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King of Light  作者: 蒼井七海
第二章 光と風の邂逅
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第三話 明と暗――3

 都というのは、概して「起きている」時間が長い。それについてはクリスタであろうとシンフィルであろうと変わらないことらしい。闇夜の中で煌々と輝く明りは、遠くからでもよく見える。

 対して、この宮殿には夜になると暗い静寂が訪れる。まるで、都の輝きを拒むものを、闇が口を開けて待っているようだった。

 夜の闇を恐れたわけではない。そんな感情などどこにもなく、ただ緊迫感の中でじっと身を潜めて待っていると、視界の端で何か黒いものがうごめいた気がした。音はしなかった。息をのんで、思わず身を乗り出しかける。が、それを横から細い手が制した。視線を動かすと淡い金色がなびく。

「待て。ぎりぎりまで引きつけて油断させろ。動くのはそれからだ」

 マルギットだ。彼女の波一つたたない言葉に彼、光貴は無言で首を縦に振るしかなかった。その動作を見たのか、彼女は再び暗がりに身を沈める。

「しかし、おまえのようなちんちくりんが次の『神聖王』とはな。正直呆れた」

「ち、ちんちくりんって……」

 あんまりな言いように光貴は肩を落とす。それから、あんたほんとは分かってたくせに、とぼやいた。すると信じられないことに、マルギットの厚みのある唇が、三日月形に歪んだように見えた。

「まあいい。彼の先代『神聖王』も、即位前や即位したての頃は似たようなものだったと聞くからな。老人どもをしてクソ生意気と言わしめたぶん、おまえより質が悪い」

 いつも一言二言で済ませる彼女にしては、ずいぶんと饒舌である。初めて聞く先達の話に、少年はどうしていいか分からずとりあえず苦笑をこぼした。

「なんですか、それ。フォローになってませんよ」

 応えはなかった。だが、楽しそうなのが空気だけで伝わってくる。なんだか妙な気分になった光貴は、黒い影が向かった方向へ視線を走らせ気を紛らわす。そのとき、見つめた先でわずかな光がちかっと瞬いたような気がした。

 光貴は息を殺して、すぐさまマルギットの方を振り返る。すると、うなずいた彼女は流れるように立ち上がった。

「頃合いだな。おい光貴、出るぞ」

「はい」

 返事をして茂みから飛び出た光貴は、走りながらはてと首をひねる。

……今、初めて名前で呼ばれたような。しかしそんなことを気にしても仕方がないので、この思考は服についた小さな葉っぱよろしく、道端に投げ捨てていくことにした。

 光貴たちが現場へ急行する間にも、光は何度か瞬いた。距離が近くなってくると、低いうなり声のような音とかすかな揺れも感じるようになる。横でマルギットが「いくらなんでも動くのが早すぎだ」と舌打ちとともに呟くのが聞こえた。

「……あれは」

 再び光を見て、光貴が声を上げる。明滅がこれまでより激しくなった。少年の声に反応したマルギットは鬱陶しそうに金髪を払うと、いきなり剣を抜き放った。そして、叫ぶ。

「おい、貴様は『あちら』に行け!」

「えっ――」

 いきなりの命令に戸惑った光貴は、うろたえて辺りを見回してから訊く。

「マルギットさんは?」

「私はずっと後から向かう。その方が、万が一逃げて来た奴を見つけても手っ取り早く始末できるだろう。この役目はおまえが被るより私がやってしまった方が効率的だ。……そら、行け!」

 苛立たしげな態度。その後、話は終わりだといわんばかりに鋭く言い放たれる。ここまでされては光貴も従うしかなかった。口論している時間も惜しい。すぐさま身をひるがえして、仲間が戦っているであろう場所へと向かう。

 走り続けていると、やがてそびえ立つ宮殿の影が見えた。昔、家族旅行のおりに見た高い塔を思い起こさせる黒い建造物。その半ばで光が弾けているのを、確かに見る。音も激しさを増してきた。

「厄介だな」

 呟いて舌打ちをした光貴は、それでも足を止めずに走り続ける。ただ宮殿の装飾が暗闇の中に浮き彫りになる程度近づくと、近くの茂みに素早く身を隠した。

 建物付近を兵士がせわしなく走り回り、何事か叫んでいる。ある程度予期していたとはいえ、暗殺者の襲来である。宮殿はそれなりに混乱しているらしい。

……いや、違う。

 光貴は心の中で己が立てた予測をすぐさま否定した。

 宮殿の中から聞こえてくるのは戸惑いのざわめき。だがそれだけではなく、上の方からいくつかの悲鳴と怒号が切り裂くように飛び出していた。明らかに女王を狙う暗殺者だけではない、何者かの襲撃を受けている。そうとしか思えない。

