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King of Light  作者: 蒼井七海
第二章 光と風の邂逅
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第五話 出発のとき――3

 やがてシンフィルの門の前に立つと、光貴は大きく息を吸った。ここに立つのは数日ぶりだ。

 今ではすっかり見慣れてしまった薄い空を仰いだ後、光貴はさっと振り返る。アレクが腕組みをして立っていた。三人を見回すと、彼はにやりと笑みを浮かべた。

「気をつけていけよ。ここからアルド・ゼーナまでは一か月かそれ以上かかる」

 その言葉に、晴香がまた? と呟いて不快そうな表情になったのが分かったが、相手にしなかった。ああ、と小さく返事をする。

 ラッセルが一行の中で一番大きな鞄を持ち上げて白い歯を見せた。

「まあ、気長に行くさ。せっかくの旅、楽しまないともったいない」

「さすがはラッセルだな。そういうところはちっとも変わらない」

「褒め言葉として受け取っておこう」

 軽々しい言葉のやりとりは、ラッセルとノエルのそれとはまた雰囲気が違う。ひどく静かでそれでいて穏やかで、不思議な落ち着きがある。光貴は微かに笑みを浮かべると、アレクを見て口を開いた。

「じゃあ、また会おうな。色々迷惑かけるかもしれねーけど、これからよろしく頼む」

 アレクの顔をまっすぐに見ながら言うと、彼は晴れやかに答えてくれた。

「おう、迷惑大歓迎だ。いつでも呼べ。なんてったって友達だからな」

「またそれか」

 光貴が呆れて言うと、アレクは何度でも言ってやると返してきた。周囲が少しざわめいた気がするが、気にしないでおく。

 それからいくつかの素っ気ない言葉を交わし合い、彼らは今度こそ別れた。シンフィルの門を出て、控えめに手を振る青年を振りかえり、少年は安堵の息をつく。

 初めての守護天使との対面。

 多くの欠陥に気付いた。そして多くのものを得た。

 今はそのすべてを知ることはできないが、なんとなくそんな気がしていた。

「ところでお兄ちゃん」

 晴香に呼びかけられた光貴は、瞬きをしながらそちらを見る。すると、彼女の面白そうな笑顔が見えた。

「アレクさんが『友達』って言ってたけど、あれどういうこと?」

 声に非難の色はない。ただ単に不思議だというだけのことなのだろう。だというのに光貴は、めまいを覚えた気がしてこめかみを押さえた。

「……いろいろあったんだよ」

 たっぷり逡巡して、結局はぐらかすような答えを口にする。妹は首をかしげた。そして横合いから、ノエルが呟きをこぼす。

「ああ、なるほど。そう言う話ですか」

 唐突に理解を示したノエルに驚きはしたものの、光貴はきっと彼は似たような出来事を沢山見ているのだろうと思うことにした。

「良かったじゃねえか。あいつに認められたってことだぜ」

 だから、ラッセルのおどけた呟きも無視する。

 いつの間にか遠くに緑が見えてきた。久しぶりに見るような気がする草原。その先で待ち受ける出来事を思い、続けて昨日のアレクの言葉が脳裏に過る。

――おまえも旅を終わらせておけ。

 旅を終わらせた、その先に待つものはなんだろうか。未だ馴染まない自分の立場、そのせいで自分がひどく曖昧な道へ転がっていってしまうように思えて、少年は果てしなさを覚える。

 深く息を吸い込み、吐いた。

「さてと。これからはまたゆっくりと、草原を越えていかなくてはいけませんね」

「せっかくなんだから楽しもう」

「私は早く次の国に行きたいけどね」

 傍らで交わされる穏やかな会話に耳を傾け、『神聖王』はしばしの間、来るべき日に思いを馳せた。


 都を包む慌ただしさはそれまでのものとまったく違う。混乱を見せつつも、その奥ではゆっくりと平穏を取り戻す準備が始まっているのだ。少なくとも街を睥睨するアスタロトはそう思っていた。

