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King of Light  作者: 蒼井七海
第一章 王の目覚めと夜空の石
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第一話 邂逅と変動――3

「神託の君? 聞いたこと、あるようなないような」

 どう考えても平凡な一般人とはかけ離れたような言葉だとも感じたが、それ以前に降ってわいた感覚をそのまま口にしたのは、当然のことながら晴香である。

 向かいに座るノエルは、その台詞を聞いて微笑んだ。

「そうですか。それでは、この国に伝わる話からお教えした方がよろしいですかね」

 既にご存じかと思いますが、と前置きしたノエルの口から次に出てきたのは、朗々とした声だった。

「『世界にはかつて、聖なる力を秘めた者たちがいた。彼らは国を支え、民に語り、戦火から故郷となる国を守った。一度滅びたその存在は、しかしおよそ五百年前から再び現れる。人々はその者たちのことを“天使”と呼び、たたえた』」

「あっ、それ聞いたことがあります。魔法や神話に関する歴史書『聖と魔の歩み』の一節ですよね」

 声を上げた晴香に対し、ノエルはあくまで穏やかにうなずいた。

 魔法は地域によっては不可思議な力として処理されることがあるが、エクティア地方周辺では体系化されている技術だ。そしてそのような土地において神話とは、魔法と関わりの深い重要な記録となってくる。それらの歴史を記した書物は、ピエトロ王国にも数え切れないほど存在する。

『聖と魔の歩み』は両方の事柄について記した、代表的な歴史書だ。

「そうですよ。この話は、そこに深く関係してきます」

「ええっと、つまり……『天使』に関係があるってことですね」

 考えながら言葉を発した晴香。ノエルはまたうなずいた。それを見て、晴香の心の中に不安が渦巻く。もしかして自分は今、とんでもないことに関わろうとしているんじゃないか。これ以上首を突っ込まない方がいいのではないか、と。

 しかし、現実は容赦なく晴香を巻き込んでいく。

「そういうことです。あ、最初に言っておきますが――『天使』は実在します」

 そう、巻き込んでいく。一切のためらいなく、あっさりと。

「――――ええええええっ!? そうなんですか」

 晴香は思わず叫び、ソファから立ち上がっていた。一方ノエルはあっけらかんとした態度で「はい」と言っている。晴香は酸欠の金魚のように口を開閉し、固まってしまった。

『天使』に関する記述は数多く残っているが、一般的にその存在は「おとぎ話の中の英雄」の一部として処理されてしまっている。ノエルの言葉は大衆の常識を丸ごとひっくり返すものだった。

「あのー、とりあえず座りませんか?」

「あ、はい! すみません!」

 戸惑うようなノエルの声を聞いて、頭の中で幾多の文字を巡らせていた晴香は正気に戻ると、一回目とは違い躊躇(ちゅうちょ)なくソファに腰を下ろす。もう、高級品だという事実気にならなくなった。

 その慌てぶりに失笑したノエル。しまった、やってしまった。そう思った晴香は顔を赤らめた。しかしノエルはこのことに関してそれ以上何も言わない。

「『天使』は現在も、世界で名のある大国に存在し、確固たる地位を築いています。このピエトロ王国にも、もちろん国に仕える『天使』、守護天使が存在していたのです」

「……ん? 過去形?」

 話を聞いていて晴香が感じた違和感を素直に指摘すると、少年は悲しげにうつむきながら言葉を紡いだ。

「はい。もう、十年以上前になるでしょうか。我が国の守護天使は命を落とされました。そして、それからはずっと、あってはならない長い長い『天使』の空白期が続いているのです」

 晴香にとっては黙り込むしかないほど衝撃的な話であった。王家を支える『天使』がいるだけでも驚天動地の事実である。だというのに、今度はそれがいないことで国が深刻な事態になっているというのだから。

 そうしているうちに、ノエルは再び顔を上げた。緑の目が、晴香の顔を射抜く。

「ここからが本題ですよ。僕がさっき言った『神託の君』とは、我が国の光の守護天使――またの名を『神聖王』――その人となっている可能性がある存在のことを言うんです。『天使』にとても深い縁のある存在、力を有する者」

