第四話 賭けの一手――3
「……同盟?」
不敵に笑うアレクへと、光貴は素っ頓狂な声を返す。
彼の対面にいる男は、あっけらかんと言った。
「そ、同盟。国家間の正式なもの。こうすればジブリオの背後には『神聖王』を擁するピエトロがついたことになる。そうでなくてもおまえの国は強国だから、国民もその意味をある程度理解してくれるはずだ。そして同時におまえと俺の友誼も成立。悪くないだろ?」
「いや、悪くないも何も」
それは未だ精神的には市民でしかない光貴にとってあまりに馴染みの薄いことであった。しかも、何かのついでのように色々と突っ込みたい発言を混ぜられた気がする。
どう返したものかと苦心しているうちに、光貴は突然、いつかのノエルの言葉を思い出した。
「でもちょっと待て。ピエトロとジブリオとあといくつかの国が大同盟組んでるんじゃなかったか? 今さらこっちだけで手を組む必要あるのかよ」
するとアレクはきょとんとした。が、すぐに小さく吹きだすと、声を上げて笑い始める。そのあまりな反応に光貴は半眼になった。
「おい、アレク」
剣呑な声で呼びかけると、彼はやっと笑い声を押しとどめた。
「いや、悪い。おまえがそこまで見破っているとは思わなくてな」
「なんだそれ」
『神聖王』と呼んでおきながら子供扱いも甚だしい。光貴は初めて、この青年に一抹の怒りを抱いた。だが、今の知識がノエルたちの受け売りであることも否定できない。怒りは無理矢理押しとどめ、アレクの答えを待つことにする。
はたして、それはやってきた。
「もうおまえも知っているだろうがな。今大同盟の中にある五国はすべて、守護天使を擁する国だ。その同盟は守護天使たちの『友情』を証明するために作られたものと言って良い」
「友情……?」
国政とはあまりにもかけ離れた言葉に少年が首をかしげると、アレクはこう補足した。
「同盟は元々、同胞意識から生まれたものらしくてな。国政とは関係がない、個人同士の約束みたいなもんだったんだよ」
光貴の口から出たのは、はあ、という生返事だった。
周辺諸国に対し絶大な威力を発揮している大同盟の始まりが友達同士の約束だったと言われても、実感が湧こうはずもない。
だが、それを気にしているのかいないのかアレクの話は淡々と続いた。
「だから今、その同盟は先代『神聖王』が崩御してさらにその流れが途絶えていたために大きくほころびが生まれているわけだな。即位もしていないおまえでは、悪いがそのほころびを直すには不十分だ」
「ええと、つまり」
頭に情報がぐるぐると回り始めたところでうなるように呟くと、幸い青年は言いなおしてくれた。
「今、大同盟は有名無実化してるってことだよ」
あっさりと告げるアレクをよそに、光貴は額を押さえた。めまいを感じるのは気のせいだろうか。「状況が悪すぎる……」と彼が呟くと、アレクが再び口を開いた。
「そこで、だ。俺が提案したいのはだな」
いきなりの本題への突入に、光貴はのろのろと顔を上げた。
「その大同盟に上書きする形で、ジブリオ‐ピエトロ間で同盟組んじまおうってこった。もちろん大同盟がある程度機能を取り戻したらそれはそれなりの関係になるわけだが、そうなるまでは一国家対一国家で足場固めといた方が安全だろ?」
「まあ、なあ」
そろそろ訳が分からなくなってきたと思いながらも、光貴は相槌を打つ。
確かに有名無実の約束事にとらわれるよりはしっかりと国家間で契約しておいた方が、心配ごとが少ないというのは分かる。それに。
「それに、今アルバート王が求めているのはそういうものじゃないのか」
同じ答えに行き着いた青年の指摘に、彼はたちまち苦い顔になった。
シオン帝国との対立が深まりはじめた今、必要なのは頼れる他国と手を組むことだろう。光貴としては認めたくないが、生まれたての『神聖王』では心もとない。
どう考えても反対する要素などないし、そもそも反対する気はないのだ。光貴はいろいろと放棄したような気分になりながら、降参とばかりに手を挙げる。
「よく分かった。同盟の話はとてもよく分かった。だけど、俺とおまえの……って?」
瞬間、緑の瞳がきらりと光る。待ってましたとばかりに彼は言った。
「そりゃあつまりだな。俺はおまえを『神聖王』と認めたんだぞーっていう証明をするってことだよ」
「は?」
意味は分かるが理解はできない言葉に、少年は素っ頓狂な声を上げた。だがアレクはさらりとそれを無視して、楽しそうに続ける。
「これをほかの三か国に広めれば、それなりの交渉材料にはなるだろうよ。事実、俺はおまえが『神聖王』になっても十分やっていけると思うぞ。ま、まだまだ修行は必要だけどな」
あっけらかんとそんなことを言ったアレクが、浅黒い手を光貴の方に差し出してくる。浮かぶ笑みは、子供のように屈託ないものだった。
「だから、俺と友達にならないか」
もう、本当に何がなんだか分からない。
光貴は天井を仰ぎたい気分になりながら、しばらく緑の瞳とにらみ合いを繰り広げた。
階段をいくらか下りたところで、アレクの足が止まる。光貴もそれに合わせて立ち止まった。
彼は振り返ると、真面目な顔でこう告げる。
「光貴、おまえはきっと余所の国じゃある意味嫌われ者だろう。先代との比較からは免れない。場合によっては、五人の結束が揺らぐことになるかもしれない。だがそれでも堂々としている必要がある。国の代表として、な。
――おまえらはどうせこれから残りの国を巡るんだろうが、これだけは覚悟しておけよ」