 苛立ちを抑えこむように頭をかいた光貴は、息を吸うと、人がいなくなった時を見計らって茂みから飛びだした。宮殿の壁に駆け寄ると、それからはそこに張り付くようにして窓へと近づいていく。周囲にはこれまでにないくらい強く警戒した。

 そうして窓をのぞきこむと、宮殿の者に混じって黒装束の人間たちが走り回っているのが見えた。各所で騎士が応戦しているが、あまりよい状況とは言えない。これはさすがに予想外の事態だ。暗殺者の対処――その一点をラッセルやノエルとともに任されていた光貴は、どうすべきかと逡巡する。

 ばくばくと心臓がうるさいほどに鳴り響く。この音のおかげで誰かに気づかれてしまわないか、と思うほどに音は光貴の耳を覆っていた。

――それを打ち破るように飛んできた叫び声は、はたして幸運の調べか不幸の音色か。

「光貴、構うな!」

 すぐ上から聞こえてくる潜められた声。それに反応した光貴が上を見ると、上階からアレクが顔を出していた。闇夜の中に緑色が浮き上がる。

「こちらは俺がなんとかする。おまえはラッセルたちの方に行け。俺が行くより『神聖王』殿が行った方が相手の意表をつけるからな」

 彼は悪戯っぽく目を細めてそう言った。否、光貴にはそう見えた。彼の言葉を受けた少年は腹を決める。

「分かった」

 するとアレクはその視界からさっさと消えてしまった。

 わずかな間それを見送った光貴は、やがて足踏みを始め、十回に達する頃に思いっきり地面を蹴った。

『夜空の首飾り』奪還までと今回の旅路でラッセルに容赦なくしごかれたおかげで、光貴の筋力と体力はあきれるほど向上していた。そのおかげか、身体はふわりと宙に舞う。光貴はすぐさま二階の太い柵に足をかけると、再び跳んだ。あとはそれの繰り返しである。

 光貴の視線はまっすぐに上を向いていた。だから、彼を見届けたアレクが「早くも化け物じみてるねえ」と呟いたのも、そのあとに身をひるがえして闇の中に消えたことも、知らないままだったのである。


 光属性の魔法、というのはそのイメージや性質から特別でことさら強いものとして見られがちだが、実際はそうでもない。

 特にこの暗闇の中では不利に働くことが多い。この闇の中で白い光が膨大なそれを放っているということは敵に見つけてくれと言っているようなものなので、不意打ちには使えない。さらにそうでない場合でも、発動までに時間をかけてもたもたしていると、その間に攻撃を受けることになる。ラッセルのように即時展開できれば別だが、光貴はまだそこまで器用ではなかった。幸い才能はあるらしいので、現在練習中である。だが、形になるにはもう少し時間がかかりそうだった。

 つまり、光貴の魔法はこの戦闘においては一撃必殺としてしか使えないということである。それは重々承知だ。なので、

「魔法のことは魔法が得意な人に任せるとしますよ」

 口の中でぼやきを転がした光貴は、旅立つ前にラッセルから貰ったサーベルを構える。刃物の扱いに手慣れているわけでは決してないのだが、毒を塗った武器や暗器の類を持っている相手と素手でやりあうよりはましである。そんな選択は無謀以外の何物でもない。

 眼下では、闇の中にぽっかりあいた穴のような黒装束がせわしなく動き回り、そのあとをいくつかの光が追っていた。おそらくその穴のようなのが暗殺者だろう。俊敏な動きを見て、光貴は「人類の天敵」といういわれなき汚名を着せられている虫を思い出して顔をしかめた。

「やんなっちゃうなー」

 おどけたふうに呟いてみる。すると視界の中で、炎が不自然な揺れを起こした。そこでふっと目を細めた光貴は一瞬で足に力を込め、高い所からの監視に付き合ってくれた床を蹴る。凄まじい風の音を立てた少年は、その後危なげなく着地した。高い所と言っても、地上から宮殿の二階までの高さに比べればどうということはない。

 周りで低いざわめきが起こる。そこで光貴は自分が敵のただ中に着地したことに気づき、頭をかいた。サーベルを構える。

 暗殺者たちの動揺は一瞬だった。光貴を敵として認識すると躊躇なく刃を振りかざしてくる。刃先にしみこませてある毒が月光を浴びて、ぬるりと光った。

 四方八方から襲い来る剣を光貴はサーベルで次々に受けとめる。金属の澄んだ音が立て続けに響き渡った。なんとか命は繋いでいるものの、その構えはやはりどこかぎこちない。

 ぶおっ、という太い風切りの音を聞いて、光貴はほとんど反射的に跳び退った。鋭く光る一撃が空を切る。冷や汗が噴き出すのを感じ、身震いした。一度舌うちすると、自らの得物を構えなおす。

