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King of Light  作者: 蒼井七海
第二章 光と風の邂逅
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第三話 明と暗――1

「結局おまえは、どっちの味方なんだ?」

 沈黙をごまかすかのように、ラッセルが唐突に訊いた。するとアレクは眉をひそめて吐き捨てる。

「女王に決まってるだろ。邪魔になるからっつって、殺そうとしてきた奴らをわざわざ味方する気はない」

「うわあ」

 不機嫌そうな声に晴香が顔をしかめていた。光貴もおそらく彼女と同じような宮廷内部争いを想像して、目を細める。一方、その手の出来事に慣れているラッセルは冷静そのもの。

「まあ……実質国のトップである守護天使が女王の味方をする可能性が少しでもあるんなら、そりゃ邪魔だわな」

 なんとも理性的な意見を述べていた。それを大人しく聞いてから、ノエルは自分と同じ色の瞳を見ていた。やはり彼もある程度の耐性を持ちあわせているのか、落ち着いている。

「とにかく、ジブリオがかなり危ないというのはよくわかりました。でも、僕らにその内部争いに加われと言われても、正直困りますよ。こちらだって爆弾抱えた状態なんです」

「そうくると思ったよ。シオン帝国の件は想定外だったが」

 アレクは言うと同時にテーブルの上に頬杖をついた。それから反対の手をいささか乱暴に振る。

「俺は何も、おまえらに本格的な介入をしてほしいわけじゃない。ただ、女王を暗殺者から守ってほしいだけのことよ」

「――は?」

 誰からともなく上がった反問の声。その後、ラッセルが青年を睨んだ。

「どういうことだ」

 厳しい声の問いかけにしかし、アレクは歯を見せて笑う。

「大した話じゃねえよ。本当に言葉通りの意味だ。王弟派の暗殺者から陛下の御身を守ってほしい」

「そんなの自分でやればいいだろ、『生命王』」

 ラッセルが明らかに嫌そうな声音で放った呼び名が皮肉であることに気付いた光貴は、わずかに顔をしかめた。だが当人はというと、まったく気にしていない。

「そうはいかないんだよ。今回の争いのおかげで、俺の方にもいらん仕事が山ほど舞いこんできていやがる。暗殺者に備えている余裕なんてないさ。かといって、今の騎士団じゃ不安がある」

 だからおまえたちだよ、と続けたアレクは直後、なぜか兄妹の方をそれぞれ一瞥してにやりと笑った。嫌な予感にかられた光貴が黙り込んでいると、続けてノエルが口を開く。

「でも、暗殺者なんていつ来るかも分からないのでは? それなのに僕らに主の守護を頼むなんて」

「そうでもないんだよなー」

 楽しそうに言ったアレクが指を振る。すると、その顔から表情が消えた。

「――明日の夜だ。明日の夜、確実に王弟派の戦闘員が動くことが分かっている」

「分かってるって……なんで?」

 晴香が少し身を乗り出して訊く。だがすぐにたじろいだ。青年は無表情である。しかしその中で、瞳だけが鋭利な刃物のごとき輝きを放っていたのだ。

「二日後に、女王陛下が国民の前で演説を行う。それもかなり大々的にな。詳しい内容は知らんが、まあ、そこで自分たちの正当性を訴えようとしていることくらいは想像がつく。さらに、この演説が功を奏せば、女王派につく者が増えるだろう」

「なるほど。王弟派としては、是が非でもそれを阻止してしまいたい、と。そりゃあ明日の夜辺りが一番確実だろうな。そこを過ぎれば警備体制が強固になりすぎて、もう狙えない」

 ラッセルが投げやりな口調で語る。が、それとは裏腹に表情は真剣だった。うなずいたアレクは硝子のない窓に目をやる。

「さすがはピエトロが誇る宮廷魔導師殿。話が早くて助かるぜ」

 呟いた彼は皮肉を含んだ笑みを浮かべた。それから彼は何かを待つように座す。

 ノエルが、戸惑いのこもった目を三者に向けた。

「どうしましょう」

 言葉少なの問いかけ。それに、ラッセルは微笑した。

「おまえの考えていることは分かるぜ、緑君。俺たちに、ジブリオのゴタゴタに介入する義理も義務も、確かにない。けどな……」

 囁きの声。それは彼のしたたかさ、言いかえれば腹黒さを、初めて如実に顕示する。

「俺はこれを、好機と捉える。ここで俺たちが上手く立ちまわればのちのち事が運びやすくなるだろうな」

「……どういう意味だ?」

「聞いてりゃ分かるよ」

 光貴の率直な問いかけにまったく取り合わないまま、ラッセルは正面を向く。いつの間にか鋭い緑の瞳が彼らの方をじっと見ていた。少年と、その妹は息をのむ。

「話し合いは済んだか?」

「ああ。アレク・フレッチャー、おまえとおまえが仕える王家に力を貸してやってもいい」

 ラッセルはそこでさらに続けようとするが、アレクがそれをさえぎって口を開いた。

「ただし、条件がある――といったところか」

「さすがだな。幼少のときから為政者を間近で見てきただけはある」

 にやり、と。人の悪い笑みを浮かべたアレクに対して、ラッセルは少しも動揺せず肯定した。わざとらしくため息をついた彼はすぐに表情を引き締め、右の人差し指を立てる。

「俺たちが全力で協力する代わりに、すべてが終わったあかつきにはおまえらにしっかり、『見返り』を要求する。――この先起きるであろう巨大な戦いにジブリオ全体で力を貸してもらうことも含めて」

