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King of Light  作者: 蒼井七海
第二章 光と風の邂逅
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第一話 日常という名の間奏曲――3

 クリスタに出向いたり家で過ごしたりと久々に休日を満喫した感じの北原兄妹は、翌日、王城に顔を見せることにした。ノエルやラッセルに会っておくべきというのもあったが、昨日の話も気になるところである。

 が、それ以前にある悩みがあった。

「どこから入るのが最善なのかしらね」

 当日の朝になって大真面目にそんなことを言った晴香を、兄は目を丸くしてながめていた。

「……どーゆー意味だ、それは」

 やや間を開けてから訊いてきた。晴香は間髪(かんはつ)入れず答える。

「だって、堂々と正門からいくわけにいかないでしょ? 私たちの立場、とっても微妙だから。確か城勤めの人のための入口があるって聞いたけど、それどこか忘れちゃったし」

 力説した。とにかく力説した。しかしそれが熱を帯びるたびに、光貴には呆れられるばかりであった。ごそごそと準備にもならない準備をしながら言ってくる。

「最後に関しては、堂々と言うことじゃないと、兄は思うぞ」

「……はい」

 要はそこを忘れてはいかんだろうという話である。痛いところを突かれた晴香は、もはや肩を落とすしかなかった。

 そのとき、裏口の方からノックの音が聞こえてくる。光貴に続けて、晴香も顔を上げた。

「誰だ? ライル――」

「じゃ、ないよね。私たちが城に行くって知ってるはずだし」

 そもそもライルであれば裏口から入ろうとはしない。先んじて立ち上がった晴香は、裏口に向けて走った。

 裏口は、兄妹の母・美雪(みゆき)が商店を経営していた頃によく使われていた。いうまでもなく、今の使用率は低い。

 晴香はいそいそと古ぼけた薄い木の扉に手をかけ、開けた。

「……あれ?」

 同時にぽかんとしてしまう。

 立っているのは一人の若者で、どういうわけか小ぶりな馬車を引きつれていた。さらに言えば若者の顔に覚えがあった。確かグレッグという名だったはずだ。

「おはようございます。――お迎えにあがりました」

 言葉の意味を理解した晴香はすぐに、兄を呼ぶためとんぼ返りする羽目になった。


 クリスタの街道をひた走る地味な馬車は、周りで走るそれと大差ないものだった。彼の立場から考えると、これは意図的としか思えない。

 車輪が石畳の上を滑る音を聞きながら、晴香は身を乗り出す。

「今日のうちにこっちから行くつもりだったんですけど、なんでわざわざ迎えにきてくださったんですか?」

 御者台との距離を意識して少し声を張り上げた。すると、城勤めの人と確かな信頼関係を築いている御者は少しだけ顔をこちらに向けてくる。

「まあ、そう思いましたけどね。今回僕の方から赴いたのは頼まれたからです」

「つまり俺たちは呼び出された、と?」

「そうです。ちなみにとある宮廷魔導師様に頼まれたのですがね」

 続く光貴の問いにも、グレッグはあっさり答えた。それを聞いた光貴が、どこか悪人じみた笑みを浮かべる。

「ほほう。そのくせ自ら連絡を寄越さないとは、やるな。ラッセル・ベイカーめ」

 宮廷魔導師の男ラッセルと光貴との関係は、晴香にとって未だ謎である。しかし決して長くはない二人旅の間で何かが育まれたのは確実らしかった。

「まあ、必死そうではありましたよ。……なんか外務院の方々もまっさおでしたから、もしかしたらそれと関係があるのかもしれませんね」

 外務院。晴香の記憶が正しければ、外交官などが所属する機関だ。光貴と晴香はつい、顔を見合わせた。

 グレッグに城まで送り届けてもらった兄妹は、その後すぐに若い兵士の出迎えを受けた。その兵士は晴香とは顔見知りである。が、光貴とは初対面であった。

「こちらです」

ピエトロの守護天使、『神聖王』との対面が初めてのせいか、兵士はやや緊張気味だ。彼に案内された先は、城の奥にある談話室である。ほかの部屋と比べると、扉も質素だ。

 わざわざ案内してくれた兵士に礼を言うと、光貴が木の扉を叩く。