「え、ちょ、まさか……それって」

 少年の言葉をさえぎった晴香は、そのまま反射的に耳をふさぎそうになった。

 聞きたくない。「冗談ですよ」と笑って済ませてほしい。そのまま元の日常に戻らせてほしい。――異端には、なりたくなかった。

 が、やはり夢と現の境のように曖昧な現実は容赦なく、晴香に事実を突きつける。

「そう。それが、あなたなんですよ――北原晴香さん」

 力が、抜けた。

 もし想像していた通りのことを言ったなら詰め寄ってやろうと、晴香は身構えていた。しかしもうそんな気も起きない。一度抜けた力は入らない。ただ、糸が切れた操り人形のようにペタンとソファに座りこむ。

 これこそ、なんの冗談だ。

 そう吐き捨てたかったが、呆然としていた晴香の口から出てきたのは、それとはまったく別の言葉だった。

「どうして、そんなことが言いきれるんですか」

 脱力しきっており、かつ震える声を聞いたせいだろうか。ノエルの目は見開かれて、その顔はすぐ苦痛にゆがんだ。だが、これも責任のつもりなのだろう、あくまで淡々と言いきる。

「僕の『力』が、あなたに反応したからです」

 またまた理解不能なことを言われてしまったが、それでかえって冷静さを取り戻した晴香。あくまでかりそめのものであるそれを使って、どうにか問いかける。

「力、ですか?」

「僕は、普段は城の文官見習いとして働いていますが、実際は『神託の君』を見つけ出す力を有する『預言者』なのです」

「よげんしゃ……? いつの時代にこういう『神託の君』が現れますよ、とかって予知するんですか?」

 晴香の質問に、ノエルは最初わけが分からないという顔をしたが、やがて意味を理解したのか微笑んだ。

「晴香さん。予言者(オラクル)預言者(プロフェット)は違いますよ。あなたが言っている方の予言者は確かに未来の事柄を伝えます。が、ここで言う預言者は『神の言葉を伝える者』なんです」

 晴香はしばらく理解に苦しんだが、どうにかこうにか納得することはできた。陽国語で発音は同じでも微妙に字が違って表す意味も違う言葉があることは知っていたから、とりあえずあれと同類だろうと結論付けただけなのだが。

「それで、どうやって分かったんです? まさか、神様が教えてくれた……?」

 内心ばかばかしいと思いつつ言ってみる。すると、案の定苦笑された。

「さっき言った通り、僕の中にある特別な『力』があなたに反応したんです。この場合『預言者』っていうのは、まあある種のたとえですね」

『力』とやらを『神意』にたとえ、それを振るう者を神の言葉を伝える者に例えた。頭の中で整理して得た感想は、とっても宗教的だなというものだった。

 そして同時に理解する。昨日、はじめて会ったとき、じっと見つめていたのはこのためだったのかと。そして――

「『僕に責任がある』っていうのも、そういうことだったんですね」

「……はい」

 ノエルの声は沈みきっていた。今までで一番暗かった。やはり、自分が『神託の君』を見つけてしまったことにかなりの負い目を感じている様子である。

「王は、当然ですが『天使』の、『神聖王』の再来を望んでおられます。だから少しでもその力になりたくて、近頃ひんぱんに街に出て捜索を行っていたのです。ようやくその望みがかなったと思えば……『力』が示したのは、見ず知らずの僕にあんなにも親しく接してくれた、王都の一市民だった」

 少年の口から吐き出される言葉の数々を、少女は黙って聞いていた。そこには怒りも悲しみもない。ただ静かな顔があった。

「このようなことも、覚悟はしていました。しかし、実際遭遇してみると……」

 声はだんだん小さくなっていき、最後には途中で切れた。こらえきれなくなったのかもしれない。だまって見守っていると、ノエルはいきなり頭を下げてきた。

「ごめんなさい、晴香さん。謝って済むことではないけれど、僕はあなたの、あなたが日々努力して築いてきた日常を奪ってしまった。そしてこれからも奪うことになるでしょう。『力』があなたを示したからには」

 つまり、もう二度と完全な元の生活には戻してくれないということ。

 一瞬で理解し、晴香は口元をつり上げた。そのときの心境は、彼女自身にも分からなかったが、もしかしたらやけになっていたのかもしれない。この後吐き出された言葉を考えても、のちの晴香はこのとき自分が自暴自棄になっていたということが容易に判断できた。

「いいえ、大丈夫ですよ」

 ノエルの目が見開かれる。

「晴香、さん?」

「せっかく選ばれたんですから、どうにかしてやってみます」

 責め立てるのは簡単だ。大泣きして逃げだすのもいいだろう。このときの選択肢は、いくらでもあった。だが晴香はあえて、その選択肢の中でもっとも難易度が高いものを選び取った。このときの彼女は、平凡を望んでいたこれまでの彼女らしくない考え方をしていたのだ。――それだけでも、なかったのかもしれないが。