 刹那、目の前でいきなり炎が弾けた。黒い者たちの何人かがあまりにもあっけなく吹き飛ぶ。立ち込める煙の向こうから現れたのは、見慣れた赤髪だった。

「おお、ラッセル」

 待ち合わせをしているときのような軽い声がけをする光貴に、ラッセルの方も悪ガキのような笑顔で手を上げた。それからさっさと臨戦態勢になる。

 光貴は横目で背後の魔導師をうかがった。

「……こいつら、どうして退かないんだ?」

「どうやらこいつら、ただの暗殺者じゃあなかったらしい。俺たちが――というよりは誰かが、と言った方がいいか――阻止に来ることまで見越していたらしいな、その王弟っていうのは」

 はぐらかすような先輩魔導師の言いように光貴は首をひねる。しかし、すぐ彼の言いたいことに思い当って渋面をつくった。『下』で見た光景が脳裏に浮かぶ。

「つまり、女王暗殺兼女王派の殲滅がこいつらの仕事ってわけか」

「さっすが光貴くん。飲みこみが早くて助かるねえ」

 おどけた台詞を口にしたラッセルの目は笑っていなかった。二人は既に暗殺者がにじり寄ってきていることに気づいていた。知らないうちに背中合わせの体勢になる。

「おい、そういやノエルはどうした」

 ふと気がついた光貴がそう問うと、ラッセルは笑顔を作る。

「下が騒がしかったんで援護に行かせた」

 間のない即答に少年はつい、深いため息を漏らした。

「余裕だな」

「そんだけ腕が確かってことだ」

「はいはい。自信に満ちてるのはいいことだけど、それで怪我すんなよ」

「せいぜい気をつけるとしますよ」

 軽口をたたきあいながら、二人の若者は不気味な黒い集団と相対した。

 最初に動いたのは暗殺者集団の方だった。感情のこもらない目をぎらつかせて武器を構え、皆が統率された動きで踊りこんでくる様には鳥肌が立つ。

 それに対し、ラッセルが冷静に魔法を放つ。火属性の魔法だ。大人の男の拳二個分はあるだろう巨大な火球を容赦なく暗殺者たちに飛ばす。ごうごうと音を立てながら飛んでいった火の球は、集団のただ中で大爆発を起こした。十何人単位で吹き飛ぶが、悲鳴のひとつも上がらない。ラッセルは嫌そうに顔をしかめたが、構わず二発目三発目を用意する。

 別の者の毒牙をサーベルで弾き飛ばした拍子にその鳩尾を思いっきり蹴り上げてやった光貴は、その様を見て一瞬だけ笑みをこぼした。だがすぐに別の人物が踊りこんできたので、表情は真面目なものに戻る。やはり鋭く光った剣を受けとめた。すっかり耳に馴染んだ金属音が響く。

 すると黒い布で目元以外をすっぽり覆ったその者が、声を発した。

「貴様、どういうつもりだ」

 地を這うような声音に全身が凍りつく。それでもサーベルは手放さず、柄を握る手に力を込めた。異常だ、そう、頭のどこかが告げていた。

 じりじりという耳障りな拮抗の音すら聞こえなくなってしまったかのようである。その中で、暗殺者はさらに言葉を続けた。

「『神聖王』が力を使わぬとは、ずいぶんと余裕ではないか」

 瞬間、頭が警鐘を鳴らした。細く息を吸い込んだ光貴は、反射的に跳び退る。

 それとほとんど同時に暗殺者の足元から黒い何かが湧いてきた。それは、土から染み出す水のようだった。そして湧いた闇は蛇のような形をともなって起き上がる。目で確認できるだけで五本。その闇はゆったりと、光貴の方に向かってきた。

 そばから悲鳴のような声が聞こえる。だがそれに対応している暇はない。光貴は声を押し殺して地面を転がった。闇の魔手から死に物狂いで逃れていく。次の行動に移ろうと顔を上げて――ぞっとした。

 どうやらその手は敵味方の区別をしないらしい。進路上にいる人間たちを無差別に「食って」いた。音も立てず、ただ闇の中に引き込んでいく。黒の中に、鮮やかな赤が躍った気がした。

「な……なんだこれ?」

 ラッセルの声が響いた。どうやら彼もあの手を見たらしい。

 そう思ったとき、光貴の目の前に黒が押し寄せていた。

「しまっ――」

 声を上げかけた光貴の脳みそが凍りつく。全身がこわばり声さえ出ない。だがその呪縛が解けた束の間の内に、彼は歯を食いしばり、手を振り上げていた。

 視界の黒を押し出すように白い波が広がる。少年が放った光は、凄まじい速さで闇を食らい尽くしていった。

――そのとき、遠くで鈴の音が響いたような気がした。


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