――返事はなかった。だが、何かが動く気配があった。光貴が晴香の方に目配せしてくる。入っても問題ないだろうという意味で、彼女はうなずき返した。

 すると光貴は一分のためらいもなくさっさと扉を開ける。晴香は光貴の後ろからひょっこりと顔を出した。

「おーい、来たぞー」

 兄が軽い声で呼びかけると、部屋の中心にある丸テーブルの上に雑多な資料を広げて見ていたラッセルが、顔を上げた。光貴と晴香のことを認識すると、手を挙げる。

「おう。目、覚めてたか」

「昨日の内にな」

「そうか」

 端的な会話の後、ラッセルは挙げた手を軽く振った。入れ、という意味だろう。兄妹は足を踏み入れ、晴香が扉を閉めた。

 談話室はやはり、堅苦しい雰囲気があまりなく、公共施設のそれに似ている。部屋の奥の棚には小さな花を生けた花瓶が飾られており、戸口付近の床を彩るのは茶色を基調とした絨毯。そして中央に、丸いテーブルとそれを囲む四脚の椅子がある。

「まあ、座れ」

 ラッセルは言葉少なにそう促した。言葉通り適当な椅子に腰かけた二人は、身を乗り出す。

「なんか見てるみたいだが、なんだ?」

「というかなんで呼び出したの」

 光貴の問いに、晴香が付け足す。無愛想な男に対する呆れが声に出ていた。

 ラッセルはなおも資料から目を離さず、最初の問いにだけ答える。

「これは、過去の新聞と外務院から取り寄せた書類」

 大雑把な答えに首をかしげつつ見てみると、あることが分かる。

「これって、もしかして」

 晴香の言葉に呼応するかのように、光貴が顔をしかめた。

 そこに広げられている新聞記事の切り取りや書類は、すべてシオン帝国およびヴィスターテ帝国のものだったのだ。

 兄はラッセルの方に視線をやる。

「まさか、呼び出した理由って――」

「単刀直入に言おう」

 鳶色の瞳が二人を射抜いた。唐突な切り出しに少年と少女が唖然とする中、宮廷魔導師は資料を放り、あっさりとこんな爆弾を投下する。

「俺たちはまた旅に出ることになる。ちなみにまた、陛下の勅命だ」

 言われた意味が理解できなかった。思わず固まっていた晴香は脳が正常に再稼働すると兄の方を見る。彼もまた、妙な顔で硬直している。

「そんなこと言われても……いくらなんでも急だよ。それに、どうしてまた旅だなんて」

 晴香が問うとラッセルはそこで少し嫌そうに目を細めたが、口を開いた。が、それをさえぎるかのように、声が静寂を切り裂く。

「ピエトロ王国とシオン帝国の関係がきな臭いことになりそうなんですよ」

 丁寧な口調と乱暴な物言いで答えを叩きこんだ声。三人はその方を揃って振りかえった。扉を開けた直後の姿勢で、緑髪の少年が立っている。

 少年は三人分の視線を受けると、微笑んだ。

「おはようございます。僕を仲間外れにしないでくださいよ、ラッセル」

 彼、ノエル・セネットの声は、どこか懐かしいもののように思えた。

 ノエルがにこやかに席につくと同時に、話は再開された。今度は晴香ではなく、光貴の方が問いなおす。

「で、どういうことだ? ピエトロ王国の国交と、俺たちの旅立ちとがどうかかわってくる?」

「……俺が順を追って説明する」

 言ったのは、やや嫌そうな顔を崩さないラッセルだった。彼は三人の視線を一身に浴びると、おもむろに話し出す。

「まずおまえら、最近の噂を知ってるか?」

 そんなあいまいな問いかけに首をひねる二人。しかし直後、光貴が瞠目してから言った。

「シオン帝国がヴィスターテ帝国と同盟を組むかもという、あれか」

「ご名答」

 やや語調を上げて言ったラッセルはしかし、すぐに険しい顔に戻った。テーブルの上で、両手を組み直す。

「それを外務院の方で調査した結果、かなり信ぴょう性が高い話だということが判明した。

――さらにもうひとつ、今朝になって、驚くものが飛び込んできた」

「…………驚くもの?」

 ノエルの目がやや鋭くなった気がして少し怯んだ晴香は、それでもラッセルの言葉を反芻することで続きを促す。彼は、重々しい声で告げた。

「シオン帝国からの『抗議文』だ」

 晴香も光貴も、目を瞬いた。ノエルは何も言わない。ラッセルは晴香たち兄妹の反応をうかがっているようであった。嫌な沈黙が部屋に流れる。あまりにもいたたまれなくなった晴香は、心に浮かんだ疑問を直接口にした。