またしてもすべてを理解することはままならなかったが、彼が言わんとしていることは分かった。光貴がこくんとうなずくと、アレクは朗らかな笑みを浮かべる。
「ま、羽目を外したくなったらいつでも連絡してくるといい。『それ』、有効活用しろよ」
言われて少年は己の手元を見下ろす。右手に小ぶりなブローチが握られていた。ただ実際は、ブローチに擬態しているだけの通信用の魔法道具らしい。
光貴が簡単な相槌を返すと、アレクはよしと言った。
「国で愚痴れば下の者を心配させる。だから愚痴るなら妹か俺にしておけ。なんてったって、友達だからな」
「……ああ、うん」
引きつった声で返事をしてから、乾いた笑いを漏らす。それはうめきに似ていたが、幸か不幸かアレクはそれを気にしなかった。満足げにうなずいてから、窓の方に目をやる。その表情からは、もはや先程までの陽気さは見えなくなっていた。
「さて。俺たちジブリオの民の戦いは、これからだ」
ひどく静かな声音だった。それを聞いて束の間居心地悪そうに身じろぎした光貴は、やがて「無理すんなよ」と飾り気のない言葉を贈る。青年はそれを受け取り、優しく微笑んだ。
窓の向こうでは、薄紫に染まった雲にかこまれながら、純白の朝日が夜を裂いて輝いている。それは、始まりと終わりを告げる光だった。
「いったい何やってたんだ」
アレクと別れ、一人で宮殿の廊下をまっすぐに進んでいた光貴の前から、呆れを含む声が飛んできた。彼は顔を上げ、視界の先に赤毛の青年の姿を認めると、意地悪く笑んでみせる。眉をひそめた青年に、答えを投げて寄越した。
「密談」
「アレクと、か?」
「そう」
素っ気ない言葉の応酬。彼――ラッセルは光貴の目の前まで来ると、今度こそ呆れを隠そうともせずに首を振る。
光貴はそれを見つつ、手を打った。
「あ、そうだ。なあラッセル、どうにかして陛下に連絡を取れないか?」
「陛下に?」
頓狂な声を上げた青年は、訝りながらも考え込んだ。それから、「まあ、できることはできるけど……」とどことなく歯切れの悪い返事をくれる。ただそれは、可能かどうか分からないわけではなく、ただ単に少年の意図をはかりかねているだけのようだった。
だが光貴はそれに対して何も言わない。今は言う必要がない。
「それじゃあ、晴香とノエルのところに戻るか」
あえて明るくそう言って、恐らく自分を探しにきたのだろうラッセルを促す。
窓から差し込む光の帯が、二人の姿を茫洋と照らしていた。
晴香とノエルの元に戻って真っ先に訊かれたのが、「アレクの意図はいったいなんだ」ということである。予想通りすぎる展開に光貴は肩をすくめた。
どうやら、自由奔放な『生命王』に気を揉んでいるのは、彼らの臣下だけではないらしい。
「それを伝えるために陛下に連絡取りたいんだっての。……どうにかなるか?」
ひたすらに問い詰めてくるノエルをあしらった後、彼はラッセルを見て問う。水を向けられた彼はというと、既に掌大の水晶玉をお手玉のように弄んでいた。
「これを使えばできる。ただしこの水晶玉は魔力消費量が馬鹿にならないから、おまえも手伝えよ」
「やり方を教えてくれればいくらでも」
光貴の即答に、ラッセルは驚いたようだった。しかし頭をかくと、「分かったよ」と言って、水晶玉を手ごろな台の上に乗せた。それから、少年を手招きしてくる。
「……どうしてでしょう。すでに為政者の顔が出来上がりつつありますが」
「人間の順応力って、恐ろしいね」
すぐにラッセルの傍らへ向かった光貴は、背後でそんな会話がなされていたことを知らなかった。
魔力の操作については、ジブリオに着くまでの間、飽きるほど練習を重ねている。だから魔法の道具と思しき水晶玉に力を注ぐことになったときも、苦だとは思わなかった。
二人で手をかざすと、水晶玉は淡い光を放つ。それと同時にラッセルが目を閉じて、小声で何やら唱え始める。
その詠唱に伴奏を乗せるかのように、水晶玉は明滅を繰り返して内側では虹色が流動する。やがて虹色は一点に集束すると、人の形をとっていく。光貴が息をのむと、それに気付いたのかラッセルの詠唱が止まった。
二人がのぞきこんでいると、背後から晴香とノエルも顔を出す。四人が注視していると、水晶玉の中に一人の人物が浮かびあがった。
『ラッセル、また急だな。何かあったか?』
その人物が声を発すると、急に姿は現実味を帯びてくる。そのせいか、晴香が目を輝かせた。
「陛下、お久しぶりです!」
『おお、晴香か。しっかりやっておるか?』
「はい!」
嬉しそうに返事をした晴香は、すぐに身を引いた。ラッセルが後を引きとる。
「突然申し訳ありません、アルバート陛下。実は……」
どこか言いにくそうにラッセルは一通りの事情を説明してくれた。ジブリオの窮地とあって、王の顔にも陰りが見える。だが話がすべて終わると、その陰りは姿を引っ込めた。
『なるほどな。だいたいの事情は分かった。して、光貴の話とは何かね』
アルバートの鋭い視線に射抜かれて、後ろめたいこともないのに光貴は息をのむ。
この国王とは、旅立ちの前に対面を果たしている。そのときもどこか読めない――「王らしい」人物だと思ったが、このときの視線にもその威容が表れていた。
だが、こんなところで負けていられる状況ではない。息を吸って、睨みかえすくらいの気持ちでアルバートを見据えた。
「『生命王』アレクサンダー・フレッチャーより、ピエトロとジブリオの二国間同盟を提案されました」
初めて聞く事実に驚いたのは、国王だけではなかった。




