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King of Light  作者: 蒼井七海
第三章 遠い日の欠片
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第一話 大地と豊穣の国――1

 指先から放たれた白い光は、一瞬で弾丸に変じて飛び、木の的を粉みじんにした。

 轟音に次いで響く木片が散らばる乾いた音を聞きながら、光貴(みつき)はこっそりとため息をついて、火傷に似たちりちりとした痛みを纏う指先を見つめた。

 ジブリオ国を発ってから約二カ月。アルド・ゼーナの国境を越えて数日が経っていた。一行は現在小さな町に滞在しているところである。そんな中光貴は、郊外で一人魔法の特訓に勤しむ日々を送っていた。

「とりあえず、光魔法の変形はできるようになったな……」

 だが実際のところ、まばゆい光がそうなるまでに、どうしてもいくばくかの時間を浪費してしまう。あとはこれをどのくらい縮められるかだ。

 そうでなければ大量の光弾を一度に放つのは難しい。

 火球を苦もなく連射するラッセルの姿を思い浮かべ、光貴はまたため息をつく。そして、指先に残った白い光の粒を軽くはじいた。光は一瞬で割れると、青空の向こうへ消えていく。

「さて。そろそろ戻るか」

 誰にともなくそうひとりごちた彼は、町の影をちらと見ると歩き出した。すると、静かだった平野に突如足音が響き渡る。その歩調に覚えがある光貴は苦笑した。足音はどんどん大きくなり、やがて人の声までもが届く。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 息せき切って駆けてきたのは、光貴の妹の晴香(はるか)だ。目をキラキラと輝かせながら彼の姿を見た少女は、びしりと町の方を指さした。

「そろそろお昼ご飯にするってさ。行こう」

「ああ。ちょうど戻ろうと思ってたところだよ」

 やたらと楽しそうな妹に対する呆れを押し隠しながら、光貴はそう言って歩き出した。晴香が後ろから駆けてくる。彼はつい、頬を染めて嬉しそうな表情を肩越しに振り返った。

 アルド・ゼーナに入国してからというもの、晴香はどうにも落ち着きがなくずっとそわそわしていた。当然、理由は分かりきっている。ただ、同性の人に会えるというのがどれほど嬉しいことなのか、光貴にはあまり分からなかった。

 それはもしかしたら、今まで周りに女友達がいなかった晴香ならではの感情なのかもしれない。

 適当に結論づけた光貴は、青空を見上げながら「今日はいい天気だなあ」などとのん気なことを考えた。

 アルド・ゼーナという国は、ジブリオに比べると光貴たちの故郷に近い雰囲気を纏っている。だがそれでも、彼の国と決定的に違う空気というのはあるのである。あえて言葉で表現するとするならば――大地と一体になって存在する国、といったところだろうか。

 あまり丁寧に舗装されてはいない、それでも整えられている土の上を歩いていると、前から声が聞こえてきた。

「おっ、兄妹のお帰りだ!」

 快活な声に、指された兄妹は顔を見合わせる。

 二人の前方では赤毛の青年が大きく手を振っていた。明るい笑顔はこの旅の中ですっかり見慣れてしまったものである。ピエトロが誇る宮廷魔導師――ラッセル・ベイカーの出迎えを見て、光貴たちは自然と歩調を速めた。

「お兄ちゃん連れてきたよ。また魔法の練習をしてたみたい」

 途中で晴香は光貴を追い越すと、腰に手を当てて立っているラッセルにそう報告した。光貴の師同然の存在となっている彼は笑顔で「そうかそうか」と言う。

「なんか木の欠片が辺りに散らばってたよ」

 ただ、晴香がそう言うと青年の表情はさっと変わった。風変りなものを見る目で光貴の方を向く。

「……おまえ、相変わらず魔力量だけはとんでもないな……」

「ほっとけ」

 操作に悩む光貴は苛立たしげな態度でそう吐き捨てた。ただ、ラッセルに悪気が無いことは知っているのでそれ以上腹を立てることはしない。先頭の二人に続いて、ラッセルの背後にあった建物――宿屋へと足を踏み入れた。