「やれやれ。まさか女王様があんな方法に出るとは思わなかったわ」

 大同盟に上書きしての国家間の同盟結成。それを行った前例は世界史の中にはほとんどない。いや、公式に記録されているものはない。

 あえてそれを堂々と宣言することで、きっとあの女王はセルジブデだけではなく彼女らにも刃を突きつけてきたのだろう。

「気づいていたとは……それとも、『生命王』が余計な入れ知恵でもしたのかしらね」

 どんな感情も伴わず呟いた彼女は長い髪を後ろにやる。

「別に不思議なことじゃないんじゃないの? それが守護天使の仕事だろ」

 いきなり、背後からからりとした声が聞こえる。だがアスタロトはまったく動じずに振り返った。視線の先、空中に藍色のローブをまとった青年が浮かんでいる。

「あら、レラジェ。いつからここに来ていたの?」

「んー。演説の後から、かなあ。すごい騒ぎでびっくりした」

 含みをもつ女の声に、わざとなのかそうでないのか青年は正直な答えを返す。それに少し呆れた彼女は質問を打ち切ると、代わりに別の質問を呟いた。

「あの子は置いてきたのね」

「ああ、シルヴィアのこと?」

 異質な仲間の名を呼んだレラジェは、楽しそうに空を仰いだ。

「散歩だって嘘ついて出てきたよ」

 あっさりと告げる彼に、アスタロトはからかいの言葉をかける。

「後で激怒されるんじゃない?」

「ここで騒がれるよりはましさ。『神聖王』が来た場所だって、とうに気づいてるんだから」

「そりゃそうね」

 うんざりと言いたげな青年に、女はさらりと同意を示す。すると今度は彼の方が不思議そうに辺りを見回した。

「そういやあんたと一緒に行動してた『あいつ』はどこ行った?」

「やることは終わったから、ってとっくに戻っていったわよ」

 アスタロトの答えに、レラジェは眉根を寄せた。

「じゃあ結局、あいつの仕事って暗殺者の振りしてあの餓鬼を煽るってだけのこと?」

 目上の人間に対する複雑な嫌悪感がにじみ出ている呟きに、アスタロトは笑った。

「まあ、本来彼はこの仕事に組みこまれてなかったんだから。それくらいがちょうど良いわよ」

「じゃあ、あんたは何したのさ」

 流れのまま投げられた声はなんの含みもない純粋な興味でできていた。隠す意味もないので、彼女は正直に教えてやる。

「ちょっと『生命王』を誘惑してみたんだけど。振られちゃったわ」

 おどけて髪をはらうと、レラジェがからからと笑う。

「そりゃ、あんたじゃ若者には怪しまれるだけだ」

 馬鹿な親父を取り込むのは得意だけどな、と茶化してくる青年をわざとらしく睨んだ女は、それから身にまとっていたローブの端を掴むと、それを乱暴に脱ぎ捨てた。黒とも灰色ともいえる色のローブはばさばさと音を立てながら、黄色みがかった空の向こうへと消えていった。

「まあいいわ。どうせこの街はもう使い物にならない。いったん戻りましょう」

 アスタロトはそう言うと、つま先で建物の屋根を蹴る。すると細い体躯は重力を無視してふわりと浮かびあがった。

「帰るのは良いけど。あんたなんで、ローブをわざわざ脱ぎ捨てたの?」

「あなたと同じ格好をしているのは嫌だわ。それに熱い」

「ああ、そう」

 どこか馬鹿げたやり取りをしていた二人は、次の瞬間にはシンフィルの上空から消えていた。彼ら二人の姿を目撃した人間は、誰もいない。



 白い月の下、わたしはあなたを待ちましょう

 いずれ来る滅びの時

 それは、いずれ来る再生への序章

 恐れることはありません

 わたしもそれを恐れません

 だから、あなたが纏う光と同じ

 白い月を見上げるのです


 シンフィルで慌ただしくも不穏な一日が終わるころ、とある場所に大きな月が昇っていた。柔らかく輝くそれは、荒涼とした大地をぼんやり照らしだす。

 蒼白く光る中、少女はおぼつかない足取りで大地を歩いていた。意思もなくぼんやりとただ前を見ているようにしか思えないその姿。しかし闇のような瞳には、力強い光が宿っていた。

『おまえならできるだろう。おまえの力が必要だ』

 ここへ来るずっと前に向けられた言葉が、少女の頭の中に繰り返し響く。

――あの者は、その言葉の結果国を出た少女が、必ず自分の命令通りに動くと思っていたのだろうか。

 ふと、少女は考える。そして嘲笑した。

 思っていたのだろう。あの男はそういう男だ。栄華の裏にある闇を見ようともしない者が、闇の化身ともいえる彼女を御しきれるはずもないのに。

 少女は黒い瞳で、白い月を見上げた。紺碧の空に浮かぶ月は、そこだけ切り取られたかのように明るい。


 白い月の下、わたしはあなたを待ちましょう


 いつか聞いた、古い古い詩がよみがえる。この世界の真の歴史を記したものに、少女はその頃から深い感銘を受けていた。そうして、自分にとって「待つ」に値する人間に会ってみたいと思うようになっていた。

 ずっと待って、ようやくその時が巡ってきたのだ。

 少女は足を止め、改めて白を凝視する。そして艶然と微笑んだ。一瞬だけ、男の言葉が鐘のように鳴り響く。

 彼女は、それに答えた。

「良いでしょう。あなたからの命令は忠実に遂行いたします。しかしその後どのような道を選ぶかは――わたしの自由です」

 誰にも届かない声で呟いた彼女は再び歩き出した。そして、歌を口ずさむ。頭を巡る詩と同じように、古い古い時代に伝えられた歌。彼女はやはり、それを気に入っていた。

 自らを後押ししてくれるのは、いつも真実だった。

 虚構に塗れた国の、偽物の玉座に身を置く少女は、そうして真実に美を見いだしていく。そうして今も、荒野を歩いているのだ。

 自分を導くただ一つの力を頼りに。

「待っていてください。わたくしは必ずや、あなたの元に参ります」

 恭しさを含んだ声は、彼女が知らないうちに口からこぼれていた。

「そして、共に終わらせましょう。絶ち切りましょう。始まりの時代から続く因縁を」

 美しい声は夜空に溶けていく。彼女はまたひとつ、歌の一節を口ずさむと、やはりおぼつかない足取りで歩く。そうして闇夜の中に溶けていった。

 少女を見守るただ一つの存在である満月は、だが静かに空で佇んでいるだけである。

 彼女が求める存在といつ出会えるのか――それは、この世界の何物も知ることのできない隠された運命だ。


【第二章 END】

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