 彼のしっかりした言葉を聞いて、光貴と晴香はぎょっと目を見開いた。五大国の同盟関係を考えれば無茶苦茶でもなんでもないが、まだそれを知らない二人にとっては衝撃そのものである。一方、ノエルは口元を少し緩めて事を見守っていた。

 アレクは次の瞬間、大げさに要求を笑い飛ばす。

「安心しろよ。ジブリオ国民は恩をあだで返すような(たち)じゃない。同盟のことも、おまえらへの個人的な好意もあるし、それくらいはしてやるさ。それにな――」

 あっさりと言いきった彼はそれから、悪童の笑顔のまま、兄妹の方を見てきた。出会ったときと同じ不良のような顔に、光貴はややたじろいだ。気付いているのかいないのか、『生命王』の言葉が続く。

「俺は、そこの青臭い守護天使サマの行く末を見守りたいんだよ」

 その言葉の意味するところを、少年はまだ知らない。


 詳細はともかくとして、お互いの利害が一致したことに変わりはない。話をつけた一行は店を出て、やや足早に王城へと向かう。光貴はざわめきと熱気を感じながら、ふと視線を上げた。

 太陽は頂点を通り過ぎている。これからが一日の本番であるせいか、街を歩く人は明らかに増えていた。そのまま耳を澄ましていると、人々の無遠慮な笑い声に混じって車輪が地面にこすれる耳障りな音も届いてくる。

「さて」

 少しばかりわざとらしい青年の声に、光貴は視線を下げて正面を見た。先頭を歩いていたアレクが足を止め、振り返っている。

「これから王城に突入するぞー。まあ今さら言うことでもないけど、城の中は殺伐としてっから、気を引き締めていけよ」

 内容とは裏腹に軽い口調で言った彼はすぐに真正面へ視線を戻すと、いつも通りの穏やかな歩調で歩き出す。光貴は形容しがたい変な気分になって、言葉にならない悪態とともに頭をかいてから、その後を追った。

 せわしない人々の間を潜り抜け、シンフィル最奥部にそびえ立つ王城を目指す。ただその城は、どちらかというと要塞のような雰囲気だ。日干しレンガの素っ気ない色の中に、小さな点のような窓が羅列する。よくよく見ると城の周辺には投石機などが構えられていて、賑やかな街の雰囲気に似合わない物々しい空気を漂わせていた。

「なんか、お堅い感じだね」

 渋面の光貴が抱いたのとおおよそ同じような感想を晴香が口にすると、アレクは口をゆがめる。

「まあな。もともと、ジブリオでは王城は王族の住みかというよりは“要塞”だから」

 彼の言葉を聞きながら光貴は軽く目をみはった。だが誰も、そのことに気づかない。

「近隣の大国と、交易・戦争を繰り返し続けてきた歴史が今でも跡を残しているんだろうな。王族の住居にあたる“宮殿”は城の敷地内に、別にある」

「そうなんだ」

『生命王』の説明に晴香がいささかのん気なようにも感じられる相槌を打った。それを歩きながら横目で見ていたラッセルが、何気ないふうに口を開く。

「俺たちがこれから会う人は、今どっちにいると思う」

 それを聞いても誰の歩みも止まらない。規則的に土を踏む音が連続する中で、低い声が答えた。

「さあな。普通に考えれば第一執務室がある城の方だが、この状況を鑑みると宮殿の方にいる可能性もある。あっちの方が潜り込みにくいから、そのぶん狙われる危険性は少ない」

 どういうこと、という晴香の短い問いにアレクは答えなかった。ただ、緑の目をちらと上向ける。愉快そうで真剣そうな、いびつな光が矢のように見えた。

「まあ、聞けば分かるさ」

 調子のよい声が向けられた先を見ると、いつの間にか城門が見えていた。門を張っている兵士の一人が腰を抜かしている。

「よう、帰ったぞ」

「あ、あアレク様! お帰りなさいませ!」

 その腰を抜かした兵士はアレクの気楽な声を聞くと、上ずった声で答えた。どうやら新米らしく、守護天使の対応に慣れていない様子である。だがその隣に立つ兵士は平気な顔で肩をすくめた。