「なんでそんなものが」

 しかし、言っている途中に気づく。シオン帝国がピエトロ王国に今『抗議』をぶつけるとしたら、それは何か。

「まさか」

 光貴も同じ答えに行き着いたらしく、瞠目して呟いていた。やや声が震えているのは、事の重大性を知ってのことか。

 衝撃に打ち震える兄妹の前で、宮廷魔導師は皮肉るような笑みを浮かべる。

「その(ふみ)によるとな――『貴国は、我国の“神官”を一方的に害しようとした。これは許しがたい行為である』だそうだ」

「神官、ですか。我らの『守護天使』に対抗しているつもりですかね」

 ノエルの軽口も、忌々しげな響きを持っている。光貴も顔をしかめているが、晴香だけは呆然としている。唐突過ぎて、そして衝撃的すぎて、理解が追い付いていない。

「そ、それって、この前戦った人たちのこと……だよね?」

 彼女はついつい無理解を示すような質問をしてしまった。普段だったら呆れられるか咎められるかするところだろう。だが、今はだれもそんなことをしなかった。それどころか、ノエルにいたっては親切に答えてくれたほどである。

「はい、おそらく。暗黒魔法を行使する、あの怪しい男女です」

 藍色マントの青年と、亜麻色の髪の少女。確か、レラジェとシルヴィア、だったか。『夜空の首飾り』を王城から盗み出した者たちであり、ここに集う四人が刃を交えた相手である。

 晴香と光貴が何も言えないでいる間、ノエルが緑の目を赤毛の青年の方へ向けた。

「陛下は、具体的にはどのようなお考えか、分かりますか?」

「ああ。臣下の一部からは『首飾りのことを主張すべき』という意見も出たらしいが、少なくとも重鎮たちと陛下はそれには反対だそうだ。ちなみに俺も、だが」

 ラッセルの答えは豆殻を投げ捨てるかのように無造作だ。ノエルはため息をついて身体を伸ばした。体ほぐしをしながら続ける。

「僕もそこには同意します。ここで我々がそのことを言えば、互いの主張がぶつかり合って争いが発生し、泥沼化する。今のところ、それは避けるべきです」

 一瞬の沈黙が生まれる。その隙に光貴が、言葉を選びながら切り込んだ。

「じゃあ、俺たちの旅ってなんだよ。その……争いの準備でもする気か?」

「似たようなところはある」

 ラッセルは否定をしなかった。ただし、肯定もしなかった。

 晴香もようやく我に返ったところで、彼はこう続けたのだ。

「さっき言った抗議文の中には、余計なことしたら武力行使も辞さないとの文もあった。それに対処するという点では、戦争の準備とそう変わらん。ただし、戦に直結はしない。状況と対応策を話し合いに行くだけだ」

「話し合い? 誰と?」

 晴香はつい、訊いていた。自国内のことではないというのはなんとなく想像がついていたが、訊かずにはいられない。

 これに答えたのはラッセルではなく、ノエルだ。いつもの優しい笑みとともに告げてきた。

「ピエトロ王国と大同盟を結んでいる五大国の守護天使と……ですよ」

 息をのむ音。おそらく兄のものだろうと晴香は思った。

 自分たち以外の守護天使およびその関係者。彼らにこれから会いにいくということだ。何も思わない方が不思議である。

「つまりだ。俺たちは今から五つの国を回る、極秘の旅に出なきゃならんということだ。しかも今度は、シオン帝国側に絶対に知られないよう、細心の注意を払って」

「状況次第では五つ行かなくても良いかもしれませんがね」

 安心させてくれるつもりなのか、ラッセルの言葉にノエルがそう付け足した。そしてすぐ後に、ラッセルが手早く資料を片付ける。かと思えばノエルが、大きな地図をテーブルの上に広げた。見たところ世界地図のようだ。

 四人の顔が地図の上に集中する。

「とりあえず今は詳細を抜きにして、流れだけを説明しますね。とりあえず、何はなくとも最初の目的地です」

 前置きしたノエルはいつかのように、地図の上に指を滑らせた。細い人差し指は地図を順調になぞっていく。

「ピエトロ王国はここです。そして、五大国の位置関係から考えると、最初に行くべきは――」

 やがて、指はひとつの国に辿り着いた。ピエトロと同等の規模か、少し大きい程度の国。

「『生命王』が守護する国、ジブリオです」

 ノエルの口から放たれた二つの名は、確かな重みを持っていた。


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