉を聞いていた晴香が呆れてそう口にした。

 そのとき、御者台の方から声が飛んでくる。

「みなさん、見えましたぜ。あれが我国の都です」

 御者の声に促され、全員が窓の外を見る。すると、地平線の向こう側で影がこごっていた。思ったより低い影だが、その天頂から細いものが一本伸びている。

「あの塔みたいなのが、アルド・ゼーナ王宮ですよ」

 ノエルが丁寧に説明を挟む。晴香が嬉しそうに相槌を打っていた。

 馬車はそのまま王都へと入っていき、やがて最寄りの停泊所にて止まった。下りた御者に促され、四人も外へ出る。そして空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「はー……自然の匂い!」

 晴香がそう叫んでしまう気持ちが、光貴にもよく分かる。土と緑の匂いが、すうっと身体の中に染み込んできた。

 ジブリオが『風の国』と呼ばれているように、アルド・ゼーナには『大地と豊穣の国』というもうひとつの名がある。その名の通り、地面は舗装されていないながらも整えられた柔らかい土で、随所に緑が散っている。風が吹くと、葉がさわさわと揺れた。

「なんだか落ち着く場所だな」

 ゆっくりと息を吐き出してから、光貴はそう呟いた。隣に立ったノエルが、柔らかく微笑む。

「そうでしょう。ちょっと、『王都』というイメージからはかけ離れている感じですけどね」

「まあ、確かに」

 苦笑したノエルに対し光貴は気のない同意を返す。御者の笑い声が聞こえた気がした。

 そして馬車と別れると、四人は異国の都に取り残される形となった。とりあえず人混みを避けて移動しながら囁き合う。

「さて、これからどうするか」

 ラッセルが当たり前の切り出し方をすると、ノエルが淡々とそれに答えた。

「僕らが着いているという連絡は多分向こうに届いています。いつ行っても問題はないはずです」

「でも、ちょっと面倒くさいことになってるんでしょ?」

 晴香が身を乗り出してそう訊くと、城勤めの男二人はしかつめらしく肯定の言葉を返した。それから少しの沈黙のあと、またノエルが重い口を開く。

「じゃあ、今度は僕が先陣切って王宮に行きましょうか?」

「え、ノエルが行っても大丈夫なもんなのか?」

 光貴は思わず訊いていた。『預言者』は守護天使と同じく政治にはあまり関わらないうえに、守護天使ほど地位は高くない。それに『預言者』であることを差し引けば、ノエルはただの文官見習いである。だが、ラッセルはあっけらかんと答えた。

「問題ねーだろ。今は同じ『ピエトロからの使者』だ。それに案外、ノエルが行った方が事の運びがいいかもしれん」

 思ってもみなかった言葉に兄妹は揃って首をひねる。すると赤毛の青年は、にやりと笑って二人に耳打ちした。

「『豊穣姫』さんは、ノエルにえらい懐いてんだよ」

 光貴はほとんど条件反射で晴香の方を見てしまう。彼女の表情は、少し強張っていた。だが、本人はおそらくそれに気づいていないだろう。光貴は黙って目を逸らすことにした。するとラッセルが嫌な笑顔のままノエルの方を見る。彼は三人の様子に首をひねっていたが、追及することはしなかった。ただし、呆れた目でラッセルの方を見ていた。

「……で、結局僕が行くという話でいいんですか?」

「おう、頼んだぜ!」

 怪訝そうな少年に、青年が清々しい顔で答える。相手は一瞬眉をひそめたものの、すぐに一礼して身をひるがえした。

「それじゃあ、残った皆さんは王都見物でもしていてください」

「ああ。でも、そしたらおまえが迷子にならないか?」

「問題ありません。いざとなったら誰かの魔力を辿りますので」

「そりゃそーか」

 ラッセルと軽い応酬を繰り広げたノエルは、それから短い挨拶を残して人の中に紛れていった。緑の髪は、ほんの数秒で見えなくなる。そうして残された三人は誰からともなく視線を交差させる。やがて、晴香が言った。

「えーと、王都見物?」

 明らかに戸惑ったような声。光貴は無言でラッセルを見上げる。彼は仰々しくうなずくと、人混みの中を指さした。

「行こうぜ。この街にも見るところはたくさんある」

 青年がそう言った瞬間、少女の顔が輝いた。彼女の兄は、もう何も言うまい、と心に決めた。


 ノエルは街の中を歩きながら、ふと立ち並ぶ建物を仰いだ。家と家の間は比較的狭い。暖色の屋根が、青空の下で輝いている。視線を正面に戻し、彼は少しだけ微笑んだ。

 やや黄色っぽい壁の家々と、素朴な人々。アルド・ゼーナの風景が少年の瞳に懐かしさを伴って映る。

 ピエトロの城に入ってすぐの頃は、よくアルバート王にくっついてこの国を訪問していた。そのときに出会ったのは、蜂蜜色の髪をなびかせる少女。まるで太陽のように笑う彼女にノエルが心を開くまで、大した時間はかからなかった。

 城で信頼を得て仕事が増えてからはこの国に来る機会も減り、彼女と会うこともなくなっていた。今回およそ二年ぶりの訪問である。

 どうなっているだろうか、と思いを巡らせながら彼は城門の前に辿り着いた。そこで立っている兵士に、彼は話しかける。

「すみません。私、ピエトロ王国から派遣されました急使の一人、ノエル・セネットと申します。『豊穣姫』様にお目通り願えませんか」

 手を胸に当て、腰を折って滔々と口上を述べる。兵士はぽかんとしていたが、やがて慌てて敬礼をした。

「やや、ノエル様ではありませんか! お久しぶりです!」

 快活な声を聞き、彼は顔を上げる。どうやら知り合いだったらしい。改めて見てみると、なんとなく知った顔のような気がしないでもない。ノエルはふわりと笑った。だが、対照的に兵士の表情は陰る。

「どうかなさったので?」

 怪訝に思いノエルが首をひねると、兵士は目を伏せてもごもごと口を動かした。

「あの、大変申し訳ないのですが……ミーナ様との面会は避けていただいた方がよろしいかと……」

 彼の言葉を肯定も否定もせず、なんとも歯切れの悪い言葉。その意味がまったく分からず、ノエルはますます首をかしげる羽目になった。

「もしかして、お忙しいのですか?」

「いいえ、そういうわけではございません。お会いしようと思えばそれも可能です。しかし」

 言いにくそうに続けた兵士はそこでいったん黙り込み、やがて意を決したように顔を上げた。

「お会いすることはできても、おそらくまともに会話できないでしょう」


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