 とにかく、『神託の君』として舞台に立つことを決意したのは間違いない。

「ありがとう、ございます」

 晴香は、深々と頭を下げてくるノエルに対して首を振り、大事なことを切り出した。

「とりあえず、これからどうすればいいんですか? いきなり『聖者』がどうのと言われても困るんですけど」

 少女の問いに答えるノエルの顔は、いつの間にか平静を取り戻していた。

「そうですね。まずは王に謁見しましょうか」

「えっ、いきなりそこからですか!?」

 先程までの毅然とした態度はどこへやら。顔を引きつらせた晴香だが、それに対する返事もやはり無慈悲といえば無慈悲なものであった。

「はい。あなたを城に連れてくるよう指示なさったのもアルバート王ですし、これからのことはあの方の言葉を聞かなければ決められませんから」

 正論なので、反論できないのが余計に悲しい。晴香はがっくりと肩を落とした。

「……王様と直接お話する機会なんて、ないと思ってたのに」

 むしろなくてよかった、と思うのが北原晴香である。その様子を見ていたノエルは肩をすくめると、立ち上がって言ってくれた。

「心配は無用ですよ。基本的には僕が話を進めますから」

 そして差し出される手。半眼のままその手を見ていた晴香だが、やがて自らも手を差し出し、そっとにぎった。やはり、じんわりとぬくもりが伝わってくる。

 ノエルさんの手だな、と改めて感じた。

 晴香がどうにかして立ち上がると、ノエルはいつも通りの柔らかい声で彼女をうながす。

「では、行きましょうか」

 少女はその導きに、素直に従った。


 いわゆる謁見の間まで案内してくれたのはやはりノエルだった。文官見習い兼預言者として城でずっと暮らしているそうで、一切の迷いなく進んでいき、応接室までの道のりとは比べ物にならないほど短時間で辿り着いてしまった。

 謁見の間を守る兵士はノエルと晴香の姿を見てすぐに用件を察したのか、ノエルに向かって敬礼をし、国王にとりついでくれた。

「うう、緊張するよう」

「一人じゃありませんよ」

 待っている間、かちかちに固まっていた晴香。その肩に手を置いて、ノエルはそう励ましてくれた。

 やがて国王の許可が下りたのか、兵士がどうぞと言って二人を促してくれる。謁見の間の重厚な扉は、ゆっくりと開かれた。

「失礼いたします、アルバート国王陛下」

 よく通る声でノエルがそう言うと、二人はゆっくりと謁見の間に入り、玉座の前まで進むとひざまずいた。こういうときの姿勢というものをまったく知らなかった晴香は、見様見真似でどうにかそれらしい姿になった。

「おお、ノエルだな。それとそちらの者は、もしかすると」

 晴香は怖くて顔を上げられなかった。そうしているうちに、ノエルが話を切り出す。

「はい。私の『力』が示した『神託の君』です。すでに騎士団から報告をお受けとは思いますが、直接ご指示をあおぎたく、こうして共に参じた次第であります」

 今まで見たどのノエルとも違う。声を聞いただけでそう感じた。ひざまずきながら、この人って実は多重人格? などとくだらないことを考えてしまう晴香である。そんなくだらないことでも考えていないと、やっていられなかった。

 少年の言葉は続く。

「しかし、先にお断りさせていただきます。彼女はごく普通の市民です。今はまだなんの力も持っておりません。いかに『神託の君』といえど、過酷なご命令は避けて頂きたく存じます」

 彼の気遣いに涙が出そうになった。これでとりあえず、いきなり過度な期待と無茶な話をふっかけられる可能性は激減しただろう。

「ふむ……そうか」

 王のうなるような声が聞こえる。対応に悩んだのだろう。

 びくびくしながら待っていると、ついに晴香に向けて声がなげかけられた。

「『神託の君』、いや、北原晴香といったか。(おもて)を上げよ」

 素直に顔を上げた。すると少女の目に、何度か祭事などで遠巻きにながめた、金髪の、顎に少しだけひげを蓄えた壮年の男の顔が映った。

 ピエトロ王国第三十一代国王、アルバート・サムス・ピエトロとの初対面となった。


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