 木の扉が開かれた瞬間、肉の匂いが鼻をくすぐる。やはり昼時とあって食堂の方向からざわめきが聞こえてきた。光貴はそこでふと思い出して、ラッセルを見る。

「そういえば、ノエルは?」

 旅の同行者である緑髪の少年の名が出てくると、青年はにやりと笑った。

「明日使う馬車の手配をしにいってもらってる。――おっと、俺もメシ食ったら王宮に書簡をしたためないといけないな」

 呟きの最後には不機嫌そうな顔を取り繕い、彼は頭の後ろで両手を組んだ。

 光貴は食堂に続く扉をくぐりながら、ラッセルの横顔を見る。彼の感情の理由はすぐに分かった。

「面倒くさい手続きしなきゃならんとかだったら、いやだなあ」

 彼がぽつりとそんなことを呟いたからである。

 おかげで光貴も、ジブリオ国の守護天使、アレク・フレッチャーから受けた一つの忠告を思い出した。

「アルド・ゼーナは面倒事を抱えているかもしれない」。その内容が如何なものかは分からないが、そんな状況下ですんなり急な来訪が認められるとも考えづらい。

「まあでも、ジブリオみたいに門前払いにされるよりは良いんじゃない? まあ、そのときそばにいたわけじゃないけどさ」

 晴香がそう言うとラッセルは「そりゃそうだが」とぼやきながら人の波をかきわけた。その姿は、彼の守護天使の青年を思い出させるようで、光貴はそっと微笑む。

 そうこうしているうちに空いている席が見つかったので陣取ることにした。響き渡る注文の声を聞きながら料理を選んでいると、三人のもとに一人の少年がやってきた。

「お待たせしました」

 そんな声と共に顔を上げると、くすんだ緑色の髪を手で押さえつける一人の少年と目が合った。相変わらずの穏やかな表情。彼に対して軽く手を挙げたのはラッセルである。

「ようノエル、おかえり。案外早かったな」

「思いのほか順調に手配が済んだので。そこ、座りますよ」

 少年、ノエル・セネットはラッセルの問いにさらりと答えると、彼の隣の空席を指さしてすぐに腰かけた。そして自らも料理を選びはじめる。

 そうしてそれぞれが食べるものを決めて注文し終えると、いきなりノエルが口火を切った。

「そういえば、なんだか妙でしたね」

「何がだ?」

 ラッセルが顔だけを隣に向けて問いかける。「妙」なことに慣れ切ってしまったせいか、表情に動揺の色はない。向かい側の光貴と晴香も身を乗り出す。

 少年は、淡々と語った。

「さっき市街地でアルド・ゼーナの騎士と思しき人たちとすれ違ったんですけど、何かをささやいていたんです」

「内容は確かめたか?」

「断片的には。悪いとは思いましたが、聞き耳を立てさせてもらいましたよ」

 堂々と言うことじゃないだろ、と胸中で突っ込みつつも、光貴は大人しく聞いていた。彼らのこんなやり取りはいつものことである。

「なんだか『“豊穣姫”様にあのようなことが起こるなんて』って三人の騎士のうちの一人が言った後、別の一人が慌ててそれをたしなめたって感じでした。そのあとは、王宮内の陰謀がどうのこうのとか話してましたね」

「『豊穣姫』って、守護天使のこと?」

 晴香がそう問うと、反対側から短い肯定が返ってきた。その後、ラッセルが指を組んで眉をひそめる。

「あいつ自身に、何かが起こったってことか。厄介だな」

 彼の目は真剣そのものである。ノエルも、目を伏せて呟いた。

「先日の一件はアレクの手腕があったからどうにかなったこと、とも言えますからね。今回もそうとは限りません」

 彼の独白を聞いて光貴は息をのむ。もしこの国の王宮で何かが起こっているのだとしたらそれこそ会議どころではなくなる。隣を一瞥すると、晴香も心なしかおろおろとしているようだった。

「まあ、とにかく」

 重苦しい空気が漂い始めた一行に対し、ノエルが声を打った。彼は瞑目して腕を組む。

「何が起きていようとも、行ってみないことには始まりませんよ。王都まで、気を張っていきましょう」

 少年の言葉は力強さを持っている。だが光貴は、彼が言った瞬間に眉間にしわを寄せたのを確かに見た。そして彼は、ため息を飲みこんだ。

 そうしてこれからの日程の確認などをしているうちに料理が運ばれてくる。それからは三人とも、食事に集中したのである。


 魔導師はここ最近、目に見えて落ち着きをなくしていた。その理由は少女にも容易に想像できたが、いちいちそれを指摘しても気分が悪くなるだけなのでやめておく。

 この日少女が部屋を訪ねたとき、やはり彼はいつものように部屋の中をうろうろと歩きまわっていた。不快感をむきだしにして目を細め、何事かをぶつぶつと呟いていた。が、少女の姿を認めるとそれをやめ、ひとまず大人しい様子で彼女を迎え入れた。慇懃な様子は欠片もなかったが。

 部屋の隅に設えられている白い机と椅子。それは壁や床と同じ色であり、殺風景な部屋の中に見事に溶け込んでしまっていた。普段ほとんど使われていないらしい椅子に腰かけた少女は、顔をしかめる。

「相変わらず白ばっかりね。こんな部屋にいて、おかしくならないの?」

 目を細めて問いかけてみる。だが、向かいに座った魔導師の返答は素っ気なかった。

「私にとってはこれが落ち着く空間なんだ。おぬしのような小娘に口出しされる筋合いはないわ」

「……あっそう」

 少女は冷たい声で切り捨てた。関わってもろくなことはない。可能ならば、こうして部屋を訪ねることすらしたくないのだ。

「それで、私になんの用だ?」

 魔導師はしかめっ面のまま切り出してくる。少女はため息をつくと、無造作に言い放った。

「あんたに新しい仕事を持ってきたのよ」

「……ほう」

 しわだらけの目元がすうっと狭まる。彼は皮肉のこもった笑みを口元に刻んだ。

「てっきり私は、先の仕事の失敗で解雇されるものと思っていたが?」

「本当は『あのお方』もそのつもりだったみたいだけどね。いわば最後の機会ってやつよ。存分に力を振るいなさい」

 少女は魔導師の楽しげな問いかけに、あくまで険悪な態度で応じた。どうせなら彼の言う「先の仕事の失敗」とやらでそのまま捨て置いてくれれば良かったのにと思う。

 魔導師は少女を軽く睨むと、すぐにそっぽを向いて鼻を鳴らす。

「私の三分の一も生きておらんような小娘が何を偉そうにほざきよるか」

 そのような態度がまたしても少女を刺激する。彼女の眦がゆっくりとつり上がった。

「……調子に乗らないことね」

 つい、冷たい声を漏らす。魔導師の少しばかり驚いたような視線を受けながら、彼女は立ち上がった。少女の周りで目に見えない力が渦を巻く。

「『私たち』がその気になれば、あなたを葬り去ることなどたやすいのよ」

 地の底から這い上がってきたような低い声でそう告げると、少女は別れのあいさつもせずに踵を返し、そのまま部屋を出てしまった。乱暴に扉を閉めると、けたたましい音が無人の廊下に響き渡る。

 重厚な扉の向こうで魔導師が何事かつぶやいていた気がするが、聞かなかったことにした。


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