「アレク様。いったいどこまでお出かけになられたので」

 彼を見た青年の顔がつまらなさそうなものになる。拗ねた子供みたいだな、と光貴は思ったがもちろん言わなかった。

「なんだよ。これから説教おっぱじめようとする母親みてーな面しやがって」

 兵士はそれにため息をついてから、先程まで会話していた主の後ろにいる光貴たちを順繰りに見てきた。しかし、穏やかな瞳はラッセルをとらえたとたん大きく揺れ、やがて彼からゆっくりと逸らされる。

 一連の流れを見ていた光貴は、半眼でラッセルを仰ぎ見た。

「おまえ、いったい何したんだよ」

 しかし当人は口をとがらせて明後日の方を見るだけ。だめだこりゃ、と早々に諦めた少年は視線を正面に戻した。こんなやり取りをしているうちにアレクと門番兵士の間で言葉の応酬が行われている。

「……と、いうわけで。ひとつ教えてほしいことがあるんだが」

「なんでしょう?」

 やり取りの中心となっているのは、アレクの言葉を借りれば「説教おっぱじめようとする母親」のような目で彼を見ている兵士の方だった。それでも慇懃そのもので、守護天使の質問を促す。

「――女王陛下は、今どちらに?」

 アレクは端的に問うた。瞳がすっと細められ、刃のように鋭利な光が灯る。その瞳を見た兵士はほんの一瞬たじろいだが、すぐに咳払いして姿勢を正す。

「陛下は現在、宮殿にて公務をなさっています」

 明らかに威厳を取り繕った声だったが、はきはきとしていた。そして答えを聞いた者たちの反応はさまざまである。北原兄妹はきょとんと顔を見合わせ、ノエルはおや、とでも言うように目を瞬く。ラッセルはどうでもいいと言わんばかりに腕を組んでいた。

 そしてアレクは答えた兵士に手招きをすると、その耳元に囁く。なぜか光貴には少しだけ、その声が届いた。

「やはり、暗殺者対策か?」

「はい。いくらなんでも騎士や女官のふりをして忍び込むのは困難ですから」

 自信たっぷりな兵士の回答を聞いたアレクはあからさまに悪そうな笑みを浮かべると、その大きな手でしっかりと、二人の兵士の肩を叩く。ばし、と景気のいい音がした。

「うん、御苦労!」

 偉そうにねぎらった彼は続けざまに四人を振り返る。悪戯っぽい笑みが浮かんだ。

「さて。聞いてただろうが、女王様は宮殿にいらっしゃるそうだ。すぐに行くぞ!」

「歩く距離が増えたな」

 冗談めかして呟いたラッセルが、一行を先導する。その背中に続いたのがノエルで、光貴と晴香は最後尾からおずおずとついていくことになった。ちなみに兵士二人は、守護天使がついているからか光貴たちについて何一つ言及しない。ただラッセルを見る兵士の目にはほんのわずかな怯えがあるが、少年は気にしないことにした。

「なんか、怖くなってきた」

 か細い妹の呟きに、兄は首肯で静かな同意を示す。

 外観の雰囲気に違わず、王城の中もものものしかった。一応、こぎれいに整備されて柱や扉には細かな装飾がなされているものの、内部に漂う空気までは隠しきれない。今は特に、情勢が不安定なので、皆余計に苛立っているのだろう。

 あわただしくかけ回る者や、頭ごなしに部下を説教する者、不穏なうわさ話に興じる者など様々ではあったが、誰もかれも表情が険しい。

 間違ったところに来てしまった気分になって、光貴は唇を引き結んでうつむいた。じっとりとした重みのある空気のおかげで、胸が締め付けられるように痛かった。

 アレクに導かれるまま進んでいくと、壁から切り取られた外の空間が見えた。乾いた風が吹きこんでくる。そこを潜りぬけて出た先は――庭園だった。

「うわあ!」

 先程までの緊張すら忘れ去った晴香の叫びが、砂のベールで覆われた空に響き渡る。

 だが、晴香をいさめる者はいなかった。ノエルもラッセルも微笑んで見守っているだけだし、光貴はというとぽかんと口を開けて目の前の物体をながめていたので。

 その建造物(ぶったい)――宮殿は、あの大草原にも似た庭園の中で凄まじい威圧感を放って空へと伸びていた。朱色の屋根瓦と大きな扉がぎらぎらと輝いて、目が痛くなりそうだ。

「これが、宮殿……ピエトロのお城とはだいぶ違うね」

「そりゃまあ、地域が変われば建築様式も変わるさ」

 晴香の呟きに、ラッセルがついと肩をすくめる。その横で、アレクが淡々と語った。

「この辺の建物は、シオン帝国や東方の国々に影響を受けたものが多いんだ。陽の国の建物もこれに似てるらしい。ま、俺は見たことないから知らんが」

 アレクの解説をぼんやりと聞きながら、そういえば昔見た陽国の建物に似てるかもしれないなあ、などと物思いにふけった光貴は、改めててかてかと光る巨大な扉を凝視する。

 この先に何かとんでもない物が待ちうけている……そんな予感に、息をのんだ。


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